ドウゲン牧師の講演内容 (要約)

 10月にブルックリン本部を見学する機会がありました。写真で見て感じていたよりも、実物はこじんまりした印象を持ちました。建物にはスカイウォークがあって、ガラス張りになっています。そこからはマンハッタンがよく見えました。9月11日の惨事を目撃した証人がいるはずですが、組織内では話題にはなっていません。事件を公にしないように指示が出ているのです。
 見学者への説明は、協会の自己宣伝と外部からの批判を緩和する弁解が中心となっています。ものみの塔の印刷物の品質の良さや、歴史に対する研究の深さをイラストで説明しています。一方、イエス・キリストへの説明はほとんどありません。説明する人は、上層部からの指示をただ繰り返しているだけです。この点、モルモン教のほうが宣伝は上手です。
 輸血拒否することにより、人命を助けていると説明しています。輸血を拒否することによって、医学を進歩させているし、感染を防いでいると言います。
 慈善活動の宣伝や物資援助の宣伝をしています。それに対し、「援助は誰に対してしているのですか、信者だけに対してですか、組織外の人に対してもしますかのと質問しましたら、渋々ながら、「組織の人にだけします」と答えざるを得ません。
 見学してみて、再び確認したことがあります。‥‥‥ものみの塔の体質=偽りの体質です。組織は偽りから誕生し、偽りの力で拡張し、偽りの中で生きています。不可能なこと=自分たちが唯一の宗教組織である、を実行しています。その不可能を守るためにいくつかの手法を使います。他の宗教を攻撃します。ほかのものを批判して自らの間違いを見えないようにします。都合の悪い自らの歴史を美談にしています。『触れ告げる人々』は、予防注射のためにあります。組織は、隠していた情報を信者に歪めて伝えています。偽りに順応させています。ほかの者から同じ情報を受けたときに、証人がショックを受けないように予防しています。
 12年前には、十字架を描いているものみの塔の古い出版物を見ただけで脱会しました。組織が過去に誕生日を容認していた事実を伝えただけで脱会しましたた。ピラミッドの描いている『聖書研究』を見せると脱会を決意する人がいました。現在では、『聖書研究』を集会で研究するといった、開き直りに移っていきました。数々の偽りを重ねてごまかしをしてきました。
 1980年代の出版物にラッセルの結婚生活が取り上げられました。奥さんが信仰を捨てたので、ラッセル牧師は被害者だと言っています。裁判では奥さんは、ラッセルがある女性と不適切な関係があったと証言しました。ほかの女性と関係したのに、ものみの塔では嘘を伝えています。
 宗教が原因の家庭崩壊の半分は証人が作っています。米国であれ、どこであれ、これは同じです。証人が証人のコピーを作っています。身体の特徴(髪型やスタイル)は、リーダーのまねをしていますので皆、似ています。会長の経歴を見てみましょう。ラッセル牧師は離婚しました。ラザフォードは家庭と疎遠になりました。ノアは、結婚してはいけないと言いました。フランズは独身、性格が変でした‥‥‥以上のように、模範的な家庭を持った会長は一人もいません。
 権威の主張を考えますと、ラッセルは1916年10月31日に死亡しました。当時、「忠実で思慮深い奴隷」だと側近に伝えていたけど、ラッセルはそう考えていなかっただろうと、信者は思っていました。ピラミッド学の奇妙な教えや、フランジ、つまり、頭の形で性格を判断する学問に凝っていましたし、星占いに凝っていたからです。そうしたことをものみの塔は触れていません。ものみの塔の歴史の嘘です。権力争い、分裂がありました。ものみの塔は、ラッセリスト(ラッセル主義者)を邪悪な僕と呼んでいます。ラッセリストとものみの塔の区別は次のことで可能になります。‥‥ラッセリストは『聖書研究』1巻から6巻を再版していますが7巻目は否定しています。ものみの塔を含め、ほかの人は7巻までラッセルの筆によると、信じています。ラッセリストは人間崇拝者だとものみの塔は語っています。伝記発行もしないと言っていました。
 ものみの塔は、ナチズムの被害者だとピーアールしています。ナチに迫害されたと言っています。迫害は受けましたが、隠された事実もあります。迫害が始まる前、ラザフォードから工作がありました。反対を緩和するための交渉をしました。ヒットラーの気を引くためにユダヤ人に同情しました。エホバの証人はナチに反対しないから組織を認めるように懇願していました。これはものみの塔の公式のホームページや、出版物には書かれていません。平気で妥協します。新しい光は法律上の利益を求めるためにあるのです。政治的に認められるために行動します。証人は、ラザフォードが過去の出来事だと思うかも知れません。ドイツ語の手紙は残っていますが、ドイツ語が分からないと納得できません。
 もっと衝撃的な事実があります。10年以上、国際連合と関係を持っていたことです。組織は国連に対しては、極端な姿勢を持っていました。「バビロンが崩れた」「大淫婦に神の裁きが下る」、「赤い獣」は国連であり、性的な不品行だと、口を極めて罵っていたのです。ところが、1991年にはNGOの手続きをしていました。カルト性を無くすためです。新しい開拓地では政治的なメリットがあります。NGOになる条件は、(1)国連の規約を尊重する。(2)援助希望団体は国際的な団体。(3)非営利的な団体(4)自分の出版物で国連の活動について情報を広げる義務を持つ、であります。1998年、『目ざめよ!』誌では、国連の宣伝をしています。その歴史を肯定的に説明しています。国連の広報をしています。公式ホームページで国連を紹介しています。91年に公認された後、7年のブランクがあります。国連から異議を申し立てられたかも知れません。協力関係の実績がありません、とか、会計の報告書を出しなさいとか、役員を選ぶための規約がありませんとか、けちをつけられたかのかも知れません。この事実がインターネットで公開されますと、ものみの塔と国連に問い合わせが集中しました。
 ものみの塔は、国連の図書館を使いたかったのでその資格を得るためにNGOになりましたと答えていました。それは大嘘でした。今の加入条件と91年の加入条件は違っていたと弁明しました。これも大嘘です!。組織が国連から断絶されたのです。よく考える証人にとってはショッキングな事実です。都合に合わせてなんでもします。ものごとを強く批判すればするほど、自分でもやっています。1985年の『ものみの塔』には、同性愛や不倫を批判していています。組織の上層部で同性愛や不品行があったためです。そうした都合が悪い事件があると、組織の目を組織の外に向けました。
 組織は偽予言が外れた説明をします。絶えず危機感を持たせるためですと言っています。絶えず、世の終わりが近いと言わないと活動しないためです。93年3月22日の『目ざめよ!』には、偽予言者の記事があります。年鑑には、1975年の預言の説明があります。

 草刈裁判の過程の中で、組織の偽りに一同、驚きの声を上げたことがあります。原告への尋問の時、弁護士の津田氏に原告の元夫人が説明していました。「読むもの、聞くもの、話していいものにつき、証人には、一切、制限はない」と答弁しているのです。……よくも嘘をつきましたねとそばに居た傍聴していた現役証人に口を聞いたところ、ずうずうしくそっぽを向いていました。86.3.15の『ものみの塔』にこう書いてあります。…… 「不利な証言に立て。真実を言うか、言わないか、よく考える。仲間を守るのは、愛。裁判と聖書の仲間への愛を天秤にかける。サタンヘの嘘は嘘ではない」。
 「救出への道」の講演のビデオが別な裁判に取り上げられています。それも、ものみの塔の組織の都合にいいように文脈をカットして歪めています。コンテキスト(文脈)をカットして暴力を容認しています。草刈裁判の判決では、軍配は、草刈に上がっています。
 ある事例を上げましょう。証人が夫の説得に応じました。でも、新幹線の中で不安にかられ、エホパの証人に電話しました。そのため、夫に無断で帰宅しました。半年後、説得しましたら話を聞いたのです。心の中にとがめがあったために、同意して脱会しました。反対者への恐怖のためではなく、良心的な選択をする証人もいます。 1990年代ころは初めから話を聞いてくれました。脱出して、ものみの塔に帰るなら、良心に反すると考えていました。
 良心的な証人もいます。変な宗教ではないと思っている証人もいます。平気で嘘をつき、矛盾していると言う証人もいます。人間よりも神に従うといって正当化するのです。
 被害者は、組織の嘘やだましに直面しても、いざというときには、家族も嘘やだましをやっているのだと考えます。家族の主張に嘘があれば組織の嘘を正当化できます。家族には誠実な対応が不可欠なのです。

 組織の減衰傾向は、先進国では例外のない事実です。情報の伝わりにくい、かつての共産圏では伸びています。救出のかぎは「情報」です。原則は、情報を伝えることです。10年前は、情報が少なくわかりませんでした。いまはそれがなくなりました。組織の偽りを暴露したり、教理や変更した歴史だけでは、柔軟性のある免疫ができるかもしれません。
 組織は偽りの力で成長しました。偽りが土台です。偽りを指摘して土台が崩れます。落ち込んで、無力感と自信の喪失が生じます。リハピリが必要です。教育したり、サポートしたりするには、専門家が活躍してきましたが、これからは組織の中を生きてきた脱会者が活躍する時代になってきました。   

戻る