元研究生の体験報告
 
 私は10年間、研究生でした。8月に家族の保護の元に脱会できました。10年間、なんとかエホバの証人になりたくてがんばってきましたので、習慣や態度ではまだ抜け切れていないところがあります。京都の牧師の指導で誤りに気が付きました。
 
 エホバの証人の会衆ではいやな経験はありませんでした。暖かい会衆で、親切でした。エホバの証人が悪い組織だという実感がありません。それを確かめたくて話を聞こうとしてここに来るつもりでした。エホバの証人の家族は組織の近況を聞きたがっていると勧められましたものですから、これから思っているままを話すようにします。
 
 エホバの証人との出会いは、家を新築して転居した頃でした。そのころ、看護婦をしてました。ですから規制のある看護をするエホバの証人はいやでした。輸血拒否の間違いをエホバの証人に気づいてほしいと願っていました。なぜ輸血拒否するか尋ねたところ、エホバの証人は雑誌をたくさん持ってきて説明しました。納得できませんでした。けれどもその人との関係は続きました。子供が一歳の時です。説明資料の中に子育てに関する文章がありました。そのエホバの証人は元教会員で、聖書の教えがありました。子育てを導いてくれました。エホバの証人は悪い人ではないと思い、そのエホバの証人と仲良くなりました。エホバの証人の良い面を見ているとどんどん惹かれていきました。輸血拒否は納得できませんでしたが、親身になって相談に乗ってくれました。エホバの証人は善い人だという色眼鏡で見ていました。言うことは何でも本当だと思うようになりました。
 
 聖書研究はその後も続けました。会衆内のエホバの証人は聖書を実践していました。エホバの証人の善いところを知ってほしいと、食事に誘ったり小さな子供を持つ親を巻き込んだつき合いをしました。そのたびになんて優しいんだろうと感じ、親身なってくれると、どんどんのめり込んでいきました。エホバの証人は世間から嫌な目で見られていると思い、証人とは距離を置いていました。それでも訪問と研究を断わりきれず、ずるずると続き、集会に出ました。集会は暖かい雰囲気でした。男性も、若い人も、私に声をかけてきました。これは本物の組織だと思いました。そういうエホバの証人になりたいと思い、夫にもそれを知って欲しい、夫もエホバの証人になってもらいたいと思いました。夫は「それは違う」と言う人でした。「違う」と言われると「何で分からないのかしら」と思いました。エホバの証人になりたいという思いが募り、夫の目を盗んで子供を連れて集会に出ました。夫は趣味が多かったのに、家族と過ごす時間を多く持つようになりました。そうなるとがんばって聖書を研究するようになりました。夫は集会に行かないようにとかエホバの証人と交わらないようにといろいろ努力をしました。夫も聖書を研究してくれればエホバの証人の良さが分かると思い、長老・兄弟と三ヶ月一緒に研究しました。夫は疑うものですから、何で分かってくれないんだと怒りましたが、今となってはそれがよかったんだと思います。その兄弟は知識もある、頭もいいと夫も思っていたようです。「違う」という信念を持っていて私を集会に行かせないように、縛ってくれました。夫とも仲良くしたい、集会にも出たいといった葛藤がありました。いろんな経験がありました。雑誌が庭にばらまかれていたり、集会から帰ってから家から追い出されもしました。組織からはそれは誰でも経験することだと教えられました。信仰の第一歩の道なんだと思いましたし、家族がそういうことをするのは、サタンがガードしているからなんだ、夫に尽くせば心を開いてくれるとエホバの証人から言われました。
 
 夫は嫌いには思いませんでした、夫と一緒にがんばりたいと思いましたが夫はがんこでした。出ては打たれの連続の10年間でした。ほかにやりたいことがあったでしょうが夫は理性を持ってがんばってくれました。昨年、夫は中国に単身赴任しました。夫を大事にしたい、それでもエホバの証人は真の宗教だという思いからここがチャンスだ、献身したいと思い、神権宣教学校に入りました。夫は悩んだと思いました。いろんな方とメールをして計画をしていたようです。わたしは子どもをエホバの証人として育てたいと願ってました。集会に行くと証人の子どもは一時間でもおとなしく聞いています。ほかの子どもたちは元気で明るいのに。昔はむちはやっていたけど、今はむちはやっていないとアドバイスを受けていました。子どもをしかる時には聖書を読んで言い聞かせて言いました。それが子どもをがんじがらめにさせると思いました。家族から反対されてもエホバの証人になりたいという思いがありましたが、私の心の中には夫がいないとき夫が悲しむことをしていいのか、葛藤がありました。エホバの証人には家族と幸せになりたい、夫を導きたいという思いがあって葛藤があります。分かってほしいとがんばりましたが結局間違っていたのは私だったんだと気がついてよかったと思います。
 
 今年8月には名古屋の地域大会に出ようと思ってました。そのときには夫も休暇で帰る日でした。地域大会の日と同じ日に重なりました。迷いました。エホバの証人からは「今は夫に強い決断を示す大事な日です」と言われました。実の姉もエホバの証人を止めさせようとしていたのに、一緒に大会に出るという答えが返ってきてとてもうれしく思いました。夫が大会会場まで迎えに来ていました。夫が私を理解していると思いました。喜んで車に乗ったら家と違う方向に向かってました。マンションには入ったいたら義妹がいて生活が整っていました。組織からは改宗させるシステムがあるから気をつけるように言われてはいました。現場に入ったときには「負けてはいけない、負けたら家族の命が危なくなる。これを機会に家族もエホバの証人になるかもしれない」と思いました。生活の用意もすべて整えられてていましたから、真剣に話を聞こうと思いました。牧師からたくさんの資料を見せられエホバの証人の言っていることとの違いを教えられました。初めは受け入れられませんでしたが、ちょっとしたきっかけで、エホバの証人の言葉と姿勢の違いが分かって、エホバの証人を見るサングラスが外されました。「今まで何をやっていたんだろう。家族に申し訳ないことをしていた」と思いましたし、エホバの証人にこれを伝えないといけないと思いました。エホバの証人から示されていた優しさと愛が間違いだと知ったらエホバの証人はどう思うでしょう……。でも献身していない私の言うことは受け入れられない、それでこうした集会で少しでもわたしの体験を伝えられたらと思うようになりました。
 
 被害者の家族の方には言いたいことがあります。エホバの証人は一生懸命に自分たちの聖書を読んでいます。その聖書が間違っている、改ざんされているとは後で分かったのですがまめに聖書研究をしています。励まし合っています。ですからふつうの人から言われても受け入れられないと思います。専門的な牧師は必要なんだと思います。間違いに気づいてたくさんの本を読みました。それも受け入れられませんでした。エホバの証人について書かれた本の中で「エホバの証人のラブシャワー」の記事が気にかかりました。不自然なのかなと思いました。エホバの証人は辛い経験をするからラブシャワーがあるのだと思います。集会で感動して家に帰れば家族から冷たい扱いをされます、やっぱり組織がいいと思うようになってしまいます。家族の人は必要以上に証人に声をかけてくれればいいのになと、思っております。

 

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