第9次労働災害防止計画



全労働者を対象とした労働災害防止計画に

労働災害防止計画にのぞむこと



労働省は、1998年1月19日、「第9次労働災害防止計画(案)」を発表した。中央労働基準審議会(会長 花見忠・上智大学教授)に1997年12月4日に諮問し、同日「おおむね妥当」との答申を受けたもの。労働省としては、今回の答申を受け当該計画の策定作業を進め、1997年度内に閣議報告し、公表することとしている。
この「第9次労働災害防止計画(案)」は、1998〜2002年度の5年間を計画期間とし、期間中に、@死亡災害の大幅減少、A労働災害総件数の20%減少、Bじん肺・職業がん等の減少、酸素欠乏症・一酸化炭素中毒等の撲滅、等を目標としている。
前期の「第8次労働災害防止計画」は、1993〜1997年度の5年間に、@死亡災害、重大災害および重篤な職業性疾病の大幅減少、A労働災害総件数のおおむね25%減少、等を目標としていた。
事業主の届け出た労働者死傷病報告に基づく労働省統計で1992年→1996年の推移をみると、死亡災害が2,354件→2363件(1997年の速報値は2,033件)、休業4日以上の死傷災害が189,589件→162,862件(同前125,333件)、職業性疾病が8,323件→6,521件となっている。
「第8次労働災害防止計画」の目標は基本的に達成できなかったと言ってよいわけである。
今回の「第9次労働災害防止計画(案)」に関して、細部はともかく、基本的な問題点についていくつかまとめてみた。

1.
労働災害防止計画は、労働安全衛生法第6条の規定に基づいて、労働大臣が中央労働基準審議会の意見をきいて定めることとされているが、次の2、3項に述べるような理由から、雇用対策基本計画(雇用対策法第4条)のように、国が定める=閣議決定に格上げすることが望ましい。

2.
死亡災害の首位である交通災害は警察庁と運輸省、墜落災害は建設省と地方自治体および公団等、放射線障害は科学技術庁等、他省庁とも関係があるが、それらとの協力等について何らふれられておらず、関係省庁との協力も内容に追加することが望ましい。

3.
国家公務員(100万、人事院)、船員(20万、運輸省)、鉱山労働者(通産省)、非現業の地方公務員(300万弱、自治省)、教育公務員(100万、文部省)も含めた日本のすべての労働者を対象にした「労働災害防止計画」として、策定することが望ましい。

4.
1993〜1997年度を対象期間とした第8次労働災害防止計画が掲げた、死亡災害、重大災害および重篤な職業性疾病の大幅減少と労働災害発生件数のおおむね25%減少という目標を達成できなかった。その理由、総括についてまったくふれられていない。前期計画の総括をふまえた新規計画であることが望ましい。

5.
計画案では、計画期間中に労働災害総件数を20%減少させるとあるが、具体的根拠がない。
とくに、死亡災害では、墜落・転落災害、交通労働災害がそれぞれ全体の3割弱を占めるという特徴的な構造があり、計画案でもふれられているような業種別・規模別等の特徴がみられるところである。それぞれの特徴ごとの削減(数値)目標およびそのための具体的施策を積み重ねて、計画全体としての目標を設定することが望ましい。
同時に、都道府県労働基準局、労働基準監督署単位での計画案があって、はじめて監督官や現場職員の意識にも入ってくるものと思われる。最初から、全局、全署での作成が業務量の関係で無理であるとしても、できるところから地方版の労働災害防止計画を作成することが望ましい。なお、作成にあたっては、労使の団体や地方労働基準審議会の意向を入れる必要がある。

6.
計画案では、「新しい安全衛生管理手法の導入」がうたわれているが、その内容が不明確である。
「新しい安全衛生管理手法の導入」にふれている「1. 計画のねらい」の(3)Cでは、(i)安全衛生管理のノウハウの継承に係る問題への対応のほか、(ii)小規模事業場が事業場外部のノウハウ等を総合的に活用して各種安全衛生対策を進めるための仕組みづくり等、がその内容として掲げられており、「4. 労働災害防止のための課題」の(3)イでは、主に(i)についてだけあげている。
この安全衛生管理のノウハウの継承の問題は、1997年3月14日に緊急にまとめられた「化学工業における安全管理の在り方に関する検討結果報告書」(化学安全対策会議、1997年6月号参照)でふれられていた問題であるが、「新しい安全衛生管理手法」の内容がそれだけでは名前だおれと言わざるを得ないだろう。
一方、「7. 安全衛生管理対策の強化」の(2)「安全衛生管理手法の充実・強化」では、次のような内容があげられている。
@ 経営首脳者の安全衛生管理に関する方針(の策定)
A 上記方針に基づく指導・指揮のもとでの安全衛生に関する年間計画の作成 B 安全衛生管理体制の整備
C 各級の管理監督者の安全衛生に関する権限と責任の明確化
D 機械設備等の導入、建設工事等の計画段階における事前評価の充実
(「事前評価」と関連して、「5. 重点対象分野における対策」の(2)ハ「爆発・火災災害防止対策」では、化学プラントに係るセーフティアセスメントの充実があげられているが、上記Dを含めて、すべての職場で当該職場の安全衛生に関するリスクアセスメントが定期的に実施されることが重要であろう。)
また、「『計画―実施―評価―改善』という一連のプロセスを明確化した連続的、継続的な安全衛生管理が必要であり、これが的確に行われるための新たな安全衛生管理手法を検討し、その導入を図る」としている。
以上は、中央労働災害防止協会が1996年から開始した「安全衛生管理活動評価制度」(1996年6月号参照)あるいはISO14000等の環境管理・監査システム(1996年4月号等参照)の内容を念頭に置いたものと考えられるが、たんに企業の自主管理としてだけでなく、労働安全衛生の(新しい)枠組みにかかわる問題である。
安全衛生管理のノウハウの継承問題に限定せずに、上に示された内容を含む「新しい安全衛生管理手法の導入」の内容を明確にして、その具体化を図るべきである。
これは、たんに個々の法定事項を守ればよいという従来ありがちな姿勢から、事業主の包括的義務・責務を確立するという意味で、次に掲げる労働者の権利の確立と合わせて、労働安全衛生(法制)の抜本的改革につながらざるを得ないし、そうすべきであろう。
なお、企業の自覚と取り組みを促進するためには、(一定規模以上の企業には) 決算報告書等に労働災害・環境影響データの記載を義務づけることも有効と考えられる。

7.
計画案では、「労使による自主的安全衛生の推進」が、4(3)ロおよび7(3)であげられている。
これも前項と同様に非常に重要な問題であるが、具体的な施策は、「安全衛生委員会の活動に資するためのガイドラインの策定」だけで、これではかけ声倒れに終わってしまいかねない。
まず、安全衛生委員会を設置しなければならない事業場の範囲を、早急に30人以上規模の事業場に拡大することが望まれる。
既存の制度の活用としては、労災防止指導員制度の強化・活用も非常に有効と考えられる。
さらに、前述の安全衛生管理の「計画―実施―評価―改善」のすべての過程に労働者の関与・参加を保障し、また、安全衛生員会の労働者代表が必要な情報の提供を受け、自らの教育・トレーニング(労働団体が実施するものに時間内ないし有給で参加することなど)の機会が保障され、独自の職場巡視や調査を行うことができるような権利を確立する必要がある。これも、労働安全衛生(法制)の抜本的改革につながらざるを得ないし、そうすべきであろう。
計画案では、「危険予知活動等の普及促進による安全衛生活動の活性化」も掲げられているが、現状の危険予知(KYT)活動等は、精神主義、あるいは労働災害が発生した場合の労働者の責任のあらさがしに重点が置かれるという傾向が強く、労働災害の予防に役だっていないと言わざるを得ない。
また、中小規模事業場の支援のために、各種助成金等の制度が拡充されてきているが、事業主だけでなく、労働者を対象にした助成制度等を検討されることが望ましい。

8.
計画案では、6で引用したように、小規模事業場の事業場外のノウハウの活用等の仕組みづくりが指摘されているが、現在の労働安全衛生サービスは、内容としては健康診断、担い手としては医師(産業医)にあまりにも偏りすぎており、職場での具体的対策・改善を支援するようなサービスが不足している。
健康診断/医師(産業医)中心の労働安全衛生サービスのありようを根本的に見直し、実効性のある労働安全衛生サービスを、事業主の包括的義務、労働者(代表)の権利の確立とならんで、「新しい労働安全衛生管理」の3本柱のひとつにすえることが望ましい。
都道府県産業保健推進センターおよび地域産業保健センターの運営に政労使三者構成の原則を確立し、相談に応じるスタッフも医師あるいは行政OBという実態から、機械、電機、化学、土木、建築、人間工学等の専門家や労使が推薦する実務経験者等を加え、また、職場改善事例集やトレーニング・ツール等を開発・提供するなどのサービス内容の充実といった改善が望まれる。とくに、小規模事業主および労働者を対象とした、無料(安価)で、職場での具体的対策の促進につながるような労働安全衛生サービスの充実に努めるべきである。
8(1)「新たな行政展開」のイ「情報提供体制の整備」で、「安全衛生情報センター(仮称)等を通じた必要な情報の収集、加工、提供」等が掲げられているが、上述の趣旨を活かしたものとなるよう期待したい。

9.
計画案の1(3)のEでは、「経済活動のグローバル化が進み、企業の世界的競争が激化する中で、生産性の向上、効率化が重視されることから、安全衛生対策が看過されることが懸念されている」と指摘されている。また、4(4)「転換期の産業社会における安全衛生面の課題」のヘ「規制緩和への対応」でも、「市場原理と自己責任原則の時代においても、労働者の安全と健康は、事業者の責任において確保されることが前提であり、このための規制の必要性は変わらない」と指摘している。
国際的な経験からも、経済分野での規制緩和は労働災害・職業病の増加を引き起こしている場合が多い。
労働分野における安易な規制緩和を行わないことはもとより、他省庁に対しても、労働災害の増加、労働安全衛生の悪化につながるような規制緩和を行わないよう労働省がチェックし、また、規制緩和の結果そのような結果を招いた場合には速やかに見直しが行われるようなシステムを確立することが望まれる。そのためにも、冒頭述べたように、労働災害防止計画を閣議決定事項とする必要があろう。
また、中小事業場対策としては、労働条件、安全衛生の確保については過当競争の影響が及ばないようにすることが絶対的に必要である。そのための中小事業主の「共同行為」を独禁法の除外として認め、促進することが望ましい。

10.
計画案には、「労災隠し」に関する指摘がまったくない。
社会保険庁は、本来労災保険で支払うべきものが「全国で6万件、20億円ないし22億円が毎年支払われている」と、国会で答弁している(1997年5月15日 参議院労働委員会)。1995年12月21日の日本医師会労災・自賠責委員会の答申でも、「労災隠し事案が増加傾向にあるということばかりでなく、その内容が企業ぐるみで行われている疑いのある事例が増加している」と指摘し、府県医師会の調査でも、トラブルを経験したことのある医療機関が、大阪府で38.1%、広島県で30.2%、このとき労働基準監督署に通報したのは各々3.9、1.5%にすぎないという実態が明らかになっている。
一方で、労働安全衛生法上の届出義務違反(第100条)・虚偽報告(第120条)違反で送検された件数は1995年で62件にすぎず、ここに現われてくるのは氷山の一角にすぎないということは、われわれの日頃の相談の実感とも一致している。
このような「労災隠し」の実態を認識し、実効性のある防止対策を講ずるべきである。
具体的対策のひとつとして、労働者死傷病報告に、被災労働者および労働者代表が記載内容を確認して署名捺印する欄を設けることが有効と考えられる。

11.
計画案で示される、労働災害防止計画策定の前提となるべき労働災害・職業病統計については、「(いまなお)毎年60万人もの労働者が被災し」という部分だけが労災保険新規受給者件数によっているものと思われる他は、すべて事業主が届け出た労働者死傷病報告書に基づく統計数字に拠っている。
行政改革会議に対する労働省説明資料(1997年5月7日、1997年11月号参照)に述べられているように、労災保険行政と労働基準監督行政・労働安全衛生行政は、「車の両輪として緊密かつ有機的な連携」をもって運営される必要があることは言うまでもない。
労働災害・職業病統計には、前記の事業主届出件数の他に、少なくとも労災保険の支給決定件数のデータがある(ほとんど公表されない)。2つのデータは、通勤災害や労災保険特別加入者や退(離)職後の発症の取り扱い、 業務上外判断確定の有無、休業日数(前者は4日以上)、発生年(暦年)と支給決定年度といった違いはあるものの、どちらも重要な基礎資料であることは間違いない。(数字だけを比較すると、とくに職業病に関しては、@じん肺症等と物理的因子による疾病ではほぼ同じような数字だが、 A負傷に起因する疾病および非災害性腰痛では前者の方が多く、B 他の疾病に関しては後者の方が数倍から10数倍も多い。「葬祭料・葬祭給付受給者数」は「死亡災害発生件数」の1.5倍以上などと、かなりの「食い違い」がある。)
両者のデータを明示したうえで、統計の性格の違いをふまえた分析を加えて、労働災害防止計画の策定の基礎資料として活用されることが望ましい。

12.
4(4)のトで「国際動向への配慮」について、8(3)でも「国際的な視点に立った行政展開」が取り上げられているが、「海外進出企業の現地作業員の安全衛生の確保」については後者でわずか一言ふれられているだけである。
グローバリゼーションのもとでの日本企業の様々な形態での国際展開とアジアをはじめとした多国籍企業の進出先での産業災害の多発と多国籍業におけるダブル・スタンダード問題が指摘されるなかで、直接の子会社だけでなくいわゆる「下請」企業も含めた日本企業の海外進出先における日本国内と同様の労働安全衛生の確保に労働行政も重大な関心を払うべきであり、具体的な施策が望まれる。

全国安全センター事務局

「安全センター情報」1998年3月号 2頁 1998年3月12日掲載



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