司法制度改革の動向と問題点
―庭山英雄・弁護士の報告要旨―

◎ 司法制度改革については現在、政府の司法制度改革審議会で議論されていますが、最初に司法制度改革の声が起こったのは財界からでした。

  規制緩和型司法改革論ともいうべきものが、経済同友会を中心にして言われはじめました。その狙いとするところは、効率的な司法へと再編成することでした。つまり、諸外国と比べて、現在の日本の裁判はあまりに時間がかかりすぎ、ビジネスの世界ではほとんど意味をなさないものになっており、財界にとって利用しやすい司法を、ということです。財界からのこうした要望に応える形で、自民党は党政務調査会に司法制度特別調査会を設け、1997年、「司法制度改革の基本的な方針(案)−透明なルールと自己責任の社会に向けて−」がまとめられました。また、この方針案にそった形で、翌98年には「司法制度特別調査会報告(案)−21世紀の司法の確かな指針−」がつくられました。庭山弁護士は、97年の「方針」と98年の「指針」をもとに審議会設置の経緯と両案の問題点などについて指摘しました。


◎ 日本の行政は従来、規制を加えることによっておこなわれてきましたが、不都合も出てきており、それに対しては自民党内部からも批判も出てきました。方向転換せざるを得ないわけですが、経済を活性化するために規制緩和をおこなう。規制緩和によっては当然、トラブルも生じる。そこで打ちだされたのが「方針」のいう「透明なルールと自己責任の社会」でした。規制緩和によって、国民全体が自己責任をとるような社会にむかっていくことになります。自己責任と自己責任が衝突したとき、司法が乗り出してきて解決する、「方針」はそういう方向づけをしたわけです。


◎ 司法制度改革の具体的な検討事項について見ると、「方針」は大きくわけて2つ―「司法の人的なインフラ整備」と「司法の制度的なインフラ整備」―について考え方を示しています。

  人的なインフラの面についていえば、日本の法曹人口はアメリカに比べると20分の1、ドイツに比べると5分の1、フランスに比べても3分の1にすぎませんが、迅速に紛争を解決するためには、どうしても法曹人口を増やす必要があることが言われています。

  法曹育成のあり方としては、アメリカのロー・スクール方式(通常の大学を終えた人−学部を問わない−に対して、ロー・スクールで法学教育・実務教育の両方をやる)の導入を提案しています。もちろん、アメリカのロー・スクール方式をそのまま導入するのはむずかしいため、大学院のなかに実務家養成の“ロー・スクール”をつくり、実務教育をおこなう。そのうえで司法試験をやるが、科目を限定することも考えられています。ロー・スクール方式の導入によって、年間2000人くらいの有資格者を養成できるとされています(現在の司法試験の合格者数は毎年、500人程度)。

  また、あつかう司法容量を増やすために、今は弁護士が訴訟を独占しているものの一部を、たとえば簡易裁判所レベルの問題などに限定して、司法書士など隣接の有資格者にゆずり渡すことが考えられています。


◎ インフラ整備がおこなわれた場合、司法と立法との関係が問題になってきます。国会は、ほとんどが法律家ではない人たちから構成されています。従来は、法案審議や事前準備などで、法曹三者(裁判所、法務省、弁護士会)の代表に意見を求めました。しかし、自民党としては、法曹三者にまかせては進展しないし、自分たちの望むような司法制度改革はできない、国会議員が日本のリーダーであり、法曹三者との協議をへて「イエス」だったら施行するという手ぬるいことはやめよう、と考えられていることがうかがえます。


◎ さらに、注意しなければならないこととして、弁護士自治の原則の見直しがあげられています。


朝日新聞 : 陪審制は?法曹一元化は?-司法制度改革 本格始動へ



  弁護士は現在、全国に約1万7000人(そのうちの1万人ほどが東京)ほどいますが、その1万7000人を背景にして弁護士会は自治権を持っています。弁護士自治の見直しは、日弁連が政財界にとって“目の上のたんこぶ”であり、自治権をつぶしたいということではないか、これが日弁連の側から見たこの案に対するる批判であるわけです。

◎ 「方針」のあと、司法特別調査会は10数回議論し、98年に報告案をつくり、さきほどの「指針」としてまとめました。

  この報告の経緯をみると、第1分科会と第2分科会をつくり、それぞれに自民党の首脳部の一人を分科会長にあて、この報告をつくるにあたっては、最高裁、日本弁護士連合会、労政法曹団、・経済団体連合会、・経済同友会などのほか、納得のいく裁判を考える市民の会、開かれた裁判を求める市民会議、司法制度改革懇話会などから意見を聞いたとし、民主的な形をとっています。

  この「指針」は、基本的には先の「方針(透明なルールと自己責任の社会へ向けて)」に従っていますが、特徴的なのは「国民に身近で、利用しやすく分かりやすい司法」という方向にやや傾いてきたことです。この「国民に身近で、利用しやすく分かりやすい司法」ということを「指針」のなかに入れさせたのは、実は日弁連でした。

  方針案が出たあと、日弁連では議論し、自民党司法制度特別調査会、の針案に激しく噛みついている。日弁連としては、国民に身近な司法制度をつくりたいなら、法曹一元制度、司法への国民の参加(陪審制・参審制)を早期に実現することが必要だと提案しました(1998年5月28日「自民党司法制度特別調査会について」)。

  以上のように、司法制度改革審議会の発足までの経緯を簡単にいえば、ふたつの自民党案、その間に日弁連が分け入り、司法制度改革審議会設置法案をつくるところまできました。その過程では、日弁連が、21世紀にむけてグローバル・スタンダードに対応できるシステム、国民のためになる身近な司法という方向だけは確認させ、設置法案の成立にいたったわけです。


◎ 司法制度改革審議会の第1回審議会は、この7月末におこなわれました。この日、総理大臣、法務大臣、野中官房長官などが出席。その力の入れ具合が、よくわかります。今後の審議日程を見ても、月に2回ずつ審議会をひらき、2年間で明治以来はじめての大改革をやってしまおうということです。

  このような状況ですから、私たちがスピーディーに、的確に対応していかないと、とんでもない“司法制度改革”がおこなわれてしまうかもしれない危険性が高まっています。私たちが積極的に審議会の動きに対応していくことの必要性を訴えたい。

  当初は政財界に有利な司法制度改革をやろうとしていましたが、その後の経過の中で、陪審制や参審制、人権擁護・救済にかかわるところまで司法改革の議論がひろがってきています。その意味では、司法改革に関して言えば、戦後最大のチャンスという見方もできます。どのような司法改革になるかは、私たちの力量しだいです。

(了)


 

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