人権擁護推進審議会の「人権救済の在り方について(答申)」についての人権フォーラム21の見解


2001年5月25日(二訂版)

人権フォーラム21
代表 武者小路公秀
事務局長 山崎公士

 本日、人権擁護推進審議会(以下「審議会」)は「人権救済制度の在り方について」の最終答申を公表した。審議会は1999年9月以降、諮問第2号「人権が侵害された場合における被害者の救済に関する施策の充実に関する基本的事項について」(人権救済施策)の審議を延べ36回実施した。相対的に短期間ながら、1年8か月にわたり集中的・精力的に人権救済制度のあり方を検討された審議会会長、会長代理、および各委員、ならびに審議会事務局職員各位のご努力に対し、改めて敬意を表する。
 この答申は、人権侵害や差別を受けた人びとが救済される制度づくりの方向性を示す、きわめて重要な内容を含んでいる。人権フォーラム21は1997年以来一貫して審議会の動きを注視し、たびたび意見書を提示してきた。人権救済制度を確立し、人間の尊厳が尊重され、差別のない日本社会をつくるという観点から、I.審議会の審議手法、II.最終答申の内容、およびIII.立法化に向けた今後の課題に関して、最終答申についての人権フォーラム21の見解をここに表明する。


I.審議会の審議手法について

 1.人権侵害・差別の現場で当事者から直接話を聴かなかった姿勢はゆるされない

 救済制度の審議では、外国調査、各種人権団体からのヒアリング、パブリック・コメントの募集、ならびに大阪・福岡・東京・札幌における公聴会の開催など、1次答申(教育・啓発施策)の審議におけるよりも多様な手法を採った。とくに、公聴会の開催は一定程度評価できる。
 しかしながら、人権フォーラム21を含め多くの人権NGOが要請した、人権侵害・差別の現場に審議会委員が赴き、当事者から直接話を聴き、人権侵害や差別がどういう場で、どのように生起しているのかを実体験する機会は、海外調査は実施されたものの、国内においては残念ながら設けられなかった。最終答申がややもすれば無機質な記述に終始し、基本理念が浮かび出てこないのは、人権救済の対象とされる問題の所在に関する知識と経験が、審議会全体で共有されなかったことに起因する。

 2.必要以上に審議を急いだ点の説明を

 審議会を設置した人権擁護施策推進法(平成8年法律第120号)採択時に衆議院および参議院の法務委員会で採択された「人権擁護施策推進法案に対する附帯決議」は、教育・啓発施策に関しては「二年を目処に」、また救済施策に関しては「五年を目処に」審議することを審議会に求めた。両院法務委員会は、救済施策の重要性に鑑み、この審議に3年かけることを要望したのである。この要望を踏まえれば、1997年4月に審議を開始した審議会には、2002年4月に救済答申を出すことが期待されていた。
 しかしながら、今回の答申は約1年前倒しで出された。審議会は21世紀における人権救済制度のあり方を示す重大な役割を担っており、本来予定されていた3年間かけて現場視察を実施するなど、より慎重に、総合的な審議を展開すべきであった。
 なぜこのように審議を急いだのか、審議会は国民に説明すべきである。

 3.審議会の、公開性・透明性・説明責任の不足は、あきらか

 上記附帯決議は、「審議会の運営に関しては、透明性の確保に努めること」を要望した。また、人権フォーラム21をはじめ多くの人権NGOは、審議会に対し審議を公開し、会合で配布された資料および発言者名入りの全議事録を公開するよう、たびたび要望してきた。これは時代の要請であり、とくにすべての市民がかかわる人権救済制度を検討する審議会にあっては、他の審議会に較べても格段の公開性・透明性が求められていた。
 しかしながら、人権擁護推進審議会は、会議の日程すら公表せず、公開された人権擁護推進審議会の議事録は、発言者を明記しない要旨のみであり、また会議で配布・説明された参考資料の公開にも消極的であったなど、審議会の公開性・透明性は質量ともに不十分であった。司法制度改革審議会など他の政府の審議会に較べても、公開性・透明性はきわめて低かったと断じざるを得ない。
 とりわけ、本年4月から「行政機関の情報公開に関する法律」が施行され、政策形成過程の公開性の向上や説明責任を重視することがますます求められていたにもかかわらず、審議会が旧態依然の密室的審議に終始したことは、残念の極みである。
 こうした公開性・透明性の欠如状況で作成された答申が、国民に対し十分な説明責任を果たしたものであるか、大いに疑問である。


II.最終答申の内容について

 1.人権侵害の現状と被害者救済制度の実情に関する認識について(第2に関して)

 日本における人権侵害の現状認識については、同性愛者等やハンセン病患者への差別等について言及したことは評価できるものの、人権侵害の全般的な現状認識が不十分である。
 日本国憲法は、人権規定を備え、また、日本はいくつかの国際人権条約も批准している。また、人権侵害救済に関わる現行の司法制度・行政制度が存在することは、説明されているが、それらの実績と効果が答申にはまったく明記されていない。公権力による人権侵害をはじめ、人権侵害が存在する事象を列挙したにとどまり、それぞれの人権侵害が、どのような状況で、どのように現れ、何が問題なのか等の、具体的な指摘はほとんどなされていない。その上で、日本の現行法上の人権規定及び現行諸制度の実効性を検討することなく、いきなり人権侵害対象を四類型に限定するのは、正当な根拠のない意図的なものであり、人権の不当な矮小化といわざるをえない。
 被害者救済制度の現状認識に関しては、法務省による人権擁護行政は人権侵害の被害者救済に「一定の役割」を果たしているが、現状においては救済の実効性に限界がある、との認識を示す。しかし、「一定の役割」については、人権侵犯事件調査処理件数を数字で示すのみで、具体性に欠ける。加害者に対する啓発を中心としたソフトな手法は、「それなりの効果」を上げてきたとの、具体性に欠ける記述にとどまっている。人権擁護行政が「国民一般から高い信頼を得ているとは言い難い」との指摘は、当然である。

 2.「簡易な救済」と「積極的救済」について(第3・第5・第6に関して)

 答申が人権救済の手法として「簡易な救済」と「積極的救済」という内容の異なる二つの方法を掲げ、対象となる人権侵害に応じて両者を使い分け、事案ごとにより効果的な救済を図ろうとしていることは評価できる。答申が想定するように、人権侵害に対する救済は、簡易性・迅速性を重視した任意的手法と、実効性を重視した積極的手法の双方を整備し、前者を原則としつつも、重大かつ深刻な事案については後者の手法によって救済を図っていくべきである。
 しかし、こうした大枠は評価できるとしても、「簡易な救済」や「積極的救済」の具体的な中身については、疑問を呈さざるを得ない部分が存在する。

(1) 簡易な救済の手法について
 まず、答申では「簡易な救済の手法」として、「相談」と「あっせん、指導等」の二つを挙げ、これらを担当する職員には「各種人権問題とその解決手法に関する専門的知識が必要である」と述べているが、そのような職員を確保する具体的方策については触れられていない。今日の社会において、日常的な人権問題を現実に救済しているのは、NGOや自治体の職員など、草の根に根ざし、一人一人の人間の顔の見えるところで活動をしている人々である。これまでの行政や司法が半ば無視してきた様々な人権侵害に対して、法的根拠や財政的裏付けもないままに、その場その場の努力で救済の手を差し伸べてきたのは、まさにこのような人びとであった。答申が描くような「被害者の視点から、簡易・迅速で利用しやすく、‥‥従来くみ上げられなかったニーズに応える」人権救済機関をつくるには、数十年にわたって培われてきたこうした草の根の人権救済活動の知識と技術を学び、それを積極的に取り入れることが不可欠である。しかし、答申が想定する人権救済機関は、これまでの法務省人権擁護局を中心とする人権擁護行政を衣替えするにすぎず、NGOや自治体の人材やノウハウを有効に活用していこうという姿勢が見られない。このような前提のもとで、当事者に信頼され、実効的な救済をもたらすことのできる機関が実現できるかは、はなはだ疑問である。

(2) 積極的救済の対象となる人権侵害の範囲について
 次に、答申は「積極的救済」として「調停」、「仲裁」、「勧告・公表」、「訴訟援助」等を挙げ、これらの手法を実効性あるものとするために、過料又は罰金で担保された調査権限を人権救済機関に付与するとしている。同時に、これらの救済手続が「一面で相手方や関係者の人権を制限するものでもある」ことから、対象となる人権侵害の範囲を「できるだけ明確に定める必要がある」としている。このような認識自体は正当なものであるが、「積極的救済」の対象となる人権侵害の範囲は、それを法律で定めるべきことを明記すべきであった。すなわち、諸外国に見られるような差別禁止法(反差別法)を制定し、そのなかで「積極的救済」の対象となる人権侵害を、人種差別撤廃条約などの国際人権条約の内容も勘案しつつ具体的に規定すべきである。

 3.人権侵害の4類型について(第4に関して)

 「中間取りまとめ」における「差別」、「虐待」、「公権力による人権侵害」、「メディアによる人権侵害」という人権課題の4類型は、前二者が人権侵害の現れ方、後二者が人権侵害の行為主体であり、異質なものの列挙で妥当でない、との各方面からの指摘にもかかわらず、答申はこれを基本的に維持した点は、問題である。本来は、まず「公権力による人権侵害」と「私人間の人権侵害」とに大別し、それぞれの問題整理にあたるのが妥当であった。
 今回の審議会答申の採った類型化によって、結果的には、@公権力による人権侵害の問題性が相対的に薄まり、Aメディアによる人権侵害の問題性が相対的に浮き彫りにされた、といえる。審議会は、こうした非合理的な類型化を行った論理的な根拠を、国民に説明すべきである。

 4.公権力による人権侵害にかかる救済について(第4−3に関して)

 答申は「捜査手続や拘禁・収容施設内での虐待等については、付審判請求を含む刑事訴訟手続のほか、内部的監査・監察や苦情処理のシステムが設けられている」とし、代用監獄、刑務所や入管施設のような拘禁施設内で重大な人権侵害を受けた者が適切な救済を得てきたかのような印象を受ける。しかし、上記施設における人権侵害については、国連規約人権委員会が再三にわたり指摘しており、人権侵害の温床としてのDAIYOKANGOKUが国際用語として定着している状況にある。
 諸外国では、付審判手続や行政内部の監察のような制度が必ずしも十分に機能しないため、政府から独立した国内人権機関に公権力による人権侵害事象について強力な救済権限を与える制度化を図ってきたのである。
 他方、「自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある差別や虐待については、私人間における差別や虐待にもまして救済を図る必要」があり、このため、積極的救済を図るべきであるとしている。拘禁施設等の密室での公権力による人権侵害を受けた者への救済として、評価できる。しかし、問題なのは、具体的にこれが実現するかである。
 人権救済機関の調査に対する公的機関の「協力義務」について、答申直前の案では、これを「明記する」との表現だったが、答申ではこれを「確保する」に後退した(27頁)。公権力による人権侵害にかかる救済を実質化するためには、新設される人権委員会への公権力の協力義務を法律上「明記する」ことが不可欠である。
 公権力による人権侵害を実効的に救済していくためには、人権委員会を法務省ではなく、各省庁よりも一段高い地位に立つ内閣府に位置づけるることが必要であると同時に、以下のような救済権限を人権救済機関に付与すべきである。

@拘禁・収容施設に対する無条件の抜き打ち的な立ち入り調査権限
A拘禁・収容施設における処遇に関する是正勧告権
B拘禁・収容施設における医療設備等の整備に関する勧告権
C拘禁・収容施設における人員配置等に関する是正勧告権
D拘禁・収容施設における設備や処遇実態に関する強制的調査権

 5.メディアによる人権侵害にかかる救済について(第4−4に関して)

 答申では、マスメディアが民主主義社会で果たしている役割や、表現の自由・報道の自由の重要性、およびメディア側の自主規制制度の存在を理由として、マスメディアを積極的救済の対象から原則として除外している。このようなマスメディアに対する措置は、表現の自由・報道の自由の保障という観点から評価できる。しかし、一方で答申は、「犯罪被害者とその家族、被疑者・被告人の家族、少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等」については、例外的に積極的救済の対象になるとし、任意的な調査ではあるが人権救済機関の調査権限が及ぶとしている。
 しかし、積極的救済が及ぶ範囲の設定や運用の如何によっては、マスメディアに対して広い規制が及ぶおそれがあり、またマスメディアの側が規制を恐れるあまり、表現・報道を自己規制することも考えられる。よって、マスメディアによる人権侵害に関しては、マスメディアの持つ社会的効用や、表現の自由・報道の自由が有している民主主義的価値に十分配慮し、表現や報道の萎縮効果を招かぬようにしなければならない。
 そのためには、マスメディアがかかわる事案については、プライバシー侵害や過剰取材による人権侵害等も含めて、まずそのすべてをメディア側の第三者機関等による自主的・自律的規制に委ね、人権救済機関が報道に関する事案に直接関与することは避けるべきである。人権救済機関は、メディア側の自主的救済で解決しなかった事案の中で、とくに救済の必要性の高い事案のみについて救済権限を及ぼすべきである。「メディア」の定義を法律上明確なものとし、メディアによる人権侵害にかかる救済の対象や範囲も予め法律上明白かつ一義的に確定し、メディアの側に萎縮効果を及ぼさないようにしなければならない。
 他方、メディアの側も、その地位に安住することなく、自主的な第三者機関を早急に設け、答申が要望する「第三者性や透明性の確保を含む自主規制の強化・徹底」に努力すべきである。

 6.人権救済機関の組織体制について(第7に関して)

(1) 組織体制について
 答申が想定する人権委員会の組織体制は、中央レベルに置かれた一つの人権委員会が全国を所掌し、地方には法務局・地方法務局の人権擁護部門を改組した地方事務局を置くというものである。しかし、多くの人権問題は、職場や居住地域といった人々の日常生活の現場で生起するのであって、それらの問題を実効的に解決していこうとするならば、人権救済機関はその地域の事情に通じた地域密着型の組織とすべきである。そのためには、中央集権型の組織ではなく、中央の委員会と並んで、都道府県および政令市にも地方人権委員会を設置するという分権型の組織体制にすべきであった。
 また、答申が描くような、中央のみに単一の人権委員会を置く体制では、@大量の人権救済申立に対応できず、A全国各地の実情を十分に把握できず、B市民から敷居が高い存在とみなされるため、結果として市民から信頼を得るのは極めて困難となろう。これまで人権救済に関わってきた自治体や地域のNGOのきめの細かい先進的取り組みに学び、地方自治体の協力を得て、地方人権委員会を設置することを検討すべきである。

(2) 人権救済機関の独立性・多元性について
 答申が指摘するように、「人権救済機関は、政府からの独立性が不可欠」であるが、この独立性を担保するための出発点として、人権救済機関が「法務省」から独立したものとなることが欠かせない。答申は、法務省の人権擁護行政を下地として、新たな人権委員会制度をつくることを構想しているが、公権力による人権侵害を例にとれば、その多くは警察および法務省矯正局、法務省入国管理局の管轄する分野に集中しており、これらを法務省管轄下の人権委員会で救済することは事実上困難である。したがって、人権委員会は法務省ではなく、各省庁よりも一段高い地位に立つ内閣府の下に置くべきである。
 また、政府からの独立を保ち、市民から信頼される人権救済機関とするため、人権委員会委員の選任基準および選任方法が重要であるが、この点について答申では、中立公正性、透明性、ジェンダー・バランスの確保など一般的な言及にとどまっている。しかし、人権委員会の独立性・多元性が人権委員会の独立性を支える最大の支柱であることを十分に認識し、「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」が掲げているように、人権委員会の委員にはNGOや弁護士、種々のマイノリティ出身者を含めることを明記すべきであった。
 さらに、独立性を持った人権救済機関を実現するためには、事務局職員の独立性と多元性を確保することも必須であるが、答申ではこの面に関する言及も一般的なレベルにとどまっている。職員についても、ジェンダー・バランスへの配慮や、NGOや自治体職員、弁護士からの採用など、具体的に多元性を確保する方策を掲げるべきである。

 7.差別禁止法の必要性が明示されていない

 答申では「積極的救済」の対象となる人権侵害について、「できるだけ明確に定める必要がある」と述べているだけで、法律でそれを具体的に定めることは提言していない。しかし、「積極的救済」の範囲を明らかにし、かつ差別や虐待といった重大や人権侵害は、社会的に許されるものではないという国民的な意思を示すためにも、差別禁止法の制定を謳うべきであった。
 また、答申では「積極的救済」の対象となる人権侵害の形態として、差別と虐待を挙げるが、諸外国の差別禁止法や「国連・反人種差別モデル国内法」などにおいては、禁止される人権侵害の形態を「差別禁止事由」(たとえば、人種、皮膚の色、性別、性的指向・性的自己認識、婚姻上の地位、家族構成、言語、宗教、政治的意見、民族的又は国民的出身、年齢、身体的・知的障害、精神的疾患、病原体の存在、遺伝子)と、「差別禁止分野」(たとえば、雇用・職場、教育、居住、医療、物品及びサービス提供、施設利用)という二つの視点から細分化して規定するのが一般的である。答申においても、禁止される人権侵害の形態をこのような方法で詳細に示すべきであり、かつそれを差別禁止法として法律化することを提言すべきであった。

 8.特定職業従事者への人権教育・啓発に言及していない(第7−6@に関して)

 答申は、「人権委員会は、人権啓発も併せて所掌すべきである」とし、「人権啓発の総合的かつ効果的な推進が可能となるよう特段の配慮が必要である」としている。新設予定の人権委員会事務局は法務省人権擁護局を改編して担わせることを想定してか、従来の法務省所管である人権「啓発」には言及するが、文部科学省所管である人権「教育」には一切言及していない。
 また、このためであろうか、あるいは法務省と文部科学省共管の昨年11月29日に成立した人権教育・啓発推進法に関しては、本文においては一切、言及していない。わずかに(注1)として「人権教育及び啓発の推進に関する法律」があるが、その声明は「人権啓発に関しては、人権教育及び啓発の推進に関する法律が平成12年11月成立し、同年12月から施行されている。」とするのみでる。
 新設の人権委員会の役割として最も期待されることの一つは、法執行官、自衛官、医師、教師等の特定職業従事者に対する人権教育・啓発プログラムを作成し、これを実施することである。この点は先の教育・啓発施策に関する答申事項であろうが、今回の答申でも一部触れている国連規約人権委員会の最終所見(98.11)の指摘をふまえ、少なくとも裁判官をはじめ司法関係者の人権研修や法務省所管の法執行官(検察事務官、矯正施設職員、入国管理関係職員)などに対する人権研修プログラムの充実・強化などについて、再度具体的に言及すべきであった。

 9.人権政策提言機能が重視されていない(第7−6Aに関して)

(1) 「助言」でなく「提言」機能を
 答申は、人権救済および人権啓発の事務に加え、政府への「助言」等の事務を人権委員会は所掌すべきであると指摘する。基本的には正しい見解である。ただし、「助言」という言葉は弱すぎ、「提言」とすべきである。政府から真に独立した人権委員会なら、堂々と立法・行政・司法機関に対して、対等な立場から、人権政策や人権施策を「提言」できる存在であるべきである。こうした文言で表現される権能しか持たない人権委員会は、政府から実質的に独立した機関と見なすことはできない。

(2) 政府・議会等への「提言」機能の明確化

 答申は、「人権委員会が救済や啓発に係る活動の過程で得た経験・成果を政府への助言を通じて政策に反映させていくことも有用」としているが、誰に対して、何について助言するのか、また、その助言に対する対応については、全く触れられていない。
 人権フォーラム21は、中央人権委員会と地方人権委員会の設置を提案し、政府・議会等への「提言」機能を次のように提起した。中央人権委員会は、国会及び内閣に対し、@国の人権教育・啓発に係る政策および施策のあり方、A人権問題に係る法令の制定改廃、B人権施策の実施に係る行政慣行の変更、C人権諸条約の批准又はこれへの加入、D国連他、諸外国の人権機関との協力、E日本が締約国となっている人権諸条約上提出が義務づけられている政府報告書の作成などについて提言を行う。他方、地方人権委員会は、都道府県又は政令市の首長ならびに議会に対し、上記@〜Bに相応する提言を行うものとしている。提言は、人権保護救済活動に関わる市民の参加によって作成され、提言を受けた機関は、その対応について国民や住民に説明しなくてはならない。
 今回の答申には、国連パリ原則が重視する人権政策提言機能について、このような具体的内容を盛り込むべきであった。
 旧ハンセン病患者の補償請求に関する先の熊本地裁判決、政府によるこの判決に対する控訴断念という事態を契機に、元患者に対する構造的人権侵害を直視し、国が全面補償する途が開かれた。しかし、長年にわたり人間の尊厳を否定されてきた元患者の苦痛は、想像を絶するものがある。
 ひるがえって、仮に数十年前に、日本に人権委員会が設置されており、当事者参加にもとづく人権政策提言機能を持っていたとすれば、人権委員会はかならずや元患者に対する長年にわたる構造的な人権侵害を問題とし、政府や国会に対しその改善のため提言を行っていたはずである。このように考えると、社会的・構造的な重大人権侵害状況を改善するため、人権委員会に期待される提言機能の重みが理解されよう。

 10.附帯決議で要請された人権諸条約批准の必要性や国際人権法の国内実施体制について言及されていない

(1) 人権擁護施策推進法採択時の衆参法務委員会の附帯決議は、「人権関係条約の批准について、積極的に検討すること」を審議会に要請した。しかしながら、答申でこの点は言及されなかった。
自由権規約第1選択議定書及び女性差別撤廃条約選択議定書などの批准や、人種差別撤廃条約第14条及び拷問等禁止条約第22条に基づく宣言を行なうことにより、日本においていわゆる個人通報制度を利用可能にすることは、人権を侵害されたとする者の救済の可能性をさらに広げることになる。この提言は審議会においても重要な論点のはずであったが、残念ながら答申では言及されなかった。

(2) また、答申は、国際人権法に基づく人権救済手続については全く言及していない。しかし、審議会に対する法務大臣による第2号諮問は、「国内」の制度に限定されていない点に注目すれば、このような国際的な人権救済制度に関しても答申は明示的に言及すべきであった。


III.立法化に向けた今後の課題について

 1.人権政策三原則に根ざした市民の視点からの立法化

 これまでの日本の人権救済制度は、答申も認めているように、内容と実施の両面において不十分なものであった。人権侵害・差別を受けた当事者は、地域や草の根の生活現場で、苦悩や抗議の声を上げてきたにもかかわらず、政府は中央集権的かつ省庁割拠主義的な対応に終始し、当事者の声を聞いて実効的な救済サービスを提供してこなかった。
 こうした現実を直視し、市民の視点に立った人権救済制度を確立するため、国会は、次の人権政策三原則を十分に踏まえる必要がある。

 第一原則= 総合性の原則
  人権政策の策定・実施にあたっては、縦割り行政の弊害を排した総合的な取り組みを行うこと
 第二原則= 当事者性の原則
  当事者の視点に立った施策の推進、及び当事者自らによる問題解決に対する適切な支援を行うこと
 第三原則= 地域性の原則
  人権問題は原則として地域社会において解決されるべきであり、地域的な取り組みに対する支援に重点を置くこと

 2.差別禁止法の制定

 上記II.−7で指摘したような差別禁止法を人権委員会設置法と同時に制定する必要がある。国会は答申に盛り込まれていないこの提言についても、積極的に検討すべきである。

 3.人権委員会設置法の制定過程で、上記指摘事項を実質的に踏まえること

 国会は、答申に関する上記II.に提示した10項目の意見を十分に踏まえて、人権委員会設置法の審議を進めるべきである。

 4.人権擁護委員制度の抜本的改革の必要性

 審議会は今後人権擁護委員制度のあり方を引き続き検討する。答申から伺えるのは、現行の人権擁護委員制度を基本的には維持し、人権委員会の新設や人権擁護局の同事務局への改編に伴い、同制度を若干修正するという対応である。しかしながら、審議会自体が認めるように、同制度は国民から十分に信頼されてこなかった。同制度には、若干の修正では改善できない、構造的な問題が潜んでいる。したがって、同制度に関しては「聖域を設けない」抜本的かつ大胆な改編が望まれる。

 以下に、人権フォーラム21の「「人権政策提言」の該当箇所を引用・紹介する。

【参考資料】人権フォーラム21「人権政策提言(抄)」(2000.11.10)
8.人権擁護委員制度の改編を
 8-1.〔委員数の削減〕
 現行の人権擁護委員数約14,000名体制を6,000名に縮小する。

 8-2.〔委員の研修と人権ソーシャルワーカーへの移行〕
 各年度2,000名づつに3か月間の人権研修を実施し、人権研修を受けた人権擁護委員を「人権ソーシャルワーカー」とする。人権ソーシャルワーカーはボランティアではなく有給とし、少なくとも週に数日は職務に専念させ、専門職化する。人権ソーシャルワーカーの手当等の総額は年間300億円(500万円×6,000人)と想定する。

 8-3.〔人権ソーシャルワーカー研修所〕
 人権ソーシャルワーカーを対象に、国家公務員初任者研修に準じて、3か月間の研修を実施する。このため人権ソーシャルワーカー研修所を設ける。その費用として年間20億円を想定し、事務は中央人権委員会事務局が担当する。

 8-4.〔人権促進市民ボランティア制度の新設〕
 人権ソーシャルワーカーに協力し、地域における人権問題を発掘するボランティアとして、新たに「人権促進市民ボランティア」制度を創設する。人権促進市民ボランティアには人権問題に関する現場体験豊富な人材を積極的に登用する。人権促進市民ボランティアの活動にかかる事務は、地方人権委員会が担当する。

 8-5.〔人権ソーシャルワーカー及び人権促進市民ボランティアの選任方法〕
 人権ソーシャルワーカーは3か月間の人権研修を受けた旧人権擁護委員その他の中から地方人権委員会が選任する。人権促進市民ボランティアは地域において人権相談活動、人権問題関連のケースワーカー、シェルター活動、人権救済活動等の活動実績のある人材の中から地方人権委員会が選任する。
 人権ソーシャルワーカー及び人権促進市民ボランティアの選任にあたっては、年齢構成、ジェンダー・バランスの確保に留意するとともに、マイノリティ出身者を積極的に選任する。

 8-6.〔人権ソーシャルワーカー及び人権促進市民ボランティアの任務〕
 人権ソーシャルワーカー及び人権促進市民ボランティアは、地域における様々な人権侵害・差別に関する相談を受け、必要な援助を行う。

 8-7.〔地方人権委員会への事案付託〕
 相談内容が、人権委員会が処理すべき人権侵害・差別を構成すると思料される場合には、人権ソーシャルワーカー及び人権促進市民ボランティアは地方人権委員会に事案を委ねる。

 8-8.〔住民の利便性の確保〕
 人権ソーシャルワーカー及び人権促進市民ボランティアを各地にバランスよく配置し、市民が気兼ねなく相談できる体制を整備する。
 
以 上


 

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