人権擁護推進審議会「人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」に対する要望書
2001年1月29日 社団法人 自由人権協会


人権擁護推進審議会  塩野 宏 会長 殿
2001年1月29日 社団法人 自由人権協会
代表理事 内田剛弘 金城清子
江橋 崇 更 田 義 彦
秋山幹男

2000年11月28日に発表された「人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」に対し、社団法人自由人権協会は、以下のとおり意見を述べます。

【論点】第3の1 人権救済制度の位置付け

<意見の要旨>
 人権救済機関の主な責務の一つとして、国際人権基準の国内的実施を掲げるべきである。
<意見>
 日本は、国際人権規約をはじめ、あらゆる形態の人種差別撤廃に関する国際条約、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、児童の権利に関する条約等、国際人権文書に加入し、その国内法としての効力を認めながらも、その国内的実施が効果的に行われているとは言い難い。たとえば、規約人権委員会においては、政府報告書審査が行われる度に、様々な懸念事項が示されており、特に、第4回政府報告書審査においては、国内裁判所の国際人権基準に対する無理解等を克服するため、裁判官、行政官等に対する規約で保障された人権について研修の実施を強く勧告されている状態である。よって、国際人権基準の効果的実施のための人権救済機関の役割は大きく、国連諸機関の日本政府に対する勧告に沿った現状改善を行うこともその任務となるのである。
 国連ハンドブックでは、個別人権侵害救済の際に国際人権基準を実施するのみならず、国際人権基準に関して、国際条約の履行に関する助言、国連に対する政府報告書の起草への助力、国内行動計画の策定の支援が記されている(第IV章「政府に助言し、政府を支援する任務」E.国際人権基準の履行に際しての助言と支援)。つまり、人権救済機関は、その専門的知識と経験ゆえに、国際条約の受諾に関する助言、条約と国内法の整合性についての助言、新たな国内法制定の必要性についての助言、その他、基準の実施のための諸手段についての助言を行うと記されているのである。
 以上の点に鑑み、中間取りまとめにおける人権救済機関の国際人権基準に対する役割は限定が過ぎる。個別救済における国際人権基準の実施、国際基準実施のための政策提言、政府助言、政府報告書や国内行動計画策定における国際条約履行の観点からの助言等、国際人権基準の効果的実施をその任務としていることを明記する必要がある。


【論点】第3の2  具体的役割

<意見の要旨>
 国内人権機関の位置付けを「救済制度」に限定せず、「人権の促進及び保障のための機関」とし、具体的役割として、人権一般についての調査、勧告及び意見表明を加えるべきである。
<意見>
 1.個別人権侵害事件の救済と教育(啓発)のみでは、人権の促進及び保障の制度としては不十分である。国内人権機関には、国内法及び人権諸条規約の遵守状況、人権に関する国際的基準や潮流に照らしての国内制度の問題点などの一般的人権状況についての調査及びその結果に基づく勧告や意見表明の権限が付与されなければならない。個別人権侵害の救済だけでは、制度的、歴史的な原因にもとづく大規模かつ構造的な人権侵害が解消されないからである。パリ原則も国内人権機関に付与されるべき権限及び責務の一つとして、これを含むものとしている。
 2.以上の観点から、第3の1の位置付けは、「救済制度」から「人権の促進及び保障制度」に変更されるべきであり、また、第3の2の具体的役割に、一般的な人権状況についての調査並びに勧告及び意見表明が加えられるべきであり、第6の6において他に所掌すべき事務の一つとされている「政府への助言」「人権白書の作成と国会への提出」及び「国際連合や外国の国内人権機構との協力等」は、第3の2の具体的役割とされるべきである。また、人権に関する国連等の国際機関に対する政府報告書に意見を付する権限と義務を与えるべきである。

【論点】第3の2の(2) 自主解決が困難な状況にある被害者の積極的救済

<意見の要旨>
積極的救済について、「対象となる差別や虐待の範囲をできるだけ明確に定める必要があり、市民生活への介入を無用に増大させることがないよう配慮する必要がある」との見解に賛成する。
<意見>
積極的救済が相手方や関係者の人権を制限することになりうるとの認識は重要である。人権救済制度による積極的救済が不当な人権侵害を招くことがないよう、「対象となる差別や虐待の範囲をできるだけ明確に定める必要があり、市民生活への介入を無用に増大ささせることがないよう配慮する必要がある」との中間取りまとめの見解に賛成する。

【論点】 第3の2の(2) 自主解決が困難な状況にある被害者の積極的救済

<意見の要旨>
人権救済のためには多様な救済手続がとられるが、司法救済の重要性は動かしがたい。人権救済機関は司法救済を促進するため、意見表明、資料、情報の提供を行うだけでなく、民間団体や弁護士団体による訴訟支援について財政的支援及び法律扶助の抜本的拡大の実現を提言すべきである。また、人権救済機関が裁判手続に参加することも検討されるべきである。
<意見>
中間取りまとめは、裁判手続を利用することが困難な状況にある被害者のためには司法救済は有効に機能しない、との理由により人権救済制度における「積極的救済」の必要性を説いているが、強力な手段による救済を図るためには司法救済が欠かせない。
そこで、裁判手続を利用することが困難な被害者が裁判手続による救済を受けられるようにするための制度的手当てを充分検討するべきである。その場合、国の人権救済機関による訴訟援助だけでなく、民間のNPOその他の様々な団体や弁護士団体等による訴訟支援が広汎に行われるようにすることが望ましいと思われる。国は、法律扶助協会による法律扶助の抜本的拡大をするとともに、人権被害者の救援を任務とする民間団体への補助金の交付や税制上の優遇措置などの財政的支援を実現するべきであり、貴審議会におかれては、この点について積極的な提言を行っていただきたい。また、人権救済機関が裁判手続に参加することも検討されるべきである。

【論点】第4の1の(1)(イ) 差別表現
<意見の要旨>
差別表現については、表現の自由の重要性に鑑み、相談、あっせん、指導等により被害の救済をはかるものとし、調停、仲裁、勧告等の積極的救済の対象とすべきではない。また、差止め等の強制的措置については、裁判によるものとし、人権救済機関が裁判に関与する方策を検討すべきである。
<意見>
中間取りまとめは差別表現のうち、特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たるものについて、積極的救済の対象としているが、集団誹謗的差別表現の場合と同様、表現の自由との関係で慎重な検討が必要と思われる。民主主義社会における表現の自由や精神的自由の重要性に鑑みると、差別表現に対する救済は、原則として司法救済に委ね、この分野では人権救済機関は相談、あっせん、指導等による救済にとどめるべきである。
中間取りまとめは、差別表現により人権を侵害された被害者が裁判手続を利用することは困難であるとの考え方から、特定の個人に対する侮辱や名誉毀損に当たる差別表現を人権救済機関による積極的救済の対象としているが、第3の2の(2)に関する意見で述べたとおり、様々な民間団体や弁護士団体による広汎な訴訟支援がなされるよう、これらの団体に対する国の財政支援や法律扶助の大幅な拡大を実現し、司法による救済が容易になされるようにすることも重要ではないかと考えられる。
また、中間取りまとめは、差別を助長・誘発するおそれが高い表現行為について、差止めや削除等の手続を引き続き検討するとしているが、このような措置は裁判手続によりなされるべきである。なお、被害救済を容易にするため人権救済機関が裁判に関与する方策を講ずるべきである。

【論点】第4の1の(3)  公権力による人権侵害

<意見の要旨>
 公権力による人権侵害の救済を人権救済機関の最も重要な任務とするべきである。また、行政処分による人権侵害を救済の対象外とすべきではない。
<意見>
 公権力の人権侵害の救済こそ、人権救済機関の最も重要な任務とすべきである。
 すなわち、公権力の行使は直接強制力を伴うなど、人権を著しく侵害する危険があるものである。また、20世紀の積極国家・社会国家の要請に伴い行政権が肥大化・巨大化し、国、地方自治体などの公権力が、市民の生活の中で果たす役割が飛躍的に増大した現在、公権力による人権侵害の危険性は、ますます大きいものがある。さらに、「官尊民卑」の意識が残り、「お上」意識が強い日本社会の現状を考えた場合、少数者の人権をまもり、公権力による人権侵害を救済する必要性は高い。また、国連などによる勧告からも明らかな通り、警察、検察、矯正などの拘禁・収容施設における公権力による人権侵害は、依然として跡を絶たずに起こっており、第三者的機関によるこれらの救済は、焦眉の急である。
 このように、公権力による人権侵害は、その広がりにおいても、その深さにおいても、看過しえない状況にあるのであって、このような公権力による人権侵害について、民間における「差別」「虐待」「マスコミによる人権侵害」と同列に扱うことは、その問題の重要性を軽視するものであって、妥当ではない。人権救済機関は、公権力による人権侵害に対し、独立した国家機関による救済を行うものとして、まず第一に位置付けるべきである。
 また、行政処分に対して不服申立制度があるからといって、行政処分による差別や虐待を人権救済機関の救済の対象から外すことは妥当ではない。行政機関の内部的救済については限界があり、人権救済のためには、独立した第三者機関である人権救済機関による救済が不可欠である。

【論点】第4の1の(4) マスメディアによる人権侵害

<意見の要旨>
民主主義社会における表現の自由や報道の自由の重大性に鑑み、マスメディアの取材や報道による人権侵害の救済は、裁判手続によるほか、可能な限り、マスメディアの自主規制による対応に委ねられるべきである。また、自主規制による対応がとられない場合には、人権救済機関は、相談、あっせん等にあたるべきである。
<意見> マスメディアによる名誉毀損、プライバシー侵害、過剰取材による私生活の平穏の侵害等の問題があるのは事実である。しかし、表現の自由は民主主義社会の根幹をなすものであり、また、報道機関は社会に生起する様々な事象について、人々に情報を伝えあるいは様々な考え方を提示し、国民の知る権利に応える役割を担っている。表現の自由や取材・報道の自由を確保することは極めて重要であり、国家機関による取材・報道の自由に対する介入は極力避けなければならない。
したがって、マスメディアの取材や報道による人権侵害の救済は、裁判手続によるほかは、可能な限り、マスメディアの自主規制による対応に委ねられるべきである。中間取りまとめが第三者を活用した苦情処理制度による自主規制を提言していることに賛成であるが、犯罪被害者とその家族、被疑者・被告人、少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等について人権救済機関が、相談、あっせん、指導等にとどまらず、調停、仲裁、勧告等のいわゆる積極的救済の対象とするとしている点については賛成できない。マスメディアの取材や報道による人権侵害については、裁判手続による救済を図るべきである。
 そして、裁判手続を利用することが困難な被害者のためには、第3の2の(2)に関する意見で述べたとおり、様々な民間団体や弁護士団体による広汎な訴訟支援がなされるよう、これらの団体に対する国の財政支援や法律扶助の大幅な拡大を実現し、司法による救済が容易になされるようにすることが重要である。
また、活字メディアにおける第三者を活用した自主的人権救済の仕組みは、一部の新聞社においてようやく開始されたが、すみやかに他の報道機関や出版社においても同様な第三者を活用した人権救済の仕組みが導入されるべきである。ことに、名誉毀損やプライバシー侵害が多く問題となっている週刊誌や雑誌等においてもこのような自主的人権救済の仕組みが採用されることが特に望まれる。
 さらに、マスメディアの自主規制の対応がとられない場合の人権救済機関の措置は、取材、報道を萎縮させるものであってはならず、相談、あっせん等の簡易な救済にとどめるべきである。

【論点】第4の2の(6) 訴訟援助

<意見の要旨>
人権救済のためには多様な救済手続がとられるが、司法救済の重要性は動かしがたい。人権救済機関は司法救済を促進するため、意見表明、資料、情報の提供を行うだけでなく、民間団体や弁護士団体による訴訟支援について財政的支援及び法律扶助の抜本的拡大の実現を提言すべきである。また人権救済機関が裁判手続に参加することも検討されるべきである(第3の2の(2)自主解決が困難な状況にある被害者の積極的救済について述べた意見と同一である)。
<意見>
中間取りまとめは、裁判手続を利用することが困難な状況にある被害者のためには司法救済は有効に機能しない、との理由により人権救済制度における「積極的救済」の必要性を説いているが、強力な手段による救済を図るためには司法救済を実効的なものとするための措置が欠かせない。
そこで、裁判手続を利用することが困難な被害者が裁判手続による救済を受けられるようにするための制度的手当てを充分検討するべきである。その場合、国の人権救済機関による訴訟援助だけでなく、民間のNPOその他の様々な団体や弁護士団体等による訴訟支援が広汎に行われるようにすることが望ましいと思われる。国は、法律扶助協会による法律扶助の抜本的拡大をするとともに、人権被害者の救援を任務とする民間団体への補助金の交付や税制上の優遇措置などの財政的支援を実現するべきであり、貴審議会におかれては、この点について積極的な提言を行っていただきたい。また、人権救済機関が裁判手続に参加することも検討されるべきである。

【論点】第4の2の(7) 特定の事案に関する強制的手法

<意見の要旨>
差別を助長・誘発するおそれの高い表現行為に対する差止命令の発布等の強制的措置は、裁判所の命令によるべきである。ただし、その救済の実効性を高めるため、人権救済機関が裁判に関与する方策を検討すべきである。
<意見>
差別を助長・誘発するおそれの高い表現行為に対し、差止命令の発布等の強制的措置をとることは、表現の自由に関わることであり、また、それ自体基本的人権を制約することになる可能性を否定できない。したがって、そのような措置をとるとした場合は、適正な手続が保障された裁判所の命令によるべきであり、被害の救済の実効性を高めるために、人権救済機関が裁判に関与する方策を講じるべきである。

【論点】第5 調査手続・権限の整備

<意見の要旨>
人権救済機関による調査は、公権力による人権侵害の場合を除き、任意調査とし、過料や罰金で担保された質問調査権、文書提出命令権、立ち入り調査権等の強制調査権限は付与するべきではない。ただし、人権救済機関に強制調査権限を付与する場合には、法的要件等を慎重に検討すべきである。
<意見>
強制的調査権限を欠いた調査が実効的なものとなるかとの懸念がある一方で、安易な強制調査権の発効が市民生活への介入を無用に増大させる可能性があることも、また否定できないところである。とりわけ、私人間の人権侵害について実体規定は整備されておらず、人権救済機関の救済の対象となる差別や虐待等の範囲は明確とはいえず、また、行使のための手続も厳格に定められる必要がある。中間取りまとめもその懸念を示し、市民生活への介入を無用に増大させることがないよう配慮する必要があるとしている(第3の2の(2))。
そこで、人権救済機関の調査は、公権力による人権侵害を調査する場合を除き、任意の協力による調査によるものとし、強制調査権限を付与するためには、その実体及び手続に関する規定が法制的観点から慎重に検討されるべきである。

【論点】第6の1 人権救済機関の独立性等

<意見の要旨>
 人権救済機関は、内閣府の外局としての独立行政委員会(国家行政組織法3条)とすべきであり、事務局も独自に採用する職員をもって組織されるべきである。
<意見>
 人権救済機関の独立性は、その組織体制を考えるに当たって最も重要な点である。人権救済機関が私人間の様々な紛争に関してのみならず、公権力による人権侵害についても積極的救済を行うことに鑑みると、一種の準司法機関として、政府から独立したものでなければならない。国連パリ原則、国連ハンドブックが繰り返し政府からの独立性について述べていることや、規約人権委員会が「政府から独立した調査・救済機関」の設置を勧告したことを忘れてはならない。
 まず第一に、人権救済機関は、政府機関の中でも人権侵害を引き起こしやすい職務を担当している部局から、可能な限り独立させなければならない。この点において、警察、検察、刑務、出入国管理、精神医療などの職務を管轄する部局からは、完全に独立している必要がある。
 さらに、人権救済機関は政府それ自体からもできるだけ独立していなければならない。
 そのためには、まず、委員は、公正で透明な任命手続により、「多元的」に任命され、かつ、身分が保障されなければならない。事務局も、他の政府機関から独立していなければならず、人権救済機関によって独立に採用されなければならない。財政的な独立性も重要であり、独自に予算要求できるものとすべきである。


 

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