「人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」に対する意見


2001年1月19日
(社)日本民間放送連盟

<は じ め に>

表現の自由の確保は、人権尊重の基本

  基本的人権の尊重は民主主義社会の根幹をなすものであり、「表現の自由、報道の自由を守ることこそが人権を守る基本」になることは、当連盟が繰り返し指摘していることである。今回のテーマの一つである差別問題でも、男女差別、被差別部落やエイズ問題など、不当な差別をなくすためにメディアがこれまでに果たしてきた積極的な役割を考えれば明らかである。
  放送に関してはその媒体特性から放送法が存在し、それに基づき各局の番組基準がつくられ、民放連放送基準が制定されている。また、後述する「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」も設置され、人権問題に関する自主・自律の体制を構築している。人権擁護に関する新たな法制化にあたっては、こうしたことが十分想起される必要がある。

メディアの「公権力の監視」機能を制約

  「人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」(以下「取りまとめ」)では、本来別次元の問題である「公権力による人権侵害」と「メディアによる人権侵害」を同列におき、しかも公権力よりもメディアについて倍の分量をさいて記述している。国連の日本への勧告には、メディアによる人権侵害の記述が無いのに比べ、極めて奇異である。
  メディアを人権救済機関の規制対象にすることは、公権力による「表現の自由」の侵害になるだけでなく、逆にメディアのもつ「公権力監視」機能を制約することにつながる。メディアが人権救済機関の監視にさらされることになれば、取材・制作活動が萎縮し、メディアに本来期待される機能が発揮されなくなる恐れさえある。

メディアの自主的取り組みの尊重

  人権救済機関はあらゆる人権侵害を対象に強力な権限をもつことが目論まれている。
  一方で民間による取り組み姿勢についてはあまり触れられていない。民放連とNHKが共同で設立した第三者機関であるBRCに対する評価に端的に示されている。BRCは発足して3年半が経過し、放送界での人権尊重の徹底に重要な役割を果たしつつある。「取りまとめ」はこのBRCの活動強化に期待を表明するだけにとどまり犯罪被害者、少年の被疑者等に関するプライバシー侵害は人権救済機関でしか救済できないと決めつけている。これはBRCの役割を頭から無視するもので、こうした見方はBRCの活動強化を妨げ、「取りまとめ」が期待していることにも反する。
  メディア各社は人権擁護の重要性を認識し、取材・制作活動等を通じて公権力や社会の不正を監視している。人権救済機関による強制調査権や差止め命令は、明らかに憲法21条で認められた表現の自由・報道の自由を侵害し、禁止されている検閲を復活するもので、当連盟は市民の知る権利を守るためにこれを認めることはできない。したがってメディアは人権救済機関の法的規制の対象外にすべきだと考える。

<「取りまとめ」の記述にそったコメント>

(1)「差別表現」について(第4の1の(1)のイの(イ))

 民放連の放送基準では「差別」の問題について、「人種・性別・職業・境遇・信条などによって取り扱いを差別しない」と明記し、その解説で「なにげない表現が当事者にとっては重大な侮辱あるいは差別として受け取られることが少なくない。・・・(中略)・・・言葉の言い換えだけで差別がなくなるものではなく、意識の改革がこれに伴わなければならないことを銘記すべきである」としている。これは放送界における長年の取り組み経緯を踏まえて記述されたものであり、「差別表現」の問題の重要性を認識している表れである。
 「取りまとめ」では集団誹謗的表現について、「表現の自由」の配慮の必要性を指摘してはいるものの、原則規制の対象にする方向を示している。「差別表現」の問題といえども、事柄は「表現の自由」に関わる問題であり、公権力たる人権救済機関が直接介入すべきでなく、民間同士で解決すべきである。「差別表現」の問題に公権力が直接介入することは、むしろ問題の本質的な解決を妨げることになる。

(2)公権力による人権侵害について(第4の1の(3))

 国連の委員会が、警察、入国管理局、刑務所と具体的に公的施設を指摘して、人権救済の必要性に言及したのに対し、「取りまとめ」では「捜査手続や拘禁・収容施設内における暴行その他の虐待」等の表現にとどまり、内容に関する記述がほとんど無い。しかも「関係諸制度との適正な役割分担が必要」等の前置きを付けながら、「公権力による人権侵害すべてを・・・・・・対象とすることは相当でない」としており、公権力による人権侵害に対しては著しく消極的な姿勢が目立つ。

(3)メディアによる人権侵害について(第4の1の(4))

「取りまとめ」は、メディア側の自主的行動に関しては、BRCなどの状況・役割に対する綿密な分析をすることなく、「人権侵害の問題をすべてその自主規制に委ねることは相当でない」とし、人権救済機関のメディアに対する介入を正当化しているが、極めて短絡的な結論付けだといわざるを得ない。
また、メディアによる人権侵害について、「広く積極的救済の対象とすることは表現の自由、報道の自由の保障等の観点から相当でない」としながら、「犯罪被害者とその家族、被疑者・被告人の家族、少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等」を対象にするとしている。「表現の自由」が一部であれ侵害された場合、その侵害が拡大されることは、これまでの「表現の自由」に関する歴史が証明しており、同じ歴史を繰り返してはならない。

(4)救済手法の整備について(第4の2)

 メディアを対象にした場合の救済機関の救済手法としては、調停、仲裁、勧告・公表、訴訟援助等があげられているが、いずれの手法も、公権力による露骨な「表現の自由」への介入になる。また訴訟援助については、「人権救済機関が被害者の提起した訴訟に主体的に関与し得る仕組み」も検討するとしているが、準司法的機能をもつ行政機関である人権救済機関が中立的立場を放棄し、訴訟当事者に近い立場になるのは問題がある。
また、差別を助長・誘発する恐れの高い一定の表現行為等による人権侵害の救済に関して、勧告・公表等の手法に加え、「表現の自由の保障との関係が特に問題になる」との断り書きがあるものの、命令、裁定や裁判所による強制的な差止命令の可能性にまで言及しているのは問題が大きい。

(5)調査手続・権限の整備について(第5)

 調査権限の整備として、「一定の強制力を伴う調査権限の整備」「過料又は罰金で担保された質問調査権、文書提出命令権、立入調査権の必要性等の検討」があげられ、強い調査権限が付与されようとしている。メディアについては、「表現の自由、報道の自由の重要性にかんがみ、強制調査について慎重な配慮が必要」としながらも、今後の検討課題に残している。仮に強制調査がメディアに行使される場合は「表現の自由」に対する重大な侵害になる。
以上


 

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