人権擁護推進審議会[中間取りまとめ]への意見


川村暁雄(神戸女学院大講師)

1.【第2-2 被害者の救済にかかわる制度の実情】について
概要:現行の制度が信頼されていない理由として、人権侵犯の有無を判定する基準が明確でないという点も明示するべき。

 この項目ではこれまでの法務省の被害者救済制度の実情について評価を行っているが、国民に信頼を得ていない理由を、権限のなさ、法務省内部の部局であること、人的資源が欠如していることなどとしている。しかし、信頼を得られない理由の大きな一つは「人権侵害」の事実認定の形式と根拠であると考える。確かに「対象とする人権侵害に特段の限定がないため,その時々に問題となっている人権侵害事象に対して柔軟な対応が可能」という見方も可能かもしれないが、現実にはリコーリースの外国人差別問題に見られるように、常識的にみて人権侵害としか思えないような事件についても「人権侵犯ではない」という判定がなされ、その根拠も明らかにされない。これでは信頼することは不可能である。このように、人権侵害であるか判断する基準が明らかにされてないということが、現行のシステムに存在する大きな問題の一つであると考える。このため、本項の「問題点」として以下もあげるべき。
●人権侵害を判断する根拠が明確ではなく、公開もされていないため、人権侵犯の判定について市民の信頼を得ることができない。


2.【第6-6 人権救済機関が他に所掌すべき事務】について(その1)
概要 人権救済機関の独立性のためには、法的に権限を明確化する必要がある。現段階では十分な人権法は存在していないため、そうした立法も含めた助言・提案の機能は不可欠である。このための調査や市民の議論喚起も職務とすべきである。

 パリ原則でも強調されているように、人権救済機関の権限は法で定めないと、その独立性は確保できない。このためには、どのような人権侵犯が救済対象となるかを法的に明確に規定する必要がある。もちろん、こうした判断の際には国際人権条約や憲法その他の国内法が一つの基準となろう。ただし、国際人権条約でもさらにすべての問題が扱われているわけでもなく、また裁判所などの慣行を見ていても国際人権条約が十分に活用されていないのが現実である。
 こうしたなかで、法に基づく人権救済を実現するためには、人権に関する国内法を整備していく必要がある。しかし、こうした人権法は、広く市民の論議を踏まえて策定されなくては、実効性も正統性ももたない。人権機関を設置しても、それがこれまでのように、行政機関が恣意的かつ非公開の人権侵犯判定基準を策定し、それを適用するという方法をとったのでは市民の信頼を獲得することは不可能である。
 すなわち、人権基準についての助言は、単に政府・国会に対して行われるべきではない。その前提として、一般的な人権問題についての議論喚起をまず行う必要がある。人権救済機関が所掌すべき事務として、以下のように、このことを明記するべきである。
 「人権救済機関は、国際人権条約・憲法などに規定されている人権基準に基づき、一般的人権問題について職権にて調査を行い、市民の人権に関する議論喚起に貢献する。」
 さらに
「人権救済機関は、現行法では十分に規制されない人権侵害事件を解決するために必要な立法を含めた政策についての助言を職権において政府・国会に対して行うことができる」とすべきである。


3.【第6-6 人権救済機関が他に所掌すべき事務】について(その2)
概要 行政機関の一つである人権機関が「啓発」するという発想は時代遅れであり、人的・財政的にも不可能である。人権基準の周知徹底のための情報提供と、人権問題解決のための世論喚起に絞るべき。

 教育の現場にいると実感することであるが、行政が「啓発」するという姿勢で人権を尊重する意志や気持ちが生まれているとは思いにくい。本来、人権というものは、等しく尊厳を持つ存在である市民がお互いの尊厳を守るために生み出したルールであることを考えれば当然のことである。主権者たる市民に対して「行政」が「啓発」するということ自体が、いわば本末転倒の事態であるといってもいい。
 独立行政機関を含めた国家機関にできることは、市民が合意したルール(憲法、法、国際法)に基づき、そのような合意がすでになされたということを想起させることであり、その範を示すことである。行政が自ら定義した人権問題・人権基準について「啓発」することではない。事実、多くの国で人権機関が人権教育の根拠としているのは、反差別・人権立法の内容であり、行政の恣意により定義された人権ではない。パリ原則を起草した諸国内人権機関が現実に行っている人権啓発にしても、「人権尊重の理念を普及高揚する一般的人権啓発」でないのは、筆者が関与した国内人権機関に関する国際比較においても明らかにされていることである。人権侵害の発生を未然に防止するのは、「一般的な人権啓発」ではなく具体的な差別行為に対する法に基づく制裁であり、そのことを周知徹底させる「広報」活動であるのは、他国の事例からも明らかである。
 「人権尊重の理念を普及高揚」する「一般的な人権啓発」が具体的に何を意味するのかは、「啓発に関する答申」においてもきわめて曖昧であった。それが被差別者に対する連帯や社会的絆を意味するならば、むしろ学校教育、生涯教育などの分野で扱われるべきことであり、人的・財政的資源の限られる国内人権機関が行うべきことではない。人権教育に関連した人権機関の任務は、差別禁止のための法的基準の形成とそのための市民的議論の喚起、策定された法的基準の普及・広報に限定したものであるべきである。
 こうした考えから、以下の提案を行う。
「人権尊重の理念を普及高揚し、人権侵害の発生を未然に防止する一般的人権啓発」を削除し、「人権基準と、その救済措置についての情報提供を徹底し、人権問題やあるべき人権基準について議論喚起を行う」一般的人権教育と変更する。


 

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