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無限抱擁
天は、地に生きるものの喜びも、悲しみも、人類の愚かささえも、未だ抱擁し続ける。
本橋成一
それまでぼくは、チェルノブイリのことは関心はあっても自分で関わろうと思ったことはなかった(こういう言い方もおかしいのだが)。事故以来悲惨なニュースを嫌というほど見せられ、聞かされた。この悲しいチェルノブイリを、そして「核」という途方もないテーマを、今さらぼくに何ができるかと思っていた。だから、何回かの取材の誘いもいつも暖昧な返事でごまかしていた。
そのぼくがJCFの鎌田實さんや高橋卓志さんに、「写真なんか撮らなくていいから、とにかく見てきてよ」と誘われ、重い腰を上げてチェルノブイリに行ったのは、事故から5年を経た1991年6月のことだった。
案の定、最初に連れて行かれたベラルーシやゴメリの病院で白血病や甲状腺機能障害で病む子たちに出会ったとき、写真などとても撮れるものではないと思った。放射能測定器が激しく鳴る石棺の前に立たされた時も、二度と来るべき所ではないと思った。そんな気持ちが一変したのは、この写真集の主な舞台になっているチェチェルスクに案内してもらった時だ。石棺から170キロ、事故で放射性物質を含んだ灰が舞い上がり、風と雨とに運ばれて降りそそいだ汚染地域。かって3万人あった人口も、今では3分の2に減り、放射能汚染による深刻な問題を抱えている。しかし、ぼくの目に映ったのは、広い大地の上に、自然と共に生きている人々や、生きものたちの、暮らしのすばらしさだった。そしてチェチェルスクを歩くほどに、今までぼくの中にあった「核の大地」のタイトルが「いのちの大地」に変わっていった。ぼくほこの3年半の間に7度、チェルノブイリに通った。成田発モスクワ行きの飛行機は、5時間ほどで眼下にシベリアの大地を見ることができる。春夏秋冬いろどりを変える大地は、まるで宇宙船から地球を見ているようだ。この大地には何千億、いや数えきれないほどの「いのち」がへばりついている。そう思うと、進歩や自分たちの豊かさだけを求め続けている人間たちは、やはりとても傲慢なのだ。(あとがきより)
■定価:3800円(税込)
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