以下、ドラフトであり最終稿ではない。
インターネットの起源は、 60年代の米国国防総省による米国国内の遠隔地コンピュータネットワークの実験に遡る。 その後、米国内、国外の学術ネットワークや民間のネットワークが接続し、現在に至っている。 インターネットのガバナンスの基幹部分は、米国国防総省、商務省の影響下で成長してきた。 クリントン政権下のいわゆる「新自由主義」の展開のなかで、 インターネットのガバナンスは「民営化」への傾向を強め、 1998年にInternet Corporation for Assigned Names and Numbers (ICANN) が、 米国カリフォルニア州の非営利民間会社として設立された。 しかし、昨年9月11日を境に、再度国家の利益を優先させる方向が顕著となりつつあり、 リン報告はそのための強引な方針転換の提案である。
ICANNは従来、次のような組織であると説明されてきた。
ICANNは、インターネットのビジネス、技術、学術、 ユーザのコミュニティの広範な連携からなる米国籍の非営利民間会社である。 ICANNは、インターネットのドメインシステム、 IPアドレスの配分、プロトコルパラメータの割当て、 ルートサーバシステムの技術的な管理を調整するグローバルなコンセンサス団体として、 米国政府その他各国政府から認知されてきた。 グローバルなインターネットの多様な利害関係者のコミュニティからなる 広範囲な代表によるオープンで、透明性のある、 コンセンサスに基づく団体として活動することがICANNの目的である。
ICANNは、多様な利害関係者の参加とコンセンサスに基づくグローバルなインター ネットガバナンス組織であって、これを構成するのはビジネス、技術、学術、ユー ザのコミュニティであり、政府代表が明示的に示されていないところに他の国際 機関との大きな違いがある。ICANNは実質的には国際組織だが、法的には米国の 民間会社として米国国内法とカリフォルニア州法に縛られ、米国商務省の監督下 におかれる。この法的な枠組を後ろ楯に、米国政府は民間セクターを介した間接 支配を試みてきたと見ることもできる。
ICANNの最高意思決定機関は理事会である。ICANNは、この19名中9名をAt Largeとよばれるインターネットの個人ユーザを母体として選出することを決定 し、2000年にそのうちの5名が、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米の 五つの選挙区の選挙で選出された。有権者は、無料の登録によって、電子メール のアドレスと郵便の届く住所を持つ16歳以上の者と定められた。多くの問題を抱 えたとはいえ、インターネットを利用し、利害関係のあるほぼすべての人々を意 思決定に参加させようとするその意図と実践において、従来の政府代表による国 際機関に対して、あたらしい組織の可能性を示すものとして重要な意義をもつも のであった。
この理事選挙をめぐっては、そのあり方いついてその後さまざまな議論があり、 ICANN内部にAt Large選挙の検討組織が設置され、昨年秋に、選挙資格を制限し、 選挙登録を有料とするなど、改悪といえる次期選挙のルールの提案がなされ、こ れをめぐっては、NGOや学術団体などから批判が出され、議論が積み重ねられて いる最中であった。リン報告はこうした議論そのものを真っ向から否定するもの であり、ICANNの組織原則を踏み躙るものであって、しばしば「クーデタ」とよ ばれるゆえんである。
長文のリン報告の核心は次の個所にある。
「ICANNの創設当時の推進の理念はコンセンサスであったが、9/11の事件によっ て、効率性がむしろ重要になっている。中核的なインフラの管理をになうすべて の組織の責任に共通することだが、ICANNもまた必要なときに行動できなければ ならない。」
私たちがここで注目すべきなのは、「9/11の事件によって、効率性がむしろ重要 になっている」という文言と、同時に、この意味での効率性達成のために、コン センサス重視を放棄するという主張である。
911事件によって重要となった効率性とは経済効率性を意味するのではなく、政 治的、軍事的な目的を達成するための迅速な意思決定を意味する。それ以外の意 味にとることは不可能である。これは市民的な権利を抑制してでも市場ではなく 国家の強制力によって迅速性を実現すべきであるということを意味する。事実リ ンは「ICANNはグローバルな民主主義を達成することを主要な目的とする組織で はないし、デジタルデバイドを解決することが目的の組織でもない。」と述べ、 ICANNの意思決定に参加してきた多くの民主主義とコンセンサスを支えてきた部 分を排除する意思をはっきりと示している。
では、いったいこのような効率性によって、具体的にインターネットのインフラ がどのようにグローバルな「戦時体制」に組み込まれることになるのか、この点 については必ずしも明瞭な説明があるわけではない。ICANNの管理するインター ネットのインフラ部分を、米国のいう「テロに対する報復戦争」のための手段と して利用するということか? あるいは、米国の言う「テロリスト組織」による インターネットへのアクセスを阻止する何らかの措置をICANNにとらせられるよ うにすることを考えているのか?
リンの提案では、15名からなる評議会を新たに設置し、そこに5名の政府代表を 入れるという。一般会員制度はなくなるがこれにかわる公開のNominating Committeeの指名で5名が評議会に加わり、形式的には5人対5人というバランスを とっているようにみえるが、これは形式上の問題であって、コンセンサスのプロ セスも民主主義の実現も重視しないという大前提からみて、この5名はせいぜい で、一般ユーザの声を取り入れた運営を行っているという「アリバイ」として利 用されるだけのものであって、実効性のある参加を意味しない。
政府代表を加える理由として、リンは、政府の方が、わけのわからない自薦によ るAt Large会員制度よりも国民を代表するという点で正当性があるということ、 また財政を含めた支援を得やすいという点を挙げている。しかし、200ヶ国近く ある国家からたったの5ヶ国だけしか評議会に参加できないのであり、途上国の 利害は完全に排除されることになるだろう。また、財政問題については、政府の 公的資金に依存するのではなく、レジストラやレジストリなどインターネットの インフラをビジネスとして収益をあげている組織がその収益に応じた負担をする など、さまざまな選択肢がありうるのに、こうした検討がおろそかにされている。
リン報告の組織改変案では、ICANNを従来型の国際組織に後退させることではな いし、一般ユーザの参加の道を閉ざすものではないと述べられているが、これは 口先だけのことであって、実質的には非民主的な組織として大きな批判をあびて きたWTO/IMF/WBなどと大差のない組織になることは目に見えている。密室で超大 国と多国籍企業が事実上、情報通信インフラを今以上に支配することになる今回 のリン報告は、グローバルな民主主義への重大な挑戦であるだけでなく、グロー バルなコミュニケーションの自由、プライバシーへの脅威となるものである。
ICANNのホームページ http://www.icann.org/
論議を呼ぶICANN事務総長の「理事を政府選出に」提案 http://www.hotwired.co.jp/news/news/20020227202.html