「情報の政治的経済に向けて」−情報共有の民衆思想−            ロベルト=オベット=ベルゾーラ            訳・解説/市民コンピュータコミュニケーション研究会 解説  市民コンピュータコミュニケーション研究会(JCA)は、NGOや市民運 動の電子ネットワークを作ること、さらにそのネットワークを国外のNGOや 市民運動、民衆運動との間に拡げていくことを目的に、93年から準備活動を はじめ、95年に会員制の任意団体として発足した。とくに、世界的なネット ワークを、という課題に、JCAは当初から力を入れてきた。国外のNGOと 情報交換すると、日本の民衆サイドの情報がほとんど国外に出てこない、もっ と日本の「人々の声」や、日本企業の内幕などの情報が欲しい、という意見を 聞く。言葉の壁という要素は大きいけれども、情報鎖国という評価に甘んじて いてはいけないのである。  そうした状況に少しずつクサビを打ち込もうと、JCAは、国際的なNGO の電子ネットワークとして最大のものであるAPC(進歩的コミュニケーショ ン協会)との積極的な接触をすすめ、情報の交換を行ってきた。いまJCAの ホストコンピュータの中には、APCネットワークを流れているのと同じ情報 が、ごく一部ではあるが、直接送られてきて、日々蓄積されている。  また、APCネットワークとパートナー関係を持つ電子ネットワークは、ア ジア太平洋地域にも点在している。それら「ネットワークプロバイダNGO」 との間の交流と情報交換にむけての試みも、昨年から本格的に始動した。その 最初のきっかけとしてJCAは、タイのバンコクで開催されたワークショップ 「NGOのドキュメンテーションと電子メールネットワーキング」に代表2名 を派遣した。  Interdoc は、NGO間の情報や文書の共有を目的にした「人のネットワー ク」である。後にAPCネットワークを構成することになるネットワークプロ バイダNGO同志の出会いの場所になったのも Interdoc である。そういう歴 史もあって、Interdoc の使命の多くは現在APCネットワークに担われてい る。アジア太平洋地域で Interdoc Asia/Pacific の活動が盛んに行われている のは、APCの正式メンバーがまだ一つもないという、アジア太平洋地域の事 情にも関係している。  5日間のワークショップの結果、いろんなプロジェクトが提起され、また参 加者全員が今後も電子メールのネットワークを維持発展させていくための媒体 を共有することが決定した。現在は、そのような媒体−メーリングリスト−を 通じて、ネットワーキングのポリシーや技術的側面に関する情報交換が進んで いる。JCAは、そのメーリングリストのサーバを提供することで、この活動 に寄与している。まだもう少し時間がかかるが、フィリピンやインドネシア、 カンボジアなどのNGO、民衆運動団体、あるいは日本のNGOの現地事務所 などと日本との間での電子メールが交換できるようになることがJCAの目標 の一つである。  さて、JCAが活動をはじめた93年以降のわずか3年の間に、電子ネット ワークをめぐる状況は激変した。いわゆるインターネットの爆発的な成長であ る。特徴的なのは、それがほぼ全世界で同時に起こったことである。たった2 年前まで、東南アジアの国々には、NGOに電子メールを提供できる会社はほ とんどなく、競合などということはありえなかった。しかし今日、スリランカ の首都コロンボにインターネットカフェができ、フィリピンでは「WWWを使 わせてくれる安いインターネットサービスプロバイダがユーザを引き抜いてい く」状況である。非営利をベースにしたこれらネットワークプロバイダNGO が生き残っていくことへの見通しは決して甘くない。Interdocワークショップ でも、そうした危機的状況を分析し、そこにどう対抗していくかという視点が、 基調講演の中で提起された。これはJCAにとってもつねにのしかかる課題で ある。  以下に紹介する論文「情報の政治的経済に向けて」(Towards a Political Economy of Information) は、その基調講演の草稿としてワークショップ参加 者に配布されたものである。著者は、Interdoc As/Pac のコーディネータもつ とめる、フィリピンの E-mail Center の代表、Roberto Verzola 氏。誰もみ んな彼を本名では呼ばず、Obet とよぶ。微笑みを絶やさない物静かな紳士であ るが、多くのフィリピンの運動団体をつなぐ電子ネットワークをほとんど独力 で切り開いてきた実践家であると同時に、フィリピン最大の電話会社の社長と 新聞紙上で激論をかわす理論家でもある。  インパクションの今号のテーマであるインターネットの規制や検閲などの問 題は、あらゆる価値が等価に流れる乱雑で自由なメディアとしての可能性を奪 い、小ぎれいで不自由なメディアへとインターネットを変貌させていこうとす る大きな流れへの危機意識に発するものだろう。 Obet さんのこの論文は、直 接的に規制や検閲の問題を扱ってはいないけれども、電子ネットワークをどの ような立場に立って使うのか、という問いを鋭く突きつけている。それは、今 号のテーマと重なる部分がきっと多いはずである。なお、スペースの関係で全 文は紹介できないことをあらかじめお断りしたい。 情報の政治的経済に向けて         ロベルト・ベルゾーラ    ・情報経済の特質  情報と経済の関係を考えるために、まず合衆国の経済について調べてみよう。  社会学者のダニエル・ベルによってはじめて指摘されたのは、合衆国は彼が言 うところの「ポスト工業」経済に向かっていたということだ。「サービス経済」、 「知識ベースの」経済、「技術支配」経済など、彼はさまざまな言葉を用いて、 われわれの言葉で情報経済と呼んでいるものの誕生を述べたのである。  1956年、はじめてホワイトカラー労働者がブルーカラー労働者の数を上回った。  1967年、情報分野は合衆国のGNPの46%、利益の53%をあげるようになった。  1970年代には、合衆国で製品製造による新しい仕事は10%になった。  1983年、生産活動に従事する合衆国の人口は、たった12% となり、65%もの人々 が情報分野に関係するようになった。  90年代の最近の統計により、情報分野の広範囲な成長が明らかになった。たと えば1994年には、合衆国の電話は音声電話よりもデータ通信が上回っている。  そして今年(95年)、予想されていたことだが、電子メールが初めて郵便を上 回った。  実際、現在では情報分野が合衆国の経済を支配していることは疑う余地がない。 情報産業は雇用、成長、輸出の牽引役なのだ。次第に情報産業は、合衆国の政治 に対する最も大きな影響力を持ち始めている。さらに、合衆国政府の国内、また は国際的な会議は、農業や工業ではなく、情報産業のスポークスマンや代表によっ て設定されている。  その結果、ビジネス取引の多くは、他の媒体ではなくインターネットで行われ ることが予想できる。その時が来たとき、情報産業の支配は完成するのだ。  これは合衆国経済の中での基本的な本質的転換である。この転換は現在のグロー バル化を加速する原動力だ。ここから、地球の最も近い角に届くインターネット と情報ハイウェイを建設する資金が出てくる。  いまこそ、情報経済の本質に対する洞察と、情報と呼ばれる種類の商品の詳細 をより深く分析することが必要とされているのである。    ・情報商品の特別な性質について  情報商品について共通の特質がある。たとえば、磨耗しない。使ってもなくな らない。他人に渡してもなくならない。情報は非物質である。電子情報は簡単に 複製を作ることができ、しかも複製を作る費用はほとんどかからない。  これらの中で最も重要なものは、複製コストが低いということだ。コンピュー タのソフトウェアをフロッピーにコピーするコストはほとんどゼロなのである。 音楽やビデオテープでも同様である。書籍の複製はそれよりもコストがかかるが、 現代の新しい技術は書籍をスキャンし、テキストファイルを生成することができ る。そして、テキストファイルのコピーはほとんどコストがかからない。情報が 電子的な形態に変換されれば、もうひとつコピーを作ることにかかるコストはゼ ロといっていい。それは電波を使って放送されたり、インターネットで配布する ことができるのである。  ほとんど複製コストがかからないことに、どのような意味があるのだろうか。 これにより、人々の間で情報が自由に共有できるようになる。情報については、 多くの人々が利他的な視点を持っている。情報を誰かに分けても何も失うものは ないのだから、必要な人に分けるのを嫌がる理由はないではないか。実際に、情 報を自由に交換する権利は基本的な権利であると考えられている。たとえば、イ ンターネットは情報を自由に共有する文化から出発した。インターネットが多く の国々で、膨大な無料の情報が利用できることに魅力を感じた人々に使われるよ うになったのは、このような文化があったからだ。そして現在でも、インターネッ トには自由な情報共有の文化が根強く残っている。  一方、情報のコピーを売ることができれば、ゼロに近い複製コストは、情報を 販売することで極端に高い利益の実現が可能になるということを意味するのであ る。これが娯楽、ソフトウェア、生物技術企業といったすべての情報企業の背後 にある基本的な公式だ。情報製品は高い利益マージンが見込めるために、投資資 金が農業や工業から情報産業へと流れるのである。  しかし、ゼロに近い複製コストが持つ二種類の意味は、直接、矛盾を引き起こ すことになる。もし、人々が情報を無料でコピーすることができれば、情報を買 う必要はなくなり、情報販売による高い利益マージンは期待できなくなる。  これが情報産業や、情報経済内部の基本的な摩擦の原因である。  現在のインターネットでは、宣伝と市場調査に限って自由な共有の文化を使い、 自動支払いによる情報の販売という考え方を導入しようとする強力な動きがある。 インターネットは元々商取引のために設計されたものではなかったので、現在、 特にインターネットを安全な商取引に使えるようにする再設計が行われている。 加えるに、インターネットでの情報の販売という考え方は次第に受け入れられつ つあり、情報の独占を保護するようなインターネット全体をカバーする新しい法 体系が導入されるのは時間の問題かもしれない。  このようなことになれば、インターネットは情報製品を販売するための販路を 提供する世界的なインフラとなり、そのほとんどは進んだ情報企業に所有され、 コントロールされることになるだろう。    ・3つの世界の取引: 勝者と敗者  農業、工業、そして情報経済の間での取引の本質を調べてみることにしよう。 ここでは、砂糖、テレビ、ソフトウェアという典型的な例を考えてみることにす る。どれも300ドルの価値がある製品で、相互に交易ができることになる。  1キロあたり、30セントとすると、農業国は300 ドルを得るために砂糖1トンを 必要とする。工業経済ならカラーテレビを1台作れば、300ドルを手に入れること ができる。それに対して情報経済では、WordPerfectのようなプログラムをコピー して売れば、300ドルを得ることができる。  つまり、合衆国のような情報経済がフィリピンにやってきて、WordPerfectのコ ピーを1本と、われわれの砂糖1トン、あるいは台湾製のカラーテレビを1台と交 換することができるわけだ。  しかし、WordPerfectのコピーを1つ作るのに対して、砂糖を1トンを生産する のに必要な時間は、どれほど長いものだろうか。たった1人が数分でできる作業に 匹敵するだけの価値を持つものを作り出すために、何人のフィリピン人が、何日 間働かなければならないだろうか。  つまり、情報経済は、農業国や工業国が相当量の労働力と原料をつぎ込まなけ れば作れないものと等価な交換価値を持つ商品を、最小限の労働力と原料で作り 出すことができる。言い方を変えれば、情報経済は他の経済との交易で巨大な利 益マージンを実現することができる立場にある。従って、彼らは交易の相手国か ら莫大な富を引き出し得る立場にあるということになる。  発展途上国が、いかに情報経済に捕らわれた市場になっているか。1995年の8 月、Windows 95という独占的なオペレーティングシステム(OS)が発売された。 このOSは、既存のパソコン用のソフトウェアとハードウェアをすべて、時代 遅れのものにしてしまった。マイクロソフト社が2億ドル以上をかけて宣伝し、 市場に送りだしたWindows 95のメリットを十分に利用したければ、自分が使って いるもはや伝説的なシステムを捨て、32 ビット版のWindows 95用ソフトウェア とハードウェアに買い換えなければならないのである。われわれの多くは、この 永遠に続く買い換えサイクルに捕らわれているのである。  インターネットへの接続も、それほど違いがあるわけではない。ワールドワイ ドウェッブ(WWW)が使われるようになり、おかげでインターネットのユーザーは 2,400bpsのモデムを14,4kbpsまたは28,8kbpsのモデムに買い換えなければならな くなってしまった。今ではISDNと呼ばれるまったく新しい、そしてもちろん、もっ と高価な電話システムが売られている。そして、それは現在のインターネット接 続用の機器を屑同然にしてしまうのである。  情報経済のために作り出された巨大な市場について、想像してみていただきたい。    ・新しい植民地主義の出現  われわれが見ているものは、農業経済と情報経済の間に存在する新しい種類の 植民地的関係である。この関係の中で、前者は安価な原料と収益性の高い情報製 品の市場を供給することになる。事実、この種の新しい植民地的な関係は、情報 経済と工業経済との間にさえ存在し得る。そこでは、工業経済は高価な情報製品 の市場と、比較的安価で収益性の低い工業製品の供給を提供するのである。  こうした関係は、現在もなお世界中いたるところに残る、工業経済と農業経済 の間の旧式な植民地関係を新しく発展させたものだといえる。  この新種の植民地主義は、農業国を搾取するだろう。「人類の遺産」として、 完全に無償のものであるはずの遺伝子資源さえも。そして、特許で保護された先 進国の遺伝子工学による農業製品により、農業分野を破壊するだろう。さらに情 報経済の世界支配に法的な基盤を提供するGATTのような新しい拘束的な合意によっ て、タイやインドのような新興工業国でさえ、この種の植民地主義の犠牲となる だろう。  明らかに、この枠組みの中でインターネットが果たす特別な役割は、情報製品 を頒布する世界的なインフラであり、高度な情報経済が、それ以外の世界に商品 を販売するときに使われる販路なのである。  先進国の情報経済からきた投資家が、ベトナム、カンボジア、中国といった国々 にインターネットを導入し、普及させることに興味を持つのを見ると、彼らにこ う尋ねずにいられない。情報共有による純粋な利益をこれらの国々にもたらそう としているのか、それとも市場をこじ開け、製品を売るための新しいインフラを 導入したいのか、と。  他の国に行き、世界的な広がりについての政治的・経済的な意味に関する警告 をせずにインターネットの利益について説いて回るとしたら、それは、昔宣教師 が果たした役割と同じことをしているのではないだろうか。個人的には、正直で 考えのしっかりした人々かもしれないが、ほとんどの場合、彼らは異文化侵略、 植民地主義、多国籍企業の「見えざる手」によって動かされる自由貿易の露払い なのだ。    ・情報は誰のものか: 知的所有権  情報は簡単に複製することができる。このことは書籍、ビデオ、テープ、ソフ トウェア、コンパクトディスクだけでなく、思想や設計、発明、遺伝情報にも当 てはまる。実は、これが情報産業に非常に高い収益性をもたらす理由なのである。 マイクロソフトのような成功したソフトウェア会社がやるように、 1ドル以下で 作ったものを100ドルで売ることができれば、夢のような高収益を楽しむことが できるだろう。しかし、これはまた情報製品の弱点でもある。多くの人々が、簡 単にコピーしてしまう。最近の情報技術の進歩のおかげで、コピーはどんどん簡 単になる。コンピュータプログラムの新しいバージョンが登場すると、マニラか らモスクワまで、ホンコンからホンジュラスまでのユーザーに即座にコピーされ、 共有されてしまう。  見込んだ高収益を確保するために、情報産業は情報の共有を阻止しなければな らない。そのため、彼らは知的所有権という概念による法体系を苦心して整備す ることになる。それは基本的に独占権であり、彼らに力を与えるものであり、国 家による保護の下で情報のコピーと共有を阻害し、人工的な欠乏状態を作り出す ことによって、彼らの高収益を保証するのである。知的所有権という独占メカニ ズムによって情報製品を所有する人々は、情報分野における新しい不労所得生活 者階級なのである。  特許や著作権を含む知的所有権の独占概念は、情報分野と情報経済における所 有概念の第一の形式である。情報製品を配布するインフラ(情報スーパーハイウェ イ)によって、情報経済はそれ以外の世界に、GATTを通じて、情報に関する独占の 主張を認めさせる法的な基盤を押しつけている。  片方に情報経済、もう片方に工業経済と農業経済という両者の摩擦は知的所有 権に関する議論の中にも現れている。合衆国の外交官とビジネスマンが口を開け ば、未解決の問題の中で最大の問題である知的所有権に言及することを決して忘 れない。事実、知的所有権について言えば、合衆国があらゆる二国間、多国間交 渉の要求事項の筆頭なのである。  実際のところ、情報の自然な流通、そして情報製品を追跡する情報経済の要請、 エンドユーザーを特定してエンドユーザーに使用料金を科すこと、それが現在の グローバリゼーションを動かす現実の原動力だ。情報企業が好むと好まざるとに かかわらず、情報は自然に有益であると思った人々によって共有され、自動的に グローバライズされてしまう。そのため、情報企業は、もし情報の自由な共有を 阻止して自分たちの利益を守ろうとすれば、所有権や規制、政策に関する国際的 な体制を組織化しなければならないということに気が付いたのである。  知的所有権は、情報の所有と制限の問題であり、情報経済の支配に反対する貧 しい国々を苦しませる中心的な問題なのである。    ・海賊行為: 是か非か  農業経済と新興工業経済を持つ開発途上国の人々にとって、自由に世界中の知 識の倉庫に入り、自分たちの国の発展に役立ちそうな技術を採用することには切 実な関心がある。合衆国がまだ発展途上にあった18世紀と19世紀に、合衆国は英 国の書籍や出版物の盗用で世界最悪の国のひとつだった。合衆国やヨーロッパに 追いつこうとしていたとき、日本もまた西洋の技術を好き勝手にコピーしていた。 台湾も同様。そして韓国も。  だが合衆国とヨーロッパはわれわれに、海賊行為は道徳的に間違っていると信 じ込ませようとしている。彼らは、自分たちの書籍やソフトウェア、設計を盗ま れたくないのである。  彼らは、われわれが知的所有権を盗用していると言う。ところが、われわれの 情報を盗み続けているのは彼らの方だ。  合衆国が他国の天然資源を撮影する衛星を打ち上げたとき、合衆国は戦略情報 を持ち出し、自国の領域を超えて主権を及ぼそうとしているとして、多くの批判 を浴びた。合衆国は、この情報は必要なときには自由に入手できる情報であると 主張した。そして、合衆国はこの情報を、支払うつもりがあればそれらの国々に 売るとさえ言った。合衆国の商業衛星は他国にビームを向け、彼らの文化にそぐ わない内容のビデオ番組を流した。合衆国は「情報の自由な流通」という概念を 持ち出して、ターゲットとなった国々に番組を流す権利があると主張した。それ ばかりか、地域の人々が合衆国の番組の味を知って、それらの衛星放送を受信し て地域で流し始めると、合衆国はどうして金を払わずに番組を受信するのかと苦 情を申し立てたのである。彼らの矛盾した論理に寄れば、これは彼らの知的所有 権の侵害ということになるのである。  合衆国は地方の治療者のもとに人々を送り込み、世代から世代へと受け継がれ、 何百年も続いた伝統治療の知識を仕入れた。そのことを記述した書籍(合衆国の ものである)をコピーすると、われわれは盗用の罪に問われるのである。合衆国 の科学者は勝手に微生物や植物、その他の医薬品の原料となる物質を第三世界か ら入手する。ところが、そうした物質から作られた薬品をわれわれがコピーする と、われわれはやはり盗用の罪に問われることになる。  簡単に言えば、われわれに都合が良くても合衆国をはじめとする先進国に都合 の悪い情報を入手することは「海賊行為」とされるが、彼らの利益になり、われ われの利益にならないような情報を入手して売ることは、「技術移転」、「情報 の自由な流通」、「人類共通の財産」などと呼ばれるのである。    ・非政府組織: でも情報ハイウェイの建設を望むのか  われわれの中にも、自分自身の情報ネットワークを構築しようとしている人が いる。われわれのネットワークが濃くないの情報インフラに接続され、インター ネットに接続されたとき、われわれはグローバル・インフォメーション・ハイウェ イの一部になるのである。  そうしたとき、われわれは自分たちの仕事の影響について配慮を怠ってはなら ない。われわれは情報の流通を必要とする分野に、情報の流通を促進しているだ ろうか。あるいは、われわれは本当は高度な情報経済が必要としている売り物の 情報製品を配布するシステムを提供しているのではないのか。われわれは学習の ためのネットワークを建設しているのか、それとも愚か者の箱を売ろうとしてい るのか。  孤立している草の根グループによる電子メールでのアクセスよりもWWWにより高 い優先順位を設定する場合、われわれは誰に力を与えているのだろうか。たとえ ば、あるNGOネットワークは、おそらくインターネットのハイテク誇大広告に踊ら されてデータのすべてをWWWに押し込もうとしている。そして彼らのシステムにア クセスする人の数が増えるのを見て鼻が高い。実は、ここで起こっていることは データベースが合衆国やヨーロッパ、その他の先進国の研究者が簡単にアクセス できるようになった、しかし、そのデータベースはネットワークに接続していな い地域のグループからはアクセスができないままである、ということだ。同様に、 ネットワークに接続していても、WWWが使えないグループからはアクセスができな い。世界中のハイテク研究者に力を与えることができたとしても、地域の草の根 グループは依然、無力なままなのである。  画像とマルチメディアを使うことで、インターネットはマーケティングや宣伝 にとって、非常に魅力的なメディアになった。しかし、同時にこれは最小限の装 置と接続設備しか持たない人々に、より一層ネットワークへの接続を難しくして いる。われわれがインターネットの開発の矛盾した方向性に気が付かなければ、 現在も存在しているアクセスにおける金持ちと貧乏人、特権階級と非特権階級、 搾取と非搾取の差異を小さくするどころか、一層悪くするだけである。  われわれの中に、Netscape Navigatorのような各種のインターネット用ソフト ウェアのディストリビューターから声をかけられた人もいるだろう。著作権の持 ち主を喜ばせるソフトウェアの商業配布による巨大な利益の分け前に、われわれ が与ることができたとしても、それは同時にわれわれを情報経済の経済的な軌道 にどんどん引き寄せるものでしかない。実際、われわれは情報経済が世界の残り の部分に情報製品を売り込むための配布システムの一部であり、一細胞なのである。  われわれの本来の使命と矛盾することなく、このようなことができるだろうか。    ・非政府組織: では情報を売ろうとするのか  ファンディングパートナーからの自助努力の圧力が強くなったため、ますます 多くのNGOが情報を売るという考えに直面するようになっている。過去において、 資料センターは大衆行動と社会運動を支援するために組織された。ところが、資 料センターは自分たちの独立性を正当化し、活動を維持するための資源を自ら調 達するという圧力が強くなることを感じるようになっている。  お金を得るために、情報を売るよりもうまい方法はあるのだろうか。結局、情 報を売ることで高い収益をあげられるのではないだろうか。  しかし、この方向に進む資料センターは危険な地域に足を踏み込むことになる。  情報を提供して、支払いを得ていけないことはないとはいうものの、情報を売 るという論理は結局情報の制限と所有権という概念にたどりつくことになる。ま た、そうしたときに知的所有権と独占的な所有権は、すぐ近くにある。  ひとつの例を紹介しよう。ほとんどの資料センターはニュースクリップや定期 出版物、書籍を集めている。多くのセンターがそれらの情報をターゲットとなる グループがアクセスできるように、そしておそらく一般の市民からアクセスでき るように、コンピュータに入力している。一般的に、システム全体を維持するコ ストを捻出するために、資料センターはユーザー課金のシステムを組み込むだろ う。多くの資料センターで、これはごく一般的なことだと思う。  あなたがハードディスクに情報を詰め込んだとしよう。そして、あなたのシス テムには、首都から離れた都市に本拠を置く小さな資料センターの通常会員がい るとしよう。遠くからあなたのシステムにアクセスするのは不便なので、彼らは 素朴な要求をした。あなたのハードディスクに収められたデータベース全部を別 のハードディスクにコピーして彼らのコンピュータにインストールしたいと。  いくつかの資料センターは、その要求に同意しないかもしれない。しかし、あ なたは同意したとする。コピーに請求をすべきだろうか。いくら請求すればいい のだろうか。コピーするためにかかった半日分の技術者の給料と同額を請求する のだろうか。データベースを構築するためにかかった費用すべてを請求するのだ ろうか。  まだこれで話が終わったわけではない。ユーザーの一人は他の離れた町の人で、 やはり自分たちの組織で使うために、ハードディスクをコピーしたいと望んだと しよう。彼らはあなたにこの要求を伝え、以前請求した金額をこのグループにも 請求するようにと伝えたとする。あなたは、作業に全然かかわっていなかったと いう理由で、新しい支払いを割り引く権利があると主張するだろうか。  ここに著作権の問題が出てくる。  割引の要求は、あなたがデータベースの独占権を主張するのか、そしてそのデー タベースをコピーする人は誰でも、あなたの許可を必要とし、何らかの形の支払 いと交換にあなたは承認を与えることになるのかを意味する。あなたは不労所得 者になり、情報分野の資本家階級になるのである。  この立場をとると、しかしながら、あなたは自分自身を、世界の進んだ情報経 済のイデオロギー的囲いの中に置くことになる。  われわれはデータベースについて語ったが、これは電子会議やその他の情報の コレクションにもやはり当てはまることである。    ・誰の側にいるのかを忘れない  われわれはNGOの電子ネットワークやNGOの資料センターを代表している。この 意味では、われわれの活動分野は情報分野ということになる。前の方で、情報の 複製を作るコストは無視できるほど小さく、情報を販売するビジネスは非常に高 収益につながると述べた。しかし、こうした高収益を保護するために、情報の独 占権を主張し、売りものの情報を他者が勝手にコピーすることを禁止しなければ ならない。  NGOが情報の販売を実行すると、そのNGOは微妙なバランスに乗り出すことにな る。経済的なありかたは精神を規定するという。NGOが情報販売者としての経済 的な存在に向かうとき、自分自身の意識に影響しないわけにはいかないのである。  高収益の魅力はいくつかのNGOにとってあまりにも誘惑的だろう。彼らは結局一 線を踏み出し、情報分野の利益追求階級の一部となる運命にある。  これは「情報プロバイダー」になり、情報を売ることの最大の危険だ。  このような経済的存在の致命的な効果は、おそらく打開することができる。し かし、そのためには組織本来の使命という確固とした基盤と、いま生まれつつあ る情報の独占の犠牲者となった無数の人々との相互作用を続けることが要求され るのである。  われわれはわれわれが身を置くべき人々の側に留まり続けなければならないの だ。  JCAにご関心のある方はぜひ左記までご連絡下さい。                市民コンピュータコミュニケーション研究会                郵便では:品川区東中延2-7-9 浜田方                電話では:0473-64-8860 印鑰(いんやく)                Fax では:0473-64-2951 印鑰                電子メールでは:info@jca.or.jp                WWWでは:http://www.jca.or.jp/                          【翻訳】安田幸弘                          【解説】橘 雅彦