フォーラム平和・人権・環境

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安倍9条改憲NO!全国市民アクション 9.8キックオフ集会に1500人

2017/09/08(金) 12:13

 安倍晋三首相の9条改憲阻止のため、新たに発足した「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」のキックオフ(発足)集会が、9月8日、東京・中野区の「中野ゼロホール」で開催され、収容人員を上回る1500人が参加しました。
 集会では、主催者を代表して「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」の高田健さんが、「憲法改悪阻止の一点で結束し、広範な人々が連帯し、市民の力で改憲の企てを阻止しよう!」と訴えました。また、発起人・呼びかけ人の浜矩子さん(同志社大学教授)、鎌田慧さん(ルポライター)、暉峻淑子さん(埼玉大学名誉教授)、佐高信さん(評論家)、高野孟さん(ジャーナリスト)、落合恵子さん(作家)、香山リカさん(精神科医)が登壇し、改憲阻止のための運動強化への力強いアピールを行いました。
 また、コメディアンの松元ヒロさんのミニライブ、清水雅彦さん(日本体育大学教授)による憲法学習会も開催。最後に、行動提起として総がかり実行委員会の小田川義和さんが、「3000万全国統一署名や大規模集会等、あらゆる行動をやり抜こう。11月3日の大集会への参加を!」などと提起しました。
 (上写真は集会で訴える鎌田慧さん、下写真は会場を埋める参加者)

平和フォーラム責任者会議 共同代表あいさつ

2017/09/08(金) 11:31

平和フォーラム責任者会議 あいさつ

         フォーラム平和・人権・環境 共同代表 福山 真劫

 現在、国内外情勢は激動しています。平和フォーラムのおかれている位置と役割を確認して、歴史的役割を果たす決意を固めましょう。数点提起させていただきます。
 安倍政権の憲法と民主主義を破壊しての暴走が止まりません。また権力の私物化とその隠ぺいの実態が明らかになっています。そうした中で、さすがに市民、世論の怒りが拡大し、野党勢力の奮闘の結果として、都議選での惨敗、支持率の急落と続いています。内閣改造や北朝鮮の脅威のあおりで、求心力のアップを狙っていますが、原因が「安倍首相本人に対する不信感と怒り」の拡大にあるため、求心力の回復と政権浮揚は困難と予測されます。
 安倍政権の本質は、基本的には「戦後レジームからの脱却・憲法破壊」の極右翼政権です。また、アベノミクス、原発政策、戦争法・共謀罪強行、沖縄への基地建設強行、森友・家計学園の隠蔽など重要な個別の政策では支持されていません。民進党、社民党、総がかり行動実行委員会、平和フォーラム、連合など野党勢力が、連帯の輪を広げて闘えば、安倍政権退陣・打倒・政権交代を展望することは可能です。私たちは安倍政権に勝ちに行くという決意を固めて、運動を作り上げましょう。

 北朝鮮が6度目の核実験を行い、東アジアでは、軍事的緊張関係が一挙に高まっています。絶対に米朝間で戦争を起こさせてはなりません。もしそういうことになれば、日本は大混乱の中で、破滅に直面します。解決の方向は、対話と協議しかありません。
 安倍政権はこうした事態の中で、共和国の脅威をあおり、「国民」の中に、「戦争勃発」の不安だけを拡大させています。共和国に対する制裁と軍事的脅迫の一辺倒では、事態は打開されません。戦争の危機を近づけるだけです。もちろん私たちは、共和国の核実験は絶対に許せません。共和国は直ちに核実験を中止し、核兵器を解体し、核不拡散条約(NPT)体制に復帰すべきです。また日本政府は、米国の核の傘から離れ、核兵器禁止条約に参加し、東アジア非核地帯化構想に取り組むべきです。世界終末時計は2分30秒前です。
 2002年9月17日の「日朝平壌宣言」には、「国交正常化へあらゆる努力、核問題の包括的な解決のために関連するすべての国際的な合意を遵守」、2005年9月19日の「6者共同声明」には、「核兵器と既存の核計画の放棄、米朝、日朝の国交正常化、経済・エネルギー支援、北東アジアの平和と安定」をめざすとしています。その中に解決の方向が明記されています。もう一度「絶対に戦争・紛争を引き起こさせてはなりません。戦争を呼び寄せる制裁と圧力ではなく、対話と協議」を要請し続けましょう。

 安倍首相は、5月3日、「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む」「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と9条改憲提言を行いました。今回の提言は、従来の自民党案を変更して、公明党、維新の会などを巻き込み世論の多数派を形成しようとするものです。櫻井よしこや日本会議など改憲勢力の主流派は支持をしています。しかしこの改憲案の本質は、「憲法違反の戦争法」の追認と自衛隊を明記することにより、自衛隊の強化と米国の軍事戦略に基づく海外派兵・集団的自衛権行使への踏み出しであり、絶対に許せません。
 安倍政権の支持率と求心力の低下の中で、当初のロードマップは揺れていますが、衆参で3分の2を確保している今しか、改憲の可能性はありません。総がかり運動の経過を踏まえて、総がかりを超える総がかり運動として、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」で反撃をしましょう。
 
 次は沖縄課題です。連日キャンプ・シュワブの前で座り込み行動が展開されています。8月12日の県民大会で翁長雄志知事は、不退転の決意で闘うと決意表明しています。私たちは安倍の暴走が止まらないのは、東京、全国での闘いの弱さの結果であり、その責任を担っている私たちの責任であるということをわかる感性を持っています。引き続きがんばりましょう。東京では10月4日に大集会が予定されています。
 
 原水禁課題も重要です。安倍政権は「核兵器禁止条約への不参加」を決め、世界が脱原発に踏み出し、脱原発が時代の流れであるにも関わらず、原発再稼働、核燃サイクル政策推進、原発輸出と原発推進政策を突き進んでいます。平和フォーラム・原水禁の役割が決定的に重要です。9月18日の集会の集会等が準備されています。
 
 闘いの体制の強化が必要です。
 まず、平和フォーラムの組織強化と運動強化が基本です。
 次に、総がかり行動実行委員会は、従来の運動経過を超えて、日本の平和・民主主義運動の中にあった、非共産党系、共産党系、中立系の3潮流を一つにまとめた共闘組織です。そして戦争法廃案、参議院選挙、共謀罪廃案、沖縄との連帯運動等を闘ってきました。これは日本の平和・民主主義運動の長い経過の中で、画期的なことであり、運動は東京・全国で大きく拡大し、運動風景を一変させました。
 全国的に見て、総がかり運動への結集に濃淡があり、東京のようにきれいに共闘組織ができているわけではありません。しかしこうした総がかり運動の強化の中にしか、日本の平和と民主主義の未来はないのも事実です。ここのことを運動をつくるうえでの基本認識とする必要があります。そして平和フォーラムのイニシャチブでつくることが重要です。
 総がかり行動実行委員会は2014年12月に結成以来、早くも2年半が経過しました。構成団体の本気の総がかり運動への踏み出しが必要だと思われます。
 そしてこの2年半の取り組みの中で、新しい運動課題も見えてきました。運動の段階を平和フォーラムの立場で、整理をすれば、第1段階は、市民運動との連携です。第2段階は、代々木系組織との共闘組織の形成、もちろんこの段階では1日共闘的共闘、恒常的組織を形成しての共闘、組織の統合とありますが、東京では、恒常的組織を形成しての共闘であり、総がかり行動は8月までに実行委員会を42回、運営委員会を19回開催しています。また取り組んだ諸行動は、100行動を超えています。
 第3段階ですが、現在総がかり運動に求められているのは、総がかりを超える総がかり運動です。このことを踏まえた運動を作り上げなければ、安倍政権退陣・打倒の展望は見えてきません。この問題意識を共有することが重要です。これは従来の3潮流の共闘を超えることです。3潮流とも運動の弱点を持っていました。この弱点も克服していく必要があります。弱点を克服することの基本は総がかりの枠組みをさら拡大することです。非正規の労働者へ、生活困難者たちへ、「無党派」といわれる人たちへ、連合へ、安倍政治を許せないと思っている多くの人達へと運動を拡大することです。
 そして8月31日、「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」を立ち上げました。九条の会の実行委員会への参加が特徴です。3000万署名運動が行動提起の中心です

 私たちの基本的立場は、政策実現めざして、民進党、社民党と連携することです。
 選挙闘争では、平和フォーラムとしては取り組まず、中央組織、各県組織等の判断としてきました。しかし総がかり運動を引っ張るようになってから、政策実現のための野党との共闘、選挙での野党共闘の一翼を担うとして、一歩踏み出しました。野党と連携して、戦争法、共謀罪、沖縄との連帯、9条改悪阻止へと闘ってきました。
 選挙闘争も市民連合に結集して、野党共闘で闘ってきました。参議院選挙、都知事選、新潟知事選と続きました。次は10月22日の3つの衆議院補欠選挙です。
 安倍政権が揺れだしています。現状の野党への市民の評価・期待度を考慮すれば、野党が分裂して小選挙区で選挙戦を闘えば、一部の勝利はあったとしても、圧倒的に敗北することが予測されます。2014年の総選挙では、295選挙区の結果は、自民222、公明9、維新11、次世代2、民主党38、生活2、社民党1、共産党1、無所属9となっています。231対42の差です。野党共闘が成立して居れば、単純計算で59の選挙区で勝利できます。自公政権の最大の狙いは、野党共闘をつぶすことです。
 主観的にはともかく、その戦略に手を貸してはなりません。安倍首相とお友達によって、戦後の平和と民主主義が崩壊の危機にある時、反共主義を掲げて、共産党を排除する理由はありません。また過去から今に至る共産党及び影響下にある諸団体への許せない経過に対する批判は継続しながらも、当面迫っている安倍ファシズムに対抗するため共闘が必須です。次の総選挙は野党共闘で闘うしかありません。その基本は、野党共闘に、連合、市民連合、全国各地に市民連合的組織、総がかり運動、市民の共闘体制を作り上げることです。
 民進党の代表に、前原さんがなりました。どうするのか注目する必要があります。社民党は平和フォーラムの方針と重なり合います。連合も正念場です。労働組合のナショナルセンターであることを自覚して奮闘していただきたいと思います。
 時代は、局面が変わりつつあります。連帯して闘えば勝てるという確信をもってがんばりましょう。

 以  上
 

「想像力」で平和をつくる

2017/09/01(金) 17:43

 8月15日、今年の「敗戦の日」は、久しぶりに涼しい日だった。千鳥ヶ淵戦没者墓苑も、雨上がりのしっとりとした風が吹いていた。安倍晋三首相が、私たちの追悼集会の前に墓苑に参拝した。彼は、戦没者に何を語りかけたのだろうか。「日本を護るためには、戦争も辞さずがんばります」とでも誓ったのだろうか。朝日新聞は、今夏「戦死と向き合う」との特集記事を掲載した。「大君の/御楯となりて/捨つるみと/思へば軽き/我が命かな」横山小一さんの歌だ。ベニヤの船に250キロ爆弾を積んで夜間に敵艦に体当たりする水上特攻隊に所属して、沖縄で亡くなった。3125人の隊員のうち、沖縄やフィリピン、台湾に送り込まれて1793人が戦死したとされる。横山さんの弟は、歌を刻んだ石碑を実家の庭に立てたという。一人の人間の命は軽いのだろうか。

 15日の朝日新聞の「声」の欄は「私の平和と戦争」だ。18歳の一人を除くと、88歳、81歳、80歳、79歳、77歳の人が並ぶ。戦後72年という数字が現実味を増す。「戦死と向き合う」の最初は、事実を隠す「玉砕」というものだ。サイパン島で米軍と戦った岡崎輝城さん(95歳)は、「隣にいた戦友が肩にもたれかかってきた。暑いから寄るなと目をやると頭が吹き飛ばされていた」と答え、玉砕という言葉に「人間の悲劇をきれいな言葉で語っている。生死の境をさまようのは地獄そのものなんですよ」と語っている。人間の死を美化してはならないと私は思う。個人の死を美化するのが国家主義だからだ。

 17日の「声」の欄では、三重県桑名市が、被爆者団体と共催している原爆写真展から、遺体などの一部の写真を展示から外したことが報告されていた。投稿者の伊藤智子さんは、「原爆の図」で有名な画家の丸木俊さんの「体験しなければわからぬほど、お前は馬鹿か」との言葉を引いて、「子どもが原爆の衝撃的な写真や絵画を見て怖がったなら、それはまさに体験していないのに想像し、わき上がった感情ではありませんか」と語っている。事実を隠して何を伝えようとするのか。「想像力」が平和を作り、新しい社会を作り出すのだと私は思う。

 「オプティミズムをやめよ/眼を開け/日本の人々よ/日本は必ず負ける/そして我ら日本人は/なんとしてもこの国に/新たなる生命を吹き込み/新たなる再建の道を/切りひらかなくてはならぬ」。学徒出陣で航空隊員となり戦死した林尹夫さんの言葉だ。安倍首相はこの言葉に何とこたえるのか。こたえられまい。
(藤本泰成)

ニュースペーパー2017年9月

2017/09/01(金) 17:33

被爆72周年原水爆禁止世界大会
 「核と人類は共存できない」―「被爆72周年原水爆禁止世界大会」が、7月29日の福島大会、8月4日~6日の広島大会、7日~9日の長崎大会と開かれました。大会で大きな課題となった、今年7月に国連で採択された核兵器の全面禁止を求める「核兵器禁止条約」について、高く評価するとともに、反対する日本政府に対して条約を批准し、核兵器保有国に対して参加を促すよう求めることを決議しました。
 また、福島原発事故から6年が過ぎる中で、深刻化する被災者の暮らしや健康、事故の収束など様々な課題が多く残されていることも明らかになり、福島大会などで論議が重ねられました。国際会議でも「なぜ日本で脱原発が進まないのか」をテーマに、民意を無視して推し進められる原発政策に対決していくことが訴えられました。
 被爆者の援護・連帯では、戦後72年を迎えてもなお多くの課題が残され、被爆者の高齢化とともに解決が急がれていることや、在外被爆者、被爆二世・三世の問題等の理解を広めていこうと確認されました。
 さらに、憲法改悪、戦争法制発動、共謀罪新設、沖縄・辺野古への新基地建設などを進める安倍政権との対決も論議されました。(写真左上は広島の折り鶴平和行進=8月4日、右上は福島大会=7月29日、左下は長崎大会開会総会=8月7日、右下は長崎爆心地公園での黙とう=8月9日)

インタビュー・シリーズ:124
朝鮮半島の平和のため国際的な市民ネットワークを
韓国・コリア国際平和フォーラム実行委員長 リュ・ギョンワンさんに聞く


リュ・ギョンワンさん プロフィール
 1963年慶尚北道生れ。82年にソウル大学入学、国際経済学を専攻。89年に卒業後、貿易会社で20年間働く。退職してから、民主化や統一運動、良心的囚人を救援する活動に加わる。南北朝鮮統一をめざす「615合唱団」の運営委員長として日本でも公演活動。「統一ニュース」の通信員を経て、インターネットニュースサイト「民プラス」の運営委員を務める。また、「朝鮮戦争戦後民間人犠牲者全国遺族会」の常任委員長としても活躍。現在、妻と息子(大学4年)とソウルで暮らす。

―リュさんが社会運動をされるきっかけは何ですか。
 ちょうど大学に入った頃が最も民主化闘争が盛んでした。当時のチョン・ドゥファン(全斗換)独裁政権に対し、学生が中心になって闘いました。私も闘争に加わり、2回投獄されました。いわゆる「386世代」(90年代に30代になり、民主化運動の真っ只中だった80年代に大学生活を送った、60年代生まれの世代のこと)です。また、私の祖父は、1950年、朝鮮戦争の最中に、イ・スンマン(李承晩)大統領(当時)が行った、民主化運動の政治犯など100万人以上の民間人が大量虐殺された多くの事件の犠牲者の一人なのです。その真相究明のための遺族会でも活動し、裁判で2000万円の賠償を勝ち取り、昨年、虐殺の現場で法要を営みました。

―韓国での昨年から今年にかけてのパク・クネ(朴槿恵)大統領の退陣に追い込むキャンドル集会はすばらしかったですね。
 87年の民主化闘争は大学生が中心でしたが、今度の運動は全国民が参加した闘いでした。家庭の主婦も子どもを連れて参加し、最も多い日は全国で230万人、ソウルだけで170万人が集まり、まさに身動きも出来ませんでした。半年間で延べ1700万人が参加したと言われていますが、逮捕者を一人も出さず、大きなトラブルもなく、集会後は掃除をして帰るなど、画期的な運動でした。これは、戦後、韓国で不正常な政治に対する抗争が長く続いてきたからだと思います。その基盤には2014年のセウォル号沈没事件があります。乗船していた高校生たちを救えなかった怒りが噴出したのだと思います。また、97年のアジア通貨危機後の格差の拡大、世界的にも高い自殺率や長い労働時間などの経済問題、さらに、イ・ミョンバク(李明博)、パク・クネと続く保守政権による反動的な政治体制など、多くの不満や怒りが爆発したのがキャンドル集会だったと思います。

―日本でも同じような状態なのに、なかなかそうした運動ができていません。
 いいえ、2015年8月30日に安保法制反対で国会前に12万人、全国では100万人が集まったと聞いて驚きました。それに刺激を受けて、同じ年の11月14日に韓国で「民衆総決起集会」を開き、農民の方が警察の放水銃に撃たれて死亡する事件が起きた時は10万人くらいでした。1年後の集会を開くときにパク大統領の不正もあって、予想を超えて参加者が集まったわけです。もちろん、韓国では戦後72年間の間に、不条理な政治に対する抗争が周期的に起こってきました。60年の「4.19革命」でイ・スンマン大統領が下野し、80年にはチョン・ドゥファン政権に対する光州事件が起きました。87年6月の民主化闘争で軍治政権を打倒し、そして今回の「キャンドル革命」でパク大統領を追い込むことができました。

―そうして新たに誕生したムン・ジェイン(文在寅)大統領は、民衆の期待を受けとめることができるでしょうか。
 ムン大統領は人権弁護士出身で、政治的な哲学もしっかりしている素晴らしい人物です。また、ノ・ムヒョン(盧武鉉)元大統領の側近でしたので、進歩的政権の良い面だけでなく弱い面もわかっており、そうしたところから多くの支持を集めています。しかし、政権の基盤となっている「ともに民主党」は穏健で保守的な体質もあり、北朝鮮やアメリカに対する政策については一定の限界があるのではないかともみられています。ですから、政権としての存続基盤が不透明であり、国民は「期待半分、心配半分」で見守っています。

 

―7月6日にムン・ジェイン大統領はベルリンで、北朝鮮に対し、核やミサイル開発による挑発をやめ、対話の場に戻るよう呼びかける演説を行いましたが、なかなか北朝鮮側が応じていません。
 冷戦体制を解体し、朝鮮半島に平和をもたらす決意の現れだと思います。しかし、同じベルリンで2000年3月にキム・デジュン(金大中)大統領(当時)が北朝鮮に対する政府レベルでの経済支援などを提案した当時と情勢が変わっており、制裁措置と対話の両面を持つということで、現実性が乏しいのではないかと思います。米軍の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD=サード)」の配備についても、最初は配備の中断を主張していましたが、韓米首脳会談後には配備を受け入れるようになり、北朝鮮は不信を抱くようになるでしょう。ムン大統領は、キャンドル行動で示された民衆の力を信じて、主権国家としてアメリカに対して対処すべきです。また同時に北朝鮮に対しても果敢に話をしてほしいと思います。

―アメリカとともに、日本の存在がアジアの平和や朝鮮半島の南北問題に大きな影響を与えてきました。
 1910年(明治43年)に日本が韓国を併合して、45年の敗戦まで完全支配する時代が36年間続きました。そしてその後、アメリカの支配がこれまで72年間も続いているのです。日本の支配の後に朝鮮半島の分断があり、冷戦構造を作るきっかけになった日本の責任は相当に重いものがあります。それにも関わらず、きちんと謝罪したことがない。逆に日本の軍事大国化が進んでいます。日本の活動家の皆さんは、世界の平和運動家と交流して、アメリカや日本の政府に対して、平和に向けた圧力をかけてほしいと願っています。

―そうした中で、リュさんたちが設立した「コリア国際平和フォーラム」(KIPF)の意義が大きいと思いますが、設立の目的は何ですか。
 毎年8月15日を中心に、韓国、日本、アメリカ、カナダなどの平和活動家や学者などが交流・連帯する機会を20年間作ってきました。その中で、朝鮮半島の平和のためには国際社会の協力が必要であり、市民によるネットワークが求められているという共通認識を作ることができました。昨年の8月15日の会合で合意が図られ、今年の6月10日にソウルで開いた国際シンポジウムで正式に活動がスタートしました。KIPFは今後も、国際フォーラムを開き、共通認識を深めていきたいと思っています。

―朝鮮半島の平和に対する阻害要因は何だとお考えですか。
 やはり、アメリカの一方主義が問題だと思います。昨年からのTHAAD配備問題、不平等な韓米関係、北朝鮮に対する制裁と圧迫、そして軍事演習で危機感を作り上げています。私たちは、年に数十回も行われている米韓合同演習反対や、THAAD配備の撤回を要求しています。また、制裁により北朝鮮に対する緊張関係を作り出すやり方にも反対していきたい。同盟強化の過程で、日韓の「従軍慰安婦」問題でも強引に「日韓合意」を結ばせたことに対しても反対していきたいと考えています。

―日本と韓国との間で大きな問題となっているのが「従軍慰安婦」問題です。これをどう解決すべきでしょうか。
 2015年12月28日の「従軍慰安婦」問題についての「日韓合意」は、当事者の意見をまったく聞かずに決められたもので、韓国の世論としても受け入れられないものです。岸田文雄外相(当時)は「最終的かつ不可逆的」な解決合意を導き出すことができたとしていますが、不可逆的な解決などはありえない。20万人もの「性奴隷」と言うべき「慰安婦」に対して、「これで終わった」などと言うことは決して許されないことです。日本では「政府や軍隊と関係のないこと」とか「自発的に行った私的なことだ」としていることは許せないことです。
 この合意はアメリカの主導で、日米韓同盟を完成させるためにあわてて繕ったものです。それをわずか10億円で無理やり「不可逆的」という言葉を使ってまとめたものであり、韓国では大多数の国民は反対しています。被害者の女性は高齢で亡くなっていく方も多い。彼女たちの無念を晴らし、日本が許しを請えるのは今しかないことをお伝えしたいと思います。
 パク・クネ政権は4年間、非常識的な政治をやってきましたが、その代表が「密室の慰安婦合意」でした。公式な文書も発表されていません。実際に何が合意されたのか解明していくことが大事であり、一緒に運動していただきたい。

―日韓連帯の今後や、両国の政権に対する期待などをお聞きしたいと思います。
 KIPFとして本格的に出発したのが今年からで、アメリカやヨーロッパの運動も含めての活動は初めてのことで、足りない部分が多いと思いますが、引き続き取り組みを進めていきます。
 韓国のムン政権には、キャンドルデモの中から生まれた政権ですので、その力を使って自主的に動いて歴史的な業績を残してくれることを期待しています。日本に対しては、国際秩序が新しい局面に入っていくときに、日本政府も新しい創造力をもって国際社会に向き合ってほしいと思います。そして日韓連帯の平和運動も新しい局面に入っていると思いますので、しっかりと新しいステージに向かってほしいと思います。(8月3日・広島市内でインタビュー)

インタビューを終えて
 1980年の光州事件で市民を弾圧した全斗煥政権、大学生だったリュさんは民主化闘争に関わって2度の投獄を経験した。祖父も、李承晩政権の犠牲者だった。李承晩・朴正煕・全斗煥と、韓国では長く保守・独裁政権が続いた。60年の4.19革命、79年のソウルの春、87年の6月民主化抗争と、韓国市民社会は闘い続けてきた。その延長に、キャンドルデモがあった。リュさんの顔は自信に溢れていた。韓国ガンバレと思いつつ、日本はどうすると頭に浮かんだ。
(藤本泰成)

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危険な「ご都合」改憲──安倍晋三の個人的野心を許すな!
フォーラム平和・人権・環境 共同代表  藤本 泰成

改憲は自民党の党是
 1955年11月15日に、当時の自由・民主の両党は立党宣言を発表し、保守合同して自由民主党を結成しました。結党の政治綱領には「平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正をはかり、...」として自主憲法の制定をあげ、「世界の平和と国家の独立及び国民の自由を保護するため、集団安全保障体制の下、国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える」と、米軍駐留終了後の自衛軍備の整備に言及しています。
 保守合同に先立つ55年7月には「自主憲法期成議員同盟」(現「新憲法制定議員同盟」)が、日本民主党・自由党・緑風会の有志によって立ち上げられます。その後、69年には、安倍晋三首相の祖父岸信介を会長として「自主憲法制定国民会議」(現「新しい憲法をつくる国民会議」)が、国民運動の組織として立ち上がります。
 新しい憲法をつくる会は「改憲で日本を改革・発展させよう!」として、(1)19世紀憲法から21世紀憲法へ、(2)占領下憲法から真の独立国憲法へ、(3)閉鎖的平和から世界貢献的平和へ、などを主張しています。

自主憲法、自衛権行使、国家主義の復活
 「改憲」への基本方針は「日本国憲法は占領下の憲法で、自ら憲法を制定する必要がある」「軍備による世界貢献を基本に、日本の再軍備と集団的自衛権行使を可能にする」「封建的家父長制度を基本にした家族制度の再生と国家主義の導入めざす」ことです。自民党の憲法改正への動きの中核は、その三点にあると思います。
 2012年の4月に示された自民党「改憲」草案は、前文で「国防の義務」を国民に課し、1条で「天皇は元首」とし、9条では「自衛権発動を容認」「国防軍を創設」、国防軍に「審判所」(軍法会議)を置くとしました。
 12条で「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」として、個人よりも公益と公の秩序の優先を規定しています。13条では「個人として尊重される」との規定を、あえて「人として尊重される」と貶め、近代憲法の基本理念である個人主義を否定しています。
 このように見ていくと、自民党の「改憲」思想そのものが、前述した3点に集約されることが分かります。しかし、この「改憲」草案はあまりにも意図的であり、かつ近代憲法の基本を外しています。そのため、多くの憲法研究者から批判を浴び、結局、安倍政権はこの憲法草案を棚上げにしました。しかし、安倍政権や現在の自民党の基本姿勢がそこにあることを忘れてはなりません。

重大な9条への自衛隊の存在明記
 安倍がもくろむ「憲法9条の1・2項は残し、3項に自衛隊の存在を明記する」という「改憲」案は、本質的な目的ではない「災害出動」などによって、自衛隊の国民的信頼感が醸成されてきたことを考えれば、きわめて危険な主張だと思います。戦争法(安保法制)の成立以降、自衛隊は過去の自衛隊と本質的に変貌しています。米国の軍事活動を補完する部隊として、国連の平和維持活動に参加する部隊として、戦闘行為そのものを「専守防衛」の範囲を超えて実行しうる可能性を保持しました。この自衛隊の存在を9条3項で位置づけるとしたならば、1・2項でどう規定しようが、「後法優先の原則」から言えば、戦争法成立以降の自衛隊そのものが憲法で追認されることになるでしょう。
 各メディアの世論調査を見ると、憲法改正が必要であるとする意見は、必要でないとする意見に勝るようです。しかし、日本の平和に憲法9条が貢献したかと問えば、多くの市民が貢献したと答えています。であるからこそ、日本の市民社会は、憲法改正を容認してこなかったのではないでしょうか。これまでの内閣法制局の見解や、それを受けた歴代内閣の「9条は集団的自衛権行使を認めない」とする憲法解釈は、まさに日本の市民社会の意向を受けたものであったのです。その意味で、閣議決定という憲法軽視の中で、9条の解釈を覆した安倍内閣は許せません。戦争法成立以降の自衛隊の存在を3項に追加することは、きわめて重大な意味を持っています。

秋からの運動が大きな意義
 安倍政権は、日本維新の会を改憲に巻き込もうと「高等教育まで全ての教育の無償化」を打ち出しています。これは、これまでの国連勧告さえ無視して「高校の無償化」に手をつけず、旧民主党政権の無償化措置を「バラマキ」と批判し、政権獲得後は所得制限を導入した自民党の政策と全く矛盾するものです。国民世論にどのように訴えるかという点にしぼった、まさしく「ご都合『改憲』」です。私たちが「9条3項の導入」や「教育の無償化」などに、どのように反論していくかは、重要な課題となっています。
 2017年は、明治維新から150年の節目にあたります。政府は、内閣府に準備会を設置して、慶賀の行事や「明治の日」設置(11月3日の文化の日:明治節)などの検討に入っているとしています。安倍首相は、明治維新150年の祝賀と東京オリンピックの間に、父(安倍晋太郎)や祖父(岸信介)も成し得なかった憲法「改正」を挟んで、総裁任期を延ばしてまで自らの総理大臣としての有終の美を飾ろうとしています。このような個人的な名誉欲を満たそうとする政治的野心を許してはなりません。この秋からの私達の運動が大きな意義を持っています。
(ふじもとやすなり)

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被爆72周年原水爆禁止世界大会が開催される
民意を無視した安倍政権の核政策と対決

直ちに「核兵器禁止条約」の批准を
 「核と人類は共存できない」―被爆72周年原水爆禁止世界大会は、7月29日の福島大会(参加者720人)から始まり、8月4日~6日の広島大会(同2700人/開会総会)、7日~9日の長崎大会(同1600人/閉会総会)と続きました。
 今年の大会で最大の課題となったのは、今年7月7日、国連で122ヵ国の賛成で採択された核兵器の全面禁止を求める「核兵器禁止条約」です。この成立には被爆者の訴えが大きな影響を与えたとして高く評価されました。しかし、アメリカやロシアなど核保有国が条約に参加していないうえに、日本もアメリカの「核の傘」にあるため、この条約に反対してきました。安倍晋三首相に直接要請を行った川野浩一・大会実行委員長(原水禁国民会議議長)は、「あなたはどこの国の首相なのか」と迫りました。
 広島・長崎の平和祈念式典で、安倍首相は「唯一の戦争被爆国として『核兵器のない世界』の実現に向けた歩みを着実に前に進める努力」を口にしながら、核兵器禁止条約には一言も触れませんでした。大会の中では「本来ならば唯一の戦争被爆国である日本が積極的にリーダーシップを発揮するべきだ」として、政府が「核兵器禁止条約」を直ちに批准し、核兵器保有国に対して参加を促していくことを求めるよう決議しました。
 さらに、米・トランプ政権の核・軍事戦略、安倍政権が進める憲法改悪、戦争法制発動、共謀罪新設、沖縄の辺野古・高江への新基地建設の推進など、このままでは「日本は本当に戦争をする国になってしまう」(軍事評論家の前田哲男さん)と、安倍政権との対決も論議されました。


「平和と核軍縮」分科会(8月5日・広島市内) 被災から6年―なぜ日本で脱原発が進まないのか
 東日本大震災・福島原発事故から6年が過ぎ、復興や賠償、事故の収束など多岐に渡る課題が山積する一方、8万人近くの被災者がいまだ避難生活を余儀なくされています。その被災者の切り捨てが始まり、さらに事故の反省もないまま原発の再稼働が押し進められています。福島大会で、福島県平和フォーラム代表の角田政志さんは「被災者の生活再建は大きな問題で、国や県は責任を持って被災者に向き合うべきだ」「福島第二原発の廃炉は県民の強い願いである」と訴えました。さらに双葉地方原発反対同盟の石丸小四郎代表は、「今でも毎時1000万ベクレルの放射能が発生し、福島だけでなく近県にも大量の放射能が存在している。海の汚染も広がっている」と報告されました。
 福島大会では初めて分科会形式の討議が行われ、「甲状腺がんの問題」、「避難解除による帰還と生活再建の問題」、「放射性廃棄物の処理問題」をテーマに、現地の実態報告と専門家の助言をもとに議論が行われました。
 国際会議でも「なぜ日本で脱原発が進まないのか」をテーマに、アジアの中で脱原発政策を進める韓国や台湾からの参加者の報告を含めて、原発に反対する民意を無視して推し進められる原発政策に対決していくことが訴えられました。(国際会議の詳細についてはp.6に報告)
 さらに脱原発の課題では、高レベル放射性廃棄物問題、核燃料サイクル、エネルギー政策についても言及しました。特に高レベル放射性廃棄物については、大会直前に「適地マップ」が公表され、全国各地が「適地」ないし「適地としての可能性が高い」地域として指定されたことから、これらの問題点やそれを跳ね返す運動について提起がありました。また、もんじゅが廃炉となり、六ヶ所再処理工場などの核燃料サイクル政策の破たんが明らかになり、原子力政策の転換が求められていることも指摘されました。

残された課題が山積するヒバクシャ援護
 原水禁大会の原点である被爆者の援護・連帯については、戦後72年を迎えてもなお多くの課題が残され、被爆者の平均年齢も80歳を超えており、解決が急がれていることが強調されました。その原因は、安倍政権による原爆被害の過小評価と、被爆者の援護をいまだ国家補償として取り組んでいないところにあります。
 在外被爆者の課題では、韓国やメキシコから3名の在外被爆者を招き、戦後補償も含め実相を学びました。中国人の強制連行と被爆をテーマにしたフィールドワーク(広島)なども行われ、日本の加害の歴史も含め認識を深めました。被爆二世・三世の課題では、現在進められている集団訴訟の現状と課題を中心に討議されました。
 長崎の開会総会では、被爆体験者の実態の報告がありました。さらに、世界に拡がる核被害者の置かれている厳しい現実と連帯のありかたについても提起されました。これら多くの問題についての理解を広めていくことが、大会全体を通じて訴えられました。
(*詳細はこちらに→http://bit.ly/gensuikin72
(井上年弘)

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原水禁世界大会の国際会議
なぜ日本で脱原発が進まないのか


 被爆72周年原水爆禁止世界大会の国際会議は、「なぜ日本で脱原発が進まないのか」と題して8月5日午後に開催されました。川野浩一議長のあいさつ、藤本泰成事務局長のキーノートスピーチの後、原子力資料情報室共同代表の伴英幸さんの司会で、どうしたら日本でも脱原発が実現できるかを話し合いました。

原発再稼働を進める安倍内閣
 九州大学副学長の吉岡斉さんからは、2012年5月5日から7月5日まで稼働中の原発がゼロ、大飯3・4号機が特例的に再稼働したものの13年9月に定期検査で停止、その後2年ほど原発ゼロの状態が続いたこと、新規制基準による再稼働審査で川内原発などが合格したが、現在運転中の原子炉は5基に留まっている日本の原発の現状が話されました。今後、2020年頃に最大15~20基がピークとなり、老朽化と共にゼロに向かっていく見通しです。この事は、2006年にピークを迎えた世界の原発稼働の縮小傾向にも貢献しています。
 再稼働審査にこれほど時間がかかるようになったのは、3.11後もたいした見直しも無く再稼働させるつもりだった保安院のもくろみが、当時の民主党政権によって「裏切られ」た、つまり福島原発事故後に原発に対する態度が大きく変えられた事、国民世論も原発を将来廃止する事に合意が形成されて今も揺らいでいない事が大きな要因です。
 民主党政権のエネルギー・環境会議の決定した2030年代までの原発ゼロは、閣議決定もされましたが、2012年12月の衆議院選挙後の安倍内閣により「ゼロベースで見直し」されて原発再稼働を進めています。その中で進んだのは、原発固有の経済的コストを政府や国民に肩代わりさせる救済政策のみです。

2025年までの全原発廃炉を決めた台湾
 台湾大学教授のシュウ・グヮンロンさんからは、昨年、民進党の蔡英文(さいえいぶん)が総統になって、選挙前の公約通り、2025年までの全原発廃炉を決めたものの、多くの不確実性を残している台湾の状況が報告されました。今年1月、電気事業法改正案が立法院を通過しましたが、その95条に「全ての原子力発電施設は2025年までに運転を停止するものとする」と書かれています。一方、原発に固執する台湾電力の姿勢や、老朽化する原発、代替エネルギーの行き詰まりなど脱原発のロードマップが出来ていない事、溜まり続ける使用済み核燃料の問題も抱えていることが強調されました。

急速に世論が盛りあがる韓国
 韓国からは、緑の党・脱核特別委員会委員長のイ・ユジンさんが報告、ムン・ジェイン政権になってから、原発の新設をせず、寿命の延長もしない事を決めた韓国の状況が報告されました。建設中の新古里原発の5、6号機も建設を続けるかどうかの公論化が始まり、安全性、補償費用、電力設備予備率などを考慮して3ヶ月ほど国民的議論が続けられ、10月頃に世論調査を通じて建設の是非を決定します。
 この世論の高まりは、キャンドルデモもあった大統領選の盛り上がりと、これまであまり大きな地震のなかった韓国で、原発の密集地帯である慶州で昨年M5.8の地震があり、原発の近くを走っているのが活断層か議論になった事が大きな影響を与えています。また、韓国最大の電力消費地であるソウルで「原発一つ減らし」運動という、原発分の電力を省エネや、太陽光パネルをつけるなど再生可能エネルギーを生み出す事で原発を減らしていく取り組みも紹介されました。緑の党の勧めた、集合住宅の窓にも取り付けられるミニ太陽光パネルも2017年に32000世帯に普及させる勢いで拡がっています。

影響を与え合う東アジア各国
 議論の中で特に印象的だったのは、東アジア各国で互いにエネルギー政策に影響を与え合っている事の一つの例として、2012年日本でエネルギー・環境会議によって行われた討論型世論調査を含めた国民的議論のなかでも使われた原発のコストが「コスト等検証委員会」などで明らかになったことが、韓国の脱原発ロードマップ作りに際して、日本で明らかになったのにどうして韓国でも資料提供が出来ないのか、と大きな影響を与えたという話しでした。民主党政権での国民的議論が、安倍政権で反古にされたとは言え、他国へも影響があったことは、今後の国際的取り組みに希望を与えるものです。
 使い道の無いプルトニウムを、使用済燃料再処理に固執して47トンも溜め込む日本が、東アジアに核拡散の大きな悪影響を与えているのと同時に、逆に良い方向への転換が起きれば、その影響も東アジア各国に拡がるのです。参加者は今後も市民運動の国際連携が大切だと認識を新たにしました。

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各地の脱原発の動きから
「志賀原発を廃炉に!」訴訟に取り組む
原水禁石川県民会議


訴訟の口頭弁論後の報告集会
(2017年7月8日・金沢弁護士会館)  原水禁石川県民会議は、「二度とフクシマを繰り返さない」を合言葉に、志賀原発の再稼働阻止・廃炉を掲げ、多くの県民とともに「志賀原発を廃炉に!」訴訟を取り組んできました。
 2012年6月に提訴した訴訟の原告は、石川、富山両県の住民と、福島から石川に避難している5人を加えた総勢125人。さらに県内外のサポーター約3000人に支えられています。過去の1号機訴訟、2号機訴訟と比較しての大きな特徴は、石川、富山の両県平和運動センターが組織・財政の大黒柱を担った訴訟だということです。23回を重ねた口頭弁論でも毎回傍聴席の一角を埋め、法廷外でも街宣行動や志賀町での全戸チラシ配布行動、あるいは原子力防災訓練の監視行動など、原告団と平和運動センターは常に連携し廃炉に向けた取り組みを展開しています。
 訴訟の最大の争点は原発直下の断層の評価です。2012年7月、当時の原子力安全・保安院が1号機原子炉建屋直下の断層について、安全審査で見落とされた活断層の可能性を指摘。原子力規制委員会の下に設けられた有識者会合が再調査を行い、1号機原子炉建屋直下のS-1断層、2号機タービン建屋直下のS-2・S-6断層について、活断層の可能性が否定できずとの評価書を全会一致でまとめ規制委員会に提出しました。これで勝負あったと言えます。私たちは評価書を最大の証拠として裁判所に提出し、早期結審、判決を求めています。
 これに対して被告の北陸電力は一貫して引き延ばし戦術で対抗しています。安倍政権下、各地の原発の再稼働が既成事実化し、また国民の間でフクシマの記憶が風化することを期待していることは明らかで、私たちは法廷内外で北電の姿勢を厳しく批判しています。
 こうした中、昨年10月20日には2号機原子炉建屋への雨水大量流入事故が発生し、金井豊・北陸電力社長は原子力規制委員会から「フクシマの経験がまったく生かされていない」「認識が甘い」と厳しく叱責を受けました。停止期間が長引く中、現場のモチベーションが一段と低下し、新たな危機を招いています。一日も早く廃炉への道筋を確固たるものにしなければなりません。

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〔本の紹介〕
「これを知らずに働けますか?」
竹信 三恵子 著/筑摩書房/2017年7月刊

 ちくまプリマー新書として7月に発売され、副題は「学生と考える労働問題、ソボクな疑問30」。著者は、元朝日新聞記者で、労働問題に詳しい和光大学現代人間学部教授の竹信三恵子さんです。副題からも分かるように、学生がこれから社会に巣立つ時、最低限知っておくべき労働・賃金、労組などの基礎知識を解説した本です。同時に、働く人を貧困と低賃金に追い落とす現代社会への警告書とも言うべき本です。労働組合の若い役員にとっても入門書であり必読本です。
 全体は6章から成り立っており、働き手の側から社会と企業を問い直しています。第1章「仕事選びの常識が通じない」、第2章「『働きやすい』って」、第3章「賃金ってなに」、第4章「働き手にも味方はいる」、第5章「心と体を壊さないために」、第6章「仕事がなくなったら」という構成です。なかでも第4章では、「社会的労働運動の必要性」という形で、平和フォーラムが進める「憲法改悪反対」「反戦・平和」「人権擁護」など、「企業の枠を超えたものが労働組合にとってきわめて重要な取り組みです」と、俳優の菅原文太さん(故人)の「語り」を紹介する形で書かれているのです。
 それは、2014年11月、闘病中であった菅原さんが、沖縄県知事選挙の候補者であった翁長雄志さんを応援するために語った言葉です。曰く、「アメリカにも、良心厚い人々はいます。中国にも、韓国にも。その良心ある人々は、国が違えど、同じ人間だ。みな、手を結び合おうよ」と。そして、「政治の役割は二つあります。ひとつは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと!」と。
 この訴えを読んで私は感動しました。まさに「万国の労働者、団結せよ」を彷彿とさせるものだったからです。反戦・平和と放射能汚染のない食が大事と訴えられたからです。菅原さんはこの3週間後に亡くなられたので、まさに「命懸けの応援」だったのです。だからこそ"社会的労働運動"を推進する石川県平和運動センターのホームページのトップは「菅原文太」さんなのです。
(石川県平和運動センター事務局長中村照夫)

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核のキーワード図鑑


あぶないオスプレイは飛行中止に

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9.18「さようなら原発 さようなら戦争 全国集会」

 福島原発事故から6年半が過ぎても、原発事故の収束の先行きが見通せない中、いまだ8万人近い被災者が苦しい避難生活を強いられています。政府は補償の打ち切りと帰還の強制を進め、被災者をさらに苦しい立場に追い込んでいます。また、安倍政権は、原発再稼働・核燃料サイクルの推進、原発輸出など原子力推進に大きく舵を切っています。このような状況を受けて、「さようなら原発」一千万署名市民の会の呼びかけで、「さようなら原発さようなら戦争全国集会」が9月18日に開かれます。多くの方々の参加を呼びかけています。

日時:9月18日(月・祝)11:30~15:00
会場:東京・代々木公園B地区、けやき並木、野外ステージ
内容:
11:30~出展ブース開店
12:30~13:30ミニステージ(リレートーク)・さようなら原発ライブ
13:30~集会発言(鎌田慧、落合恵子、澤地久枝ほか)/各地の報告(福島、玄海原発、沖縄から)/総がかり行動からの訴え
15:00~デモ行進(渋谷コース、原宿コース)
主催:「さようなら原発」一千万署名市民の会
協力:戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会

小池都知事の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付とりやめに対する抗議声明

2017/09/01(金) 13:46

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2017年9月1日

 

小池都知事の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付とりやめに対する抗議声明

 

フォーラム平和・人権・環境

代表 藤本泰成

 

 小池百合子東京都知事は9月1日、関東大震災で虐殺された朝鮮人犠牲者の追悼式に対して例年行ってきた追悼文の送付をとりやめた。8月25日の記者会見でその理由を問われた小池都知事は「これまでにも都知事として、関東大震災で犠牲となられた全ての方々への追悼の意を表してきた。全ての方々への慰霊を行なってきた」と説明した。しかし、1973年に民間団体が建立し現在都が所有している横網町公園の朝鮮人犠牲者追悼碑に記載されている「あやまった策動と流言蜚語のために六千余名にのぼる朝鮮人が尊い生命を奪われた」事実を、こうした事態を再び起こさないための責任を負う行政として東京都はどのように考えるのか。関東大震災という自然災害で亡くなった人々と、差別を背景に意図的に人の手で虐殺された人々とを「犠牲となられた全ての方々」という言葉でひとまとめにすることは明確な間違いである。

 明治維新によって「近代国家」としてのスタートを切った日本は、日露戦争・第一次世界大戦の勝利のなかで1910年には朝鮮半島を一方的に併合し植民地支配を始め、1915年には中国に対し「対華二十一箇条要求」を突きつけた。1923年の関東大震災当時の日本は、海軍力を背景に膨張政策を展開している。福沢諭吉の「脱亜論」にある、「其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従いて処分す可きのみ。悪友を親しむ者は共に悪名を免かる可らず。我れは心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」との考え方が日本社会に浸透していく時期と重なる。

 そのような社会情勢の中で形成されたアジア蔑視の国民感情を底流に、大震災という社会的混乱をきっかけとして「朝鮮人が暴動を起こした」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが広がり、警察・軍隊や扇動された民衆によって組織された「自警団」などによって朝鮮人や中国人、さらには労働組合活動家などが虐殺された。この虐殺事件を否定する研究者はいない。歴史的事実として明確に認識されていることは明らかだ。

  今年3月、自民党の古賀俊昭都議会議員が、碑文にある殺害された人数に明確な根拠がないなどとして、追悼の辞を発信すべきではないと発言した。そのことを理由に追悼文の送付を拒むことは、歴史的事実を否定する行為であり、歴史修正主義と言わざるをえない。

 小池都知事は、舛添要一前都知事が決定した「東京韓国人学校増設用地貸与」についても白紙撤回しており、きわめて差別的だ。小池都知事が関係する「都民ファーストの会」の野田数代表や「日本ファーストの会」代表の若狭勝衆議院議員も、これまで差別的発言を繰り返している。小池都政の本質がそこにあることは明らかだ。

 平和フォーラムは、都知事の朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付とりやめに関して、日本社会として歴史的事実をしっかりと受け止めながら、東アジアの人々との信頼と友好、そして平和な未来を築き上げていくうえで、決して許されるものではないと考え、強く抗議する。

朝鮮民主主義人民共和国によるミサイル発射に対する声明

2017/08/30(水) 17:44

 朝鮮民主主義人民共和国によるミサイル発射に対する声明

フォーラム平和・人権・環境
代表 藤本泰成  8月29日午前5時57分頃、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は、首都平壌の近郊から、「火星(ファソン)12」と見られる中距離弾道ミサイル1発を発射した。ミサイルは、日本海から渡島半島・襟裳岬上空を通過する軌道を約14分間飛翔した後、襟裳岬東方沖約1180キロの太平洋上(日本の排他的経済水域外)に落下したとされる。今年に入ってから北朝鮮によるミサイル発射はこれで13回目、そして日本上空を通過したのは2016年2月以来5回目となる。
 東アジアの平和に大きな脅威を与える度重なる行為に、平和フォーラムは北朝鮮政府に対し強く抗議するとともに、今後の北朝鮮政府の自制を厳しく求める。同時に、米国および韓国政府に対して、米韓合同軍事演習(乙支フリーダム・ガーディアン)の即時中止を求めるとともに、即時の米朝対話、南北対話の開始を求める。
 今回の発射行為に対して、菅義偉官房長官は「ミサイル発射は断じて容認できない」「国際社会と連携し、さらなる圧力の強化を強く国連の場で求めていく」と述べている。平和フォーラムは、制裁措置の強化に反対する。
 1937年7月7日の盧溝橋事件から日本は対中全面戦争に突入した。翌年から国際社会は日本に対する一部の経済制裁を始め、1941年7月から8月にかけて、米国が対日経済制裁に参加し、対日資産凍結や石油の全面禁輸などからなるABCD包囲網が完成した。しかしこの制裁措置を受けながらも、日本が12月8日に真珠湾を攻撃し、無謀な対米戦争に突入したことは誰もが知っている事実であり、経済制裁のエスカレーションが平和に結びつかないことは、私たちの歴史が証明している。
 朝鮮戦争の休戦協定を平和協定へと訴える朝鮮半島の人々の声に、国際社会は耳を傾けるべきだ。植民地支配を行い、現在に至る朝鮮半島の分断の歴史に責任がある日本は、脅威を煽ることに力を注ぐべきではなく、国際社会、とりわけ米国と北朝鮮との仲立ちへの努力に、力を注ぐべきである。
 安倍首相は「発射からミサイルの動きを完全に把握しており、国民の生命を守るために万全の態勢をとってきた」と述べ、今回は破壊措置を実施しなかったとした。あたかも、ミサイル攻撃を軍事的側面から排除できるとする日本政府の主張に、私たちは騙されてはならない。日本には、イージス艦搭載のSM3と陸上配備のPAC3が配備されているが、専門家の多くが迎撃できる可能性は低いとしている。8月17日にワシントンで開催された日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、小野寺防衛大臣は、迎撃ミサイル「SM3」を地上配備する米国製「イージス・アショア」を新たに購入する方針を伝えている。800億円とも言われる新規購入が、国民の安全のためではないことは明らかだ。
 平和フォーラムは、米朝対立が軍事力で解決できるとは考えない。米国や日本政府は、北朝鮮の核兵器放棄を対話開始の条件としているが、まずは対話を開始するべきだ。世界最大の核保有国とその核の抑止力に頼む日本政府の一方的な姿勢は、全く説得力に欠けている。核兵器禁止条約にさえ同意しようとしない米国および日本政府自身の立場がいま、厳しく問われている。また、私たちは日本政府のプルトニウム利用計画(高速炉開発と核燃料再処理工場の建設)の放棄を一貫して求めつつ、北東アジアの非核地帯構想の実現へのプロセスを構想してきた。日本政府が政策転換を国際社会に表明することが、北東アジアの対話への道を開き、ひいては日本の安全保障に繋がることを確信する。
 北朝鮮のミサイル発射に際して、12道県に全国瞬時警報システム(「Jアラート」)が発信された。これまで、各自治体や鉄道各社などが、ミサイル発射に伴って過剰な反応を繰り返してきた。教育現場においても効果の疑われる避難訓練を実施している。過剰な反応を煽り立てることは直ちに止めるべきだ。同時に、歴史的経過の中で、日本社会で生活してきた在日朝鮮人への謂われない差別が懸念される。日本国憲法の示す平和と民主主義、基本的人権を土台として、多くの人々が努力してきた多文化・多民族共生の理想に照らし、私たちは冷静に対応していかなくてはならない。
 平和フォーラムは、理解と信頼に基づいた対話による平和への努力へ、世界各国が相互不信を乗り越えて踏み出すよう、そしてそのために何をすべきかを真摯に議論することを、心から要請する。 以 上

戦争犠牲者追悼、平和を誓う8.15集会 誓いの言葉(平和フォーラム・福山真劫共同代表)

2017/08/15(火) 17:08

  72回目の暑い夏がやってきました。
 私たちは、今年も、みなさまの御霊を追悼し、平和への誓いをもう一度確認するため、ここに集いました。しかし安倍政権に代表される日本の政治は私たちのめざす政治からすれば、危機的状況にありますが、一方、新しい希望も確実に生れつつあります。
 憲法を破壊し、戦争する国・軍事大国への安倍政権の暴走が止まりません。戦争法強行、共謀罪強行、沖縄辺野古への基地建設強行、福島の切り捨てと続き、次は東アジアでの軍事的緊張をつくりだし、それをあおりながら、憲法9条改悪を狙っています。
 また画期的な核兵器禁止条約が国連で採択されましたが、なんと日本政府は賛成せず、交渉会議にも参加していません。被爆者たちに対する裏切りであり、被爆国政府としての責任放棄です。怒りを通り越して、悲しくなります。
 8月12日、沖縄では、「辺野古に新基地をつくらせない県民大会」が開催され、安倍政権の県民無視の基地建設強行に、4万5千人の県民が怒りの声を上げています。沖縄の民主主義を破壊して進められる暴挙に対して、安倍首相の共犯になりかねない本土における私たちの責任を痛感します。
 そうしたことと合わせて、安倍政権の共謀罪の強行採決、森友学園・加計学園に代表される「権力の私物化」と腐敗の露呈、稲田や金田などお友達たちの大臣の無能ぶりを目の当たりにし、多くの市民は、安倍政治の本質とその危険性・でたらめぶりを理解し始めました。そして安倍内閣の支持率は各種世論調査で30%台へと一挙に急落、7月2日都議選での自民党惨敗と続き、一強多弱といわれた安倍政権が大きく揺れだしています。
 8月3日、安倍首相は、第3次内閣改造を行いましたが、そうした小手先の対策では政権の再浮揚・求心力の回復はできるはずがありません。問われているのは、安倍首相とお友達たちの米国追従・戦後レジームからの脱却という本質・路線・体質です。こんな安倍政権をいつまで続けさせるのでしょうか。野党と私たちの責任が問われています。
 私たちも「戦争させない9条壊すな総がかり行動実行委員会」に結集して、安倍の暴走をとめ、平和・民主主義・脱原発の政治を確立するために全力で闘ってきました。そして市民連合、野党共闘を作り上げてきました。そして今、総がかりを超える総がかり運動めざして、取り組みを開始し、運動は大きく拡大しようとしています。
 野党勢力とっても、絶好のチャンスです。立憲野党の奮闘が求められています。
時代は、戦後レジームの脱却・憲法破壊ではなく、平和・民主主義・脱原発・憲法理念の実現へと動き出しています。おもねるのでは無く、安倍政権の政策転換・退陣・打倒を明確にした野党と労働運動、市民運動、市民の連帯した闘いが確実に新しい政治をつくりだします。私たちはその一翼を担うという決意を申し上げて、「誓いの言葉」とさせていただきます。
2017年8月15日

      フォーラム平和・人権・環境  共同代表  福山真劫

戦争犠牲者追悼、平和を誓う8.15集会開く

2017/08/15(火) 16:38

  

 1945年の敗戦から72周年を迎えた8月15日、アジア・太平洋の人びととの和解と共生をめざして、非戦の誓いを新たにするため、東京・千代田区の「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」で、「戦争犠牲者追悼、平和を誓う8.15集会」を開催しました。
 正午の時報に合わせて、全員で黙とうを行った後、誓いの言葉として、平和フォーラムの福山真劫共同代表は「憲法を破壊し、軍事大国への安倍政権の暴走が止まらない。戦争法、共謀罪、辺野古への基地建設の強行や福島の切り捨てに続き、東アジアでの軍事的緊張を作り出し、憲法9条改悪を狙っている」と指摘するとともに、支持率が急落して政権が揺らいでいるとして、「安倍政権の政策転換・打倒に向け野党と労働運動、市民運動が連帯し新しい政治を作り出そう」と呼びかけました。(福山代表の誓いの言葉はこちら
 民進党の近藤昭一副代表(衆議院議員)は「植民地支配と侵略によって特にアジア諸国の人々に多大の損害と苦しみを与えた」と述べた上で、「いま、『立憲主義』と『平和主義』が脅かされている。憲法の平和主義の下で立憲主義を尊重し自由と民主主義が保障される国を作り上げていく」と決意を表明しました。
 社会民主党の福島みずほ副党首(参議院議員)も「戦争犠牲になったみなさんの尊い命の犠牲の上に手にした憲法9条は、何としても守らなければならない」「主権者である私たちは戦争犠牲者の全ての皆さんとともに9条改悪を止めたい」と声をあげました。
 さらに、立憲フォーラムの阿部ともこ副代表(衆議院議員)は「悪化の一途を辿る東アジアの安全保障環境の中で、再び武力によって紛争の解決を図ることのないよう、平和的・外交的努力が必要」とし、「非戦と核廃絶に向けて新たな決意をもって取り組む」ことを訴えました。  
 最後に、戦争をさせない1000人委員会の内田雅敏事務局長が「紛争の存在を前提とする武器輸出を国家戦略とするような『平和国家』は在り得ない」と述べ、「強権政治に呻吟しているアジアの民衆と連帯して、憲法破壊の安倍政権と闘う」ことを誓いました。
 この後、250人の参加者は献花を行い、憲法破壊の安倍政権と闘い、平和への思いを次の世代に伝えるために尽力することを誓い合いました。

被爆72周年原水爆禁止世界大会・長崎大会まとめ(藤本事務局長)

2017/08/09(水) 12:36

 被爆72周年原水爆禁止世界大会・長崎大会まとめ

被爆72周年原水爆禁止世界大会実行委員会
原水爆禁止日本国民会議
                                                                事務局長   藤本泰成 被爆72周年原水爆禁止世界大会は、福島大会から始まって、広島大会へ、」そして今日の長崎大会の閉会集会で、幕を閉じます。本大会の運営に携わっていただいた、実行委員会の皆さま、そして遠いところを海外から来ていただいたゲストの皆さま、各分科会でご発言いただきました講師の皆さま、そして全国からご参加いただきました皆さんに、心から感謝を申し上げます。
 大会中、様々な議論がありました。全てに言及はできませんが、若干の時間をいただき、私なりにまとめたいと思います。 福島第一原発の過酷事故から、6年が経ちました。今、原水禁大会では、多くの方から事故原発の現状に触れていただきました。指摘されていたのは、東電の経営陣は遅くとも2008年には津波によるメルトダウンを予想していたが対策を取らなかったと言うことです。 2016年2月には、勝俣恒久元会長他3人の経営陣が、業務上過失致死傷罪で強制起訴されていますが、第1回の公判が2017年6月30日に開かれました。先立つ3月17日には、前橋地裁において、「東電は巨大津波を予見しており、事故は防ぐことができた」「国は安全規制を怠った」として、東電・国に賠償を命じる判決を下しています。 事故の責任を明確にしていくことは、日本の将来に重大な意味を持つでしょう。福島では、支援の打ち切りが相次いでいますが、目に見えない放射性物質が復興を妨害し、遅々として進まない現状が報告されています。国の責任による明確な支援を要請したいと思います。 第1原発の廃炉・事故の処理には、膨大な時間と今後の技術開発が必要なことが、これも様々な方から発言がありました。原子力資料情報室の伴英幸さんからは、地下水や汚染水対策も計画通りにはいかず、貯蔵される汚染水は100万トン、行き場のない放射性廃棄物も含めて、今後の見通しが立たない状況が報告されています。 2017年3月31日をもって、帰還困難区域を除く地域の避難指示が解除されています。解除の根拠は、年間被ばく量が20mSv 以下と言うことですが、この数値は暫定基準で有り、過酷事故の実態に合わせて基準を緩和したものに過ぎません。現在でも、福島事故で避難指示が出された地域以外の一般公衆の年間被ばく量が1mSvであることを考えると、その意味が分かります。 伴さんは、福島県の実施している健康調査によると、子どもの甲状腺ガンの確定者が145人に達していることを報告しながら、その他の疾病に関しても統計学的な調査も実施すべきとしました。一般公衆被ばく基準の20倍の放射線量が、身体に影響が無いと言うことを、信用するわけにはいきません。
 
 原子力市民委員会委員で元原子炉格納容器設計技師の後藤政志さんからは、原子力産業の行方と原発の安全性に関して報告がありました。
 米国のスキャナ電力は、7月31日にV.C.サマー原発2・3号機の建設断念を発表しました。東芝傘下のウェスティングハウス社が受注していたものですが、後藤さんは、米国の安全規制の強化が工期の延長とコストの上昇を生み、いまや原子力発電所がコスト競争に勝利することはないだろうと発言しています。 東芝が建設した、改良沸騰水型の台湾龍門原発1・2号機は、建設されるも、一度も運転をすることなく廃炉になりました。背景には地震と安全性の問題があります。脱原発を決めた台湾からシュウ・グァンロン台湾大学教授に来ていただきました。韓国脱核情報研究所所長のキム・ポンニョさんからも、脱原発を志向するムン・ジェイン大統領の下、脱原発への議論が進んでいることが報告されました。世界が脱原発に向かっていることは確実です。 後藤政志さんは、「不確かな対策をいくら多層防護にしても安全ではない。多重防護は、事故に至る確率を下げていくだけである」「だから、規制委員会の田中委員長は、決して安全とは言わない」と述べています。原発の安全性には100%はあり得ない。であれば、そのリスクを許容できるのか、できないのか、できないならば結論は明らかなのです。後藤さんは、再生可能エネルギーが急速に普及している海外の状況と、原子力産業の崩壊を見れば、もはや原発は核兵器と共に凍結されるべきものであり、実際それが十分に可能であると結んでいます。 本大会開催の約一月前に、国連では「核兵器禁止条約」が締結されました。何度もその評価には言及されているのでここでは控えます。日本政府は、しかし、条約に反対し批准する姿勢を示していません。ピースデポ代表の田巻一彦さんは、2016年の国連総会に日本が提出した「核軍縮決議」にある、「関係する加盟国が、核兵器の役割や重要性の一層の低減のために、軍事・安全保障上の概念、ドクトリン、政策を継続的に見直していくことを求める」の一文をあげて、日本自らが「政策を継続的に見直して」ゆかねばならないが、しかし、その様子は見られないと指摘しています。 核兵器の非人道性を普遍的な見地として、禁止条約の前文では「核兵器の使用による被害者ならびに核兵器の実験によって影響を受けた人々に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意」との文言が書き入れられました。日本が今、行うべきは、米国の傘の下から脱却し、戦争被爆国としての明確な外交姿勢を確立することではないでしょうか。市民社会が反対する原発の再稼働をすすめ、再処理によって得るプルトニウムを利用する核燃料サイクル政策に、あたかも核兵器保有政策の担保のようにしがみつく姿勢は、被爆者の思いを踏みにじるものです。今こそ、日本政府が核政策の見直しに着手することを強く要求するものです。 前田哲男さんの報告に、「このままでは『日本は本当に戦争をする国』になってしまう」という、今の日本社会、日本の政治に対する警報とも言える主張があります。自衛隊に対する世論調査の分析から、民意のありかは「はたらく自衛隊」のイメージ、9条改憲を望んではいないとの分析です。安倍首相のめざす「憲法改悪」に対抗するには、民意に沿った対抗構想の提示こそ、私たちに求められていると、まとめられています。
 安倍政権は、特定秘密保護法、戦争法、共謀罪、矢継ぎ早に、憲法違反と言える法整備を、数の力を持って強引に進めてきました。彼の言う、戦後レジームからの脱却は、憲法の規定する、主権在民、平和主義、基本的人権の保障という、戦後社会の根幹に関わる理念への挑戦というものです。前田さんは「『秘密保護法』と『共謀罪』の結合がもたらす、物言えぬ社会が到来する」と指摘しています。私たちは、決して負けるわけには行きません。原水禁運動は、60年以上にわたって「核兵器廃絶」「脱原発」を、運動の両輪としてとりくんできました。そこには、被爆の実相がありました。一人ひとりの命への強いこだわりがありました。私たちは、権力の圧力に、臆してはなりません。 今年いただいた年賀状に、非暴力を貫き、米国での黒人の公民権運動を指導したキング牧師の言葉がありました。 「この変革の時代において、最も悲劇的であったのは、悪人たちの辛辣な言葉や暴力ではなく、 善人たちの恐ろしいまでの沈黙と無関心であった」 私たちは、沈黙の仲間であってはなりません。私たちは、声を上げ続けなくてはなりません。そして、私たちは、原水禁運動の、大きな、大きな輪を、広げていこうではありませんか。大きな、大きな声に、していこうではありませんか。  I have a dream !
 私たちには、夢があります。核も戦争もない平和な21世紀を作りましょう。 以  上 

被爆72周年原水爆禁止世界大会・大会宣言

2017/08/09(水) 12:24

 被爆72周年原水爆禁止世界大会・大会宣言

 人類の頭上に初めて原爆が投下されて72年がたちました。未曽有の惨禍によって、被爆者は、今日まで、差別や貧困にさらされ、様々な健康被害と闘い、苦しい生活を強いられてきました。しかし、被爆者は、原爆後障害の不安に怯えながらも、辛い身体にむち打って、核兵器の被害の実相とその非人道性を訴え、核廃絶を求めて声をあげ続けてきました。今年7月7日、国連総会で「核兵器禁止条約」が採択され、被爆者の願いが実を結びました。条約は、前文で被爆者や核実験被害者の「受け入れがたい苦痛と被害」に触れながら、核兵器が国際人道・人権法の原則と規則に反するとして、その製造や使用のみならず威嚇の行為なども法的に禁止する画期的なもので、核保有国の論理を許さないものとしています。
 しかし、唯一の戦争被爆国である日本政府は、本来ならば核兵器廃絶に向けて積極的にリーダーシップを発揮する立場にあるにもかかわらず、この条約の交渉に参加せず、いまも条約の批准・発効に反対し続けています。8月6日、広島の平和祈念式典で、安倍首相は「唯一の戦争被爆国として『核兵器のない世界』の実現に向けた歩みを着実に前に進める努力」を口にしながら、核兵器禁止条約には一言も触れませんでした。安倍首相が言いう平和は、政治的ポーズに過ぎません。日本政府(安倍政権)の姿勢は、核兵器廃絶を求めている世界の多くの国々、とりわけ被爆者を失望させるものです。私たちは、日本政府が「核兵器禁止条約」を直ちに批准し、核兵器保有国に対して、戦争被爆国としての言葉で参加を促していくことを強く求めます。
 安倍首相は、広島の平和祈念式典で、「被爆者の方々に対しましては、保健、医療、福祉にわたる総合的な援護施策の充実を行ってまいりました。今後とも、被爆者の方々に寄り添いながら援護施策を着実に推進してまいります」と述べました。しかし、被爆者への国家補償や原爆症の認定、在朝被爆者をはじめとする在外被爆者、被爆体験者、被爆二世・三世の問題などで様々な課題が残されています。原水禁は、国家補償に基づく被爆者援護法の制定を長きにわたりとりくみ、「原爆被爆者援護法」を勝ち取りました。しかし、国家補償は未だ明記されず、政府は、被爆者の具体的要求には何ら答えず、ただ裁判で敗訴したことのみ改善するという消極的姿勢に終始しています。被爆者が高齢化する中にあって、安倍首相は、自らの言葉を、自らが具現化しなくてはなりません。時間との闘いの中で、早期の解決に向けた運動の強化が求められています。
 世界各国は、2011年3月11日の東日本大震災・福島原発事故を契機に、脱原発に舵を切りました。ドイツ・イタリア・スイスなどが脱原発を選択しました。アジアにおいても台湾が脱原発を決定し、韓国でも脱原発をめざす政権が誕生しています。原子力産業は、米原子炉メーカーウェスティングハウスを買収した東芝の破たんに見るように、原発建設など原子力産業の推進が企業の経営破綻をまねく状況が現出しています。一方で福島原発事故の処理費用は、現時点でさえ約22兆円と試算され、原発推進が市場経済の論理にそぐわないものとなっています。
 しかし、安倍政権は、除染が終了し、年間被ばく量20mSvを下回ったとして、避難指示の解除を進め、住民に帰還を強要しています。20mSv/yは、一般公衆の被ばく限度の20倍であり、さらなる被ばくを押しつけながら、原発推進のためにフクシマをなかったものにしようとする姿勢は許せません。安倍政権は、脱原発を求める民意を無視し、福島原発事故被害者を切り捨て、原子力推進政策に邁進し、原発再稼働、核燃料サイクル計画・プルトニウム利用路線の推進、原発輸出などを推し進めています。事故の原因の調査も、責任の所在も曖昧にしたまま、原発推進に舵を切ることを許してはなりません。国策として原発を推進し、津波の想定を見直すことなく、事故を引き起こした東電・国の責任をきびしく追及していかなくてはなりません。
 安倍政権は、安全保障関連法(戦争法)や共謀罪を新設し、憲法改「正」に踏み出そうとしています。沖縄・辺野古や高江では、新基地建設を強行しています。日本中の空をわが物顔に飛ぶオスプレイは、各地で事故が頻発し市民社会に大きな不安を与えています。戦後レジームからの脱却という安倍首相の主張は、憲法の規定する国民主権、平和主義、基本的人権の保障という戦後一貫して私たちが守ろうとしてきた日本社会のあり方を、根本から変えようとするものです。決して許してはなりません。
 脱原発を決定させましょう。核燃料サイクル計画を放棄させましょう。米国の傘の下にあって、核武装を担保しておこうとする日本の核政策を根本から変えましょう。核兵器禁止条約の批准を求めましょう。国の責任を明らかにして、フクシマの支援を確実にしましょう。戦争法・共謀罪廃止、憲法改悪阻止、「命の尊厳」を基本に、地域から大きな声を上げていきましょう。
 ノーモア ヒロシマ、ノーモア ナガサキ、ノーモア フクシマ、ノーモア ヒバクシャ、ノーモア ウォー 
 2017年8月9日
 被爆72周年原水爆禁止世界大会

原水禁世界大会の最終日は長崎で閉会総会開く

2017/08/09(水) 00:13

 

  長崎に原爆が投下された8月9日、被爆72周年原水爆禁止世界大会の最終日を迎え、長崎大会の閉会総会が、長崎県立体育館で開かれました。全国から1600人が参加し、核兵器禁止条約の批准など、当面する課題を確認し、運動を広げていくことを誓いあいました。
 長崎実行委員会を代表し、松田圭治・実行委員長(長崎原水禁議長)があいさつに立ち「国連の核兵器禁止条約採択の原動力は被爆者の思いだった。それにもかかわらず、日本政府がこれに反対することは、唯一の戦争被爆国として許されない」とし、憲法改悪や沖縄への新基地建設、原発政策を進める安倍政権を厳しく批判しました。
 九州各県をつないで毎年行われている「非核平和行進」のタスキが長崎から沖縄に返還された後、タスキを受け取った沖縄平和運動センターの山城博治議長が登壇。沖縄県内の基地建設反対運動の中心を担っていたところ、昨年から5か月余にわたり逮捕・不当勾留されたにも関わらず「沖縄県民は翁長雄志知事を先頭に辺野古に新基地を作らせない闘いを続けている。事態が厳しければ厳しいほど団結していくことが大切だ」とし、自ら作詞した「今こそ立ち上がろう」を熱唱して、会場を沸かせました。
 また、佐賀県唐津市にある玄海原発の再稼働に反対するアピールを、佐賀県原水禁の柳瀬映二事務局長が行い、「県知事は県民の意見を聞くポーズをとっているが、理解は得られていない。避難計画は被ばく計画でしかない。再稼働を絶対に阻止する」と力強く述べました。
 高校生のアピールとして、第20代高校生平和大使と高校生1万人署名活動実行委員会のメンバーなど100人余りが並び、若者として核廃絶を訴えていく決意を語りました。
 原水禁世界大会に参加した海外ゲストを代表し、米国ピース・アクション政治政策担当のポール・マーティンさんは「世界の状況は昨年よりも悪くなっている。アメリカと日本では自らの利益だけを考える指導者がいる。ともに連帯し軍国化を進めることを阻止しよう」と呼びかけました。
 大会のまとめを藤本泰成・大会事務局長が行った後、脱原発、核燃料サイクル計画などの日本の核政策を根本から変えることや、核兵器禁止条約の批准、国の責任によるフクシマの支援、戦争法・共謀罪廃止、憲法改悪阻止など、「命の尊厳」を基本に、地域から声を上げていこうとの大会宣言を採択しました。 事務局長の「大会のまとめ」はこちら
 「大会宣言」はこちら   集会後、爆心地公園までの非核平和行進を行い(写真上)、核廃絶などをアピール。爆心地公園では原爆中心碑に川野浩一・大会実行委員長などが献花を行った後、原爆投下時間(11時2分)のサイレンを合図に全員で黙とうを行い(写真下)、大会の全日程を終えました。 

原水禁世界大会・長崎大会 2日目は分科会やひろばで討議

2017/08/08(火) 23:21

 

8月8日、原水爆禁止世界大会・長崎大会の2日目は。いくつかの課題に分かれての分科会や、関係団体の自主企画の「ひろば」、フィールドワークなどが行われました。
 「平和と核軍縮」の分科会では、共謀罪などの憲法問題や沖縄での新基地建設問題での討議と、7月7日に国連で採択された核兵器禁止条約と東北アジア非核兵器地帯化構想について考えました(写真上)。
 「脱原子力」の課題では、福島原発事故の現状と再稼働問題を考える分科会のほか、プルトニウム利用路線の破たんと自然エネルギーの展望を検討しました(写真下)。


 「ヒバクシャ」については3つの課題に分かれ、世界各地での核実験やウラン採掘などでの核被害の実態と補償、韓国やメキシコなど在外被爆者を招いて在外被爆者の置かれている現状と課題、さらに、被爆二世・三世問題では現在取り組まれている集団訴訟の意義や展望を考えました(写真上)。
 さらに、「見て・聞いて・学ぼうナガサキ」では、映像や被爆者の証言を通して被爆地・ナガサキの実相に触れました。このほか、被爆者との交流や、映画の上映などの「ひろば」、長崎市内の被爆遺構めぐり(写真下)や、佐世保の基地めぐりのフィールドワークも開かれました。
 さらに、小学生向けの「子ども平和のひろば」、高校生が企画・運営した「ピース・ブリッジinながさき」(写真下)など多彩な内容の催しが行われました。
 8月9日は長崎大会の閉会総会が開かれ、大会宣言を採択した後、爆心地までの非核平和行進を行い、原爆投下時間(11時2分)に黙とうを行い大会の全日程を終えます。

オーストラリアでのオスプレイの墜落事故で声明

2017/08/08(火) 16:07

 相次ぐオスプレイの事故に抗議し、

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沖縄、北海道等での飛行訓練中止を求める声明

 

2017年8月8日

フォーラム平和・人権・環境

事務局長 勝島 一博

 

 またもやオスプレイの墜落事故が発生しました。オーストラリア東海岸で、米豪共同軍事演習「タリスマン・セーバー」に参加していた沖縄の米海兵隊普天間基地所属のMV−22オスプレイが、現地時間の5日午後4時ごろ、強襲揚陸艦「ボノム・リシャール」への着艦訓練中、海上に墜落しました。米海兵隊の発表によれば、乗員、乗務員を含め26人中3人の海兵隊員が行方不明になった「事故」だとしています。普天間基地所属のオスプレイの墜落事故は、昨年12月13日に沖縄県名護市沖で発生した事故を含め2度目となります。この間日本国内に限っても、名護市沖の事故の同日に起きた普天間基地での胴体着陸事故、2017年6月6日の沖縄・伊江島補助飛行場、続く6月10日の鹿児島・奄美空港への緊急着陸など、オスプレイの事故が相次いでいます。

 米軍当局や日本政府がオスプレイの有用性をいくら強調したところで、欠陥機である同機の運用は許されません。すべての飛行訓練の中止と普天間基地の配備及び予定されている東京・横田基地への米空軍CV−22オスプレイの配備計画を撤回すべきです。そして、陸上自衛隊が導入しようと計画しているオスプレイの佐賀空港配備も白紙撤回することを強く求めます。

 これまでのオスプレイの事故の多くは、事故に至る経緯や原因が明らかにされてはいません。防衛省のホームページで事故報告書が公表されているのは、普天間基地配備前に起きたフロリダ、モロッコでの事故の2件のみです。昨年の名護市沖での墜落事故に関しても、夜間空中給油訓練途中で事故が発生し、名護市沖の浅瀬に「不時着水、大破」するまでの経緯が全く不明で、事故原因の究明がなされていないにもかかわらず、事故から6日後には飛行訓練を再開しています。オスプレイの安全性に対して多くの人々が懸念を示しており、日本政府は、米当局に「自粛」を要請するだけでなく、経緯や事故原因が明らかにされるまでは飛行訓練等を中止するよう求めるべきです。

 沖縄では、北部訓練場をはじめ、キャンプハンセンなどで住民の安全を無視したオスプレイの訓練が連日行われています。そして8月10日から28日かけては、北海道で陸上自衛隊と米海兵隊の約3300人が参加して行われる大規模な共同軍事演習「ノーザンヴァイアー」が行われ、普天間基地所属のオスプレイ6機が参加し、夜間飛行訓練などを行うとしています。沖縄の負担軽減のための訓練移転と説明されていますが、政府は米軍機の飛行訓練について「日米安保の目的達成のため飛行訓練を行うことは当然の前提」として、訓練空域以外での飛行訓練すら容認している始末です。つまり米軍基地の過重負担を負わされている沖縄の現状を省みるまでもなく、すでに縦横無尽に日本の空を、米軍機が飛行訓練することは既定路線になっているのです。

 平和フォーラムは、日米軍事一体化、基地の共同使用による米軍機等の運用の拡大、SACO合意違反の基地使用などを許さないとりくみを進めていくとともに、相次ぐオスプレイの事故に抗議し、飛行訓練の即時中止を強く求めていくことを表明します。

以上

被爆72周年原水禁世界大会・長崎大会基調提案

2017/08/07(月) 21:53

 被爆72周年原水禁世界大会・長崎大会基調提案

被爆72周年原水爆禁止世界大会実行委員会
事務局長   藤本泰成  被爆72周年、原水禁世界大会長崎大会、開会総会に多くのみなさまに参加いただきました、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。台風を心配しましたが、長崎では杞憂に終わりました。ただ、今後列島を横断するのではないかと危惧されます。被害が拡大しないことを願っています。
 それでは、若干の時間をいただいまして、大会の基調を提案申し上げます。詳しくは、後ほどお手元のピンクの冊子「基調」に目を通して下さい。  敗戦と被爆から72年が経過して、2017年7月7日、国連総会において「核兵器禁止条約」が、採択されました。核兵器の製造や使用などを法的に規制する画期的な条約であり、その前文では、被爆者や核実験被害者の「受け入れがたい苦痛と被害」に触れています。多くの被爆者が、高齢にもかかわらず、世界に足を運び、訴えてきた結果として、加えて原水禁運動の結果として、心から歓迎するものです。 米国オバマ前大統領は、「核なき世界」をめざすとした「プラハ演説」をスタートに、核セキュリティーサミットの開催や被爆地広島訪問、先制不使用宣言の検討など、在任8年間、努力を重ねました。しかし、一方で米国内では、核兵器の近代化のための巨額投資が続きました。オバマ大統領がプラハ演説で、「『核なき世界』という目標は、私の存命中には実現しないかもしれない」と述べています。米国社会に染みついた核兵器への幻想を思い起こします。 トランプ新大統領も、核の近代化に積極的であり、「核兵器保有が存在するなら、米国はその頂点に立つ」とまで言い切っています。米国のかたくなな姿勢は、核兵器廃絶の大きな障害となっています。 昨日、広島の平和祈念式典で、安倍首相は「唯一の戦争被爆国として『核兵器のない世界』の実現に向けた歩みを着実に前に進める努力を、絶え間なく積み上げていくこと。それが、今を生きる私たちの責任です」と述べましたが、核兵器禁止条約には一言も触れませんでした。それが、日本政府の姿勢なのです。 日本政府は、「核兵器禁止条約」の検討会議に参加せず、総会では反対を表明しています。安倍首相は、常に平和を口にしますが、しかし、それは政治的ポーズに過ぎません。このような態度は、被爆者の思いを踏みにじるもので、許すことはできません。  自民党政権は、1957年5月7日の参議院予算委員会で岸信介首相(当時)が「憲法は、核兵器保有を否定していない」と発言したり、また、2016年4月1日には、安倍政権が「必要最小限度の核兵器は合憲」の閣議決定をするなど、核兵器保有を否定しないできました。 日本政府は、福島原発事故以降も、エネルギー基本計画の中心に、「原発推進」と再処理したプルトニウムを高速増殖炉で利用する「核燃料サイクル計画」を位置づけています。 高速増殖炉もんじゅは、発電を本格化することなく廃炉に追い込まれました。完工延期が続く青森県六ヶ所村の再処理工場建設計画とともに、計画全体の見直しが迫られています。しかし、日本政府は、フランスの高速炉計画に参画するとして、プルトニウム利用の延命を図っています。 元米国の国務次官補を経験し、クリントン政権で北朝鮮の核問題を担当したジョージタウン大学のロバート・ガルーチ教授は、「六ヶ所再処理工場は2割程度の稼働率であっても、年間1.5トンものプルトニウムが生産される。有能な科学者であれば、年間300個の原子爆弾を作れるほどの量になる」と指摘し、再処理工場は、米国の傘の下から脱した場合のリスクヘッジであり、いざとなれば核武装できることを担保するものだとの見方を示しています。この懸念は米国の安全保障関係者に共有されているとも指摘しています。 原子力の平和利用・核燃料サイクル計画が、日本の「核抑止力」そのものであることは重大な問題です。「脱原発」を確定すること、そのことは「核燃料サイクル計画」の存在理由を排除することです。唯一の戦争被爆国と主張するなら、核兵器廃絶を主張するなら、プルトニウムを放棄して、本当に核を持たない国として、核兵器廃絶に向けて核保有国への働きかけを行っていくべきです。 日本こそが、米国の核の傘を脱して、平和外交による安全保障の道を追求しなくてはなりません。そのためにも、今後予定される、日米原子力協力協定の改定作業においては、再処理の放棄を検討し、最終的に原発に、核エネルギーに依存しない日本を、構想しなくてはなりません。 福島第一原発は、未だ高線量の中で収束に向けた努力が行われていますが、溶融した燃料の状況さえ確定できずにいます。一方で、事故処理費用は、当初見込みの倍、21.5兆円にも上ることが明らかになっています。それも現段階での試算でしかありません。 このような中で、除染作業を進めてきた政府は、年間被ばく量20mSvを下回ったとして、多くの地域で帰還を実質的に強要しています。
 被害者・避難者は、時間の経過の中で、様々多様で多岐にわたる問題を抱え、帰還はすすみません。年間被ばく量20mSvは、事故前の基準の20倍であり、山間部や原野は除染できていません。目に見えない放射性物質は、健康への大きな不安となっています。 福島県は、自主避難者への住宅無償提供を打ち切りました。2万6千人以上と言われる自主避難者は、故郷と避難先の二重の生活によって困窮を極めたり、生業を奪われたり、故郷の住宅の荒廃によって帰還できないなど、様々な困難を抱えています。  2017年4月4日の記者会見で、今村雅弘復興大臣は「福島原発事故の避難者が復帰を拒否するのは自己責任」「裁判でも何でもやればいいじゃないか」との暴言を吐いています。自らの立場も考えず、福島の事故後の実態も理解せず、避難者の思いを暴言をもって拒否する態度は、責任ある立場の発言とは考えられません。 この発言の背景には、フクシマを終わりにしよう、無かったものにしよう、そして、「文句言わずに、早く帰還しろ」との、フクシマを切り捨てようとする政府の姿勢があることは確実です。 2017年3月17日、前橋地裁の原道子裁判長は、福島原発事故で福島県から群馬県に避難した住民など137人が国と東電を相手に損害賠償を求めた訴訟において、「東電は巨大津波実を予見しており、事故は防ぐことができた」として、東電と安全規制を怠った国の賠償責任を認める判決を行いました。
 
  原発事故以降、私たちが主張してきた「ひとり一人に寄り添う政治と社会」を具現化する、新たな国による支援を求めます。私たち原水禁は、そのような福島の実態に則した、ひとり一人の、人間としての復興を求めて運動を続けます。 「この世界の片隅に」という、戦時下のヒロシマを描いたアニメーション映画が、異例のヒットを記録しました。主人公スズの何気ない日常を描きながら、戦争に翻弄されていく人々の哀感に満ちています。 片渕須直監督は「当時の『普通の生活』を噛みしめて描いた」と述べています。戦時下であっても、一人ひとりの日常は、片渕監督が「原爆を描いているが、半分はコメディー」と言っているように、笑いあり、涙あり、そしてたまにケンカもあります。日常は、日常として続いていきます。 しかし、そのような日常にも、戦争はしっかりと根を張っていきます。そして、少しずつ、少しずつ、人々の生活を侵食していくのだと思います。
  突然と、突然と、その日常をやぶる原爆、日々の何気ない幸せをも奪い去る原爆、戦争は、その人の何気ない日常を、奪い取っていきます。 贅沢をすることもなく、ただただ、日々を精一杯生きて行く、誰を貶めることなく、誰を恨むことなく、しかし、誰からも愛されながら、「この世界の片隅で」しっかりと生きて行く、そのような普通の生活すら、認めようとしないのが戦争なのではないでしょうか。 名も無きひとりの人間として、多くの名も無い人々の尊厳のために、私たちは、戦争に、原爆に、反対していかなくてはなりません 原水禁運動は、戦争が寸断する「命の尊厳」を、呼び起こす運動であったはずです。そしてこれからもそうであるべきだとおもいます。
 平和に向けて、今日から3日間、真摯な討論をお願いして、長崎大会での基調提起といたします。 以  上

原水禁世界大会・長崎大会が開会 1100人が参加

2017/08/07(月) 07:36

 

 

  8月7日、長崎市の「長崎ブリックホール」で「被爆72周年原水爆禁止世界大会・長崎大会」の開会総会が開かれました。台風の影響で一部の県は開会に間に合わなかったものの、全国から1100人が参加しました。
 オープニングは、現役の医者による音楽ユニット「インスハート」が登場。医療で身体を治すだけでなく、音楽を通して心まで癒したいとの思いで活動を続けており、ステージでは原爆で子どもを亡くした母の思いをうたった「おばあちゃんののこしもの」を熱唱。参加者の感動を呼びました。
 続いて、7月に長崎県内を一周した「第33回反核平和の火リレー」の参加者が登壇し、これからも活動を続ける決意を語りました。
 黙とうに続いて、主催者あいさつに立った川野浩一・大会実行委員長(原水禁代表)は、自らが体験した長崎での被爆について「あの地獄のような光景が目に焼き付いている。原爆は、人間が人間として生きることも死ぬこともできなくするものだ」とその悲惨さを語り、「7月7日に国連で可決された核兵器禁止条約に日本は反対しているが、被爆者を、そして国民を見捨てる行為だ」と安倍政権を厳しく糾弾。「東北アジアの非核地帯化など、核なき世界の先頭に立とう」と呼びかけました。


 

 大会への海外ゲストを代表し、台湾大学教授で、台湾環境連合で脱原発運動を進めている徐光蓉(シュウ・グァンロン)さんが「核兵器と原発の根本は同じものであり、どちらも絶対悪だ。これ以上、放射性物質が地球上に溜まれば環境や子孫に悪影響を与える」として、2025年に原発ゼロをめざす台湾の動きを報告しました。
 大会基調の提案を藤本泰成・大会事務局長が行い、核兵器廃絶、脱原発、ヒバクシャの援護と権利拡大への取り組みを提起し、「名もない人々の日常が持つ豊かさを守るために、命の尊厳を大事にする運動を続けていこう」と訴えました。基調提案はこちら
 福島原発事故について、福島県平和フォーラムの村上伸一郎副代表が報告し、3月から一部地域を除いて、帰還が強制され、仮設住宅からの立ち退き、住宅支援の打ち切りなどの政府の対応を批判し、「国や県は責任をもって生活再建を支援するべきだ」と語りました。

 「長崎からのメッセージ」として、田上富久・長崎市長が登壇し、日本非核宣言自治体協議会の会長として「核兵器禁止条約ができた源流に被爆者の声があり、それが集まって国連で大きな流れとなった」と述べ、「条約を社会の規範とするために市民が声をあげ続けていくことが必要」と強調しました(写真上左)。
  さらに、「核兵器禁止条約」の国連での討議を傍聴した川副忠子さんが、戦争に突入する前からの日本の動きや、原爆投下、敗戦後の平和を求める運動や被爆者の活動などについて、写真等を用いて説明しました。
 また、原爆の被害者が当時の旧長崎市内に限られ、近隣の自治体に住む人たちが被爆者認定されなかった問題について、「被爆体験者訴訟原告団」の岩永千代子さんと松尾榮千子さんが証言。被爆直後の爆風の中を逃げ回り、その後、友達を白血病で亡くし、自らもがんと闘っていることを語り、訴訟を通じ、国や県、市が一刻も早く認定するよう求めていくと述べました(写真上右)。
 メッセージの最後は高校生からで、20年前から続けられている「高校生平和大使」の活動について、昨年の第19代大使から活動報告を受けた後、今年の20代大使に選ばれた15都道府県の22人が一人一人抱負を述べました(写真下)。また、2001年から長崎で始まった「高校生1万人署名運動」も全国に拡大し、これまでに140万人以上の署名を国連に届けたことが報告され、全員で活動のテーマソングを歌って運動の継続を誓っていました。


 

 最後に「原爆を許すまじ」を斉唱し、開会総会を終了しました。8日には長崎市内を中心に分科会やひろば、フィールドワークなどが行われ、9日に閉会総会と非核平和行進を行なわれます。
 

被爆72周年原水禁世界大会・広島大会「ヒロシマアピール」

2017/08/06(日) 12:07

  1945年8月6日午前8時15分、広島に投下された原子爆弾は、強烈な「熱線」、「爆風」、「放射線」のもと、その年の内に14万人もの生命を奪い去りました。あの日から72年、被爆者の高齢化は進み、限られた時間の中で、援護対策の充実と国家の責任を求めることが急務となっています。さらに、親世代の原爆被爆による放射線の遺伝的影響を否定できない、被爆二世・三世の援護を求める運動も重要です。

 7月7日、国連本部で「核兵器禁止条約」が採択されました。私たちが願う「核兵器廃絶」へ向けての歴史的瞬間でした。この条約の前文において「核兵器の使用による被害者(ヒバクシャ)に引き起こされる受け入れがたい苦痛と危害に留意する」や「核兵器に関わる活動で先住民に対する不釣り合いに大きな影響を認識」と、私たちが訴え続けてきた「核廃絶なくして被爆者(ヒバクシャ)の救済なし」や「核絶対否定」の理念が込められており、原水禁運動が国際的に認められた証でもあります。これからは、日本政府に、唯一の戦争被爆国として、全世界の条約批准へ向け、核兵器保有国とその同盟国をリードしていく責任を認識させなければなりません。

 東日本大震災による福島第一原発の事故から6年が経過していますが、いまだ約8万人近い福島県民が避難生活を余儀なくされています。しかし、安倍政権が進める原子力政策では、福島原発事故の反省もなく、12基の原発再稼働が認可され、その内、5基が私たちの強い反対にも関わらず再稼働を強行しました。それどころか、原発の新・増設の可能性すら追求し始めています。フクシマを決して忘れてはなりません。福島県民と周辺県で放射能汚染を強いられた人々の健康不安、特に子どもの健康にしっかり向き合うよう、「被爆者援護法」に準じた法整備を国に求めるとともに、原発の再稼働や新・増設を許さず、全ての原発の廃炉、再生可能エネルギーへの転換を求めます。

 安倍政権は、安全保障関連法制(戦争法)や組織犯罪対処法改正(共謀罪)を、市民の多数の反対を押し切って、国会での数の力により強行採決させてきました。さらに、2020年までには憲法を改「正」する構えを見せています。戦争により何が起こったのか思い起こすとともに、被爆地ヒロシマを体験した私たちは、9条を守り憲法を守り一切の戦争を否定し、二度と悲劇が繰り返されないよう訴え行動していきましょう。

 これまで私たちは原水禁を結成し、52年にわたり一貫して「核と人類は共存できない」、「核絶対否定」を訴え続け、核のない社会・世界をめざして取り組んできました。現在、暴走し続ける安倍政権の戦争への道、原発再稼働への道に対抗していくことが喫緊の課題であり、未来ある子どもたちに「核も戦争もない平和な社会」を届ける取り組みを全力で進めます。

○核兵器禁止条約で核兵器廃絶を実現しよう!
○フクシマを繰り返すことなく、全ての原発の再稼働や新・増設に反対し脱原発社会をめざそう!
○原発事故の被災者と被曝労働者の健康と命と生活の保障を政府に強く求めよう!
○非核三原則の法制化を実現しよう!
○憲法改「正」を許さず、戦争法や共謀罪の廃止をめざそう!
○ヒバクシャ援護施策の強化ですべてのヒバクシャ支援を実現しよう!
○被爆二世・三世の援護を実現しよう!
○すべての核兵器をなくし、核と戦争のない21世紀をつくろう!

 ノー モア ヒロシマ、ノー モア ナガサキ、ノー モア フクシマ、ノー モア ヒバクシャ

                        2017年8月6日
                        被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会

被爆72周年原水爆禁止世界大会広島大会まとめ

2017/08/06(日) 11:20

被爆72周年原水爆禁止世界大会広島大会まとめ

被爆72周年原水爆禁止世界大会実行委員会
原水爆禁止日本国民会議
事務局長 藤本泰成


 核禁止条約に対する日本政府の態度が問題になっています。第2分科会の湯浅一郎ピースデポ副代表は、オバマ政権の8年間を総括しながら、「核なき世界」をめざす米国では、核兵器への巨額投資が続き、核戦力の近代化が続いた、今後10年間で核の近代化に800億ドル、運搬手段の近代化に1000億ドル、全体で1800億ドル、約18兆円が支出されることになったと指摘しています。オバマ大統領がプラハ演説で述べた「この目標は、私の存命中には実現しないかもしれない」と言う言葉は、米国社会に染みついた核依存態勢を象徴し、このことを変えるのは至難の業との思いの表れでは無いでしょうか。

 第1分科会で発表した、米国の平和NGOピースアクションのポール・マーチン代表は、米国で様々な問題を起こしているトランプ新大統領が、守っている唯一の公約は、軍事中心主義と軍事費の増額であると述べました。貧困層対策のプログラムの予算を削減し、軍事費を大幅に増額している事実を指摘しています。トランプ政権は、核の近代化政策においても、オバマ政権の方向性を支持しています。ただし一方で、イランとの間の核開発放棄の合意と北朝鮮の金正恩政権との対話の姿勢は保ち続けるとしています。

 北朝鮮は、核実験を繰り返し、ICBM・大陸間弾道弾の実験に成功し、米国内の全てを射程に入れたと主張しています。米国の核兵器とは規模も違いますが、核のにらみ合いとも言える状況が続いています。北朝鮮を対象とした、米韓軍事演習は規模を拡大し、日本を含む日・米・韓の軍事同盟強化はこれまで以上に進んでいます。米艦防護や後方支援など米国との軍事同盟を強化するために、安全保障関連法が成立しました。

 第1分科会で、軍事評論家の前田哲男さんが、43の民放70の新聞を使い、3億円以上をかけたと言われる「弾道ミサイル落下時の行動について」という政府公報を紹介しています。「できる限り頑丈な建物や地下街などに避難する」「物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭を守る」「窓から離れるか、窓の内部屋に移動する」と書かれていますが、前田さんは、原爆投下の直後に大本営の「防空総本部」が出した新型爆弾に対する「対策心得」に書かれている「待避壕はきわめて有効、頑丈なところに隠れること」「普通の軍服や防空ずきんおよび手袋でやけどから保護できる」「伏せるか 物陰に隠れる」と比較し、全く変わらないとして、政治が言う安全保障のキャンペーンが、いかにむなしく、いかに危険かと述べています。

 小野寺五典防衛大臣は、自民党の「弾道ミサイル防衛に関する検討チーム」の座長を務め、「敵基地反撃能力」が必要として、2017年3月30日に「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」を総理に提出しています。安部首相は、すでに日本の自衛隊の役割を「抑止力」から「対処力」へと変貌させようとして、安全保障の議論を進めています。前田さんは、高高度ミサイル防衛システム(サード)や巡航ミサイルトマホークの導入などを通じた「敵基地反撃(攻撃)能力」の確保に議論が進み、安全保障政策は「憲法解釈上の議論」のレベルではなく、実際的な「防衛上の政策論」まで進んでいると警鐘をならしています。

 「日本が『核の傘』依存をやめること」これが、東北アジアの冷戦構造と安全保障のジレンマを解消することにつながっていく。東北アジアの非核化の問題を、第2分科会で議論していただきました。第3分科会では、核兵器の材料であるプルトニウムを創りだす核燃料サイクルの議論がありました。原子力資料情報室の伴さんからは、「再処理は崖っぷち」との報告がありました。サイクルの一翼を担う高速増殖炉もんじゅは、廃炉になっています。計画通りの実施が困難となった今こそ、核燃料サイクル計画からの脱却を実現しなくてはなりません。そのことこそが、東北アジアの平和のために、東北アジアの非核化そして共通の安全保障の道へつながっていくのです。原水禁運動が、この間主張してきた東北アジア非核地帯構想とその実現のための、日本を、プルトニウム利用政策から脱却させるためにがんばらねばなりません。

 事故を起こした福島第一原発は、6年を経過してもなお、事故処理の作業が全く進んでいません。政府は、除染によって避難指示区域の解除を進め、帰還を強要するかのように、これまでの支援の打ち切りを進めています。ヒロシマ・ナガサキの被爆者がそうであったように、フクシマのヒバクシャの生活再建にも、支援の手を自ら伸ばすことはありません。これまでの原水禁運動の経験に学び、福島県民と周辺県で放射能汚染を強いられた人々の健康不安、特に子どもの健康にしっかりと向き合い、生活再建・生業再建を目途に、「被爆者援護法」に準じた法整備を、国に求めていかなくてはなりません。

 このような中で、「脱原発」は確実に市民社会に根付いています。市民社会の声が、原発推進に戻ることはあり得ません。第4分科会では、環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長が、「世界は再生可能エネルギー時代を迎えつつある」として、再生可能エネルギーが指数・関数的に増加していることを明らかにしました。原発384GW、風力490GW、太陽光300GW、原発は漸減しているが太陽光発電は昨年1年で76GW増加していることを考えると、太陽光発電が原子力を上回るのは時間の問題です。当初、1Wあたり1万円もしていた、太陽光の発電コストは、今や1Wあたり40円となっています。地域分散型の再生可能エネルギーが、新たな地域再生の大きな力になり、日本のエネルギーを支えることを、私たちは、私たちの選択として実現しなくてはなりません。エネルギー・デモクラシーの時代を、私たち自身で切り拓かなくてはなりません。

 今年の国際会議は、「なぜ日本で脱原発は進まないのか」と言うテーマで、開催をしました。2025年までに脱原発を決めた「台湾」から、また、ムン・ジェイン新大統領が脱原発を志向し国民的議論に入ろうとする韓国からゲストをお招きしました。
 原水禁運動は、1955年のその発足から、核兵器問題と原発問題に、運動の両輪としてとりくんできました。様々な確執があったにせよ、私たちは、「核絶対否定」「核と人類は共存できない」ことを基本に運動を進めてきました。自民党政権は、1957年5月7日の参議院予算委員会で岸信介首相(当時)が「憲法は、核兵器保有を否定していない」と発言したり、また、2016年4月1日には、安倍政権が「必要最小限度の核兵器は合憲」の閣議決定をするなど、核兵器保有を否定しないできました。

 日本は、エネルギー基本計画に、使用済み核燃料を再処理し、プルトニウムを利用する核燃料サイクル計画を位置づけています。結果として47トンものプルトニウムを所持しています。日本は、常に瞬時に核兵器保有国に変貌できることを、再処理で担保しています。原水禁は、商業利用の名を利用した核政策としてのプルトニウム利用に反対してきました。脱原発が確定すると、結果として核燃料サイクル計画、再処理がその意味を失います。それは、日本が真の意味で核政策を転換するために、大きな意味を持ちます。核兵器禁止条約が採択された今、日本の条約批准が求められていますが、そのためには日本の核政策の転換を図らなくてはなりません。原水禁は、脱原発の視点から、日本の核政策の転換を考えようとしました。そして、フクシマを二度と繰り返さないことの、人権としての当然のとりくみとして、脱原発を考えました。

 パネラーのひとり、吉岡斉九州大学教授は、「日本の原発は動いていない。稼働可能な原発の内、現在稼働中は、5基、2017年中に稼働するとしている玄海原発を入れて7基である。2020年においても稼働できるのは15基から20基程度ではないか」とし、脱原発の実現に向けては、地方自治体からも、新潟の米山知事、静岡の川田知事など、再稼働を許さない動きが出てきている。今後、重要になるのは政治家の姿勢であると指摘しました。旧民主党政権が、「2030年代、原発ゼロ」の方向性を示したことも大きな動きだったとして、国会における多数派形成は、最重要課題としています。

 シュウ・グァンロン台湾大学教授は、台湾の脱原発が法律に規定されていることを報告されましたが、しかし、政治家を動かすには運動の力も重要であると指摘しています。イ・ユジン韓国緑の党脱核特別委員会委員長は、「これまで、韓国には原発推進の関係法律は存在するが、原発を止める方向での法律は存在していない。このことは重要な課題だ。現在野党が多数派を形成しており、野党の議員の理解を求めることも重要である」としました。
 オーストリアは、脱原発と核兵器不保持が、憲法に規定されていると聞きました。政権が変わっても重要な政策が変更されないようにすることが目的とされています。
 原水禁運動のとりくみを通じて、脱原発の方向を確固たるものにするために、私たちのとりくみの方向は明らかになっています。

 少し話を変えたいと思います。私は、北海道の本当の田舎町で育ちました。昼は蝉の声が、夜は蛙の声で眠れないことがあるほどの、自然の中で育ちました。夏は野山を走り回り、冬は雪の中を転げ回りました。

 北海道の冬の夜は、冷えます。深々と音もなく雪は、静かに降り積もります。子どもの頃、覚えた詩が頭に浮かびます。三好達治のたった2行の有名な詩です。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。

 詰めたい布団に入って、最初はじっと我慢しながら、ちょっとした不安の中で眠ってしまう。朝起きた後の、朝日の中の雪のキラキした輝きが、今でも目に浮かびます。
 自然の中で、泥だらけになって、雪まみれになって、育ってゆく。日本の故郷の子どもたちの姿です。

 福島第一原発の事故以降、フクシマの野山はどうでしょうか。フクシマの雪の中を、転げ回ることができるのでしょうか。

 フランスの文学賞を受賞した、福島市在住の詩人、和合亮一さんの詩をツイッター上で読ませていただきました。

「石の礫」と言う作品ですが、長文ですので、その中の「悲しみ」と題された部分を、抜粋させていただきながら、一部を紹介します。


  三月十一日 悲しい 揺れ 巨大な 揺れ あれから
  私の町の駅はまだ目覚めない。囲われて、閉じられて、消されている。

  あなたにとって、懐かしい街がありますか。私には懐かしい街があります。
  その街はなくなってしまいました。

  あなたは地図を見ていますか。私は地図を見ています。その地図は正しいですか。私の地図は、昔の地図です。なぜなら今は、人影がない。…。

  放射能が降っています。静かな夜です。

  ここまで私たちを痛めつける意味はあるのでしょうか。

  ものみな全ての事象における意味などは、それらの事後に生ずるものなのでしょう。ならば「事後」そのものの意味とは、何か。そこに意味あるものは。

  この震災は何を私たちに教えたいのか。教えたいものなぞ無いなら、なおさら何を信じればいいのか。

  放射能が降っています。静かな静かな夜です。


 私は、自然の中で、のびのびと育ってきたことが、私にとってかけがえのない素晴らしい贈り物であったように思います。

 放射能が降っている。静かな静かな夜です。皆さん想像してみて下さい。

 雪は見えます、が、放射能は見えません。雪の中を子どもたちは転げ回ります、が、放射能の中を転げ回ることはできません。雪を口にする子どもたちがいます、が、放射能を食べることはできません。

 私たちが、子どもたちに残し、受け継いでいくはずの自然を、放射能は奪い取っていったのです。

 基調提起で申し上げました、憲法には、健康で文化的な生活を営む権利、人間らしい生活を営む権利が、しっかりと決められています。フクシマは、憲法違反です。

 放射能が降っています。静かな静かな夜です。

 そんなところに、人間らしい生活があるはずはありません


 この詩は最後を、こう結んでいます。

  2時46分に止まってしまった私の時計に、時間を与えようと思う。明けない夜は無い。

 さあ、私たちは、明日のために何をしますか。昨日、今日の議論から、私たちは何をしますか。
私たちの生活の場から、答を出そうではありませんか。
 それは難しくありません。

 最後に、実行委員会の皆さん、参加いただいた講師の皆さん、海外ゲストの皆さん、そして全国からの参加者の皆さんに、心から感謝を申し上げて、まとめといたします。

以  上-

原水禁世界大会・広島大会の「まとめ集会」開かれる

2017/08/06(日) 10:29

    

 1945年8月6日午前8時15分、広島に原子爆弾が投下され、一瞬にして多くの命が奪われてから72年。「被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会」は「まとめ集会」を県立総合体育館で開き、700人が参加しました。
 主催者挨拶に立った川野浩一・大会実行委員長は、8月6日の「あの日」を振り返り、「多くの子ども達も犠牲になった。三たび繰り返さないと誓ったはずが、いまだ達成されていない。安倍晋三首相は広島平和式典で、国連で採択された核兵器禁止条約について何も触れなかった」と厳しく批判しながら、「安倍政権の支持率は激減している。いまこそ政治の流れを変えるチャンスだ。原点に立ち返って行動しよう」と呼びかけました。
 中・高校生が中心になって企画・運営された「メッセージfromヒロシマ2017」の報告では、参加した子ども達の平和への思いを集めたボードが披露され、採択された「平和アピール」が紹介されました(写真上は子ども達が作ったボード)。
 海外代表からのアピールは、韓国・環境省中央環境政策委員のイ・ユジンさんが行い「アジアでは、台湾が2025年までに原発をゼロにし、韓国でも文大統領の下で脱原発の機運が高まっている。民主国家では原発は選択されない。勝利の日まで闘おう」と訴えました。


 

 特別報告として、「高レベル放射性廃棄物処分問題と適地マップの公表について」を北海道平和運動フォーラムの長田秀樹代表が報告。原発から出される「核のゴミ」と呼ばれる高レベル放射性廃棄物を地下に埋めるため、政府が7月28日に示した処分地の「科学的適正マップ」を厳しく批判し、「該当する自治体において処分場拒否の議会意見書採択の運動を展開しよう」と呼びかけました。
 広島大会のまとめを藤本泰成・大会事務局長が行い、5日の分科会や国際会議などでの論議の中から、「核兵器禁止条約」の早期発効に向けて日本がアメリカの「核の傘」からの脱却が必要なことや、核燃料サイクルシステムの破綻、東北アジア非核地帯化構想の推進、福島原発事故の避難者へ「被爆者援護法」に準じた法整備、再生エネルギーの拡大、脱原発の視点からの日本の核政策の転換などを提起し「明日の世界のために何が出来るか一人一人が考えよう」と強調しました。
 最後に「暴走し続ける安倍政権の戦争への道、原発再稼働への道に対抗していくことが喫緊の課題であり、未来ある子どもたちに『核も戦争もない平和な社会』を届ける取り組みを全力で進めます」とする「ヒロシマアピール」を採択。「核兵器禁止条約は被爆者の思いが原動力となって成立した。その思いを私たちの行動に重ねていこう」と、佐古正明・大会副実行委員長(広島原水禁代表委員)の閉会挨拶で終了しました(写真下は「原爆を許すまじ」を合唱する参加者)。
 原水禁世界大会は8月7日から9日までの長崎大会に引き継がれます。

 藤本事務局長の「広島大会まとめ」はこちら
 「ヒロシマアピール」はこちら

広島大会2日目は分科会や国際会議で討議行う

2017/08/05(土) 22:25

 8月5日、被爆72周年原水禁世界大会・広島大会の2日目は、午前中に7つの課題別に分かれての分科会が開かれました。「平和と核軍縮」の分科会は、安倍政権の戦争をする国作りに対して、憲法を元に平和構築をどう図るかと、国連の核兵器禁止条約採択を受けての東北アジア非核地帯化の課題をさぐる分科会が開かれました(写真上)。
 「脱原子力」の課題では、核燃料サイクルと高レベル放射性廃棄物の処分をめぐる課題や、福島原発事故を受けての再生可能エネルギーなど脱原発をどう進めるかを討議しました。(写真下)。


 

 さらに「ヒバクシャを生まない世界に」として、世界の核被害者の現状と連帯あり方を検討した他、韓国やメキシコの在外被爆者を招いて補償問題や戦争責任を考えました(写真上)。
 さらに、原爆問題の入門を学ぶ分科会も開かれました(写真下)。これら分科会の内容は後日、原水禁国民会議のホームページで報告されます。

 午後からは様々なグループが企画した「ひろば」や「つどい」が開かれた他、落語や講談で平和や核問題を学ぶ「話芸のひろば」(写真上)や、映画の上映会も行われました。さらに、子どもや若者にも平和の問題を知ってもらおうと、今年も「子どものひろば」や、高校生が企画した「メッセージfromヒロシマ」も行われました。また、フィールドワークは、一部台風の影響で中止せざるをえない催しもありましたが、様々な現場を視察しました。
 「なぜ日本で脱原発が進まないのか」をテーマに、国際会議も開かれ、ともに政権が脱原発の方向性を明らかにした韓国と台湾のゲストから、政策転換に至った経過や今後の課題について報告を受けるとともに、日本での脱原発運動をどう進めるか、研究者や市民団体代表を含めて論議を行いました(写真下)。
 広島大会は6日に「まとめ集会」を行い、7日からの長崎大会に引き継がれます。
 

被爆72周年原水爆禁止世界大会・広島大会基調提案

2017/08/04(金) 11:16

被爆72周年原水爆禁止世界大会広島大会基調提案

被爆72周年原水爆禁止世界大会実行委員会
原水爆禁止日本国民会議
事務局長 藤本泰成

 皆さん、被爆72周年、原水禁世界大会広島大会、開会総会に参加いただきましたこと、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます。若干の時間をいただいまして、大会の基調を提案申し上げます。詳しくは、お手元の基調に目を通して下さい。

  敗戦と被爆から72年が経過して、2017年7月7日、国連総会において「核兵器禁止条約」が、国連加盟国193カ国中、122カ国の賛成をもって採択されました。核兵器の製造や使用などを法的に規制する画期的な条約であり、前文では被爆者や核実験被害者の「受け入れがたい苦痛と被害」に触れています。多くの被爆者が、痛む身体に鞭を振るい、慣れない国際的な場に立って、怒りに震えながら声を上げ続けた結果として、私たちは心から歓迎するものです。

 しかし、この条約を検討する会議の場からも日本政府は出席を拒み、核兵器保有国米国におもねるように、「漸進的アプローチ」を主張し、この条約があたかも世界に対立を持ち込み、安全保障体制を覆すかのような、否定的態度に終始しました。
 日米安全保障条約の下、米国の核の傘に依存し、核兵器の抑止力の幻想にしがみつく、旧態依然とした日本政府の態度は、被爆者の訴えとは相容れず、原水禁運動に関わってきた人々を失望させるものです。

 「父は爆死、姉兄はそれぞれの職場で、他の家族は自宅で被爆した。姉は爆心地近くの兵器工場で被爆。その時のことを聞いても「忘れた」と言って死ぬまで話してくれなかった。2人の娘を産む育てたが、長女は13歳で白血病でなくなった。次女も50代でガンで亡くなった」、朝日新聞の投稿欄の一文です。この、福岡県に住む70代の被爆者は、「我が国が、被爆国で有りながらこの条約に加盟していないことが残念でならない」「加盟国が一カ国でも増えることを、私たち被爆者は望んでいる」と訴えています。

 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核兵器開発、ICBMの打ち上げ実験などを通じて、日本政府は、平和への、安全保障への脅威をあおり、核兵器が抑止力であるとする議論がまかり通っています。しかし、第2次大戦後、核兵器保有国同士は別として、核兵器が絶え間ない戦争や紛争の抑止力として効果を上げた実態を、私は知りません。核保有国の核は、イスラエル、インド、パキスタン、そして北朝鮮へと、拡大を続けてきました。「米国の核兵器が、北朝鮮の核兵器を作りあげた」というならば、大きな批判を受けるでしょうか。賛同される方も多いと思います。

 原水禁運動は、多くの皆さんと「東北アジア非核地帯」を構想し、そのために日本のプルトニウム利用政策、これは商業利用としての核燃料サイクル計画として行われていますが、その放棄を主張してきました。計画の一部、高速増殖炉もんじゅは、発電を本格化することなく廃炉に追い込まれました。青森県六ヶ所村の再処理工場建設計画と共に、計画全体の見直しが迫られています。しかし、日本政府は、フランスの高速炉計画に参画するとして、プルトニウム利用の延命を図っています。
 元米国の国務次官補を経験し、クリントン政権で北朝鮮の核問題を担当したロバート・ガルーチジョージタウン大学教授は、「六ヶ所再処理工場は2割程度の稼働率であっても、年間1.5トンものプルトニウムが生産される。有能な科学者であれば、年間300個の原子爆弾を作れるほどの量になる」と指摘し、再処理工場は、米国の傘の下から脱した場合のリスクヘッジであり、いざとなれば核武装できることを担保するものだとの見方を示しています。この懸念は米国の安全保障関係者に共有されているとも指摘しています。
 原子力の平和利用・核燃料サイクル計画が、日本の「核抑止力」そのものであることは重要な課題です。脱原発を確定することが、核抑止力幻想から抜け出す道であることを、私たちはしっかりと見極めなくてはなりません。

 平和学の重鎮、ノルウェーの社会学者ヨハン・ガルトゥング博士の主張する「積極的平和」が、どこから始まるかを、考えなくてはなりません。

 「核兵器禁止条約」は、9月20日以降に批准が始まり、50カ国の批准によって発効します。核兵器は非人道的として、長きにわたって積み上げてきた議論をここで終わらせてはなりません。日本政府が批准に向かうよう、核兵器保有国が批准に向かうよう、私たち自身の運動の強化が求められています。

 東日本大震災・福島第一原発事故から、6年以上が経過しました。降り積もった、目に見えない大量の放射性物質は、被災者の生活再建の大きな妨げになっています。6月30日には、やっと原発事故の刑事責任を問う裁判の第1回公判が、東京地裁で開始されました。東電経営者の責任を明確にしていかなくてはなりません。

 福島第一原発は、未だ高線量の中で収束に向けた努力が行われていますが、溶融した燃料の状況さえ確定できず、2040年代の取り出し完了を予定していますが明確ではありません。一方で、事故処理費用は、当初見込みの倍、21.5兆円にも上ることが明らかになっています。しかし、この中にはデブリの処理などが含まれず、今後の推移によっては更なる増大が見込まれます。
 その多くを電力消費者に転嫁して回収しようとしており、過去分の徴収や、新電力にも負担を強いるなど、きわめて問題の多いものとなっています。「原発の電気は安い」との主張は今や「デタラメ」以外の何ものでもありません。

 このような中で、除染によって年間被ばく量20mSvを下回ったとして、多くの地域で帰還が強要されています。被害者・避難者は、時間の経過の中で様々多用で多岐にわたる問題を抱え、元住民の帰還はすすみません。年間被ばく量20mSvは、事故前の基準の20倍で有り、山間部や原野は除染できていません。目に見えない放射性物質は、健康への大きな不安となっています。
 福島県は、自主避難者の住宅無償提供を打ち切りました。2万6千人以上と言われる自主避難者は、2重生活によって困窮を極めている方や故郷の住宅の荒廃によって帰還できない方など、様々な困難を抱えています。

  2017年4月4日の記者会見で、今村雅弘復興大臣が「福島原発事故の避難者が復帰を拒否するのは自己責任」「裁判でも何でもやればいいじゃないか」との暴言を吐いています。自らの立場も考えず、福島の事故後の実態も理解せず、避難者の思いを暴言をもって拒否する態度は、責任ある立場の発言とは考えられません。

 この発言の背景には、フクシマを終わりにしよう、無かったものにしよう、そして、「四の五の言わずに早く帰還しろ」との、フクシマを切り捨てようとする政府の姿勢があることは確実です。

 横浜市で、全国で、福島県から避難してきた生徒へのいじめが問題化しました。横浜で被害にあった生徒の「しんさいでいっぱい死んだからつらいけど ぼくは生きることにきめた」との言葉は、胸に刺さります。
 日本政府が、支援をあたりまえのものとして考えていないことが、日本社会のゆがみとなって、フクシマに対する言われない差別がおこっています。

 2017年3月17日、前橋地裁の原道子裁判長は、福島原発事故で福島県から群馬県に避難した住民など137人が国と東電を相手に損害賠償を求めた訴訟において、「東電は巨大津波実を予見しており、事故は防ぐことができた」として、東電と安全規制を怠った国の賠償責任を認める判決を行いました。
 
  復興庁の発表では今年6月30日現在で、避難者は9万3001人、震災関連死は、10都府県で3591人、そのうち原発事故があった福島県は2147人で関連死全体の6割にも達します。この数字を見ても、福島第一原発事故が何であるのかが分かります。帰還の問題、生活の再建や生業の債権問題、甲状腺ガンなどの子どもの健康問題、教育の問題、様々な課題が残されています。

 原発事故があり、被爆した事実があること、被害住民に何ら責任が無いこと、そしてそれぞれの立場の違いが大きいことなどを、しっかりと見つめ、それぞれへのきめ細かな支援が求められています。現行制度で対応が困難な部分は、きちんとしたフクシマへの支援・補償の制度設計を行うべきです。
  原発事故以降、私たちが主張してきた「ひとり一人に寄り添う政治と社会」を具現化する、新たな国による支援を求めます。私たち原水禁は、そのような福島の実態に則した、ひとり一人の人間としての復興を求めて運動を続けます。

 7月31日、米国の電力会社、スキャナ電力は、東芝傘下の原子炉メーカー「ウェスティング・ハウス」の破綻に伴い、採算がとれないとの判断からサウスカロライナ州のVCサマー原発2・3号機の建設を断念すると発表しました。
 東芝のスキャナ社への債務保証は2432億円に達しています。原子炉メーカー「ウェスティング・ハウス社」の経営悪化に伴う、親会社東芝の経営破綻は、原子力エネルギーそのものが、市場経済で存続できなくなっていることを明らかにしています。

 経産省は、「エネルギー基本計画」の見直し作業に着手すると発表しています。2014年に決定した2030年以降、原発への依存目標20~22%は、維持していくとしています。原子炉規制法に従い原発稼働期間40年とすると、目標達成は困難で一部原発は60年への延長を考えなくてはなりません。安全対策への費用の高騰は続いており、福島原発事故の処理も目処が立ちません。全国の6~7割が適地とされた最終処分場問題も解決を見ていません。困難を先送りした再稼働と、原発ありきの姿勢はきわめて問題です。
 2015年円ルギー基本計画へのパブコメは、9割が原発依存の引き下げや脱原発であったことを、政府はもう一度見つめ直すべきです。

 2014年5月、大飯原発運転差し止め訴訟の判決で、福井地裁の樋口英明裁判長は、「人の生存そのものに関わる権利と、電気代の高い低いの問題を並べて論じるべきではない」「豊かな国土とそこに国民が生活していることが国富であり、これを取り戻せなくなることが国富の喪失だ」と述べ、「原発は、憲法上は人格権の中核部分よりは劣位にある」との判断を下しました。憲法の中に原発がどのように位置付くのか、フクシマにおける「今」を考えると、きわめて重要です。

 安部首相は、憲法を変えるとして、今もなおその主張を放棄していません。これまでの自民党の方針を放り投げて、平和主義9条の1項2項をそのままに3項に自衛隊を位置づけるとか、正にご都合改憲としか言いようのない主張を繰り返しています。しかし、そこには、全く主権者の姿は見えてきません。

 7月23日の朝日新聞は、憲法70年と題した社説で、「原発と人権」を問い直すとの主張を掲げました。南相馬の小高区出身の鈴木安蔵、静岡大学名誉教授が、多くの仲間と主に戦後すぐに作成した「憲法草案要綱」に「国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有す」とあることを上げて、南相馬市が、全戸に憲法前文の冊子を配布したことを紹介しています。
 
 何気ない日々、普通の人間の、普通の生活が、原発事故で失われる。憲法25条の生存権、22条の居住、職業選択の自由、29条の財産権、26条の教育権、様々な権利を原発が奪いました。

 原水禁運動は、早くから「脱原発」を掲げ、「核と人類は共存できない」ことを主張してきました。原発が憲法違反の存在であることを、フクシマがそのことを証明していることを、明らかにしていきましょう。そして、「脱原発」から、「脱プルトニウム」そして「脱核兵器」へと、人間の命を繋いでいきましょう。

 最後にはっきり申し上げます。原発を容認し、原発によるエネルギー政策を主張することは、憲法違反であると。
 本日より、3日間の真摯な討議をお願いして、基調の提案にかえさせていただきます。

以  上


 

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