井上 真(東京大学農学部)
わずか1時間ではあったが、炎天下の徒歩はやはり爽快だ。今年の2月、州都サマリンダの近郊にあるK村を再訪し、懐かしい村人たち(ケニァ人)と再会した。 1980年代後半に調査で滞在した時は村に道はなく、私が滞在したP翁のお宅の前には大木が茂っていた。しかし、今ではその大木は既になく、代わりに未舗装の道路が村を横切る。家々は道路沿いに並び、柿板に代わってトタンの屋根が目立つ。P翁は出稼ぎ(サラワクでの木材伐採)の成果として自家発電機を購入し、冷蔵庫やテレビも手にしている。
さて、一息ついて汗がひく頃には、つい先ほど味わった爽快さはいっぺんに吹っ飛んでいた。話の中で生活の実態がかいまみえたからである。旱魃の影響で米が不足している。井戸も涸れ、残り少ない濁った水を飲んでいる。食べ物を買おうにも、物価上昇のためになかなか手がでない。おまけに、現金収入源であるコショウ畑や果樹園は、周囲からの飛び火のため燃えてしまったところもある。その日、私も消火作業を手伝った。目の前で、20年近くにおよぶ人々の努力の結晶が焼失した。人間の非力さに敗北感がこみ上げた。
経済危機と森林火災。このダブルパンチは、カリマンタンの森林地域で生活する人々にとって空前の危機である。いま目の前にあるこの危機を少しでも緩和するため、まずは一人でも多くの方に「東カリマンタンNGO緊急救援ネットワーク支援」に参加してもらいたい。ここで述べる森林政策は、いわば中・長期的な対策として位置づけてもらえばよい。
インドネシアの森林政策の体系は次のようになっている。まず、自然条件を勘案して森林利用区分をおこなう。これは、森林調査・土地利用計画総局の業務である。そして、利用区分された林地は、それぞれの目的に応じて別々の総局の責任の下で管理がなされことになる。
「生産林」の管理は、森林事業総局の業務である。天然林を対象とする商業的木材伐採、パルプ原料などの生産を目的とする産業造林、そして非木材森林産物の利用が、ここでの主な活動である。
「保安林」は、再造林・土地修復総局の管理下にある。ここでの主な活動は、集水域、保安林、および沿岸地域の管理である。 国立公園などの「保存林」は、森林保護・自然保全総局の所管である。ここでの主要活動は、生物多様性の保全とエコツーリズムである。 そして、ここ数年で重要性が急速に認識されてきたのが、すべての森林利用区画における参加型森林管理である。しかし、包括的な参加型森林管理のための施策は整えられていない。このことについて簡単に考察したい。
インドネシア政府は、参加型森林管理プログラムの包括的な概念として社会林業を位置づけている。そこで、土地の法的カテゴリーごとに策定されている社会林業の施策を概観してみよう。
まずは林地(国有地)から。企業によって管理されている「生産林」地帯では、「ツンパンサリ」(造林木の間に農民が農作物を耕作)などが実施されている。しかし、参加者は林木に対する権利を有さず、森林管理の主体となりえない。
「保安林」地帯では「住民林業(Hutan Kemasyarakatan)」が実施されている。地域住民の主体的な森林管理と収益を保証している点は評価できる。しかし、荒廃していて修復が必要とされる保安林を主な対象地とする場合、樹脂を採取できる樹木やラタンなどを植栽してから収穫が始まるまでの間は現金収入源にならない。したがって 、経済的にゆとりのある者しか参加できず、貧富の差が拡大される恐れがある。
次は、非林地(私有地)における「個人林業(Hutan Rakyat)」である。これは日本における私有林業に相当するものである。したがって、個人の利益を目的とする造林活動の場合、このプログラムは、一般的な意味での社会林業の範疇に入らない。
今のところ、社会林業といえるのは「住民林業」プログラムだけである。しかし、このプログラムは、非木材森林産物だけではなく木材の利用も認める方向での修正が必要であろう。また、実行レベルでは、まだ残っている比較的植生の豊かな生産林地域を、積極的に住民林業の対象地とすることが望ましい。 ところで、何世代にもわたって地域住民によって慣習法に基づいて実施されてきた森林管理システムのことを、"Sistem Hutan Kerakyatan (SHK)"という。SHKの多くは、持続可能な森林管理システムである。そして、SHKを実施している人々の多くは、国立公園などの「保存林」地域などに居住している。逆に、既に開発が入ったり森林が劣化してしまっている地域では、利用対象となる森林産物が枯渇しており、SHKは成立しない。
現行の政策では、「保存林」地域は「住民林業」の対象地からは除外されており、また他の特定の施策は策定されていない。これは、政府がSHKを正当に評価していないことを示している。森林管理の実効性を確保するためにも、持続的な森林利用がなされている限りでSHKを認めることが必要である。とりあえず保護地域の一部を修正版「住民林業」プログラムの対象地としてはどうだろうか。これならば、政策転換のコストも小さくてすみ、政府も受け入れ易いだろう。
<おわりに>
経済危機による国家予算の縮小、および民主化に向けての動きは、参加型アプローチにとって追い風である。しかし、森林火災跡地の修復は、ともすると住民排除による大規模造林へと逆戻りする危険性を有す。昨年来の災いを転じて福となすためには、国を越えた市民・民衆が森林地域に住む人々に協力し、かつ政府に政策転換を促すことが必要なのである。■
日本インドネシアNGOネットワーク「インドネシア・ニュースレター」No.27 (98年7月発行)より転載
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