森林火災の後に来たもの(前編)

プランテーションに脅かされる先住民族 

内田道雄(フリー・ジャーナリスト)

プランテーションの影響を受けるダヤクの村

 97年、98年と記録的な森林火災にみまわれたインドネシア・カリマンタン島。火災がおさまった後も、新たな脅威が先住民族の人々を襲っていた。

 森林火災の原因は、早生樹を植える産業造林やアブラヤシのプランテーション開発があげられる。

 火災がおさまった後も、大規模農園は現地の人々にどのような影響を与えているのだろうか。

 アブラヤシとはその名の通り植物油が採れる椰子だ。この油は日本にも年間30万トンほど輸入されていて、クッキー、即席麺、チョコレートなどの食品や石鹸、洗剤、合成ゴム、プラスチックの原料として使われ、私達の身の回りの至る所に存在する。

 現在最大の生産地はマレーシアで900万トンほどだ。インドネシアはそれに次いで500万トンの生産がある。しかし政府の計画によると、2010年には1229万トンとなり世界最大の生産国となると見られている。

 ↓草刈りをする労働者
 赤道直下、東カリマンタン州を流れるマハカム川を100キロほど遡ると、浅い湖が数十キロも続く大水郷地帯に出る。小さなボートで水平線の広がる湖を進んだ。私は96年にもここを訪れていたが、あまりの変化に愕然とした。この前来たときは、湖畔を飛び交う様々な水鳥や水辺の森にはボルネオ島固有の天狗ザルの姿も見られた。しかし、この地域も森林火災の影響を受けていた。今年に入って水位は元に戻っているようだが、湖畔の木々は白く立ち枯れ、まるで骸骨のようだ。生き物の姿は殆ど見られない。水鳥も以前の半分以下しか飛んでいない。

 ボートはジュンパン湖のほとりのタンジュンイスイ村に着いた。ここはこの地域でも有名な観光名所である。旅行者は湖の散策や民族舞踊のショーを目当てにやってくる。

 一見のどかな村だが、この地域もアブラヤシのプランテーションが進出してきていた。この村のかなりの人々がプランテーション会社に土地を売り渡していた。

 土地を売った家を訪ねると、ある家では10ヘクタールの畑を売って、たった550万ルピア(一万ルピア、約200円)だという。それも1度には払わず数回に分けてだ。

 会社は土地に対しては補償金は払わない。そこに植えられているものにしか金は払わないのだ。これでは焼畑の休閑地などは、なんの補償の対象にもならない。森林産物を得る慣習地も、ただで取り上げられてしまう。

 この近くのタンジュンジャン村は土地を売ることを拒否している。

 ダヤクと呼ばれる先住民族系のブヌア人の住むこの村は、人口約500人のうち八割以上の人がクリスチャンだ。

 イスラム教徒が大半を占めるインドネシアにあって、ダヤクの人たちはキリスト教徒であることが多い。このことも対立の一因になっている。

 村の八割の人が農業に、残りは湖での漁業に従事している。

 村のリーダーの一人であるマスランさんに話を聞いた。

 「96年にプランテーション会社のトラクターが私達の慣習地に入ってきましたが、みんなで止めました。8ヘクタールの土地が造成されたのですが、取り返しました。それは隣のタンジュンイスイ村の土地だと会社が間違えたからです。会社は20万ルピア払いましたよ」

 ↓マタリバック村のコミュニティーホール
 「96年にプランテーション会社のトラクターが私達の慣習地に入ってきましたが、みんなで止めました。8ヘクタールの土地が造成されたのですが、取り返しました。それは隣のタンジュンイスイ村の土地だと会社が間違えたからです。会社は20万ルピア払いましたよ」
 なぜ、アブラヤシプランテーションに反対するのかを聞くと、「私達は農民です。農地を失ったら生きてはいけません。土地を売れば金は入るでしょうがその時だけです。次の世代のことを考えたら土地を手放すことはできないのです。隣の村は土地を売ってしまい、農地がなくなってこの村に来て土地を探している人もいます。この村はそんなことにはなりたくない。それに補償金が安すぎます。植えられている作物に対してしか金は払われないのです。昨年の森林火災の時、果樹やゴムの木は燃えてしまったのですが、プランテーション会社が火を付けたのではないか、という噂が広がったほどです」

 この村の村長はプランテーションに賛成しているという。権力者などは開発に賛成することで利益を得られるのだ。マスランさんは、村の人を啓蒙してコミュニティーを守ろうとしている。土地を失った人々がどうなるかは色々な場所で私も見聞きした。彼らには、頑張ってこの土地を守って貰いたいと願わずにはいられなかった。

広大なアブラヤシプランテーション

 次の日プランテーションを見にオートバイに乗って出かけた。

 タンジュンイスイの村を出て30分もしないうちに、遙か彼方までアブラヤシが広がるプランテーションに出た。

 ここはロンドンスマトラ社のプランテーションで、全部で1万5千ヘクタールもあるという。私はこれまでも何度かアブラヤシプランテーションを見たが、いつ見てもその規模の大きさに圧倒されてしまう。少し高いところから眺めても、地平線までアブラヤシしか植えられていないのだ。

 ここはまだ植えられて3年ほどしか経っていないので、収穫はおこなわれていない。アブラヤシの幹もまだ数十センチだ。

 プランテーションのオフィスを訪ねてみた。ここには約50人のスタッフがいるという。労働者の28歳の男性はフローレスから来たという。ここでは農場の管理をしていて、月に30万ルピアの収入がある。しかし、日雇いの人たちは1日僅か7600ルピアだ。

 まだ収穫が始まっていないので、労働者たちは暇そうだった。ここにはまだ搾油工場もできてはいない。

 アブラヤシが育ち収穫が始まれば、たくさんの労働者が来ることになる。そこでまた新たな問題が起こるのではないだろうか。

↓産業造林の火入れ

 この近くに移住者の村があるという。オートバイで30分程かけて村に着いた。

 10メートル四方ほどの小さな高床の家が、幅五メートルほどの道の両側に約30メートルの間隔で整然と並んでいた。

 インドネシアではトランスマイグレーションという移住政策がある。人口過剰なジャワ島などの人々をスマトラやカリマンタン、イリアンジャヤなど、人口密度の低い土地に入植させる計画だ。

 このバココン村で、東ジャワから来たマームッドさんに話を聞いた。38歳の彼は奥さんと子供二人、一人はまだ赤ちゃんだ。97年に来たというが、その時はもう村はできていたそうだ。

 家のなかは6畳と4畳ほどの部屋と台所があるだけだ。家財道具のようなものはほとんどない。電気はなく、水は井戸から、燃料は薪だけだ。

 入植したときに1ヘクタールの土地と家を貰える。1年間は一家族につき一カ月、35キロの米、油3リットル、塩2.5キロ、干し魚5キロ、砂糖3キロの援助が貰える。

 彼は今トウモロコシや豆、野菜や米をつくって暮らしてる。

「収穫はまあ充分ですね。ジャワにいたときは日雇いの仕事をしていました。収入は一定していないし、家を持つこともできなかったのです。ここは私にとって良いところです。でも、すべての人にとって良いというわけではないようです。以前住んでいたところに帰っている人もいます。ここは田舎過ぎますね。ジャワ島にも土地を持っている人などは、帰ることもあります。ここの農地は必ずしも良いものではありません。作付けが悪いこともあります」

 何か問題はあるのかを聞くと、

「ときどき地元の人の水牛が畑を荒らす事があるんです。飼い主に苦情を言うと、『私達はずっと昔からここにいたので水牛は分からないんだよ』といって取り合ってくれませんね。でもそんなにひどい対立はありませんよ」

 その隣に住むモホロジさんにも話を聞いた。彼は45歳ぐらいで9人の子供と孫が一人いる。ここに来る前はジャワ島で農業をしていたという。

「私はジャワにも土地を持っているので、できることなら帰りたいですね。うちは大家族なので1ヘクタールでは足りないんですよ。ジャワでは土地は少ないですが、ここでも充分とは言えません。私は時々プランテーションに働きに行きますが、賃金が安いのであまり良いものではありません。政府はもっと土地をくれると言ってるので待っているんです」

 ここでは移住に対してあまり問題が起こっているようには見えなかった。しかし問題の起こっているところもある。(後編に続く)■

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