木村 理真(豪州タスマニア在住)
1995年頃にもJATAN NEWSで紹介しましたが、日本が大きく関わっているオーストラリアのウッドチップ用伐採は、残念ながら現在も状況はほとんど変わっていません。この問題について、タスマニア島現地で保護活動をサポートしている木村理真さんに、自らの体験をもとにしたドキュメンタリーエッセイを書いてもらいました。
アマナは森で生まれた。
豪州のレインフォレスト(原生雨林) で6年前、はじめて一夜を明かした時のことは、忘れがたい。夜ふけ、ふと目を覚ますと、闇の向こうに背の高い樹々のシルエットが映し出されているのが目に入る。一瞬、闇を裂いて、鳥が「キーッ」と鋭い鳴き声をあげるのが聞こえた。異次元のような夜の森の深さによって、子どもの時に見ていた夢見の世界がにわかに呼び覚まされたように感じられた。翌朝、滝に打たれた。沢をよじ登りながら、アマナは「おかえり」と森の声を聞いたような気がした。「よく帰ってきたね。30年間、どこをさ迷っていたの」、そんな声を。その森は、伐採から守るために市民たちが立ち上がり、逮捕者を出しながらも守りぬいた森なのだ、と後から聞いた。アマナはその後も大地のふところを這うように旅を重ねて、気がついてみたら、タスマニア島(豪州)の森のはずれの小屋に暮らすようになっていた。
それだからだろうか、月が満ちてくると、レインフォレスト(原生雨林)に帰りたくなる。テントをかついで、タスマニアに残されたわずかな原生雨林に会いに行く。「ただいま、また迎えていただけますか」と森の主に心のなかで声をかける。頭を低くして、腐葉土の上をそおっと、歩く。枝もなるべく折らないように、花もなるべく踏まないように、と。日が暮れると、やがて、月の昇るのを待つ。苔むしたササフラスの樹の優しい肢体が月明かりにゆっくりと浮かび出される。陰影に富んだ月の光は、静寂を映し出す。時折り、けものの声が遠くに聞こえて、森の奥行きを伝えてくれる。月夜の森の気配のいっさいが、アマナの細胞に染みてくる。忘れていた物語を、忘れていた古い唄を、森は聞かせてくれる。
↓ステイックス・バレイの風景
日中、レインフォレストを歩く。予測できない凹凸のある、やわらかな腐葉土の上を。時には大きな倒木をやっとの思いでよじ登って越えていく。こうして歩くとビテイコツ(仙骨)のあたりが自然に刺激を受けて、からだの深いところから全体が整えられていくのを感じる。ある種のこまやかな振動が仙骨を起点に始まり、原初のからだの記憶に出会うようなのだ。おのずとからだと心の調整がなされて、忙しいマインドが鎮まっていく。やわらかくなっていく。
川に出会う。森をぬって流れる川。これは私の本当の姿、川は私だ、と思う。女の自分の中に流れている水の循環を、川のとうとうとした流れにそのまま感じる。止むことがないもの。断絶することのないもの。
ステイックス・バレイと呼ばれるこの森は、今まさに伐採が進んでいるタスマニアのサザン・フォレストの"古い森"(Old-Growth)の一つだ。ここには、世界一背の高い顕花する広葉樹群(ユーカリ)がみられる。現地の専門家が「世界遺産級だ」と評価する貴重な森が、いっさい保護を受けずに、伐採業者の手に落ちている。この地域では伐採の9割がチップになり、そのうちの9割が輸出用であり、そのほぼすべてが日本の製紙業界向けだという。 (日本の木材チップ輸入量のうち豪州からのものは約4分の1(96年)を占めており、そのうちタスマニアのチップが6割とトップを占める。)
こうして、ここステイックス・バレイでは、月夜に浮かび上がる神秘の森が、大型ブルドーザーで"皆伐"され、森は根こそぎえぐられていく。タスマニアでは、(公有地で)伐採された森の68%が焼き払われる。"再生焼き"と言われるもので、ナパーム弾に類似した弾薬をヘリコプターから落とす。そうして、生命をはぐくむ豊かな"古い森"が、焼き払われた後、"モノカルチャーの人工林の畑"に変わり果てる。しかも、その畑には"1080"という劇薬をもったニンジンがまかれる。植林のユーカリの芽を摘む小動物たちがこの毒で一掃される。また、この"再生焼き"による2次災害として山火事が発生、これまでに相当の森林が消失した。
↓野焼き --- 伐採された森が焼き払われる
ステイックス・バレイの伐採用道路に立つ。道路を隔てて、その左右に、天国と地獄を見る。かたや、けものたちの住む古いレインフォレスト。かたや、えぐりとられ、真っ黒に焼き払われた、死臭ただよう墓場。このシャープなコントラストがアマナの目に突き刺さってくる。アマナはそこに立つと、自分自身が左右に真っ二つに引き裂かれるかのように感じる。自分のこのからだの右半分は川もたゆたう母なる森。そして左半分は焼き尽くされて、いのち壊滅したホロコースト。この二つをアマナは自分のからだの内にだき抱えて、立ち尽くす。
「どうしろというの。気がふれそうになるじゃない。」
こうして、 母なる森が永遠にこの地球から消えていく。
8月のある晩、伐採現場のすぐ脇で一晩、テントを張る。夢枕にヒロシマ、ナガサキの惨状がかさなった。黒こげの死体が積み重ねられた焼け野原。そしてベトナム。「(女はみな)ダック(鴨)だと思え」という司令を受けた米兵たちに、無数の女たちが強姦され、殺されていった、つい最近の歴史を。"ナパーム弾もどきの弾薬"が母なる森を焼き尽くすのは、私自身の子宮がえぐりとられ、かきむしられ、焼き尽くされるのと、おなじだ。しかもその森は、日本で私自身が使い捨てる紙になるために、焼き払われる。私は自分で自分をレイプしているのか。アマナはこの狂気の沙汰に、眠れない。
寝返りを打ちながら、アマナは思いかえす。そう、大地にからだを横たえて、この森の大地の振動をせめてからだに刻もう。今、私にはただ立ち会うことができるばかり。でも、私には立ち会うことができるのだ。全身で感じ、からだの記憶に刻むことができる。そしてやがて森の声を日本の誰かに静かに聞きとってもらうこともできるだろう。森の慟哭を魂に刻んでくれる人と。だから今はこの大地の振動をからだに刻んでいよう。
森の小動物「ピグミー・ポッサム」↓
翌朝、ふたたび、伐採現場を訪ねる。皮肉なことに、アマナは現場の波動には馴染みがあることに気づく。メガシティ東京の喧騒のバイブレーションに似ている。いのちや性を際限なくモノ化していく自虐的な大都市の機能の一面が、伐採現場の惨状にぴったり重なって見えてくる。
終戦後の焼け野原とも重なる。かつて黒船がやって来て、大砲に腰をぬかした日本人は、産業化を推し進め、大きな犠牲を強いて敗戦。その焼け野原に立って、愛する家族が殺されないように、女たちをレイプから守れるように、再び負けないようにと、高い精神文化を伝統に持つ民族、日本人は一丸となって国の復興を目指したにちがいない、そんな時代の道のりを思う。その中で、いつのまにか、フィリピンの森を壊滅させ、マレーシア、インドネシアと、東南アジアをくだり、パプアニューギニア、豪州、タスマニアと太平洋を南下して各国の森を奪ってきた。(同時に国内の環境汚染の悪化と並行して。それは、とうとうマス・レベルでヒトの生殖機能が冒されるところまできた。)もうこの先は南極なのだから、ここまで来たら、あとは方向をシフトさせるしか、自国のサバイバルの道もないものを。
アマナはチップ製材工場にも足を運んだ。原木がまたたく間にマシーンの口に吸い込まれて、木材チップに砕かれて、今度はマシーンの出口から猛スピードで轟音とともに吐き出されてくる。この様は、私たちのライフスタイルを映し出す格好のモデル図のように見える。これもまた馴染みのある光景だ。たとえば朝のラッシュの新宿駅で、電車から一気に吐き出されて、また一気に吸い込まれて行く、(たいていは背広をまとって仮面をかぶっているかのように見える)無数の群集たちに似ている。原木が砕かれる轟音の中で、アマナはこの工程を見守っていた。これは一種のメディテーションのようだ。ここにこうして座って、一日中でもこの工程を見ていたい、とアマナは思った。そこで自分が何を感じるか、洞察していたい、と。この現場に身をあずけていると、私たちが享受している文明、ライフスタイルの問題の根源がいやおうなしに、つきつけられてくるようなのだ。破壊のその只中に身をさらして、全身の細胞でその痛み、絶望、不条理を受けとめていよう。そうしてそのまま、身をさらしている中から、やがて痛みが質を変えて、いのちの潮流を生み出していく力へと変容していきはしないか、アマナはそんなふうに感じている。(後編に続く)■
木村理真:
高校教師、共同通信社勤務を経て現在フリー。94年にタスマニアの森の代表団のサポートにあったことが端緒となって、タスマニアのキャンペーンやエコツアーを実施。プロジェクト「野聖の森」主宰。
タスマニアおよび豪州の原生林保護に関連したさまざまな活動を紡ぐ。これまでに、豪州のNGOと協力してでディープエコロジーのセミナーやワークショプ、エコツアー、ロードショー・キャンペーン、署名・情宣活動などを実施。
「野聖の森」では、 豪州およびタスマニアを舞台に野生体験の場を今後も提供していこうと考えています。テーマは「野生の声を聴く」。今年は、タスマニアの素晴らしい世界遺産を歩くトレッキングのコースなどを検討しています。同時に、ステイックスなど伐採の進む古い森を訪ねて、保護化へのエールを送ります。対象はティーンから大人まで。興味のある方は:
E-mail: limakimura@hotmail.com
あるいは Kimura Lima, Guys Rd. Cygnet, Tasmania 7112 Australia まで。
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