沖縄の市民団体でつくる、平和市民連絡会

沖縄戦の現実(チングシの場合)

ボクのじいちゃんもばあちゃんも、沖縄戦体験者です。

でも、あまり戦争の話を聞いた事がありません。

 

ボクの学校で平和学習という授業があります。沖縄戦について勉強しました。

人がいっぱい死んでいて、とてもかなしくて、どうしてこんな事になったのだろうと思いました。

 

ばあちゃんが戦争で亡くなった家族に会いに行くというので、一緒に糸満市の平和の礎に行きました。

ひいばあちゃん・ひいじいちゃん達の名前がそこに刻まれていました。

 

「どこで死んだかもわからないさーねー、摩文仁の方へ逃げたって事しか・・・

骨も遺品も無いさー。カンポー(米軍の爆弾の事)にやられたかねー、アメリカーにやられたかねー・・・

はっきりわかるのは、戦争が終わっても、帰ってこないってことだけさー。

戦争は皆殺しだからねー。死体だらけの中をばあちゃんも歩いていたんだよ。

ひとつひとつ、死体の顔のぞき込みながらね。

とうちゃん(ひいじいちゃん)じゃないかねー、妹じゃないかねーって、探して歩いたんだよ。

でも、みんな見つからなかった。だから、ここ(平和の礎)に拝みにくるわけ。

名前を刻んだから、ここに皆いるさー。」

 

ばあちゃんは亡くなった家族みんなの名前に手をあててしばらくじっとしていました。

 

「ばあちゃん、ボクね学校で戦争の事、勉強したよ。」というと、ばあちゃんは

 

「・・・あんな戦争。絶対くり返してはいけないよ。二度と戦争はやっちゃいけないよ!・・・あんた達にばあちゃんの話して聞かせたいけどね、つらくて、話せない。ばあちゃん以外みんな死んだからね・・・でも、話さないとダメだろうねえ・・・」

 

それっきり、ばあちゃんは涙ぐんで黙り込んでしまいました。

ボクまでなんだか悲しくなってしまって、あわてていっぱい刻まれた名前を読んでいるふりをしました。