ILO条約勧告適用専門家委員会 一般報告と個別の国に関する所見(2001年3月)
 強制労働条約(1930年、29号条約)
 日 本(1932年批准)


1.本委員会は、第2次世界大戦中に生じた二つの状況、すなわち戦時の「慰安婦」の状況と戦時の産業における強制労働の状況への29号条約の適用について、この間の数回の会期において検討してきたことを想起する。本委員会はこの問題をさらに審査するよう本委員会に要請する労働者団体からの相当量の文書と、この問題を終了すべきと日本政府が考える理由を想起する日本政府からの相当の回答が、この問題についての前回の検討以降提出され続けていることをノートする。

2.日本政府は、「先の戦争に関する補償、財産および請求権の問題を関係政府との間ですでに解決してきたこと、そして専門家委員会の提起した問題はこれらの解決済みの問題に含まれることを、当初から明らかにしてきた。したがって、それらの問題はILOの審議で取り上げられるべきでないと日本政府は考える」と報告書において述べている。この点に関して、日本政府は、サンフランシスコ平和条約、日本とインドネシア、中国、大韓民国およびアメリカ合衆国との間で結ばれた二国間平和条約その他の関連条約に言及している。これらの条約のすべてが、これらの諸国の国民による日本に対する個人の請求権を排除する規定を含んでいる。また、日本政府は、種々の公式の謝罪表明と多数の関係諸国への多大の開発援助にも言及している。加えて日本政府は「これらの問題をILOが今日の課題として審議することはまったく不適切であること……はきわめて明白である。それゆえ日本政府は、専門家委員会がこれらの問題を取り上げて審査するのはこれで最後となるよう強く希望する」と述べている。日本政府はまた、2000年10月20日付の書状において、日本労働組合総連合会(連合)のコメントに言及し、「連合は日本政府の報告を支持している」こと、そして「連合も、専門家委員会がこれらの問題についての審議を終了することが適切であると強く主張している」ことを示している。

3.本委員会は、法的には、補償問題は条約によって解決していると述べている点で日本政府は間違っていないことを承認する。しかしながら、本委員会はこの問題についての労働組合からの大量のコメントに対応すること、補償を求める請求の扱われ方の発展をノートすること、そしてこの問題についての日本政府の見解に関する情報を提供することの継続が重要であると感じる。本委員会は、将来の会期においてふたたびそうする必要がなくなることを希望する。

4.本委員会は、以下で論じる労働者団体の所見に加えて、2000年11月1日付の書状において東京地方労働組合評議会(東京地評)からの所見も受け取っていることをノートする。この所見は、日本政府が希望する場合にはコメントできるよう日本政府に送られているものであり、何らかのコメントが届いた場合に検討されることになる。

T.戦時「慰安婦」

5.本委員会は、前回の所見において、第2次世界大戦中および大戦に至る時期にいわゆる従軍「慰安所」に監禁された女性に対する甚大な人権侵害および性的侵害をノートしている。当時その女性たちは、軍人への性的サービスを提供することを強制されたのである。
 本委員会は、このことは29号条約の要件に違反すると、そして、このような容認しがたい侵害には適切な補償がなされるべきであると、判断している。また、本委員会には救済を命じる権限が無いこともノートしている。本委員会は、この救済は29号条約の下で責任のある機関としての日本政府によってのみ与えられうると、そして時間の経過に照らして迅速に、日本政府がこの問題に適切な検討を加えることを望むと、述べている。本委員会は、総会基準適用委員会の労働者委員が、この事案は同委員会では十分に議論されないことになっているが、日本政府が労働組合、関係する女性たちの代表的団体、他国の政府と会見し、犠牲者の多数の期待に適う有効な解決策を望む、と述べたことをノートする。

6.本委員会は、前回の所見において、日本政府はこれらの女性たちに直接的に賠償責任を負っているのではないが、日本国民による償いを果たすことと、関係者である女性たちに基金を提供することを目的として1995年に設立された「アジア女性基金」に可能な限り最大の支援を提供している、と日本政府が述べていることもノートしている。本委員会は、日本政府はまた犠牲者の居住する国に政府の資源を用いて、医療・福祉の面での相当量の援助を提供してきた、と日本政府が述べていることもノートしている。
  日本がいっそうの措置をとることを求めてきた諸団体は日本政府により犠牲者に直接支払われた補償はなく、法的責任の認識に基づいた犠牲者への謝罪もないので、アジア女性基金は十分な対応ではない、という立場をとっている。日本政府は、およそ170人がアジア女性基金からの援助を受け取ったと述べているが、それらの団体は関係する女性の大半がアジア女性基金の援助を受け取っていないと記している。

7.以上に加えて、いくつかの労働者団体からこの問題についてコメントを受け取っている。
 韓国労総と民主労総は、2000年9月8日付の書状において、国際連合人権促進保護小委員会による戦時性奴隷の問題についての考察についての情報、特に組織的強姦・性奴隷・奴隷的慣行についての特別報告者であるゲイ・マクドゥーガル氏による報告(U N doc.B/CN.4/Sub 2/2000/21)と、同じ問題について同小委員会が2000年に採択した決議とを送ってきた(同様の言及が他の団体からもなされているが、以下では繰り返さない)。日本政府は、同報告は部分的には日本のことを扱っているが、決議は日本にふれることがなく、進行中のより最近の状況に言及している、と記している。しかしながら、本委員会は、上記の特別報告者の以前の報告について決議で表明された「本決議で言及されている国家と個人の権利義務は、国際法上、条約、平和協定、免責その他のいかなる手段によっても消滅させることはできない」(U N doc.B/CN.4/Sub 2 R 8S/1999/16)という見解をノートする。

8.両組合は戦時の「慰安婦」が日本政府からの補償と公式の謝罪とを請求している8件の訴訟が日本の裁判所で審理中である、とも述べている。日本政府の示すところによると、本委員会が前回のコメントでノートしたように、1998年4月に山口地方裁判所下関支部(三審制の一審)が、必要な法律を制定しなかったことについての国家賠償として、日本で訴訟を提起した3人の原告のそれぞれに慰謝料を支払うよう日本政府に命じたが、1998年5月に広島高等裁判所に控訴がなされ、現在審理中である。日本政府の述べるところでは、一審判決の背景となる理由付けは1999年8月に他の訴訟において東京高等裁判所により拒絶された。
  両組合のあげる事案のうちの3件(高等裁判所に係属中)において一審裁判所は国側勝訴の判決を出し、他の5件は今も地方裁判所において審理中である。本委員会は、これらの訴訟の進捗状況について本委員会に知らせつづけるよう日本政府に要請する。

9.また別の情報提供において、オランダ労働組合総連合(FNV)は、1999年11月23日
 の書状で、「日本の道義的債務に関する協会」がFNVに提供した文書を提出した。日本政府はこの情報提供のについてその情報が労働者団体を出所としていないとの理由で疑問を呈したが、本委員会は、このような状況で労働組合が提供する情報は本委員会による労使のコメントの扱い方の範囲内にあると常に考えてきたことを想起する。FNVの情報提供が示すところでは、「慰安婦」になることを強制されたオランダ国籍の女性に対し日本は補償を提供していない。これにこたえて日本政府が述べるところでは、オランダにおける戦時の「慰安婦」の確定がオランダの当局によって実施されていないので、日本政府とアジア女性基金は「関係するオランダ人と相談のうえでオランダでのプロジェクト(例えば、医療、社会福祉領域での財・サービスの提供を含む)の実施を探っている。日本政府は、2000年2月21日に行なわれた日本とオランダの首脳会談でオランダ首相がこれらの活動への評価を表明したことにも言及している。

10.本委員会は、相当数の請求と訴訟が今も進行中であることをノートする。多くの請求者がアジア女性基金による補償を受け容れうるものと考えていないという事実を考慮して、本委員会は、日本政府が、請求者および請求者を代表する団体と協議の上で、遅きに失する前に請求者の期待に適うような方法で犠牲者に補償する他の方法を見出すことを望む。

U.戦時の産業における強制労働

11.この件についても、前に本委員会は、何千人もの人々を他のアジア諸国から強制徴用し戦時中の日本の工場で働かせたことは29号条約に違反する、と判断している。日本政府がこれにこたえて示すところでは、すべての法的請求は第2次世界大戦後の条約と日本政府による公式の謝罪により解決したのであり、これ以上のいかなる個人の請求権も認められない。この点に関して日本政府は、中国・インドネシア・大韓民国・アメリカ合衆国を含むいくつかの政府との関係を詳述している。日本政府の示すところでは、この件でも、日本で訴訟が係属していて、韓国籍の者が提起した7件と中国籍の者が提起した7件が審理中である。韓国籍の者による2件および中国籍の者による2件においては、下級審裁判所は日本政府勝訴の判決を下し、控訴審が係属中である。そして、他の10件は地方裁判所により審理されている。ほかに韓国籍の者が提起した3件は、これらの者の徴用に関係する会社が法的責任を認めることなく、法廷外で和解が成立している。

12.しかしながら、本委員会の理解するところでは、本委員会の会期中に、訴訟が係属していた事案のひとつで和解が成立した。その和解においては、建設会社の鹿島が、5億円(約 450万ドル)の基金を設立して戦時中に花岡銅山で死亡した中国人徴用労働者の親族と生 存者への補償を行なうことに同意した。
  この基金は中国赤十字により運営されることになっている。本委員会は、この事案が他 の会社に対する類似の訴訟に及ぼす影響に関する追加情報を提供するよう日本政府に要 請する。

13.本委員会は、コメントを提出した韓国の2労働組合が日本政府と日本の会社の対応を戦時中の奴隷労働者だった人々への補償を求められたヨーロッパと北アメリカの政府と会 社の対応と比較したことをノートする。
  日本政府の述べるところでは、異なる国は歴史的社会的経済的な背景と環境とが異なるので、そのとった行動を単純に比較し評価することは困難かつ不適切である。日本政府が 記すところでは、例えばドイツは、戦後2国に分割されたために、戦後、財産請求権という問題を包括的に対象とするいかなる条約も結ばなかった。

14.全日本造船機械労働組合関東地方協議会は、1999年10月1日の書状においてコメントを提出し、アメリカ合衆国カリフォルニア州においてとられた行動に言及した。同協議会の示すところでは、カリフォルニア州は1999年6月に法案を採択し、第2次世界大戦以 降の強制労働犠牲者が請求を起こせるよう、提訴期限に関する法律を延長した。これにこたえて日本政府が示すところでは、日本と合衆国は関係する問題をサンフランシスコ平和 条約により両国がすでに解決していることで完全に合意している。日本政府の記すところでは、数人のアメリカ人元捕虜が日本の会社とその在アメリカ子会社とを相手取って一連の訴訟を提起したが、2000年9月21日に連邦地方裁判所カリフォルニア北地区サンフラ ンシスコ郡は、サンフランシスコ平和条約は合衆国とその国民による日本に対するすべての賠償請求権を放棄したという理由で請求を斥けた。
  他の同様の訴訟が係属しているが、未解決である。本委員会は、この問題に関して合衆国で提起されている他の訴訟についての情報も受け取ったが、その結末については情報を得ていない。
  しかしながら、前記の協議会の述べるところでは、戦時中の強制労働から利益を得た日本の会社(またはそれらの会社の承継会社)に対して起こされた何件かの訴訟は、責任を認めないままで会社による和解という結果になった。

15.タイおよびミャンマーにおける強制労働のインドネシア人生存者による請求に関しては、日本政府は、この問題もインドネシア政府との包括的な平和条約により解決済みであると繰り返している。日本統治下の台湾から8000人以上の子どもたちが徴用されて日本の戦 闘機工場で労働したことも示されている。この件では、日本政府の示すところでは、台湾当局は財産と請求権の問題を処理することになっていたが、日本が中国との関係を正常化 して以降これらの問題を日本が処理することはできなくなった。日本政府の述べるところ では、同政府は、特別立法に基づいて、日本軍における軍人または労働者だった台湾の人々に「弔慰金」をおくった。

16.上記で参照した情報に照らして、多数の元捕虜その他の者が国家間の平和条約その他の取り決めによる適切な補償を受けていないと今なお感じていること、そして多数の請求訴 訟が今なおいずれかの審級に係属していることは明らかである。犠牲者の年齢と時間の経 過の速さを考慮して、本委員会は、日本政府が犠牲者と政府の双方に満足のいく形でこれらの者の請求に応えることができるようになるという希望を再び表明する。
                                    (以 上)