2000年11月15日

盗聴法廃止運動の意義と警察改革への疑問
−−警察のハイテク化のもたらす非人間的司法とその先駆としての盗聴法−−

盗聴法廃止署名実行委員会
海渡雄一(弁護士)

1 盗聴法廃止運動の意義

 ・盗聴法に対する反対運動の前提として、警察のハイテク捜査が市民のプライバシーを侵し、収集された個人情報を警察が組織的に、個人的に悪用するであろうことに対する確信があった。
 ・このような悪法をごり押しで成立させた自自公への批判が衆議院選挙における自民党・公明党の大敗の一因となったと考えられる。
 ・法成立後に明らかになった神奈川県警・新潟県警をはじめとする警察腐敗・不祥事は、警察が盗聴法などを利用して収集する市民のプライバシーが不当な目的に悪用されるのではないかという深刻な懸念が正しい根拠を持っていたことを示した。
 ・だからこそ、組織的な背景を持たない市民的な署名が20万を超えるような署名を集めることができた。
 ・一旦成立した法律について、国会内の野党が一致して廃止法案を出し続けていることは議会政治上もユニークな試みといえる。
・我々はロビー活動を通じて、この法律を成立させてしまったことに対する反省の声は今は野党になった自由党のメンバーだけでなく、多くの与党議員や秘書の方から聞いている。

2 軍事盗聴と司法盗聴との境界の崩壊とエシェロンシステム
・我々が学習してきたように、軍事諜報システムであるエシェロンシステムが刑事盗聴の全面展開の突破口を切り開いた。
 ・これ以外にも大量の軍事技術が刑事司法分野に移行しつつある実態を分析した野心的著作が刊行された。ノルウェーのオスロ大学教授で、世界的に著名なニルス・クリスティ「産業としての犯罪統制」である。軍事産業から転身したハイテク企業が警察・拘禁ビジネスに大量に進出し、そのカタログ雑誌までが売られている。刑務所の民営化の背後でも軍事産業から転身した拘禁ビジネス企業が暗躍している。

3 アメリカの軍事産業があおる「犯罪との戦争」
 ・私は今年9月ロンドンで開催されたリストラティブ・プリズンに関する国際会議に出席した。テーマはリストラティブジャスティスを刑務所にも応用しようと言うものだった。しかし、もう一つの大きなテーマは世界中に犯罪の厳罰化のイデオロギーをまき散らしているアメリカの状況に対してどのようにして対抗するかだった。
 ・アメリカでは冷戦の終結とともに敵を失った軍事産業が犯罪の恐怖をあおり立てて、マスヒステリー状態を作り出し、「犯罪との戦争」を組織した。天文学的な予算が犯罪者を拘禁するために使われている。そのイデオロギーは犯罪者は社会から隔離して無力化するというインキャパシテイト・モデルの考え方である。刑罰の人道化や社会復帰の理念はアメリカでは風前の灯火である。
 ・その結果1980年代まで刑務所人口は約80万人だったのに、急激に伸び2000年には200万人を突破した。

4 刑事司法のハイテク化は人権とプライバシーの危機である
 ・アメリカでは、遠隔操作で暴動を鎮圧できる催涙ガスの発射装置、拘禁施設内で遠隔医療ができるシステムなどが刑務所用に売られている。
 ・また、保護観察用に取り外せない腕輪を装着して衛星から常時居場所を監視できるシステムも開発されている。CDMAは実は保護観察中の元受刑者の位置確認のためにアメリカで開発されたシステムなのである。もっと簡便には自宅拘禁システムなども販売されている。対象者に発信装置をつけて自宅から離れると警報が鳴り出すシステムである。
・日本でも盗聴だけでなく、携帯電話の位置認識機能、Nシステム、街頭ビデオやコンビニや銀行などの店内ビデオなどが犯罪捜査に活用されている。また、警察の情報漏洩事件は、警察が氏名と生年月日で索引化された大規模なデータベースを構築し、これにあらゆる個人情報データベースを統合しようとしていることを示している。

5 厳罰主義は犯罪増加への道
 ・日本でも少年事件についての厳罰化をあおり立てる報道が意図的に繰り返され、ついに厳罰主義を進める少年法改正案は衆院を通過してしまった。この過程で野党共闘の一画が崩され、民主党が与党案に対案を出しながら、賛成してしまったことは本当に残念だ。しかし、党議拘束を破って退席した勇気ある民主党の仲間たちには心から敬意を表したい。
 ・犯罪レベルそのものがアメリカに比べて遙かに低く、少年犯罪の数も戦後の一時期に比べて現状は遙かに低いのに、オウム・少年事件のキャンペーンを通じて既に市民のヒステリー状態が作られはじめているのである。
 ・ここではっきりと述べておかなければならないことは世界で最も厳罰化の進んだアメリカが世界一犯罪の発生率も高い国であるということである。厳罰化のイデオロギーは社会からはみだした人間をスクラップ化し、その人間性を破壊して新たな犯罪を生み出していくということである。

6 警察改革は不祥事を理由とした焼け太り
 ・今回の日本の警察刷新会議の報告に基づく人員増は表面的には苦情処理の充実などを理由としているが、実態は市民生活の隅々まで警察が入り込み、組織犯罪対策センターなどハイテク警察化を急スピードで進めている。不祥事で人員が増えるという意味では完全に焼け太り状態となっているのである。
 ・その先頭を切っているのが盗聴法であり、これに続いてコントロールデリバリー(麻薬を発見しても末端に配達されるまで摘発しない)やアンダーカバー(覆面警察官)などの日本では導入不可能とみられてきた「汚い」捜査方法が次々にハイテクの助けを借りて大規模に導入されようとしている。

7 ハイテク警察による人権抑圧社会化と闘い、より人間的な刑事司法を
・盗聴法への反対運動はこのような軍事技術の背景を持つあらたなハイテク警察による人権抑圧管理社会化との闘いのさきがけであった。そしてわれわれはこのような警察の恐ろしい企みを、もっとも的確に理解してこれを指摘し、社会に警鐘を鳴らすことのできる、おそらくほとんど唯一の団体である。
 ・あくまで、盗聴法にこだわりつつ、盗聴法に示された警察の新たな捜査のやり方がどのような非人間的な社会をもたらすのかの全体像をあらかじめ指摘し、そのための動きの一つ一つを取り上げてこれと闘い、とりわけ、当面は警察の組織と権限拡大と正面から闘わなければならない。
 ・いま、ニュージーランドやカナダ、アフリカ諸国などで、このような警察国家化に対置される、より人間的な刑事司法のあり方として、リストラティブジャスティスの考えが実践に写されている。これは、犯罪によって傷つけられた被害者と加害者、それぞれの家族や地域社会を修復し、いやしていくために、カウンセラーなどの適切な仲介者を介して、被害者側と加害者側がコミュニティの代表とともに話し合いを行い、刑罰を決めていくという考え方である。このようなやり方は裁判の過程だけでなく、刑の執行の過程にも応用できる。そして、このようなやり方こそが、社会の暴力性を減らし、犯罪を減らしていく効果があることが確かめられている。
・犯罪を減らしたいと願うことは人間的な思いである。しかし、その手段が新たな人権抑圧を生むことは避けなければならない。より人間的な刑事司法を求めていくことが私たちの役割だ。