小西誠
人権ホットライン共同代表

2006年の反戦運動の強化発展を!

 イラク戦争がますます泥沼化する中で、自衛隊の第9次のイラク―サマワ派兵が1月から開始されている。今回の派兵は、「政経中枢師団」であり、首都防衛のために「温存」されていた東部方面隊からの派兵だ。この東部方面隊の派兵の意味は、全国の陸自部隊と同様の「海外派兵での実戦化」をこの部隊にも体験させることにある、と言われている。
 いずれにしても、イラク―サマワからの陸自年内撤退が報道される中での首都周辺からの派兵は、新たな段階を画する事態である。私たちは、自衛隊のイラクからの即時・全面撤退を求める反戦運動をこの2006年、再度、強化・発展させる必要があるだろう。

自衛隊員と家族

 さて、このような自衛隊のイラク―インド洋などへの長期の派兵が続く中で、私が一貫して注目してきたのは、「自衛隊員家族」の問題である。
 05年初頭に自衛隊のイラク派兵が開始される中で、マスコミなどでも注目されたのは、出動前後の隊員家族の動揺であった。もちろん、『自衛隊のイラク派兵―隊友よ、殺すな、殺されるな!』という私たちが編集した本でも報告したように、当ホットラインへの相談の多くも自衛隊員の家族からのものが多くあった。
 この海外派兵をめぐる、自衛隊員家族の発言をどのように観るのか。私はこの動きを、21世紀の反戦運動の大きな特徴と捉えるべきだ、と思う。また言い換えると、戦争反対の運動が必然的にその家族を媒介にして、軍隊内をも捉えていく流れにあることだと思う。
 戦後の自衛隊をめぐる動きや反戦運動の中でも、隊員家族のことが問題になることはまったくと言っていいほどなかった。いわんやメディアで取り上げられることもほとんどなかった。だが、戦後初めての、本格的な自衛隊の海外派兵という事態を迎えて、隊員家族からのそれをめぐる動揺・反対・異議の声が大きく広がっていくことになった。

少子化社会と戦争・軍隊

 この兵士の家族の動きは、日本ばかりではない。いや、イラク戦争で2100人以上の戦死者を出しているアメリカでは、ブッシュ政権さえ揺さぶる大きな流れとさえなっている。いまや、アメリカのイラク反戦運動のもっとも活発で、大きな声を発信しているのは、「兵士の家族」だ。同様に、チェチェンで泥沼戦争を継続しているロシアの中でも、兵士の家族の反戦運動が広がっていることが知られている。
 つまり、アメリカ・ロシア、そして日本と知りうる限りの先進国の軍隊の中で、隊員家族の声が大きく広がっているのである。これはどういう意味だろうか? 
 結論から言えば私は、これを「少子化社会の中での戦争は成立しない」、「先進国では戦争・軍隊はもはや価値がない」という歴史的事態の進行の始まりだと思う。
 先進国での人命・人権の尊重の大きな流れ、これはもはや「兵士の戦死」という出来事を看過できない社会が作られていることを意味する。そして少子化社会。戦争の時代であった20世紀と異なり、どの親が「一人っ子」を戦場に送るのか。おそらくほとんどの親は、息子・娘達が戦死の危険に遭うよりも「監獄の中にぶち込まれること」を選ぶ。場合によっては、この反戦行動は、讃えられもする(この行動が讃えられる社会が必要)。
 こうしてみると、もはや戦死者を出すことは不可能であるという社会が先進国には訪れているのであり、戦争も軍隊も不必要である、という時代が登場しつつある。だから、ブッシュ政権とその軍部に観るように、イラク戦争での戦死者をあらゆる形で必死になって隠蔽しようとするということだ。

自衛隊員家族からの相談の増大

 自衛隊が派兵されたイラクでは、偶然にも、まさしく偶然にも戦死者はまだ出ていない。というよりも、小泉政権は、その影響の重大さからして「危険事態」が発生した場合、サマワ基地の中に閉じこもってもしてでもそれを防ごうとしている。これは当たり前のことだ。イラク派兵に当たって、サマワという比較的安全な地域を敢えて選んだこともある。
 が、これらの事態がいつまで続くのか、未知数である。イラク―サマワの情勢は楽観できない。 
 さて、この派兵をめぐる隊員家族の発言は、隊員の声の代弁という側面もある。自衛隊員の場合、自衛隊法の諸規定によって政治的発言は禁じられている。しかし、自衛隊員の家族には自衛隊法の諸規定は適用されない。家族は一国民・一市民であるからだ。家族たちは、まさに現職隊員らの声を代弁して発言しているのである。ホットラインに届いたメールの中でも、隊員からのそのようなメールもがある。

 ここ数か月、ホットラインへの相談が爆発的に増えている。その内容は、前号のニュースでも報告したが、退職強要の相談であったり、退職制限の相談などである。切実な声も多い。自殺したい、という悲痛な声も少なからず届いている。
 海外派兵をはじめ、自衛隊の歴史的大再編が続く中で、自衛隊員自身にそのすべての矛盾が集中している。そしてこれは、当局の退職制限・退職強要・いじめ・いやがらせ・暴力という事態の中で、隊員たちにストレスを高じさせている。
 この中で現職の隊員たちからの相談も増大しているが、その家族からの相談が激増している。やはりここでも、隊員の精神的危機を救うのはその家族なのだ。
 海外派兵の時代が恒常化する中で、この隊員家族の声はさらに大きくなっていくであろう。そして、この先には、戦争の崩壊ばかりか、軍隊そのものの崩壊も待ち受けているのではなかろうか?

書籍検索:紹介  
自衛隊のイラク派兵
―隊友よ、殺すな、殺されるな!
小西 誠・渡辺修孝・矢吹隆史/著
出版元: 社会批評社 
四六判 234頁 並製
本体2000円+税
ISBN4-916117-63-8 C0036

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