要約・解説 景清 NHK出版 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140810106/250-5532469-3302623

●民営軍事会社の実態

 本書には最近の民営軍事請負企業の「目覚ましい活躍」が多数紹介されている。まず冒頭では、最近の地域紛争における代表的事例が3つ上げられているが、これらはどれも民営軍事企業の手によらなければ達成されなかったと言っていい。
 今や民営軍事企業は軍の任務の殆ど全ての分野に浸透し、直接の戦闘や武装警備ばかりでなく、実戦における指揮統制や高度な戦闘兵器の操縦・操作、兵士の訓練指導・演習・作戦研究、装備、兵站、兵器の整備保守を含む後方支援まで業務範囲を拡げ、ばく大な収益をあげている。企業は最新鋭戦闘機、戦車、ミサイル、偵察衛星の運用まで何でもこなし、ほとんどの開発途上国の正規軍と匹敵又は上回るほどの高い軍事能力を持っている。中には数十機もの実戦可能な戦闘機や軍用ヘリ、輸送機を現役の優秀なパイロット付きで保持する事実上の「空軍」会社さえも存在し、これらを効率的に運用すれば世界のどこにでも正規軍よりも速く傭兵集団を送りこめるのである。
 例えば「依頼主」が反乱軍の掃討や政権転覆を目指す場合、必要な人数の傭兵・指揮官・要員と必要な兵器を武器市場から調達し、兵員の訓練、図上演習、作戦立案、兵站、直接の戦闘請負に至るまで何でも依頼者の要望を実行できるのである。その実力はシエラレオネ、アンゴラなど世界の多数の紛争地域ですでに証明済みである。
 これらの会社の社員や重役には南アフリカ軍特殊部隊、英国SAS、旧ソ連スペッツナズ等の出身者が多数いる事が確認されているが、中にはMPRI社のようにCIAや米軍のテコ入れで作られ、退役将校を始め多数の海兵隊やグリーンベレー出身者などを抱え、現役軍幹部と太いパイプを持った会社もある。

●軍事需要と供給の拡大

 軍事請負企業の繁栄の背景には、ソ連崩壊とグローバリゼーションの拡大がある。冷戦の終了は両陣営の対峙関係を終了させ、各国の兵力を激減させた。米軍は冷戦時の3分の2以下に削減され、世界で600万人もの軍人が「市場にあふれた」と言われる。軍縮によって余った兵器は武器市場に大量に売り出され、5億5千万丁もの小火器が世界に流出したといわれる。又どんな高性能な兵器でも格安で入手できるようになった。例えばコロンビア革命軍は麻薬によって得たばく大な資金によって兵器市場から買い入れた兵器類を旧ソ連イリューシン-76大型輸送機を何機も連ねて国内に運び込み、政府軍など問題にならないほどの軍事力を持っているといわれる。

 各国政府は兵力削減だけでなく軍事部門における負担の軽減化のため民営委託を進めていった。NASAでは偵察衛星などコンピュータ部門の多くが民間委託され、グアンタナモ基地は刑務所建設から警備まで民間企業に委託されている。英軍では最新鋭原子力潜水艦の運用・整備も民間に委託されている。スーダンは最新鋭ミグ29の一個中隊をロシア人パイロット付きで契約しているが、この戦闘機は米軍のトマホークやステルス機を撃ち落とす能力を持っている。
 もはや国家は手間と費用をかけて軍隊を長期間育成しなくても、軍事コンサルタント会社に兵の訓練を依頼するか、民営「軍隊」をまるごとレンタル・リースする方が、即決で手軽に「精鋭部隊」を入手できる時代になったのである。この事実はおそらく根本的な「国防」思想を変革させずにはおかないだろう。特定の「仮想敵国」を前提とした防衛戦略はまったく役に立たなくなるからである。ある日突然、目の前に強大な軍隊が出現する危険性に我々は直面しているのである。
●常備軍思想の崩壊

 傭兵は国家の正規兵=「常備軍」との対比において「非合法・不正」と見なされてきたが、実は国家の常備軍を正統とする認識が広まったのは、この200年程度の出来事にすぎず、「国民国家」が政治権力の標準形態と認識されてからであった。300年前には英国やオランダの東インド会社は本国よりも強力な独自の軍隊を持ち、自社の経済的動機にしたがって本国の友好国とさえ交戦していたのである。
 今までは巨額の国家予算を運用できる「国民国家」だけが平時においても何万〜何十万もの「常備軍」を支える事ができたが、近年の世界経済事情は、国家にさえそのような「無駄」を許さない環境を作り出しており、地域紛争が起こった時にだけ民間軍事会社に依頼した方が、経済的で効率的である事が証明されつつある。
 今や世界の主要な地域紛争のほとんど全てに関して戦闘業務や後方支援において民間軍事会社が「業務」を受注している。例えばイラク入国前に米兵はクウェートにあるMPRI社の施設で最終訓練を受けているし、イラクに展開する14万人の米兵の食事の供給はすべてチェイニー副大統領が最近まで最高経営責任者の地位にあったハリバートン社に委託されている。ハリバートン社はこの戦争で130億ドルもの売り上げをあげたといわれ、これは湾岸戦争時における米軍の全経費の3倍に相当する額である。因みにアブグレイブ刑務所での囚人への扱いが問題になったが、実は民営軍事会社社員も尋問や拷問に関わっていた。しかし彼らは一切罪を問われていない。
 イラクで活動している民営軍事会社社員は総勢2万人以上と言われている。これは米軍を除く全占領軍の合計人数に匹敵し、占領軍全体の10パーセントを超える。ここまで拡大してきたのには理由がある。一般の米兵と比較しても遙かに有能な軍人である彼らは、高額の報酬と引き替えに最も危険な職務についており、それは軍事的理由以外にも都合が良いのである。今日の戦争において、少なくとも民主主義政体をとる国家は兵の死亡数の増大に耐えられなくなっており、このジレンマを解決する手段として民営軍事会社社員による「死の代行」は、「よりましな選択」として軍からも歓迎されているからである。
●テロリストはどこから来たか

 冷戦の崩壊以来、アメリカは兵力削減と逆行して軍事予算を増大させている。その額は5000億ドルにのぼり、アメリカの軍事予算だけで世界の軍事費のほぼ半分を占める。その予算の多くが兵器産業や民営軍事請負会社との取引に使われている。また世界に流通する兵器市場の半分をアメリカ製兵器が占め、それはアメリカ兵器産業にばく大な利益をもたらしている。その一方、地域紛争は冷戦時の5倍以上に拡大し、軍事請負企業の受注量も飛躍的に増大している。その中で紛争当事者となった隣国同士や国内で対立する勢力同士が双方とも軍事請負会社を雇う例も見られるようになってきている。
 このようにますます多くの組織や団体が、安全保障を求めて民間「警備会社」や軍事コンサルタントに大きく依存するようになってきており、その「顧客」層は政府、国連、NGO、民間企業、麻薬組織、犯罪組織、「テロリスト」に至るまで幅広い。
 しかしこれは商品化された「暴力」の需要がその供給を増大させる結果につながっており、「安全保障業務」の売れ行きがあがればあがるほど、かえってそれは新たな軍事衝突の増大をまねく結果となっている。「安全のため」の武装がますます危険を増大させる。「ボーリング・フォー・コロンバイン」の世界化である。

 アルカイダやタリバンの武器はCIAとも取引関係をもつ武器商人から買い入れられたと言われている。また彼らの軍事能力やテロ技術は、かつて米軍とCIAの承認のもとに軍事コンサルタント会社による訓練と技術指導によって授けられたものである。
 つまり20世紀最後の10年間に大きく転換した世界の軍事事情は、一方に「軍事請負会社」を生み、もう一方に「テロリスト」を生み出したともいえるのである。両者は「暴力の民営化」という観点にたてば同じ原因によって生まれ、同じ過程を通って今日、それぞれの威力を誇示しているのである。米軍に雇われた「傭兵会社社員」が「双子の兄弟」との戦闘に駆り出されているのは皮肉な話である。

※余談であるが、自衛隊はイラクで給水業務のために派遣されたわけだが、多くの軍では給水は民間に委託されている。その方が効率が良いからである。自衛隊の欺瞞的「任務」内容が、「戦地派遣」の既成事実化を目的としているだけである事は明白と言えよう。