小西誠
人権ホットライン共同代表

過去最大となった自衛官の自殺

 年間3万人を超える自殺者という事態の中で、一般社会でもここ数年、自殺問題は社会問題化しているが、自衛隊内の自殺者も増加する一方である。
 最近、毎日新聞および長崎新聞で報道された04年度の自衛隊内の自殺者は、過去最大の94人となった。00年度73人、01年度59人、02年度78人、03年度75人と、自衛隊内の自殺者は増加傾向にあったが、この04年度の増加は、まさに異常な事態だ(過去10年間では600人以上)。
 防衛庁では、この原因を「病苦」「借財」「家庭」「職務」「その他・不明」として、その大まかな数字を発表している(「過去5年間における自衛官自殺者数」『自衛隊のイラク派兵』小西誠他著に収録)。しかし、その統計にもみるように、過半数の自殺の原因が「その他・不明」に上げられている。国会でもこの自衛官自殺の問題は取りあげられたが、答弁に立った防衛庁長官も、「私どもも、いろいろな対策を講じているのですが、まったく原因が分かりません」と述べるあり様だ。

原因は隊内のいじめ

 だが、この隊員の自殺の主な原因が、隊内での「いじめ」にあることは、様々な情報から明らかだ。99年に海自佐世保所属の護衛艦「さわぎり」の乗組員の三曹が艦内で自殺したが、この隊員の両親はその護衛艦でいじめがあったとして、自衛隊を相手に提訴している。また、海自横須賀所属の護衛艦「うみぎり」艦内で02年に起きた一連の放火事件でも、艦内のいじめが原因であることが裁判所で認定されている。
 その海自横須賀だが、ここでは昨年10月にも護衛艦「たちかぜ」艦内でいじめがあり、21歳の若い隊員が自殺に追いこまれている。同艦では、艦内の司令室で上官の2曹が、エアガンなどでこの部下を撃っていたという。この2曹は、今年1月、暴行罪で起訴され判決では懲役刑を下されている。
 報道された情報からも、裁判になり公開された資料からも、隊員の自殺の主要な原因が隊内のいじめであることは明らかになっているが、最近の防衛庁発表による自殺者の年齢からもそれは推定される。
 04年度の自殺者の中でもっとも多いのは、25歳〜29歳の18人である(30歳〜34歳は11人、35歳〜49歳は15人)。このような若い隊員たちが自殺に追いこまれるというのは、自衛隊内でいじめなどを必然化する環境が生じているからではないか。
つまり、この間、私たちが指摘してきたように、隊内が極度のストレス状況におかれているということであり、これは最近の自衛隊の恒常化した海外出動や、それに向けた訓練の強化、あるいは対テロ戦略を軸にした部隊の大再編(隊員の全国的異動)などがあるからだ(当局発表では、自殺の多い部隊として東北方面隊・長官直轄部隊が上げられている)。

ホットラインへの相談

 このような隊内の状況を反映してか、このところ、ホットラインにも隊員からの相談が増えつつある。その主なものは、やはり「退職の相談」だ。自衛隊を辞めたいのに上の方は辞めさせてくれない、ストレスでもう我慢ができない、うつ状態になっている、というものが多い。
 士・曹の階級にある隊員たちは、とくに士では「任期中」には、退職の制限がある。入隊時に陸士などの隊員は、「任期中に退職しない」という誓約書を書かされている。もちろん、これは適法とは言えないが、これを口実に当局は退職を厳しく制限するのだ。この退職の制限も、自衛官を自殺に追いこむことになる。一般社会では、どうしても退職したければ、退職はわりと簡単だが、自衛隊では、精神的にとことん追いこまれてもほとんど退職を承認しないのである。
 これとは逆に、最近のホットラインへの相談では、妻と離婚しなければ辞めさせる、というひどい退職の強要もある。相談してきた曹隊員とその妻は、二人とも精神科に通院し、ギリギリまで追いこまれた、と述べていたが、このように自衛隊は、隊員の私生活まで踏み込み、退職の強要まで行うのである。
 急増する自殺者のなかで、防衛庁もまったく何の対策もしていないのではない。当局も「ホットライン」を設置して、これらの相談にのることになっている。が、ここへは隊員のほとんどが相談に来ないという。この原因は明らかだろう。隊員が個人的に相談した内容は、当局・上官に筒抜けになるばかりでなく、勤務上も不利益を受ける。また、この当局の「ホットライン」の不人気の中で、部外に委託した「ホットライン」も設置することになった。しかしここでは、担当者がまったく自衛隊内部の状況を知らず、まともな相談にならないという。
 この意味では、元自衛官たちが中心になって隊員たちの相談に応じる「米兵・自衛官人権ホットライン」は、自衛官たちの「最後の相談機関」となっている。ホットライン運動は、イラク派兵下の隊員たちの人権相談機関であるばかりでなく、自衛官のもっとも切実な命と権利の相談窓口になりつつある。