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勝ち取った街
一九一九年ペトログラード

ヴィクトル・セルジュ/著
角山 元保/訳
2013年11月刊行
定価2500円+税
4-6上製
ISBN978-4-7738-1315-9 C0097

革命二年目のロシアを襲った最大の危機
絶対自由主義者ヴィクトル・セルジュが描き出す、
声なき群衆が語るもうひとつの物語・歴史(イストワール)

「歴史の前でポーズを取る、偉ぶる、英雄ぶるのはごめんだ。生きること、それこそが労働者階級が骨の髄まで望んでることだ。我々の背後にいて、我々が鍛えているつもりでいるが実際には我々を動かしている、飢えた労働者たち、彼らが心底望んでいるのは、それだ。あきらめるか続けるか決断を迫られたら、彼らは続ける。そうだ、我々も闘いつづけよう、生きる習慣を身につけよう。」(本文より)

亡命生活の貧困のなかで育ち、20 世紀初頭の社会主義、無政府主義活動の荒波にもまれた末に辿りついた「希望の地」ロシアでセルジュが目にしたのは、欧州列強と反動勢力に挟撃され、絶体絶命の危機に瀕した街、ペトログラードの姿だった。
後に共産党員として初期ソヴィエト共和国のために働き、やがてスターリンの台頭によって再び苛酷な弾圧にさらされたセルジュは、当局の厳しい監視下で1919 年ペトログラード攻囲戦の状況を小説として綴った。(原稿は密かに国外に送られ、原書は1932 年にスイスで刊行された。)
戦争を指導した権力者たちの物語ではなく、「正当な」歴史の影に覆い隠された民衆一人ひとりが顔、名前、言葉をもち、各々の立場から話しはじめる。党員、反革命派、旧ブルジョワ、労働者はじめ市井の人たち、娼婦、少数民族兵などなど、総勢100 名を超える登場人物たちの声が、これまで誰も記すことがなかったロシア革命の真実を描きだしている。

【著者紹介】ヴィクトル・セルジュ(セルジュ, V.)

1890 年、亡命ロシア人の両親のもとブリュッセルに生まれる。10 代の頃より自活しながらさまざまな社会運動に身を投じ、社会主義系、アナキスム系の新聞、雑誌に寄稿。1909 年にパリに移る。その後、「ボノ事件」に連坐して約5 年間収監。国外追放となり向かったバルセロナで「バルセロナ蜂起」に加わるも失敗。再びパリに戻って収監され、1919 年に捕虜交換のかたちで革命下のロシアに移動する。ソヴィエト政権下では共産党員として国際的に活動するも、次第にスターリンとの対立を深め、1928 年に党を除名、苛酷な弾圧にさらされる。ロマン・ロラン、アンドレ・ジッドら主にフランスの作家たちによるセルジュ釈放運動が実り、1936 年ソ連を出国。ブリュッセル、パリなどを拠点にスターリニスムを告発する論考を多数発表する。1941 年、ファシスムの侵攻を逃れてメキシコに亡命。同地で1947 年に心臓発作により死去した。1928 年にスターリン政権の弾圧により収監された後、本格的に小説の執筆を始め、自らの波乱に満ちた経験に基づく作品を多数発表。近年、フランスや米国でその評論集や小説が相次いで再刊され、再評価の動きが高まっている。小説の邦訳として、本書と『仮借なき時代』上下巻(角山元保訳、現代企画室、2014 年)がある。

【著者紹介】角山 元保(カクヤマ モトヤス)

1939 年東京生まれ。東京外国語大学フランス科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科(仏文学専攻)修士課程修了。同博士課程満期退学。元早稲田大学教授(教育学部、2005 年退職)。訳書にV. セルジュ『革命元年』(共訳、二見書房、1971 年)、J. ジョッホ『小さな赤いビー玉』(ホンヤク出版社、1977年)、J. ジョッホ『アンナとその楽団』(文化出版局、1985 年)、J. ポミエ『内なる光景』(共訳、法政大学出版局、1987 年)、 J. ボテロ『神の誕生』(ヨルダン社、1998 年)などがある。V. セルジュ関係論文に「ヴィクトル・セルジュ研究覚書(Ⅰ)─ヴィクトル・セルジュ事件をめぐって」(1980 年)、「同(Ⅱ)─ムラン刑務所からペトログラード入りまで」(1988 年)、「同(Ⅲ)─いくつかの初期詩編をめぐって」(1995 年)(それぞれ『早稲田大学教育学部学術研究─外国語・外国文学編』第29 号、第37 号、第43 号に所収)がある。