インディアス群書 〈全20巻〉 装丁=粟津潔

一四九二年……薄明の彼方の大陸に、ヨーロッパが荒々しく踏み込むことによって幕開かれた「大航海時代」。ただちにうち樹てられゆく「白い平和」と、その下でインディアスの大地に塗りこめられてゆく「敗者たち」の声。そこを端緒とするヨーロッパと非ヨーロッパの対決・相克・葛藤は、コロンブス個人の思惑をおそらくは超えて、その後の人類の歴史を世界的規模で方向づけるものとなった。

やがて来る一九九二年、私たちは、人類史上のこの一大転換期から数えて五世紀の歳月を終える。羅針盤の見失われたかに見える現在、私たちは「いま私たちは何処にいるのか」を自らに問うため、この五世紀の歴史と文化の中へとわけ入る。

インディアスを舞台に、ヨーロッパと非ヨーロッパの双方から発せられてきた声は、ある時は「征服」以前のマヤやインカのめくるめく世界へ、またある時はカリブ海やアンデスで激しく胎動するラテンアメリカの豊穣な世界へと、私たちをいざなう。

未踏の世界像の形成へ向けて、ここに群れ集う書が、一人でも多くの読者に迎え入れられることを、私たちは願う。」(1984年9月)

小社では1984年に、以上のような「刊行のことば」をもって〈インディアス群書〉全20巻の刊行を開始いたしました。9回配本までははぼ順調に刊行でき、幸いにして企画全体に関しても、また個別の本に関しても、読者・書店の方々から高い評価を得てまいりました。以後も定期的な刊行を志ながら、私たちの翻訳・編集作業上で逢着した諸問題は容易に解決ができず、長い間刊行を中絶してきました。読者ならびに関係各位に深くお詫び申し上げます。ここに、ようやく再開のメドをつけることができました。年に三冊程度刊行いたします。完結目標年度は過ぎましたが、右に触れた歴史的事実から派生した諸問題は、依然として未決のまま、私たちの前に横たわっています。それに取り組むためにも、この群書の完結に向けて、私たちは努力します。私たちの力不足に関して重ねてお詫びすると共に、この間小社が刊行してきた書物ともども、この〈インディアス群書〉に批判的支持をお寄せくださいますよう、心からお願い申し上げます。(1996年7月)

 

(1)私にも話させて アンデスの鉱山に生きる人々の物語
ドミティーラ著 唐澤秀子訳/360p/84.10/2800円+税/8403-7
75年メキシコ国連女性会議で、火を吹く言葉で官製や先進国の代表団を批判したドミティーラが、アンデスの民の生とたたかいを語った、希有の民衆的表現。

(2)コーラを聖なる水に変えた人々 メキシコ・インディオの証言
リカルド・ポサス/清水透著・訳/300p/84.12/2800円+税/8402-9
革命期のメキシコを数奇な運命で生きた父とチャパスの寒村にまでコーラが浸透する現代を生きる息子。親子二代にわたって語られた「インディオから見たメキシコ現代史」。

(3)ティナ・モドッティ そのあえかなる生涯
M・コンスタンチン著 LAF訳/264p/85.2/2800円+税/8501-7
ジャズ・エイジのアメリカ、革命のメキシコ、粛清下のソ連、内戦下のスペイン――激動の現代史を生き急いだ一女性写真家の生と死。写真多数。解説吉田ルイ子。

(4)白い平和 少数民族絶滅に関する序論
ロベール・ジョラン著 和田信明訳/340p/85.5/2400円+税/8502-5
コロンビアの先住民族バリ。永らく対立を続けていた白人と停戦協定を結んで、彼らが「滅び」への道を歩み始めたのはなぜか。自らを閉ざし他を滅ぼす白人文明を批判。

(6)インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述
ラス・カサス著 石原保徳訳/336p/87.12/2800円+税/8701-X
コロンブス航海から半世紀後、破壊されゆく大地と殺されゆくインディオの現実を報告して、後世に永遠の課題を残した古典。エンツェンスベルガー論文も収録。

(8)人生よありがとう 十行詩による自伝
ビオレッタ・パラ著 水野るり子訳/384p/87.11/3000円+税/8702-8
世界じゅうの人々の心にしみいる歌声と歌詞を残したフォルクローレの第一人者が、十行詩に託した愛と孤独の人生。著者の手になる刺繍(カラー図版)、五曲の楽譜付。

(9)奇跡の犠牲者たち ブラジルの開発とインディオ
シェルトン・デーヴィス著 関西LA研訳/256p/85.8/2600円+税/8503-3
七〇年代ブラジルの「奇跡の経済成長」の下で行われたインディオ虐殺への加担者は誰か。鉱山開発、アグリビジネスの隆盛、森林伐採などに見られる「北」の責任を問う。

(10)メキシコ万歳! 未完の映画のシンフォニー
エイゼンシュテイン著 中本信幸訳/248p/86.4/2400円+税/8602-1
ロシア・ナロードの姿と精神の輝く映像の収めたエイゼンシュテインは、異郷メキシコをいかに捉えたか。スターリン治世下、不幸、未完に終わった作品の命運を開示。

(16)インディアスと西洋の狭間で マリアテギ文化・政治論集
ホセ・カルロス・マリアテギ著・辻豊治 小林致広編訳/粟津潔 装丁/A5判・384p/99.5/3800円+税
20世紀ペルーが生んだ、広い知的視野をもった独創的な社会主義者マリアテギ(1894ー1930)。学校教育とは無縁に独学し、早くからジャーナリズムで仕事を始めた彼はその急進的民主主義者ゆえに祖国を追われた。イタリアを中心としたヨーロッパでの生活の中で、クローチェ、マリネッティ、グラムシ、バルビュスらと知り合い、広くヨーロッパ文化に沈潜しつつ、マルクス主義に接近する。

数年後に帰国した彼は、政治と文化の双方の分野にわたって旺盛な執筆活動を行なったほか、ペルー社会党や労働総同盟の結成に関わるなど実戦面でも活躍した。本書は、あくまでもペルーの現実に根ざした地点で問題を立てつつ、同時代の世界各地の思想や政治・社会への広い関心を持ち続けたマリアテギ思想の全貌を明らかにするものである。本書の目次を参照する→

(18)神の下僕かインディオの主人か アマゾニアのカプチン宣教会
V・ダニエル・ボニーヤ著 太田昌国訳/376p/87.7/2600円+税/8703-6
二〇世紀に入ってなお行われたカトリック教会による先住民への抑圧。その驚くべき実態を描いて、征服の意味の再確認から、解放神学誕生の根拠にまで迫る歴史物語。

(19)禁じられた歴史の証言 中米に映る世界の影
ロケ・ダルトンほか著 飯島みどり編訳/272p/97.7/3300円/9605-1
激動激しい現代中米の原点というべき、秘められた歴史を明かす。

第1部=サンディーノと共に/カールトン・ビールズ
第2部=禁じられた親指小僧の歴史/ロケ・ダルトン
第3部=セルパの日々/マリオ・パジェラス

(20)記憶と近代 ラテンアメリカの民衆文化
ウィリアム・ロウ、ヴィヴィアン・シェリング著/澤田眞治、向山恭一 訳/A5判・上製・口絵写真8頁・本文392頁/粟津潔装丁/定価3900円+税
ISBN 4-7738-9908-5
「征服」以後、西欧近代の文化的同質性の圧力にさらされながらも、ラテンアメリカの民衆的伝統はいかにして自らの「記憶」を保存し、伝達し、変形してきたか。著者はこの観点から、民衆文化がもつ解放とユートピアへの潜勢力を、理想的な地点に凍結することなく、社会集団間の意味や慣習の対立において実際に発生しているものを考察する。

論及は、民俗音楽、呪術信仰、口承の物語、文学、演劇、博物館、サッカー、サルサ、サンバ、カーニバル、テレノベラ……に及び、民衆の文化的ヘゲモニー闘争を克明に跡づけて、さながらラテンアメリカ民衆文化に関する「百科全書」の趣きをもつ。経済と情報のグローバリゼーションのさなかの民衆を受動的な存在に固定化せずに、「順応と抵抗」の相克を生きる存在として捉えて、刮目に価する達成を示す。

群書の内容上の、いくつかの改編について

目次

序論
第一章=断絶と連続
    植民地、呪術、服従の限界
    独立ーー公式見解と民衆見解
    法、秩序、国家
    民衆文化と国家

第二章=民衆文化の顔
  T 地方の文脈
    アンデスの反乱
    博物館への旅
    民衆カトリシズム
    踊る牛ーー農民生活と民衆演劇
    口承詩と物語の技法
  U 都市の文脈
    都市への移動
    テレノベラーーメロドラマから喜劇へ
    オルタナティヴ・メディア
    奴隷制からサンバへ
    カーニバルと黒人アイデンティティ
    サッカーとそのスタイルの政治的意味作用

第三章=民衆文化と政治
    民衆という神話
    ギリシア・トーガを着たメキシコの女生徒
    アイデンティティと国民アイデンティティ
    「大衆は考えない、彼らは感じるのだ」
    発展のオルタナティヴ・モデル
    インディオの政治
    パッチワーク、マチスモ、新しい社会運動

第四章=民衆文化と高級文化
    文学と国民
    文化の境界線
    大衆文化と小説
    二重の周辺化

結論ーー記憶、破壊、変形

原註
訳者あとがき
索引


未刊書


(11)ワロチリの神々と人びと ケチュアの民の精神世界
ホセ・マリア・アルゲダス編 唐澤秀子訳
人間の黄金時代を思わせる、大らかでユーモアに富んだペルー海岸地方ワロチリの神々の物語を中心に編まれた本書は、インカを支えたケチュアの民の精神世界を映し出す。 近刊

(7)ナンビクワラ その家族。社会生活
レヴィ・ストロース著 山崎カヲル訳
著者は、惨めな貧しさにさえ生気を与えずにはおかない、人間のやさしさの原基を、ナンビクワラの生き方に見いだす。著者の世界把握の方法の原点が凝縮した民族学論考。 近刊

(12)キャリバン  ラテンアメリカ文化論
ロベルト・フェルナンデス・レタマル著 古屋哲訳
現代キューバ屈指の思想家レタマルが、シェイクスピア作『あらし』に登場するキャリバンを媒介に、インディアスとヨーロッパの相克・葛藤を論じた、広い視野の文化論。 近刊

(17)社会主義と新しい人間 甦るゲバラ思想
エルネスト・チェ・ゲバラ著 太田昌国編訳
米ソ両大国の対立の対立構造の中で、新しい社会のあり方を求めて苦闘したチェ・ゲバラの、思想の根源に迫る論文・演説集を新たに編纂。 近刊

(5)義賊トゥパマロス 引き裂かれる都市空間
トゥパマロス著
南米南端の大都会を六〇年代に席巻した都市ゲリラの作戦とその意味。

(13)解放の神学 反乱する教会
カミロ・トレスほか著
保守派の牙城=カトリック教会の内部に生まれた革新の動き。

(14)われらがアメリカ 解放への歩み
ホセ・マルティほか著
大陸全体を視野に入れた解放思想の流れを具体的にたどる。

(15)ポサダの世界 歓喜と死の交わり
ホセ・グアダルーペ・ポサダ
メキシコの民衆版画家の、ユーモラスで痛烈な社会風刺。