head

■個人ブログ「ハッピーエンド急行」 2020年8月4日 評者:内野サトル
anan 2020年5月号
東京新聞 2020年3月7日 評者:鈴木久美子
週刊読書人 2020年2月7日 評者:滝野沢友理(翻訳者・ライター)
ポルトガル便り 2020年1月号
クロワッサン 2020年2月10日 評者:瀧井朝世
本の雑誌 440号(2020年2月)
日本経済新聞 2019年12月7日
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
anan 2020年5月号

ポルトガルの現代作家12人のアンソロジー。

ポルトガルの現代作家の短編を厳選した作品集。森の中に理想の一軒家を建て、希望に満ちて移り住んだ初日に起きる災難を描くゴンサロ・M・タヴァレスの「ヴァルザー氏と森」(近藤紀子訳)、美容師の一人語りから、やがて不穏な事実が浮かび上がるイネス・ペトローザの「美容師」(後藤恵訳)など、どれもひねりの利いた展開が待っていて唸らされます。さまざまな読み心地のなかから、お気に入りを見つけて。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
東京新聞 2020年3月7日 評者:鈴木久美子

昨年末に出版された『ポルトガル短編小説傑作選』(現代企画室)は、日本でほとんど紹介されていない同国現代文学の作品を収めた本だ。

アフリカで得た植民地が相次ぎ独立へと走り出し、国軍と泥沼の戦いを繰り広げた1960、70年代の植民地戦争を題材にした作品があって、15世紀からの大航海時代の侵略の影響が、つい最近まで続くリアルさに驚く。一方で、女性への潜在的な暴力や、都市の人間関係などを描いた作品もあり身近に感じられる。「行ったこともない国で何のイメージもなかったが、読んでみたらおもしろかった」といった反応があると、企画した同国大使館文化部のスタッフは喜ぶ。

12の作品は、同国の作家で親日家のルイ・ズィンクさんの助言で選ばれた。選択の指針の一つが、74年以降の作品であること。この年、革命が起こり、同国は民主化した。それまでの約40年間は独裁体制化にあり、検閲があった。

「ポルトガルで芸術の自由が花開いたのは74年以降なのです」とスタッフ。

民主化後も政府に対し、同国のノーベル賞作家が、ある文学賞への対応を検閲に等しいと批判するなど文化と政治の緊張は常にあるそうだ。日本も同じだ。本の向こう側を想像する。翻訳文学はおもしろく、ありがたい。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
週刊読書人 2020年2月7日 評者:滝野沢友理(翻訳者・ライター)

〈豊穣な物語を産出するポルトガル文学の現在〉
ポルトガルに古くから伝わる装飾タイルをあしらった表紙をめくると、そこには同国を代表する十二人の作家たちが紡ぎだす物語がぎっしり詰まっている。「ぎっしり」というのは決して誇張ではない。「主に20世紀後半以降に発表された」短篇の中から、ポルトガルの現代文学に精通した編者たちが「ポルトガル文学の入り口としてはまたとない一冊」となるよう選び抜いた作品が収められているのだから。

2017年から毎年秋に東京で開催されているヨーロッパ文芸フェスティバルに登壇したヴァルテル・ウーゴ・マインやリカルド・アドルフォ、そして、2019年に『ガルヴェイアスの犬』(新潮社)で日本翻訳大賞を受賞したジョゼ・ルイス・ペイショットらの作品が、わずか200ページ弱の中にひしめき合っている。リアリズム、歴史小説、ブラックユーモア、私小説まで、ポルトガルはヨーロッパの小国に過ぎないかもしれないが、計り知れないほど豊穣な物語を産出していることを本書は象徴している。

先陣を切るのが、無理矢理アフリカに送り込まれた兵士を描く「少尉の災難ーー遠いはるかな地で」。主人公となる少尉はあえて何も考えないように努めることで日々をやり過ごしているが、その非日常の中の日常は「金属的な乾いたカチッという音」によって一変する。地雷を踏んでしまったらしい。足を離したら爆発するという極限状態において、当の少尉や仲間の兵士たちは何を思い、どう行動するのか。普遍的な人間の心理を巧みに描く一方で、私たちがよく知るあの戦争とは別の戦いがポルトガルの歴史には存在することを教えてくれる。

しかし、その余韻に浸る間もなく物語は続く。ヨーロッパに移住してきた黒人一家の姿を先住民の色眼鏡を通して描く「ヨーロッパの幸せ」、湊かなえを思わせる一人称の語りで美容院での世間話とは思えないほどブラックな展開を見せる「美容師」、40年もの間母親によって軟禁状態にされていた女性の独白でありながら、悲惨さを感じさせないほど詩的でうつくしい言葉で読者を圧倒する「川辺の寡婦」など。

そしてトリを飾るのが、日本に住むリカルド・アドルフォならではの「東京は地球より遠く」。エッセーではないかと錯覚させるほどのリアリティーをもって、一歩も二歩も引いた独自の視点から日本のサラリーマンの懐事情や通勤風景などを描く。

傾向を一言で表すことなど到底できないほどバラエティに富んだ作品が並んでいるものの、どの作品にも選定から翻訳、さらには文中の注釈に至るまで、ポルトガル文学を日本に紹介したいという編者たちの思いが感じられる。各短篇のタイトルをめくルと、作品の前に作者の略歴が記されているのも「入り口」をくぐったばかりの者にはありがたい心遣いだ。

近年はこれまでなじみの薄かった国の作品も続々と日本語で読めるようになってきた。次はどんな物語が生み落とされるのか、しばらくポルトガル文学から目が離せない。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ポルトガル便り 2020年1月号

ポルトガル現代文学の魅力を感じずにはいられない、選び抜かれた短編が12作も詰まった1冊。ポルトガル大使館のロドリゲス通事賞が形を変えてポルトガル文学を日本に紹介する本になりました。一昨年大ヒットしたポルトガル好きの中ではすでにお馴染みであろう『ガルヴェイアスの犬』のジョゼ・ルイス・ペイショットをはじめ、トゥルセ・マリア・カルドーゾ、リカルド・アドルフォ、ジョルジュ・デ・セナなど、こんなにも多様な作家と作品があることに驚きます。ポルトガルの歴史的背景を知りながら、観光地からだけではわからないポルトガルの一面を覗き見ることができます。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
クロワッサン 2020年2月10日 評者:瀧井朝世

〈現代ポルトガル作家12人の魅力が炸裂。〉
ポルトガルの現代作家の作品を集めた短編集。これがバリエーション豊かで読み応えたっぷり。

マリオ・デ・ガルバーリョの「少尉の災難――遠いはるかな地で」は、戦隊がアフリカのジャングルを進むなか、一人の少尉が突然足を止め、「地雷を踏んだ」と申告する。皆が遠巻きに何か手を尽くせるか見守るなか、大尉が少尉に妙にからむ。そして……意外な結末。

気持ちがわかると思ったのはゴンサロ・M・タヴァレスの「ヴァルザー氏と森」。何年もかけて、よう役大自然の中に自分が望む家を建てて喜びにあふれるヴァルザー氏。その記念すべき第一日が始まろうとした時、人里離れたこのいえにトイレの水栓の工事の人間が訪ねてくる。さらに……。家好きの自分としては、とにかく望む住まいを手に入れて幸せ爆発状態、だが邪魔が入って心が落ち着かないヴァルザー氏に共感しまくった。イネス・ベドローザの「美容師」は、お喋り好きな美容師が客に語りかける内容が延々と続くが、最後にとんでもないことが打ち明けられ唖然としてしまう――等々、シチュエーションも展開もまったく異なる話が詰まっている。読めばきっと、お気に入りの作家が見つかるはずだ。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
本の雑誌 440号(2020年2月) 評者:林さかな

〈知らない世界の文学に分け入る傑作短編集〉
『ポルトガル短篇小説傑作選』(ルイ・ズィンク+黒澤直俊編/現代企画室2200円)は質の高い正確な訳文で現代のポルトガル文学を紹介する企画で編まれたもの。十二の短篇を七人で翻訳している。ポルトガルのタイル、アズレージョの美しい装丁の本書は、文学を読む幸福に浸らせてくれる話ばかりだ。

「美容師」(イネス・ペドローザ/後藤恵訳)は美容師がお客さんに髪を切りながら自分の話をしている。一対一でまとまった時間を過ごす美容室は話しやすい場なのかもしれない。直接顔をあわすのではなく、鏡を通して会話するので、どちらかが聞き上手であれば、独り語りもしやすくなる。女性の美容師は、自分がどんな生い立ちなのかを語る。母親に「人を幸せにすれば、あなたも幸せになれるのよ」といわれ、おじから嫌がらせを受けても、悪い子にならないように怒らず声をたてないで泣く。それ以降も周りの邪魔になるようなことを避けて成長し、結婚しても同じようにしていた。マッシュポテトの水加減がきっかけで迎えるラストは「美容室」の場所がどこかを確信させる。

ルイザ・コスタ・ゴメスの「犬の夢」(木下眞穂訳)は犬について考察している文章から始まるので、犬と暮らす話なのかと思いきや、そんな甘いところは一切なく、ただひたすらに犬について書かれた話。語り手の女性は犬などほしくないと拒絶するも、他人の犬がよく目に入る。子どもの頃には犬を飼っていたことも思い出す。死んだ親友を悼んでいるときに野良犬と一瞬だけ関わり合い、親友の生まれ変わりだと思い込む。短い話の中に、存在感を放つのは最後に語られる犬。語り口がユニークで他の作品も読みたくなる吸引力を感じた。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
日本経済新聞 2019年12月7日

1960年の「アフリカの年」以降、独立が相次ぐなか、最も遅れたのがアンゴラ、モザンビークなどのポルトガル領だ。61年に起きたアンゴラ独立戦争は泥沼化し、宗主国が民主化するまで約15年続いた。

所収された12編の掌編のうち2編は独立戦争のトラウマが影を落とす。「少尉の災難」はアフリカの密林で地雷にかかった兵士を喜劇的に描く。一方「植民地のあとに残ったもの」はアンゴラから引き揚げた家族をめぐる一夏の恋物語。現在の同国の人口は約1千万人、当時の引き揚げ者は約200万人だった。多くの作家にとって戦争やアフリカは遠くない過去である。

普遍的な問題意識をにじませる作品も見られた。社会的に高い地位につく夫から受ける暴力や不条理を淡々と描く「美容師」は一人の女性の独白で物語が展開する。「髪を切るっていいですね。」のセリフからはじまる不穏な雰囲気が始終漂うが、徐々に語り手のいる場所が明かされていく構成には息をのむ。

74年まで言論統制が敷かれたポルトガルは「鬱屈した嗜眠(しみん)状態」(編者)だった。反体制運動に加わり一時亡命した作家、70年代に生まれた新世代の作家――本書には新旧世代が入り交じる。邦訳が進んでいない地域の文学だけに、入り口の一冊となりそうだ。黒澤直俊ほか訳。



com 現代企画室 〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町15-8高木ビル204
TEL 03-3461-5082 FAX 03-3461-5083

Copyright (C) Gendaikikakushitsu. All Rights Reserved.