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福竜丸だより No.418 2020年7月1日 評者:今福龍太(文化人類学者)
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福竜丸だより No.418 2020年7月1日 評者:今福龍太(文化人類学者)

〈山村茂雄著『晴れた日に 雨の日に…広島・長崎・第五福竜丸とともに』を読む〉

杉浦康平氏による装幀。カバーした半分に海を思わせる青い帯、そして水平線とも見える部分から上部は鮮烈な赤にそまっている。その赤い空のような背景に厳粛に浮かぶ青いピラミッド状の三角形。著者が、原水爆禁止運動と第五福竜丸保存運動とともに情熱をもって生き抜いてきた生涯のテーマをさまざまに連想させる、多義的なイメージである。そしてこのデザインが、一九七七年、一四年ぶりに統一大会として開かれた記念すべき「原水爆禁止世界大会」の際に著者が依頼した杉浦康平氏による力強いポスターデザインをほぼそのままに反映させていると知ったとき、本書がいま誕生することになった来歴の、その時間の陰翳の深さと豊さに気づいて心打たれる。ここで語られる著者の半生の誠実かつ几帳面な回想は、自らのうちから滾る静かな情熱と、思想的同志ともいうべきさまざまな人々との大らかで創造的なつながりのなかで編まれた、厳粛かつ魅力的な記憶の織物として私たちの前にある。

杉浦康平氏の数々の造本からたえざる刺戟を受けつづけてきた私にとって、氏と著者との深いつながりを本書であらためて認識することは、宇宙論的と見える杉浦デザインの奥に秘められた、とても重要な社会批判的な拠点を再発見することでもある。日本における原水爆禁止運動にかかわる真摯な情報宣伝活動が、戦後日本のポスター・書籍デザインにおけるもっとも先鋭的な動向と連帯していたという事実が、本書によって明確に示されていて刺激的だ。

そしてまた、著者が日本原水協において担当した写真集『hiroshima-nagasaki document 1961』の成立過程をめぐる記述と、この本の制作のために東松照明氏の長崎での写真撮影に同行して書かれた詳細な日誌風の記録も貴重である。わたし自身、東松氏とのコラボレーション(写真集『時の島々』岩波書店、一九九八)や継続的な交友のなかで、氏にとっての「長崎」の決定的な意味については理解していたが、本書は、その意味の倫理的・哲学的な側面がいかにして生じたかを、東松氏と長崎とが出会った一九六一年にまで遡ってスリリングに証言してくれる。

私は、米軍によるビキニ環礁での水爆実験、〈キャッスル作戦〉の翌年に生まれている。その意味で、第五福竜丸の被曝は、私が生きはじめた戦後社会の起点にあって、私自身の核問題への自覚をたえず促しつづけた重要な出来事だった。さらに水爆の炸裂のエネルギーとともに第五福竜丸の姿が描かれた岡本太郎の「明日の神話」は、もともとメキシコシティの未完の「オテル・デ・メヒコ」のロビーに描かれた巨大壁画だったが、私は一九八〇年代初め、このホテルの廃墟のすぐ脇に下宿を借りて住んでいた。その後岡本敏子さんと、失われた壁画を求めてメキシコを一緒に旅しましょう、と話していたことさえあった。

戦後の一九五〇年代以降を生きてきた、もう一人の(やや遅れてきた)同時代人として、著者が本書で回顧する豊かな交友関係のなかに登場する、何人もの魅力的な人々をめぐる貴重な回想を、私は自分なりに反芻し、懐かしくよろこばしい時を過ごした。それはまた、本書が、さまざまな読者にたいして独自の「読み」の広がりと可能性をもっていることの証左でもある。


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