書評

■週刊読書人　2019年1月18日　評者：伊高浩昭
■図書新聞　3382号　2019年1月12日　評者：野谷文昭
■週刊金曜日　2018年12月7日　評者：伊高浩昭
■Latina（ラティーナ）2018年12月　評者：伊高浩昭
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週刊読書人　2019年1月18日　評者：伊高浩昭

〈アメリカ大陸の神髄に閃き　円熟期の重厚な代表作〉

「チリよ、お前が黙っている時が好きだ。ここにいないみたいだからだ。チリよ、お前が眠っているときが好きだ。遠くにいるみたいだからだ。チリよ、お前が遠くにいるときが好きだ。わが心の中にいるからだ」

チリのノーベル文学賞詩人パブロ・ネルーダ（1904～73）は大学生だった1924年、詩集『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』を刊行した。その「愛の詩十五番」の触りの部分を、ネルーダ自身が短い「替え詩」にしたものだ。ネルーダは同じ部分を好んでさまざまな替え詩にし、朗読していた。「チリ」を恋人の名前に変えれば最高だろう。私（伊高）は、サルバドール・アジェンデ大統領の人民連合社会主義政権期（1970～73）にチリ情勢を取材していたとき、冒頭の替え詩の朗読をラジオ放送で聴いたのだ。

この詩集で「愛の詩人」として名声を確立したネルーダは学業を終え外務省嘱託となり、ラングーン（現ヤンゴン）を皮切りに領事として世界各地を旅行する。大学でフランス語を学んだネルーダには、ラテンアメリカの知識人の例にもれず欧州偏重主義があった。そんな詩人が到達した円熟期を代表する重厚な詩集が本書である。1950年にメキシコ市で出版された初版は、メキシコの社会派壁画家ダビー・A・シケイロスとディエゴ・リベラの挿絵の入った豪華版だ。両画伯はネルーダがメキシコ市駐在チリ総領事を務めた1940～43年に親交を結んでおり、友情を発揮したのだ。

ネルーダはメキシコからの帰国途上、ペルー・アンデス山系の標高2280メートルの山頂にあるマチュピチュ遺跡に登り、自分の根っ子である南米の偉大さや神秘性を感知し、南北両米とカリブ海を包含する「アメリカ大陸主義」に開眼。アメリカ大陸世界の神髄に触れる閃きをインカ遺跡で得た詩人は、本書の中心をなす作品「マチュピチュの高み」を物にした。山頂の遺跡に散在する栄光の廃墟の間で詩作を続けるための信仰告白に至ったと、回想録『わが生涯の告白』（三笠書房）で述懐している。ネルーダの作風は定まった。ここに至るまでに詩人が経験した最大の転機はスペイン内戦だった。

1935年にマドリード駐在領事となり、翌36年7月、内戦に遭遇。翌8月、盟友の詩人フェデリコ・ガルシア＝ロルカがフランコ反乱勢力に惨殺された。怒り悲しむネルーダは、ヒトラーとムッソリーニに支援されたフランコ・ファシズムを目の当たりにし、反ファシズムを鋭い隠喩で訴える政治性の強い詩集『心の中のスペイン』を世に出した。

第2次世界大戦の前哨戦となったスペイン内戦という世界史的事件を経験し、本書で作風も確立して、人間として詩人としてバックボーンを得た40代初めのネルーダはチリ共産党に入党、上院議員に当選する。支持してくれた鉱山労働者の置かれた苦境を暴く詩も本書に欠かせない作品だ。詩人の名声は世界中に鳴り響き、どの詩集もよく売れた。

ネルーダは1970年の大統領選挙時に共産党候補に指名されるが出馬せず、社会党のアジェンデ候補を支持。この「社共人民戦線」が社会主義政権を実現させた。アジェンデから駐仏大使に任命され71年、パリに赴いたネルーダはノーベル賞に輝く。

「自由選挙で生まれた初の社会主義政権」として称賛されたアジェンデ政権は、ソ連軍によるチェコスロヴァキア侵略（68年8月）を受けソ連共産党と袂を分かっていた仏伊西３国共産党を触発、「欧州共産主義路線」構築に導いた。

だが政権は73年9月11日、米政権と連繋したアウグスト・ピノチェー陸軍司令官率いる軍部に抵抗した後に自殺、「殉教者」となる。大使を辞め帰国していたネルーダは大統領の死の12日後、軍部に連行され入院させられていた病院で急死。近年の調査では、毒殺された公算が大きい。

本書は、政治状況へのアンガージュマン（関与）と詩作を両立させた大詩人が円熟期に書いた詩篇をたっぷりと味わわせてくれる。ネルーダの人生と作品にはワインが付物だ。読み耽り朗読するうちにワインが恋しくなった一瞬、読者は詩人になるのである。
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図書新聞　3382号　2019年1月12日　評者：野谷文昭

〈朗誦されるべき詩集
ネルーダの詩の強度を支えるのは世界の四大元素である〉

パブロ・ネルーダの代表的詩集『大いなる歌』（1950年）の個人訳が刊行されたことをまず喜びたい。初期の詩集『二十の愛の詩とひとつの絶望の歌』で一躍母国チリさらにはラテンアメリカの文学界の寵児となり、スペイン内戦体験、政界への進出、亡命、ノーベル賞受賞、軍事クーデターさなかの疑わしき病死など、文字通り波乱に満ちた生涯を送った怪物的詩人の複数の詩集を包摂する壮大な詩集である。タイトルを文字通り訳せば『総合詩』であり、主にアメリカ大陸の自然、歴史、政治などを詠った叙事詩が大半を占めている。

日本では露・英・仏訳からの重訳ではあるが、九章にあたる『きこりよ　めざめよ』（大月書店）の共訳が1952年という早い時期に出ていて、さらに1956年には根岸良一訳『大いなる詩　Ⅰ』（国文社）、二年後に未完ではあるが『大いなる詩　Ⅱ』が刊行されてもいる。戦後民主主義が高揚したこの時期、コロニアリズムと戦っていた世界の周縁地域に熱い視線が注がれ、アジア・アフリカ・ラテンアメリカにおける抵抗運動が、反帝国主義の戦いとして進歩的知識人・文化人らに支持されていた。その雰囲気のなかで、キューバのニコラス・ギジェンやトルコのヒクメットらの詩人と並んでいたのがネルーダである。そこから日本では彼を政治的詩人あるいは抵抗詩人とする見方が定着したようだ。

ネルーダの代表作といえば、日本での紹介は『大いなる歌』の作品群よりも後になるが、主として東南アジア駐在外交官時代に書かれた、シュルレアリスム風あるいは表現主義風の作品から成る『地上の住処』をまず挙げなければならないだろう。そこでは詩人は個人の実存的苦悩の底へと降り立つ。

だが、スペイン内戦や第二次世界大戦を契機として、オクタビオ・パスが評論『泥の子供たち』で言うように、「個人的反逆から社会的反逆に転じた」詩人が続出し、彼もそのひとりとなる。さらに反ファシズム、人民戦線支持の立場から共産党員となるのだ。評者の解釈では、『大いなる歌』の第二章『マチュピチュの高み』（拙訳では『マチュピチュの頂』書肆山田）には、成熟したロマン主義であるモデルニスモ（近代主義）の余韻を纏いつつ出発した彼が、「不純粋詩」を唱え、個人的なテーマ、愛の苦悩をうたう抒情詩人から集団的テーマをうたう社会詩人へと変貌する過程ならびに決意が表現されている。

1979年に集英社版『世界の詩』に『マチュピチュの頂』の拙訳が収録された際、篠田一士は後書で『大いなる歌』を玉石混交としながら『マチュピチュの頂』を絶賛し、秋山駿は東京新聞の文芸時評で言葉が美しいと評しているのは当然ではあるが、訳者の松本健二が言うように、個と全体が不可分の関係にあることもまた確かだ。

ネルーダの詩は朗読したときにその圧倒的な強度を最大限に発揮するが、『マチュピチュの高み』はまさに朗々と歌われてしかるべき作品である。また『大いなる歌』を形作る十五章およそ二百篇の詩も、賛歌であれ鎮魂歌であれ、圧制者を弾劾し帝国主義を告発する激越な言葉の連なりであれ、音読が不可欠だ。視覚表象されたメキシコの壁画に勝るとも劣らぬエネルギーを言葉たちが放つのがわかるからである。彼の場合、玉石の石もまた溶岩の熱を帯びている。ネルーダの政治的テーマを持つ作品を単に政治詩と呼んでぞんざいに扱うことはできない。そして事物を列挙するときも、その強さはネルーダに霊感を与えたホイットマンの詩を凌ぐとさえいえる。

シケイロスの溶岩の熱と同時に、ネルーダの詩の強度を支えるのは世界の四大元素である。それを根源的な力としている詩人は世界でもまれだろう。スターリニズムの評価を巡り政治的にはネルーダに批判的だったオクタビオ・パスは、『大いなる歌』を評して「巨大で取りとめがなく、雑然としているが、そのここかしこを、物質的な長編詩――溶岩の言語、潮汐の言語――に特有の、苛烈な章句が貫いている」と述べている。確かにネルーダは、幼少期を過ごしたチリ南部の大自然のエネルギーを詩に注入している。その途方もない力について彼はその『ネルーダ回想録　わが生涯の告白』で語っているが、日本の花鳥風月的自然観ではおよそ理解しがたい、暴力的であると同時に甘美なことこの上ない自然がもたらす力。彼はそれを畏怖しつつ魅了されてもいる。なかでもネルーダの水について、パスは、先に挙げた評論で言っている。「このチリの詩人の詩は海の水」であり、「混濁し、力に満ち、夢遊病のような、形の定まらぬ水」なのだと。

いわゆる政治詩からも感じ取れる独特のリズム、そしてときに地上から舞い上がり、地上に降り立ち、民衆に向かって、事物に向かって朗々と呼びかけるネルーダの声。実際の詩人の声は、パス同様穏やかで優しいとさえ言える。だが、詩のなかではしばしば雷鳴のように響き渡る。松本健二もそのことを意識しつつ訳しているようだ。朗誦されるべき詩集がそれにふさわしい形で訳出された。
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週刊金曜日　2018年12月7日　評者：伊高浩昭

〈アンガージュマンと詩作を両立させた円熟期の作品群〉

チリのノーベル文学賞詩人パブロ・ネルーダ（1904～73年）の代表作。原書は1950年にメキシコ市で出版された。メキシコの社会派壁画家ダビー・Ａ・シケイロスとディエゴ・リベラの挿絵の入った豪華な詩集である。メキシコ市駐在チリ総領事を務めた1940～43年に親交を結んでいた両画伯が友情から挿絵を描いたのだ。

ネルーダはメキシコからの帰国途次、ペルー・アンデス山系の標高2280メートルの山頂にあるマチュピチュ遺跡に登り、自分が生まれた南米の偉大さと神秘性に感動。南北両米とカリブ海を包含する「アメリカ大陸主義」に目覚める。これに先立ち、学生時代にフランス語を学び「愛の詩人」として世に出、外交官として世界各地で見聞を広めていた自由人ネルーダに、最初の大きな転機が訪れたのはスペイン内戦だった。

1935年にマドリード駐在領事となり、翌36年7月、内戦に遭遇。翌8月、盟友の詩人フェデリコ・ガルシア＝ロルカがフランコ反乱勢力に惨殺され怒り悲しむネルーダは、反乱軍に攻められていたスペイン共和国政府側を支持する立場を鮮明にする。ファシズムの跋扈を目の当たりにし、政治性の強い詩集『心のなかのスペイン』を出版したネルーダだが、当時はまだラテンアメリカ知識人の例にもれず欧州偏重傾向が強かった。

そんなネルーダを出自であるアメリカ大陸世界に開眼させたのがインカ遺跡である。本書の中心をなす作品「マチュピチュの高み」を物にしたネルーダは『ネルーダ回想録　わが生涯の告白』（三笠書房）に、山頂の遺跡に散在する栄光の廃墟の間で詩作を続けるための信仰告白に至った旨を記している。ネルーダの作風は定まる。

詩人としてバックボーンを得た40代初めのネルーダはチリ共産党に入党、鉱山労働者らの支持を得て上院議員に当選する。労働者の苦闘や意気地を詠（うた）った作品も本書に盛り込まれている。ネルーダの名声は世界中に鳴り響き、どの詩集も版を重ね、よく売れた。

ネルーダは1970年の大統領選挙の共産党候補に指名されるが出馬を取り止め、社会党のサルバドール・アジェンデ候補を支持。この「社共人民戦線」はアジェンデ社会主義政権を実現させる。駐仏大使としてパリに赴いたネルーダはノーベル賞に輝く。

そのころ仏伊西3国共産党は、68年のソ連軍によるチェコスロヴァキア侵略を受けソ連型共産主義に訣別していたが、「自由選挙で生まれた初の社会主義政権」として称賛されていたアジェンデ政権に触発され、「欧州共産主義路線」を構築することになる。

だがアジェンデ政権は73年9月11日、米政権と連繋した軍部決起で倒され、その時の戦闘で抵抗したアジェンデ大統領は自殺、「殉教者」となる。その12日後、ネルーダは軍部に連行された病院で急死した。近年の調査では、毒殺された公算が大きい。「欧州共産主義路線」は潰（つい）え、3国共産党もほんの一部が残っているだけとなったが、今様の「人民戦線」は日本共産党の野党共闘戦略などに見受けられる。政治状況へのアンガージュマン（関与）と詩作を両立させた大詩人の円熟期の作品の数々を本書でたっぷりと味わうことができる。読み耽れば、ワインが飲みたくなるだろう。筆者はチリで、自作を朗読するネルーダの声を聴いたことがある。その夜はワインに耽溺したものだ。
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Latina（ラティーナ）2018年12月　評者：伊高浩昭

チリのノーベル文学賞詩人パブロ・ネルーダ（1904～73）の代表作の一つで、原書は1950年にメキシコ市で出版された。メキシコの社会派壁画家ダビー・A・シケイロスとディエゴ・リベラの挿絵の入った豪華な詩集である。メキシコ市駐在チリ総領事を務めた1940～43年に親交を結んでいた両画伯が友情から挿絵を描いたのだ。

20代から外交官として在外勤務を続けていたネルーダは1935年、マドリード駐在領事となり、翌36年7月、スペイン内戦に遭遇する。翌8月、詩人フェデリコ・ガルシア＝ロルカがフランコ反乱軍側の極右勢力に惨殺される。3年前の33年ブエノスアイレスで知己になり親友になっていた同志の死だった。怒り悲しむネルーダは、反乱軍に攻められていたスペイン共和国政府側を支持する立場を明確にし、本国政府から解任される。だが39年、移民担当領事として共和国側の人々をフランスから船でチリに脱出させる役割を担う。心身共に疲れ切っていたネルーダを待っていたのがメキシコ市駐在職だった。

その後ネルーダは45年チリ共産党に入党、北部の鉱山労働者らの支持を得て上院議員に当選する。ところが時の大統領を糾弾したため48年、議員資格を剥奪され政治犯として追われる身になる。1年間潜伏した後、49年アルゼンチンに脱出。そしてイタリアのカプリ島滞在中の52年、逮捕命令が撤回され帰国する。このような波乱に満ちた状況下で刊行されたのが本書であり、中心をなす作品は「マチュピチュの高み」である。

作品の一つ「遺言その一」の一節を紹介しよう。「銅鉱と炭鉱と硝石原の組合に　イスラ・ネグラの海辺の　我が家を残しておこう　斧と裏切り者に荒らされ　聖なる血を汚され　火山のぼろ着姿になった　我が祖国の虐げられた子たちの　安らぎの場にしてほしい」。同じく作品「ワイン」の一節。「仲間よ　この家に来たからといって　君から何かを奪うつもりはない　帰りには私から土産をあげよう　栗の実　薔薇の花　木の根の堅固さ　あるいは君と乗りたかった舟　杯からワインがこぼれ　テーブルに紫の染みができるまで　私と歌おう」

この詩集を読み進むうちに必ずやワインが呑みたくなるだろう。好きな詩を朗読すれば、あなたは瞬時に詩人に変身するだろう。それがネルーダの魔力なのだ。

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