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図書新聞 2016年4月9日 評者:久保隆(評論家)
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図書新聞 2016年4月9日 評者:久保隆(評論家)

〈安倍晋三は手強い「敵」〉
著者による状況論の射程は、ほぼ第二次安倍政権成立から現在までということになる。「たたかっている相手が、あまりにも卑小すぎはしないか」と著者は述べる。わたしもまた、12年9月の自民党総選挙で、1回目は石破茂についで2位だったにもかかわらず、どうにか決選投票で逆転して二度目の総裁に就任した段階で、またもや短期の総裁(首相)で終わるだろうと達観していた。民主党の自壊と劣化によって、二度にわたる総選挙での自民党圧勝は仕方がないとしても、どちらも投票率は50%で、特に直近の14年時は戦後最低の投票率(52.66%)だったから、06-07年時の再現になるだろうと考えていた。しかし、あの小泉純一郎でさえ、“抵抗勢力”を削ぎ落としながら権力を維持していったにもかかわらず、安倍は、はじめからあたかも主のように君臨していて、自民党内にはいまや政治家として最低限の矜持すらなく(空疎で乱暴な言葉が至るところで頻出しているのが、その証左だ)、しかも理念なき安倍のイエスマンしかいない状態になっていること自体、わたしには理解不能の状態だといっていい。なぜ、そうなってきたのか。状況的な流れと安倍卑小な理念がうまく接合されていったからだと、著者は論述していく。

「安倍晋三の情報操作の技は際立っている。」「今では『情報』や『知』を独占してきた大メディアと知識人を見返すかのように、ネット空間は活気づく。『拉致』や『慰安婦』というテーマでは、さまざまな意味で従来の主張の正否が検証されるべき段階を迎えている左翼や進歩的知識人こそが『叩きやすい』。『いつまでも謝り続けること』を周辺国から要求されることへの屈辱感と、それを支えてきた左翼への憎悪と怨念は、こうして燃え盛るのである。/安倍晋三はこのことをよく心得ている。論理も、倫理も、政治哲学も、外交感覚も徹底して欠く安倍晋三を、見くびる意見をよく見聞きする。私もその種の書き方をしたことがあったかもしれない。孤立している安倍晋三は叩きやすい。だが、社会的な雰囲気がここまで変わってきている以上、安倍はけっこう手強い『敵』になったというのが、私の見立てである。」「ある特定の時代状況の中に、それに見合ったひとりの政治家が登場し、彼がもてる能力や識見とは異次元の要素の動きによって社会をまるごとつくり変えてしまう−民主党政権の『失敗』後の3年半のあいだ、私たちが直面している事態は、こう表現できよう。」

安倍政権を組みやすしと見ていたわたしは、素直に反省せざるをえない。ネット右翼の台頭すらも軽視していたわたしだが、「『情報』や『知』を独占してきた大メディアと知識人を見返すかのように、ネット空間は活気づく」ということが、いかに大きな時代状況の変容をかたちづくっているのかまでは、見通しできなかったともいえる。確かに戦争法案が討議中、安倍はネットとテレビに盛んに露出していたことを思えば、「情報操作の技は際立っている」といえる。だがと、いいたい。この間の安保法案めぐる論議と闘いのなかで、憲法9条を守れ、憲法違反だ、立憲主義をといった抵抗と対抗の言葉が表出されたわけだが、なぜ「日米安保体制」という9条より上位概念の共同幻想を撃とうとしなかったのかということが、わたしには疑念であったし、既にそのことが動かしがたい前提であるかのような有様に落胆する思い出あった。著者は次のように指摘している。

「『反戦・平和』運動の内部には戦後一貫して、『憲法9条』と『日米安保体制』を『共存』させる心性が消えることはなかった。沖縄の現状は、その延長上で担保される。」

メキシコのサパティスタ放棄を高く評価する著者の視点を、わたしもまた追認していくことになるのだが、そもそもサパティスタみ姻族解放軍が20年前に闘いを惹起させていったのは、メキシコ・カナダ・アメリカの3カ国で結ばれる北米自由貿易協定(NAFTA)締結への反対運動としてであった。わが列島もかつては強大なアメリカ帝国権力に対して抵抗していたことを思えば、遠く対岸の運動との差異の大きさに、考えざるをえない。

「健康で、頑強な、大人の『男』を軸に展開されてきた従来の社会運動のあり方に疑問を持ち、これを改めようとする努力がなされている。そこでは、サパティスタ運動が、さまざまな人びとの日々の生活基盤をなしている村(共同体)に依拠した運動体であることのメリットが最大限まで生かされている。」

国家間の協約によって民衆の生活の危機を招来されることに抗するサパティスタ運動は、「脱・国家」あるは「反・国家」の相貌をもってきたといっていいはずだ。だから、このあいだの「拉致」(当然、その反語として、わたしたちは戦前の朝鮮人連行を連結させて考えるべきだ)や「慰安婦」という問題とともに、「秘密保護法」「安保法案」「原発」といった状況的なるものに抗していくためには、「国会」という相貌を相対化する場所からでなければならないというのが、本書の著者に誘われながら、改めて、わたしが確認したことだ。



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