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&Premium    2020年2月号 評者:末盛千枝子
看護管理    2018年4月10日 評者:柳田邦男(ノンフィクション作家)
岩手日報    2014年9月17日 「ようこそ本の森へ」欄 評者:早坂ヒロ子(盛岡児童文学研究会)
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&Premium    2020年2月号 評者:末盛千枝子

〈ぬくもりを感じる、いい絵本。〉

絵本は子どもに向けていながら、大人にも大切なことが描かれている。
絵本づくりにかかわる3人が選んだ、あったかい気持ちになる9冊。
何度も読み返したくなる、日々の糧になるエッセンスが詰まっている。

丁寧な絵、磨き抜かれた言葉。絵本には、人生を生きるための大切なエッセンスが詰まっている。

「本当にいい絵本は小さい子どものために作っていたとしても、大人も楽しめると思っています」と言う末盛千枝子さんが今回、あったかな想いをテーマに教えてくれた絵本も、例外ではない。

『すばらしい季節』は、末盛さんにとって思い出の本でもある。「五感を使って季節の移り変わりを見るのがテーマで、大人でも子どもでも、どこに住んでいても、こういうことに気づけるのは幸せ。そこに幸せの根本があると、私は思っています」

少女の視点から四季折々の喜びを綴った絵本で、末盛さんが1966年に初めてアメリカに行った際、たまたま訪れたブックフェアで見つけ、ずっと大切にしてきた。それから約20年後、縁あってターシャ・テューダー本人に会うことができたのも素晴らしい思い出。「本当に奇跡的に出会った本です。彼女の作品の中で、一番好きな本」
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看護管理    2018年4月10日 評者:柳田邦男(ノンフィクション作家)

〈四季の変化は天からの贈り物〉

ターシャ・テューダーと言えば、アメリカ東部の初期開拓時代からある、丘陵のうねる田園風景の豊かな田舎で、生涯、畑仕事や家畜の世話をしながら、絵本作りをしていた女性として、日本でも多くのファンを持っている。あのように木々の四季折々の変化を楽しみ、好きな花を育て、ゆったりと絵を描いて暮らすなんて、何とすばらしいことかとあこがれる女性が少なくない。

20世紀のはじめ頃に生まれ、10年前の2008年6月に92歳の高齢であの世に旅たつまでに、描いた絵本は100冊をこえ、さらにターシャの自然を愛する暮らしを記録した写真集もあって、亡き後も人気は衰えない。

ターシャの絵本のみずみずしさは、少女時代に牧草地や森の広がる自然環境の中で育まれた感性を、大都市から遠く離れた現代文明に侵されない大地に溶け込むような暮らしを守り続けたことから湧き出してきたものだろう。

そんなみずみずしさが素直な自然体で表現されたターシャの絵本の一冊に、『すばらしい季節』がある。1966年、50歳の頃の作だ。1960年代半ばというと、アメリカはベトナム戦争への介入の陰りが見え始めてはいたものの、いまだとびぬけた経済的繁栄を誇っていた時代だったが、ターシャのライフスタイルはそうした経済成長の派手さとは無縁な開拓期の名残そのものと言ってよいようなものだった。『すばらしい季節』は、自らの少女時代に心に刻まれた四季の変化の1コマ1コマをそのままに日記風に描いた絵本であるのに、50歳になったターシャの日常そのままと言ってもよい描写になっている。

主人公のサリーは、7〜8歳くらいだろうか。牧畜を営む農場の中の家に住んでいる。四季折々の変化を、〈サリーは、じぶんのからだを ぜんぶつかって それを たしかめます〉と、サリーがいつも五感をフルにはたらかせている少女であることがまず示される。その五感のはたらかせ方とは、こうなのだ。

〈目でみて 耳できいて においをかいで 手でさわって 口にいれてみて……〉

これこそ、都市化された生活環境とライフスタイルの中で、現代の子どもたちの感性が鈍麻されていることへのアンチテーゼと言うべきメッセージではないか。

目でみて ― テレビやスマホのアニメ映像やビル街の雑々とした風景の中では、何か1つのものに目を集中させてじっくりと見るという習慣が育たない。

耳できいて ― 都会の喧騒の中では、美しい小鳥のさえずる声に耳を傾け季節を感じるという習慣が身につかない。

においをかいで ― 排気ガスや杉花粉や商店街のラーメンや焼き鳥のにおいなどが混じり合った環境の中では、春風のにおいをいっぱい吸いこんでといった気分にはならない。

手でさわって ― 幼稚園や学校からの帰り道に、トンボつりをしたり草笛を吹いたり花摘みをしたりするといったことは、想像だにできない遊びだろう。

口にいれてみて ― 都会でそんなことをしたら汚いと言って叱られる。赤ちゃんが何でも口に入れようとするのは、単に食べようとするだけでなく、それがどんな感じがするものなのかを、食覚まで動員して確かめようとする行為なのだ。

では、サリーの五感のはたらかせ方は、どうか。描写の一部を読んでみよう。

〈水仙の花と 黒い土からは 春の においがします〉
〈かえでの木から とった みつを 雪にかけて たべると やっぱり 春の あじがします〉

このような毎日の積み重ねをしていく子と、都会の騒音と雑多な臭いなどの中で日常生活をする子とはでは、感覚・感性の育ち方が全く違ってくるのは当然だろう。

ターシャの絵は、鄙びたタッチに満ちている。水仙をいっぱい摘んで両手にかかえ、その香りを嗅いで立っているサリー。かえでのみつを器に盛った雪にかけて食べる姉妹。夏の光の中、牧場の遠くで大人たちが刈った草を馬車に山積みにしてほし草作りをするのを、草むらに足をのばして子犬と一緒に眺めるサリー。秋、渡り鳥がくの字に並んで遠くに去っていくのを牧場の柵の上に座って見送るサリー。見渡す限り雪に覆われた風景の中で、小さな手作りの橇を引いて立つサリー。―ターシャは、少女時代に心に刻んだこのような情景をいつまでも大切にしていたのだ。

私自身の家族について言えば、東京の住宅地に住んでいるが、妻は幼い孫たちが遊びに来ると必ず近くの公園などに連れ出して、春であれば、木の芽や花芽が膨らんでもうすぐ葉や花が開くことを教えたり、夏には蟻たちが蝉の羽根をヨットように立てて巣穴に運んでいることに気づかせたりといったことをしている。時には、スケッチブックを持たせて、それらをスケッチさせたりする。孫たちは嬉々としてそうした遊びを楽しんでいる。たとえ都会に住んでいても、ターシャのスピリットの一端でも実践することはできるのだ。
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岩手日報    2014年9月17日 「ようこそ本の森へ」欄 評者:早坂ヒロ子(盛岡児童文学研究会)

サリーは農場に住む女の子です。サリーは目で見、耳で聞き、手で障り、香り、味をたしかめ、季節の移り変わりを体中で感じています。クロッカスが咲くと春がやってきます。サリーが水仙の花束を作り、生まれたての子猫をだっこするうちに、春は気持ちのいい夏に変わります。サリーは牛の鈴が聞こえる牧場で一日中干し草づくりを見、イチゴを頬張り、子犬と遊びます。

そしてある日、秋がやってきます。赤い葉っぱが光って飛び、帰っていく渡り鳥の声が聞こえます。サリーがすべすべしたドングリを集めたり、リンゴを食べて秋を楽しんでいると、ある日冬になるのです。見渡す限りの真っ白な世界。ソリの鈴の音が聞こえ、冷たい空気と、燃えるたきぎのにおいがします。サリーはクリスマスのモミの木の飾りにそっと触ってみます。

「自分のまわりを美しい考えで満たし、親しい人々に愛と優しさのこもった行動を」と語るターシャの人柄がにじみ出た美しい絵本です。幼児から。



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