head
朝日新聞    2013年2月11日    文:平山亜理
ラティーナ    2012年12月号    評者:伊高浩昭

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
朝日新聞    2013年2月11日    文:平山亜理

亡命日系人の詩集 40年越し翻訳出版

南米ボリビアに生まれ、独裁政権の迫害を逃れてスペインに亡命した日系詩人、ペドロ・シモセさん(72)の詩集が現代企画室(渋谷区)から出版された。移民として苦労した父への思い、抑圧に対する怒り――。翻訳したのは40年近く前に彼の詩に触れ、心を揺さぶられた男性だった。

横浜の細野さん、心揺さぶられ

シモセさんは、ボリビアのベニ県リベラルタ市生まれ。山口県から移民した父と、現地の日系人を母に持つ。幼い時から詩才を発揮したが、南米各国の独裁体制に反対する作品が当時のバンセル政権ににらまれ、1971年に亡命した。現在はマドリードで暮らす。

父への敬慕、自らと重ねて

今回、出版された詩集「ぼくは書きたいのに、出てくるのは泡ばかり」は、亡命先で72年に出版された同名の詩集などから94点を収録。荒れ果てた土地を開梱した父や、抑圧されたラテンアメリカの人々への思い、詩を書きたいと願いながら思い通りにならない悲痛な心情などが、作品に込められている。

いつか、シモセさんの詩集を日本に紹介したい――。40年も抱きつづけていた夢を実現したのは、横浜市に住む細野豊さん(76)だ。

海外移住事業団など日本人移民の支援の仕事のため、長く南米に滞在。シモセさんの詩集に出会い、心を揺さぶられた。勤勉だった父の生き方に誇りをもつシモセさんに、救われる思いがしたからだ。

その11年前、ブラジルのアマゾンを訪れた際に日系青年が放った言葉が忘れられなかった。「日本人の子どもであることが恥ずかしい」。泥まみれで畑仕事をする両親のことを、青年は「格好が悪い」と言い切った。

第二次大戦で日本はブラジルの敵国だった。そのことが、根深い劣等感を生んだのだろうか。細野さんは感じた。

尊敬する父のことを、シモセさんはこう書く。

彼は人間の謙虚な偉大さを知っており/彼が敬うように人々が彼を敬い/彼が愛するように人々が彼を愛していることを知っている/これがぼくの父だ
(「我が父の伝記」より)

細野さんは19歳の時、女手一つで育ててくれた母を亡くした。愛する母への思いを詩に書いたこともある細野さは、シモセさんに自分を重ねる。来日した2000年に初めて出会って以来、2人の交流は続く。

現代企画室の担当者太田昌国さん(69)は「日系人というと、開拓の苦労物語が多いが、その土地で根を生やし、言語を使って活躍している人がいる。ラテンアメリカを見る視線が豊かになるのでは」と話す。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ラティーナ    2012年12月号    評者:伊高浩昭

「わたしは血が流れるまで責務として自由を生きる」、「爆音と騒音のこの祖国でわたしが遺産として受け取るいくつもの死を理解している」―1968年の詩集『民衆のための詩』収録の作品「自由の家」の一節である。前年のボリビアでのチェ・ゲバラの死を連想させる「ゲリラ戦」の言葉も出てくる。

山口県出身の移民者下瀬甚吉とボリビア・ベニ州リベラルタ出身の日系混血女性ライダ・カワムラの間に40年生まれた日系ボリビア人である著者は、キューバ革命が勝利した59年にラパスに出て大学に進学する。だがこの革命に刺激され革新思想を身につけて大学を中退し、ジャーナリズムと詩作の道に入る。同じ詩集に含まれている「ラ米についての論説」は、パブロ・ネルーダがラ米情勢を鳥瞰して詠った諸作品を彷彿させる。「わたしがわが祖国を歌うとき、私はラ米の民衆を歌っているのだ」という一節は、ラ米統合思想やラ米連帯思想を象徴する。「われわれボリビア人は、われわれの破壊によってのみ勝利を収める」と、出自と祖国を思う痛ましい気持ちも表している。

同じベニ州の都トゥリニダー出身の日系人青年フレディ・マエムラは67年、ゲバラの部下として戦い処刑された。著者が、ほぼ同年配の日系人フレディの壮絶な死に何かを感じなかったはずはない。JJトーレス大統領の左翼人民派軍政(70年10月〜71年8月)が登場すると、希望を抱いた著者は政府の側に立つ。だが米伯両国に支援されたクーデターで生まれたバンセル極右軍政による迫害に直面し71年、スペインに亡命する。

本書の題名の基となった72年の同名の詩集には、「亡命とは何か」という作品がある。「祖国が決してなくなってしまわないようにと祈りつつ、時間と戦うことだ」と記している。この詩集は、キューバの「アメリカス館」賞を受賞した。民政移管後、ボリビア政府は過去の迫害を謝罪し99年、著者に国民文化賞を贈った。詩集『文字どおり』(76年)には、勤勉だった日本人移民者の父を誇らしげに讃える「わが父の伝記」が出てくる。

定住したマドリードから「大いなる祖国ラ米」、生国ボリビア、故郷リベラルタ、青年時代を過ごしたラパスを、時空を超えた遠近法を駆使して綴る作品群は理解しやすい。とりわけ著者と同時代を共にしてきた読者は共感を覚えるだろう。



com 現代企画室 〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町15-8高木ビル204
TEL 03-3461-5082 FAX 03-3461-5083

Copyright (C) Gendaikikakushitsu. All Rights Reserved.