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まいにちスペイン語    2012年8月号
朝日新聞    2012年6月24日    評者:逢坂剛(作家)
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まいにちスペイン語    2012年8月号

スペインの田舎町で大地主の息子として生まれたフアンは家や土地に縛られた生活に閉塞感を感じてきた。片や異母弟のパブロは自由な精神の持ち主。兄はそんな弟を憎み、愛する。フランコ独立体制下の1953年に発表されたこの小説は肉親が敵味方に分かれて戦ったスペイン内戦への批判ともとれる。著者は2010年にセルバンテス賞を受賞。児童文学者としても有名。
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朝日新聞    2012年6月24日    評者:逢坂剛(作家)

第2次大戦直後の1948年、20代前半でデビューした本書の著者は、2010年にスペインでもっとも権威ある文学賞の一つ、セルバンテス賞を受賞した。

スペインの現代文学は、同じスペイン語圏でも中南米のそれに比べて、邦訳点数が少ない。それは、一つには30年代後半スペインを席巻した内戦のせいかもしれない。その後70年代半ばなで続いた、フランコ政府の厳しい言論統制は、反体制的な作品の発表を困難にし、創作活動に大きな制約をもたらした。創作者は、体制批判を声高に行うことができず、別の時代背景や、事件に託して、その矛盾を描かざるをえなかった。そのために、スペイン現代文学は妙にシュールだったり、韜晦(とうかい)的だったりして、翻訳されにくい憾(うら)みがあった。

本書も実は、その時代の作品の一つである。旅芸人ディンゴは、故郷の町を通りかかったおり、子供を馬車で轢(ひ)き殺して、警察に拘束される。ディンゴは、幼なじみの大地主フアン・メディナオに、助けを求める。そこから、一転して著者の視点と関心はフアンに移り、その幼児からの思い出が、綴(つづ)られていく。ことに、父親が使用人に生ませた異母弟、パブロ・サカロとの確執が、緊張感を高める。内戦以来の、スペインの社会状況を知っていれば、フアンとパブロの生き方が何を象徴しているか、容易に想像できるだろうか。

しかし、そうした背景を知らなくても、この小説を読むのに、いっこうに差し支えはない。骨肉の争い、個人と集団の闘い、美と醜の対立といった、人間社会に普遍的なテーマが、そこに力強く描き出されているからだ。著者のレトリックは多彩で、比喩表現はまことに新鮮というべく、生なましい皮膚感覚がある。

こうした小説を、閉塞(へいそく)感に満ちた50年代前半、30歳に満たぬ若い女性が書き上げたことに、驚きを禁じえない。




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