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毎日新聞 2021年3月13日 今週の本棚 なつかしい一冊 評者:武田徹(ジャーナリスト)
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毎日新聞 2021年3月13日 今週の本棚 なつかしい一冊 評者:武田徹(ジャーナリスト)

なつかしい本として真っ先に思い浮かべたのが本書だった。キューバ革命で活躍するゲバラは23歳の時に南米大陸を北上縦走する長い旅行をしている。その時に綴られた日記だ。

道連れは少し年長の友人アルベルト・グラナード。二人はポデローサ(「強力」という意味のスペイン語)II号と命名した一台のバイクにまたがって1952年1月4日にブエノスアイレスを出発した。いきあたりばったりの旅はトラブルの連続だったが、見聞きすることのすべてが新鮮で、ゲバラの筆致は生き生きと躍動している。

そんな旅行記を再読して自分の勘違いに気づいた。邦訳初版は97年の刊行だから、初読時に筆者は既に不惑の年齢に近づいていたことになる。にもかかわらず、青春の真っ只中で出会った気がしていたのだ。錯覚の理由はこの冒険旅行記が読者の心を鷲掴みにし、ゲバラと一心同体となって23歳の若者として旅を続けている気分にさせるからに他ならない。

悪路を突っ走るポデローサII号は転倒のたびに針金で修理されていたが、チリに入ってついに息絶える。後は密航とヒッチハイクが主な移動手段となり、バイク好きの筆者は少々がっかりしたが、後半には別のテーマが浮上してくる。実はグラナードは嫌気がさして病院を辞めた浪人中の医師だったし、ゲバラは休学中の医学生だった。ペルーのハンセン病療養所を訪ねた二人は患者たちと交わるなかで医師の理想像を追い求めるようになる。

日記の事後談となるが、旅を終えたグラナードはベネズエラに留まる。アルゼンチンに戻って復学し、医師の資格を得たゲバラはハンセン病施設で一緒に働こうとグラナードのもとに駆けつけようとするが、その途上で中南米諸国の支配をもくろむアメリカの資本主義経済や政治と戦う道へと人生の進路を変える。

2004年刊行の増補新版には革命後のキューバでゲバラの演説「医師の任務についてー私はすべてを旅で学んだ」が巻末に収録されている。そこでゲバラは医学の革命を望むには先に革命家になる必要があったと述べる。革命という言葉はいかめしいが、社会を変えなければ医学を正しく生かせないという意味だと考えれば、専門家の声に政府が耳を傾けないので感染を抑えきれないコロナ禍の日本の現状にも見事に該当する言葉ではないか。こうして新たな発見も伴った「なつかしい一冊」との再会となったのだ。



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