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チェ・ゲバラ関連本の周辺
太田昌国
「版元ドットコムNEWS 178号」掲載
7年前の1997年に『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』を発行した。その年はゲバラ死後30年目に当たった。

当時の世界の政治・社会状況は、誰の目にもくっきりとした印象を残して彼が生き抜いた1960年代とは、ずいぶんと変わっていた。状況の激変を理由に、過去の意味深い「遺産」をすべて投げ捨てるのはよくない、と日頃から考えている私は、この年にゲバラの本を何か出版したかった。


古い本だが、青木書店の『ゲバラ選集』(全4巻)で著作が集大成されている人だから、既訳のもので済ませるのは安易だ。未発表論文もかなりあるはずだが、キューバ政府はまだ全面公開に踏み切ってはいないようだ。

そんな思いをめぐらせていた時、冒頭に挙げた本の原書に出会った。ゲバラがアルゼンチンはブエノス・アイレスの大学の医学生だったころ、親友と語らって、モーターサイクルでの放浪の旅に出た。その旅の過程で書かれていた日記に、後年ある程度の手を入れて、成ったものだ。


論文や演説を読めばわかるが、ゲバラはなかなかの文章家だ。その才能は、23歳当時のこの日記にも表われていて、いわば十分に「読ませる」、青春の紀行文学になっていると思えた。それは、当然にも、かつて私たちが読みふけった「革命家ゲバラ」の著作ではなく、それ以前の文章だ。

差し当たっては、後に彼がたどることになる人生とも無関係に、単独で読むに堪える本でもあるが、なかに関心をもつ人が生まれて、彼の全体像を知るきっかけにもなりえよう。そこで、特に若い人に読んでもらえればと思って、死後30年の年に合わせて出版したのだった。


基本的に超小部数出版の仕事をしている私たちにしてみれば、この本はそこそこ売れた。東京で言えば、原宿・六本木・渋谷の書店で売れ始めたから、思ったとおりに、若者が求めてくれたようだった。反応は多様だった。とにかく、ある時代を象徴する具体的な人物への関心が生まれることが大事だと思った。


この反応に力を得て、この間にゲバラ関連の本をさらに4冊出版した。青春の無鉄砲さを若々しく、ユーモラスに描いた『モーターサイクル南米旅行日記』と違って、革命家になった後のゲバラの(についての)著作には、苦悩と絶望がある。

とりわけ『コンゴ戦記1965』では、彼自身が自ら立てた作戦の失敗にうちのめされた記述にあふれている。さすがに、この種の本は、異様に明るいこの時代の様相の中では、ガタンと読者数は減る。本来の私たちの仕事の水準に戻るだけだから、それほどのショックではない、と負け惜しみ的に付け加えておきたい。


ところで、『モーターサイクル旅行日記』は映画化された。以前からその噂は聞いていたが、製作総指揮はロバート・レッドフォード、監督はブラジル人で『セントラル・ステーション』のウォルター・サレス、ゲバラ役はメキシコ人の俳優で、すでに世界的に人気も出ているガエル・ガルシア・ベルナル。

試写会で観たが、ロードムービーとしてなかなかの作品に仕上がっている。東京・恵比寿ガーデンシネマ10月9日(ゲバラがボリビアで殺された命日)封切りを筆頭に、順次全国公開される。


原著の著作権者に変更があったために、私たちは新しい権利者と新契約を結ばなければならなくなった。その経緯には、いささか面倒なこともあったが、新契約に基づく「増補新版」も間もなく出来上がる。

映画も機縁になって、新しい読者との出会いを大いに期待している。ゲバラについては、赤字覚悟でも出したいものがまだ数冊あるので、読者の裾野が広がっていくことは、大歓迎なのだ。