2000年3月から6月にかけて、パリ首都圏で「ナヌムの家」が上映された。ビヨン・ヨンジュ監督もパリへ駆けつけた。3月26日、クレテイユ女性国際映画祭に際しての上映の時には、『性の差異』の著者ジュヌヴィエーヴ・フレスも参加し、上映後に簡潔なスピーチを行なった。「ナヌムの家」パリ上映委員会のコリン・コバヤシさんのご好意により、以下にフレスの発言を紹介する。
ジュヌヴィエーヴ・フレッス氏(欧州議会議員)のスピーチ |
この作品の中で私がもっとも驚かされ、そして気に入っていることからお話ししたいと思います。 何よりもまず、女性達の表情が実に美しいということです。それは、ビョン監督の丹念な仕事の成果であり、この映画の力はこのことにあると言えるでしょう。彼女達の表情はみな美しく、誰一人醜くなどない。感動的であるとさえ言えます。これがまず一つ。 次に、「歴史叙述とは何か?」ということについて。これは今夜の上映会に参加しているこれらの友人達から提出された問いです。「歴史叙述とは何か」―いくつかのことが想起されます。まず、「女性もまた歴史に『参加』している」ということ。なぜなら、これらの慰安所が設置され、女性たちが誘拐され、性奴隷にされたのも、より効率よく戦争を遂行する為に組織されたものだからです。 つまり、このことは歴史を遂行する者たちを手助けしてしまっていることになるのです。このような意味において、女性もまた歴史に「参加」しているといえるでしょう。それでは、これら歴史に「参加」した女性たちの物語をどのように叙述しうるのでしょうか?これがまさに難しいところです。女性の歴史が叙述されないのにはいくつかの理由があります。女性史の為に奮闘してきた者たちには、今日この会場にも何人か参加していますが、まさに痛感させられてきた点です。 何よりもまず、まさに女性が歴史叙述に参加することが認められないということ、そして性差が歴史叙述にかかわっていないと考えられているということです。先ほど言われたように、歴史の修正にさえ女性を利用することができます。女性たちはどれだけ歴史の中で利用されてきたことでしょう。 主体であるにもかかわらず、これまで女性たちは客体として歴史の中で描かれてきました。その歴史をどのように彼女達が再び自分たちのものにできるか、それが問われているのです。 私達の抱える歴史叙述の難しさがここにあります。私達、女性がどうすれば主体にもどれるか。この映画の中では、もちろん女性達は歴史の主体として描かれています。彼女たちは自分達が主体であったとして歴史が叙述されることを要求しています。けれどもこれが困難なのです。なぜなら彼女たちは自分達の歴史を叙述することを許されないからです。これは今日のテーマの一つではないかと思われます。 皆さん、映画の中で繰り返された「reparation(謝罪、尊厳の回復の意:訳注)」という言葉を覚えていらっしゃるでしょうか。ある意味で、歴史のあらゆるレベルでの女性に対するの抑圧にたいし、私達フェミニストは「尊厳の回復」を求めているのです。 ご覧になったように、映画の中で女性達はこの「謝罪=尊厳の回復」を求めています。女性の歴史を書こうとする時、または女性への抑圧の歴史や経済構造の中で、家庭で、あるいは政治の世界で行われる搾取について語る場合、私が好んで使うのは、この映画の中で力強く叫ばれているこの「尊厳の回復」という言葉です。 一方で、「賠償(dedommagement)」という言葉もあります。もちろん女性たちは賠償させることを請求できます。どうして請求できないことがあるでしょう。女性が主体として歴史叙述に請求できることがらすべてに通じる言葉があるとすれば、それはこの「尊厳の回復(reparation)」だということができると思います。 これこそまさに要求されていることです。これは今度の12月に東京で行われる女性による国際法廷を通じて求められることでもあるでしょう。突き詰めれば、「賠償(dedommagement)」とは、「補償(indemnisation)」であり、そして「尊厳の回復(reparation)」とは、「承認(reconnaissance)」を意味します。「私達は認めます、国も認めます」と言えるようにならなくてはなりません。 だからこそ彼女たちはお金など要らない、と言っているのです。途方もなく堪えがたい、そして注意深く耳を済ませなければ聞こえてこなかったこの性暴力が存在したことを、国が認めること、それこそが正に歴史叙述なのです。日本政府が、韓国政府と共にこのことを認めてこそ、歴史叙述はなされるのです。この映画が既に歴史叙述になってはいるのですが、これを貫徹させるには、尊厳の回復と承認が必要なのです。 −中略− 「証言するのと黙って苦しむのとどちらが良かったのかわからない。話すほどに苦しくなる。」と言った方がいました。 このことも、歴史叙述の問題にかかわっています。一人の女性が個人的に暴力を、性暴力を受けたとき、被害者がそのことに語りたがらないということがあります。「語ること」は、いろんな意味でとても難しい。性暴力を受けてなお、生き残ってしまったこと、被害者にとってそれを受け入れるのはつらい作業です。 「語る」被害者は、自分がその事実を受け入れる段階にいることを自覚しなければいけない。だからこそ彼女にとって「語ること」が困難なのです。人は犯されてなお生き続けられのでしょうか?性暴力を生き延びることができるのでしょうか?性暴力の歴史はこれに尽きると思います。 生き延びる、つまり死ぬより生きることを選んだということです。尊厳か命か、そして命を選んで尊厳を失ったわけです。彼女たちが何度も繰り返す「恥」がそれなのです。彼女たちの貞操が犯されたからではなく、自分達が生き延びたことが恥ずかしいのです。 個人の受けた暴力も集団的に受けた侮辱も同じように、歴史が書かなければいけないと思います。ある人が自分の受けた暴力を告発しようとするときに、何とかそれを語ろうとするように。 性暴力を受けてなお生き延びるということは、なかなか受け入れがたいことです。だからこそ、女性は自分のことを書くのに自身で躊躇してしまうのです。これがまさに女性が被る抑圧の象徴的なイメージだと思います。 このように、女性が自身の歴史を書くということは非常に困難なことなのです。女性の歴史を書く者は、女性が抱えるこの困難を覚悟しなければいけません。そして先ほどビョン・ヨンジュ監督が、この女性達が自分たちの話を語ることを受け入れてくれるのにどれだけ困難であったかを話してくれました。私は、これは大変重要なことだと思います。 女性に対する暴力を語るために私が見つけたある言葉があります。それは「打ちのめされた(meurtri)」という語です。女性達の顔はこんなに美しいけれど、彼女たちはこんなにも打ちのめされている。 「打ちのめす」という言葉には、ある不条理な逆説が、殺人(meurtre)が犯されたと言う逆説があります。ここに同席しているリリアンヌ・カンデルと私は、1970年代に共に、レイプは軽犯罪ではなく重大な犯罪であることを訴え、レイプが犯罪として認められることを求めて闘ってきました。 私はいつもこのことに立ち戻ります。なぜならば私達の人生が揺さぶられたのです、私たちは「レイプは犯罪だ」と人々が認めるまで闘いました。 かつてそれは軽犯罪としてしか扱われませんでした。今では、レイプは重罪裁判にかけられうる犯罪です。また私達は今、国際政治のレベルで、戦争目的で行われるレイプを人道に対する罪として認識させよう、という段階にきています。これもまた私達がまさに踏み出そうとしている重要な一歩です。 さて、「打ちのめされた(meurtri)」という言葉の中には「殺人(meurtre)」 欧州議会についても少し触れたいと思います。先週、ヨーロッパ議会の女性の権利コミッションで、私達は様々なことを話し合いました。子供の売春観光、婦女売買など。そこである売春観光についての報告がありました。 フランス人はどちらかといえば用語に注意を払っている方だと思いますが、これらのテーマについて話すとき、「売春(prostitution)」という言葉を用います。しかしながら、ご存知のようにヨーロッパ議会では、これは非常に物議をかもす話題です。 これはカフカ的で分裂症的といえるでしょう。つまり、子供の売春観光について話して欲しいと言われると、「売春一般について…」というだけで1時間を費やす議論におよぶこともあります。誰かが「子供に対して行われていることと大人の女性に対して行われていることを一緒にすることはできません!」と言うでしょう。 すると何人かの議員、特にフランス人は、一般的にすべてをひっくるめて「売春観光について話すのならば、『売春』一般について語らなければなりません。」というでしょう。そして子供の売春というとき、何歳までが『子供』なのか、またそれをめぐる別の議論が起こります。これが現在、ヨーロッパ議会で、特に売春観光の問題についての報告をめぐってよく行われる議論といえるでしょう。 婦女売買についても同じ問題があります。私は先週あるフランス人議員の報告を読みました。彼女は売春問題にはずいぶん奮闘してきた人ですが、半年前の報告で彼女は「強制売春」という言葉を使いました。 「強制売春」とは一方で「自由売春」を想定しています。「この言葉は不適当ですね。すべての売春は強制なのだから、この表現は使うのをやめましょう。」と彼女は言いました。こうして数人の女性議員の努力により、この「強制売春」と言葉は使われなくなりました。 ところが、それに代わって「売春の搾取」という表現が使われ始めました。「ちょっと待ってください。『売春の搾取』ですか。それならむしろ簡潔に『性の搾取』としましょう。どんな形であれ、売春は性の搾取ですから。」という声があがりました。というわけで、やっと私にとって大筋妥当な表現ではないかと思える表現をみつけることができそうです。 ご存知のように、ヨーロッパ人たちが東欧の若い女性達にヨーロッパに来れば仕事がある、と語っています。コソヴォや他でも当然このようなことが起こっているでしょう。 統計を見てもわかる通り、今日ヨーロッパでは、婦女売買が増えています。これは、東欧の若い女性にヨーロッパにくれば悲惨な貧困から抜け出せるんだ、などと語っているからなのです。だからこそ、この映画をみて、歴史を書かねば、と思うのです。ただ一つの歴史、10万人の朝鮮人女性の、20万人のアジア人女性のことを。50年、60年、70年前に性の奴隷とされた女性達の物語を。 そしていま歴史は全く別の理由で、でも同じ方法で再生産されようとしています。冒頭で私は、「性差の問題が歴史を変えた、これは単なる自然現象ではない。」という話をしました。そしてどのように歴史叙述をやり直さなければならないか、ということについても触れました。 勝ち得たものだってあります。レイプは単なる軽犯罪ではなく、重大な犯罪として認識されようになりました。私達は、歴史の中に、この戦争中1930年代のアジアで男性だけでなく、女性に対しても何かが起こったのだと記述することができるようになるでしょう。レイプは人道に対する罪になるのです。 今後の集団レイプは、当然国際法廷で訴訟の対象となるでしょう。まさに歴史が動こうとしています。しかしその一方で、悪い方向へ動こうとする歴史もあれば、動こうとしない歴史もあります。私達が苦闘している所以です。だからこそ、この映画がフランスで上映される今日、私はここへ来ました。 |
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