実践報告集12集 わかり合える仲間たちの中で 見沼学童保育 片山 恵子 運動会の代休日のことです。 五年生の子どもたちと私で賭けウノをしていました。『ビリの者は、公園の 真中で自分の名前を尻文字で書く』というのが賭けの内容です。 それまで順調に適当な順位につけていた希海が、最後のゲームで大敗して しまい、一挙にビリになってしまいました。 悔しくなった希海がウノを床に投げ捨てました。希海には珍しい感情の表 し方です。 愛「あーっ。希海。それ全部自分で片付けるんだよ」 亮「希海。大変だな、こんなに散らかって」 こういう言葉をかけながら、子どもたちは希海の表情の変化も見ています 野口「あっ、希海泣きそう。泣くんじゃん」 一年生の時から一緒の子どもたちですから遠慮がありません。自分が投げ 捨てたカードを拾いながら、目のふちを赤くした希海が顔をおおいます。で も、希海も納得してやり始めた賭けウノですから、子どもたちも私も希海の 涙には動じないで言います。 私「サー、公園へ行って見せてもらおうか」 希海は涙をふきながら公園へ出て行きますでも、やっぱり恥ずかしくてな かなか出来ません。思わず希海がこぼします。 希海「こんなんだったら、お堂とじこめの刑の方がよかったよ」 お堂とじこめの刑とは、夏休みのキャンプでの高学年の肝だめしの特別メ ニューなのです。キャンプが近付いてくると、これも賭けウノをやって受刑 者を決めるのです。 お墓がすぐ側にあって、おまけに本当に首つり自殺があったと言われる木 の切り株も側にあるお堂の中に一分間いるだけなのですが真暗な上に、私が ずっとそのお堂にまつわる話を聞かせていたこともあって、超コワイのです (私たちの学童保育は十年以上、同じ所へキャンプに行っていて、子どもた ちのセンパイたちのキャンプの経験も、ずっと語りついで来ているのです) 今年は、愛も亮も私も受刑者で、二人は泣きベソをかく位コワイ思いをし たのです。それを希海が気楽に「こんなんだったら、お堂とじこめの刑の方 が」と言ったものですから二人がムキになって言います。 亮「エーッ、お堂閉込めの方がいいんだなじゃあ、お堂とじこめ十分間や れっ」 愛「そうだよ希海 お堂閉込めめ刑の方がいいんだったら、来年のキャン プ絶対にお堂とじこめ十分間やるんだよ 」 希海「誰も十分間なんて言ってないでしょ バカじゃん 」 愛「お堂とじこめがこわくないんでしょ。だったら十分間やればいいじゃ ない」 希海「誰も怖くないなんて言ってないでしょ」 愛と希海の激しいやりとりが始まり、愛に対して、感情丸出しのきつい言 葉を返す希海に、亮と私は思わず顔を見合わせてしまいました。仲よしの愛 に対して、怒鳴り返す希海を見たのは初めてだったからです。 愛と希海はいつも一緒にくっついていて、お互いを必要としているんだけ れども、どちらかというと気性が激しく、感情をハッキリ表してしまう愛に 、おっとりした希海がやや自分を抑えながらつきあっているというような関 係だったからです。 開き直った希海が尻文字をやり終えてからも、二人の間には険悪なムード が漂っています。しばらくして、ちょっとしたことから二人がまた激しい言 い合いを始めました。 それを見て、亮と野口がオロオロし始めます。愛に対して、希海がこんな に強く出ちゃっていいのかなと二人の関係を心配しているのです。 愛がプイッとその場を離れて、公園のはしっこにあるベンチの方へ行きま した。 亮「希海。早く愛にあやまって仲直りしてこいよ」 野口「こういうの折れるって言うんだよね。オレ、折れるって意味最近分か った。イエローカードっていうドラマ見てて分かった。大人になるっ ても言うんだよね」 亮「そうだよ希海。大人になれよ」 「でも、どうしても折れたくない時ってあるよね。折れなくていい時っ てあるよ。今日の希海もそうなんじゃん」 希海「だってあたし、四年生まではガマンしてたんだもん」 私「なんでよ」 希海「だって、愛がこわかったから」 私「そりゃあ希海も悪いよ。恐いからって何も言わなかったら、愛だって 変わりようがないじゃん」 亮たちは、愛に強く出るようになった希海に驚いてもいるのですが、とに かくこの険悪なムードを何とかしたくて、気の強い愛に折れることを要求し ても無理だと思っているので、希海に折れる事を要求しているのです。 私は、二人の希海への説得を聞きながらおかしくてたまりません。 愛の 方も、希海の中に今までと違うものを感じたのか、本当は私たちの所へ戻っ てきたいのに、希海がそこに居るから近づけないのです。きっと、自分に対 して初めて見せる希海の激しい感情の表し方にとまどいを感じていたのだと 思います。で、この後、小学校の校庭へ行ってバスケットをしようというこ とになりました。愛も希海もお互いに気まずさを感じながら校庭の方へ向か います。 しつこく仲直りを勧める亮たちのこともおかしいし、こんなに気まずいま ま二人ともが校庭に向かうということもおかしかったのですが、私は何気な いふりをしていました。 校庭には、その日学童保育を休んでいた六年生の類家が友達と一緒に遊び にやって来ていて、私たちのバスケットに仲間入りして来ました。 ゲームが終わって、みんなで木陰に腰をおろしておしゃべりをしていた時 、突然亮が思い出したように言います。 「カタセン、ホラネッ。やっぱりいつの間にか仲直りしている。こいつた ちいつもこうなんだから」 バスケットのゲームをしているうちに、自然に仲直りをして並んで座って いる愛と希海は、亮の言葉にニヤニヤしています。事の経過を知らない類家 に私が説明します。 「類家、さっきは大変だったんだよ。愛と希海がサ……。」 私の説明を聞き終わった類家が言います。 「なんかサー、希海ってサ、抑えられるって感じだけど(自分をの意味) 愛ってサ、怒ると何をするかわからないこわさがあるよね。」 私は思わず笑ってしまいました。 なんだなんだ、みんなわかってるじゃ ないか とおかしくなったのです。 愛と希海はどういうことを言われてもニコニコしながら類家の言う事を聞 いています。子どもたちの話は、それから色々なことに広がっていきます。 気心の知れている者同士だから、一緒に居ること自体が楽しそうなのです。 ところで、愛のことがこわくなくなった希海の変化の理由を考えてみたい と思います。希海の夏休みの日記にこういう風に書いてあります。 ┌────────────────────────────────┐ │ 愛とかの前で、雪の上に行ったことを自まんしたから、少しかわいそ│ │うな気がしたけど、愛は気が強いから、まっいっかって感じだよ。でも│ │、本当に気が強いのかな? ムカデもこわがっていたし、雪の上に行く│ │前も「死ぬかも知れないから嫌だ」とか言ってたから。考えているとキ│ │リがないからもういいや。 │ └────────────────────────────────┘ 日記に書かれている事を少し説明します。 《ムカデのこと》 お盆休み明けの二日間、どろんこクラブは私が帰省先の観光地で買ってき た『アフリカ最深ジャングル産、巨大百足の標本』というオモチャで大騒ぎ になりました。 紙包みに巨大百足の標本と書いてあって、それを開けよう とすると、中に入っている五円玉のねじれたゴムがゆるんで、バラバラと音 がして、本物のムカデが動いているんじゃないかと驚いてしまうオモチャで す。 仕掛けはとても簡単なものなのですが、私たちの名演技もあってか、子ど もたちは真相を知らされるまでの二日間、とてもこわい思いをさせられてし まったのです。 ┌──クラブ通信「どろんこ」────────────────────┐ │クラブ通信「どろんこ」 │ │ 九三・八・一八付 │ │ 巨大アフリカ猛毒ムカデ どろんこクラブ大パニック │ │ お盆休みに帰省した時、お寺の売店で右のような物を見つけました。ビ│ │ックリオモチャだとわかっていたので、何個か買ってきました。 │ │ 月曜日、火曜日と、子どもたちは標本のはずなのに動いている音がする│ │ものだから、恐怖で大騒ぎ。私たち指導員の名演技もあったと思うのです│ │が、昨日のお昼寝の時、どうしても中を見てみたいという声もあったので│ │私が、「よし、開けてやろうじゃないか」と言うと、子どもたちは、パッ│ │と私の側から逃げて行って「かた先、命がかかっているから、ヤメロ 」│ │と怒ります。 │ │ さされたら一瞬のうちに死ぬと書いてあるので子どもたちは恐いのです│ │ あまりに迫真の演技だったためか、ちはるちゃんやあちょんが泣き出し│ │てしまい、ますます真相を明らかにしなくてはと思っているのに開けるこ│ │とが許されないのです。 │ │ 亮「かた先、ヤメロ 死んじゃうよ」 │ │野口「かた先、子ども四人育てないといけないんでしょ」 │ │ さんざん怖い思いをして、さんざん人の命の心配までしたのに、それが│ │大きかった分、真相を知った時の『ホッ』は、…… このオモチャの値段│ │は、一個三百円なのですが、正体がわかるまでは、子どもたちは「かた先│ │、こんなこわいのを三百円で四個も買ってきたの?」なんて言っていたの│ │に、正体がわかったとたん、亮「かた先、こんなものに三百円もかけ │ │て買ってきたのー?(あきれたように大笑いする)」 │ │ でも、のぐちゃんなど、自分が恐がらされたり、驚かされたりした分、│ │こんな簡単な仕組みでドキドキさせられる感動の方が強く、帰るまで何度│ │も何度も口に出していました。 │ │ そして、お母さんの職場の人を驚かしたくて、一生懸命、このオモチャ│ │を作って持って帰りました。 │ │ あのねノートより │ │ 五年 岡希海 │ │ きのう、かたせんがもってきたアフリカムカデビクリスルという標本の│ │しょうたいを見ました。見るまえに、りょうが「かたせんやめろ。死んじ│ │ゃうよ」とかいったり、野口君が「かたせん、子どもいるんでしょ」とか│ │いっていました。 │ │ でも、しょうたいを見たらおもちゃでびくびくしてたのは、なんだった│ │んだと思って自分がおかしくなってわらってしまいました。 │ │ でも、りょうはかたせんに「ほんとは知ってたんだろう」とかいってす│ │ごくおこって、そのおもちゃをこわしてしまいました。 そのあとそのお│ │もちゃをつくりました │ │ 四年 田中一城 │ │ きょうかたせんがムカデのひょうほんをもって来ました。(昨日一城は│ │休み) さいしょはバタバタうごくからみんなはおどろいていました。 │ │でもしかけがわかったから、さっきまでおどろいていた自分がバカらしく│ │おもいました。 │ │ きょうは、じゅみょうが三年ちぢみました。あー、びっくりした。 │ └─────────────────────────────────┘ このような大騒ぎの最中になのですが、賭けウノをやって、誰があの不気 味な音の正体を探るか決めようということになりました。 そして運悪く、 愛が標本を持つ人、希海が開ける人になってしまったのです。 開き直って、その役割を果たそうと腹を決めている希海に対して、表面的に は強そうな愛が、どうしても標本を持つことすら出来なかったのです。 「じゃあサー、かた先が愛の代わりに標本を持つ人になってあげるから、 愛は一週間、かた先の家来になるか?」という私の意地悪な交換条件を「持 つぐらいならかた先の家来になった方がマシ 」と受け入れてしまうくらい の愛のこわがり方だったのです。 この時希海は「そんなに怖いものなのかなあ」と愛の様子を見ながら言っ ていたのです(結局家来になった愛は、正体を知ったと たんぷりぷり怒っ て、とってもこわい家来 で私はあまり用事を言いつけることが出来 ませ んでした。) 《雪のこと》 今年のキャンプで谷川岳の一の倉沢へ行った時のことです。 五・六年生の希望者だけが雪渓まで登ることになっていました。希望者だ けにしたのは理由があってのことなのですが、愛は登らない方を選びました 愛「きっと希海も行かないと思うよ」 自分が行かないから希海もという愛の思惑ははずれて、希海は登ってみる 方を選んだのです。 大変な思いをして登った分、雪渓の感動は大きく、みんな戻って来て一の 倉沢でカップラーメンの準備をしながらも興奮は静まりません。そんな所へ 登らずに待っていた愛が近づいて来て言います。 愛「希海、何それ。チョー汚れているじゃん。靴もドロドロじゃん」 希海「だって仕方ないでしょ。何回も転んだんだもん」 愛「へんなのー。よかったァ、愛は行かなくて」 希海は少し嫌な顔をしたのですが、雪渓の感動が強かったため、まだ一緒 に行った仲間達と雪渓でのことを楽しげに話し続けます。 その話に入れない愛がまた言います。 「いいもん。雪ぐらい冬になってスキー場へ行った時に見えるもん」 すると、それに対して希海はきっぱり大きい声で私に向かって言うのです。 「かたせーん。スキー場の雪と、ここの雪とでは違うよねー(値打ちが)」 私は驚いて、思わずこの時も、OBの大学生と顔を見合わせてしまったの です。 だって、こんなにきっぱり愛に自分の意志表明をする希海を見たのは初め てだったからです。私は内心、火花を散らす二人のことをヒヤヒヤしながら も楽しんでもいました。 希海は雪渓の上で何度も何度も感動を確かめ合っ た私に同意を求めるように、愛に対してでなく私に対して話しかけてきなが ら、愛の内心を見抜いていたのだと思うのです。自分に向けられる愛の言葉 が負けおしみの強がりであるということと、頑張ることを避けた愛の後悔の ようなものも感じていたのだと思うのです。 愛も日記に書いています。 『キャンプで、川の水がとても冷たい所に行った。希海が雪の所へ行ったか らって、いちいち人の前で上に行った時の話をしてじまんしていたのでむ かついた。来年は行こうと思う』 希海は少しずつ、色々な場面で、強そうに見える愛のそうじゃない面を知 って来たのだと思うのです。そして、色々な面を持っている愛を以前よりも もっと近く感じるようになったのだと思うのです。 四年生までは、お互いを呼ぶのに「愛ちゃん」、「希海」だったのに、い つの間にか希海も「愛」と呼ぶようになっていった事をみてもわかります。 今でもこの二人は、大声でけんかもしますが仲良しです。遠慮せずにあり のままの自分を出してぶつかり合って、少しずつ相手の事がわかって来る。 そうやって築きあげてきた人間関係を持っている子どもたちっていいな、と 思うのです。 小さい時から一緒に生活をして来たことの積み重ねは大きいし、改めて、 高学年にとっての学童保育を考えさせられました。