大宮実践報告集第12集 より 『逆上がりもしたい』 日進学童保育 熊井 清子 ちはる「先生、凍り鬼しよう。」 「しよう、しよう。でも、宿題は?」 ちはる「あるけど……漢字ドリルだからだい じょうぶ、家でやるから。」 こんな風にはっきりと、大きな声で言えるようになったちはるちゃん。六ヶ 月前に入所してきた時の様子からは思いも及ばなかった嬉しい変化でした。 ちはるちゃんは二年生です。お母さんが一日仕事をしたいということで、七月 七日に再入所してきました。一年生の夏は、お母さんの仕事の関係で午前中の みの保育で、期間も六日と短いものでした。 ◆ 待 ち 続 け る ち は る ち ゃ ん 「お帰り 」 ちはる「……」表情も硬く、殆ど聞きとれない位の声ですが、顔はこちらに向 けてくれるので、もう一度、顔を見ながら「お帰り」と声をかけます。 ちはるちゃんは学校から帰るとすぐに宿題をテーブルに広げ、指導員の方を そっと伺うように見つめ、来てくれるのを待ちます。一年生の夏休みも一桁の たし算に時間をかけて教えたのですが、二年生になった今もそこが越えられな いでいました。又、物を教える時のゆび指しと数える言葉が一致していないこ とに気付き、どこからどう教えたら良いのか悩みました。 夏休みに入ってからも、他の子の勉強をみている間、指導員が来てくれるの をじっと静かに待ち続けるちはるちゃんです。 一問一問、側についてちはるちゃんの指を一緒に数えることがスキンシップ になっていたと後で思えるのですが、その時は理解することは難しいと思える 二年生のドリルを、疑問を感じながらもやらせていました。 そして、七月末、運営委員会で『ちはるちゃんへの対応はこれで良いのか、 他に手だては?』という思いで、ちはるちゃんの様子を役員の方々に伝えまし た。 その時の話し合いでは、目に見える学習面での課題を主に話した為「担 任の先生に相談したら」という意見にとどまり、見通しが持てない状態のまま にいました。 ◆『 笑 顔 が か わ い く な っ た ね』 八月、夏休みで担任の先生と話し合えないまま、相変らず学習での悩みはあ りましたがちはるちゃんに誘いかけ様々な遊びに指導員と一緒に参加していく ようにしました。 高鬼では、鬼になったちはるちゃんが友達を追いかけ てはいるのですが、つかまえようとしないのです。そこで、鬼のままでいるち はるちゃんに『ホラ、つかまえて』という様に誘うのですが、それが又嬉しい のかニコニコと指導員の動作を真似ているだけなのです ゴム段も初めてだっ たようで、床すれすれの高さのゴムをジャンプして踏むという動作がなかなか 出来なかったのです。 丸太やタイヤの上に乗ることも、とても怖がりました。 徐々に、指導員と一緒に参加していった遊びの中で、ちはるちゃんが一番気 に入ったのが凍り鬼です。この頃から表情も明るくなってきていて 笑顔が可 愛くなったね と指導員同士会話したのもこの頃だったと思います そして今 はちはるちゃんには体を使って遊ぶ事がとても大切と考え、見通しが持てない という不安も少しずつ薄れていったのです。 ◆ 学 校 で の ち は る ち ゃ ん 二学期になり、担任の先生とお話する機会がありました。先生からは学校で の様子、特に学習面でのことが多く話されました。ここでは細かく書きません が、社会に出て困らない程度の知識はつけさせてあげたい。今までは帰宅途中 のことが心配で残せなかったが、学童保育に入ったことで、これからは残して みてやりたいと話して下さいました。 そして翌日から、ちはるちゃんだけの宿題を出して下さいました。 ◆ 遊 び の 中 で 九月二十五日(土) 午後から近くの公園へ出かけました。水平にグルグル回 るブランコに、里沙子ちゃん・麻里ちゃん・悠介君・伸一君と乗り指導員が廻 してあげると声を立てて笑いました。 一人こぎのブランコの定員は四名、指導員の側で立ってみていたちはるちゃ んは、つつっとこいでいる子の側に行って、「乗せて」と小さな声でしたが自 分の意志を伝えることが出来たのです。 保育室に戻って来てからも、凍り鬼ではニコニコと楽しそう、しばらくして 「つかれたー」と言ってきました。疲れる程夢中で遊んだちはるちゃんの一日 でした。 校庭で砂遊びをした時のことです。恵子ちゃん・南実ちゃん・悠介君の作っ たおだんごを、ちはるちゃんと指導員がお客になっていただくことになりまし た。指導員がおいしそうに食べる真似をすると、ちはるちゃんも同じように食 べる真似をします。 「あっ、本当に食べた− 」とふざけて言うと、 ちはる「食べてないよ−、食べてないよ−」と、笑いながら反論します。それ も今までにない大きな声で。 この時、ふざけ合えるちはるちゃんをみて気持ちがほっとしたのでした。 十月六日(水) ちはるちゃん・悠介君・指導員の三人での凍り鬼です。鬼 になった指導員が凍っているちはるちゃんに「助けを呼ばないと助けてもらえ ないよ」と声をかけると、「伊藤く−ん、タスケテー 」と大きな声で叫んだ のです。 ◆ ま わ り の 子 ど も 達 は ちはるちゃんへのまわりの子ども達の関わりをみますと、いじわるするとい うことも殆どなく、又ちはるちゃんと同じクラスの佑太郎君の接し方は特別優 しいのです。無口で人をけなしたりしないちはるちゃんに安心して声がかけら れるのかも知れません。 結香子ちゃんのお別れ会でビンゴをすることになりました。二十名程参加し ている中にちはるちゃんもいます。指導員は入らず距離をおいて見ていました 。ル−ルを知らないちはるちゃんに三年生の淳君がさりげなく世話を焼いてい るのです。 ◆ 「 家 で や る 、 本 読 み だ か ら 」 この頃になると手作りおやつの時は、自分からやりたいと言ってくるように なりました。 焼きそばを炒める時の箸の使い方等まだまだですが、美幸ちゃんや有梨ちゃ んと三人で順番にかきまぜたり、ソ−スをかけたりと友達と一緒にやれるよう になりました。 十月十二日 学校から帰ってきたちはるちゃんに 「宿題は?」 ちはる「家でやる、本読みだから」と、他にやりたいことがある時は、そのこ とを言えるようになったのです。入所当初、テ−ブルに宿題を広げて、じっと 指導員を待っていたのに… ◆ 得 意 の 本 読 み で 自 信 が ちはるちゃんは、国語の本読みは好きな方でしたが声が小さいので、読み方 を「上手ね」と誉めると、前より少し声が大きくなります。 そこで今度は「いい声ね」と誉めると、もっと大きな声で読み、他の指導員や 友達からも認められて自信をつけていきました。そして同じ二年生の恵子ちゃ んの前でも堂々と本読みができるようになりました。 ある日のこと、 「お帰り 」 ちはる「篠田君(佑太郎君のこと)、絵を描いているから遅くなる」 と伝えてくれました。暫くして帰ってきた佑太郎君にそのことを話すと、 「うん、ぼくが頼んだんだよ。」と、まるでお兄さんのような口振りでした。 「ただいま 」の声が小さかったりする時は、「お帰り 」と大きな声で応え てあげるのです。するとにっこりしながら、もう一度「ただいま 」と大きな 声が返ってきます。本読みでの自信が、友達の伝言をきちんと伝えられたり、 大きな声で挨拶するということにつながっているように思いました。 ◆「 の れ た 、 の れ た 」 すでに暗くなり始めた校庭、子ども達に声をかけ、戻ろうとした時、ちはる ちゃんが一輪車に乗ろうとしているのです。土に埋まっているタイヤの上に乗 るのも怖がったちはるちゃんです。慌てて、手を貸そうとすると、ちはる「い いよ、いいよ」 「じゃあ、手摺の所でやって見る?」 手摺につかまりながらサドルの上に座れた時 ちはる「のれた、のれた 」 ピョンピョンとはね、体中で喜びを表していました。 ◆ 「 さ か 上 が り も 一 輪 車 も や る」 「今日、学校で前まわりが出来たんだよ」と報告してくれたので、おやつの後 、校庭で遊んでいる時に「やって見せて」と頼むと、鉄棒まで走って行きちは る「こういう持ち方と、こういう持ち方 があって、どっちでもいいん だよ」と説明しながら、前まわりを見せてくれました。下りる時も「音がしな いように下りるんだよ。」と学校の先生の注意を良く聞いているのが分かりま した。 「すごいね、出来る様になったんだ」と誉めると、又、鉄棒に飛びつく のでした。側にいた美幸ちゃんが鉄棒に両足をからませて得意そうに「先生、 サルのブランコ 」と声をかけてくると、 ちはる「さか上がりも、一輪車もやる。」 ┌─────────────────────────────────┐ │十一月十七日 クラブだよりより │ │ わたしをみて ぼくをみて │ │ おやつの前に、タイヤとびをして遊んで戻る途中 │ │ 指導員「小春ちゃん、逆上がりが出来るようになったのよ。 │ │ ちはるちゃんも前まわりが出来るようになったしね……」│ │ とちはるちゃんを誘うように声をかけると、側にいた子ども達も│ │ 私は〇〇が出来るよ、見て と走っていって各々、自分の好きな高さ│ │の鉄棒に飛びつき、「先生 みて−、先生、みて− 」と、みて、みてコ│ │−ル。 指導員「順番に見せてもらうね」と言って、一番低い所で│ │やっているちはるちゃんから見ていこうとすると、里沙子ちゃん・小春ち│ │ゃん・南実ちゃんからまた みて− │ │ 指導員「じゃあ、順番を決めようか、ジャンケンで│ │」すると側で見ていた男の子(クラブの子ではない)三・四人が「ぼくも│ │みてくれる?」と。 小春ちゃんの得意技は、出来るようになったば│ │かりのさか上がり、里沙子ちゃんは、布団干しと犬の砂掘り、南実ちゃん│ │は、空中後ろ回り、ちはるちゃんは、サルのブランコ(これは以前、美幸│ │ちゃんがやっているのを見て、自分もやりたいと言っていたのです。)で│ │した。 ぼく達は、コアラまわりを目がまわる│ │程やって見せてくれました。 いつでも 私をみて、ぼくをみて│ │ の気持ちに応えてあげたいと思っているのですが…。 │ │ 以下省略 │ └─────────────────────────────────┘ ◆ 自 信 が 意 欲 に 最近のちはるちゃんは、学校から帰るとひとしきり、学校での事を報告して くれます。明日は学校で野菜祭りがあるので、話したいことがいっぱいあるよ うです。そこへ他の子が帰ってきて指導員と話し始めると、ちはるちゃんはほ っぺをふくらませます。『まだ私の話は終ってないよ』とでも言っているよう で、指導員同士顔を見合わせて笑ってしまいました。こんなにおしゃべりのち はるちゃんがおかしかったし、自己主張出来るようになった事がとても嬉しか ったのです。ある日、校庭でお母さんにお会いした時に家ではどうかなと言う 思いで「ちはるちゃんは、おしゃべりさんだったのですね。」と尋ねると、 「いえ、家ではしゃべらないんですよ。」という返事でした。「今日、三の段 合格したよ 」と嬉しそうに報告し、天井を見つめながら、かけ算の九九を暗 唱して見せるちはるちゃんの姿に、今はこの自信が大切と思いました。 そして、里沙ちゃんに誘われて、学校ごっこで遊んでいることも多くなりま した。 ◆ 仲 間 の 中 で 育 つ 三学期、学校ではなわとび大会が催されます。そのせいか学童保育でもなわ とびが流行ります。学校から帰ると子ども達は各々新しい技に挑戦したり、回 数を競い合ったりして上達していきます。時にはそれが自然となわとび教室と なり、上級生の理恵ちゃんが先生で二重とびを教える風景が見られました。 ちはるちゃんは前とびも殆ど出来なかったのですが、二・三日の練習で十一 回もとべるようになり「明日も練習する 」と、やる気充分です。 ┌─────────────────────────────────┐ │二月二十二日 クラブだよりより │ │ 二月十七日学校での縄跳び大会が終ってしまうと、何となく学童でも下│ │火になりがちになっていきます。大縄の好きだった理恵・里沙子・恵子・│ │恵梨香・有梨ちゃんは、今、宝探しに熱中していますけれど後一歩の所で│ │八の字に入れそうな子もいましたので、続けたい気持ちもあって、亜耶・│ │ちはるちゃんを誘って始めると、ブル−スワットごっこで遊んでいた悠介│ │・程治・優君と恵子ちゃんも入ってきました。 │ │ なかなか八の字に跳び込めないちはるちゃんを、みんなで「ソ−レ、ソ│ │−レ」となん回も声をかけて、跳び込むのを待ちます。そして、指導員が│ │背中をちょっと押してあげ、足をすくうようにまわしてあげると、何とか│ │跳べたのです。 │ │ −− 中略 −− │ │ 最初のうちは、間をあけて跳んでいた八の字も、「間をあけないで−、│ │ハ−イもっと真ん中へ−」等、声をかけているうちに、程ちゃん・悠ちゃ│ │ん・亜耶ちゃんも、間をあけずに跳べるようになりました。連続十三回、│ │今日の嬉しい記録です。 │ └─────────────────────────────────┘ 私は、子ども達が学童保育の生活や遊びを通し、関わり合い育ち合っている ことを実感し、又そのことを、折々父母にも伝えてきました。けれども日々、 目の前の子どもの表わす言動や行動に翻弄され、気持ちに余裕がなくなると、 そういうことも見失いがちになります。 今回、ちはるちゃんの事を書こうと思ったのも、入所当初、ちはるちゃんの 目に見える学力に、自分の力ではどうすることも出来ないと感じて悩みました が、ちはるちゃんが、学童保育の仲間と生活し遊ぶ中で、学力ではない様々な 力をつけていくように見え、改めて、遊び、関わり合うことの大切さを感じた からです。 学童保育の仲間と共有した時間と空間、そこでの刺激がちはるちゃんにとっ て良かったと思えるのです。