実践報告集 12集 大谷学童保育 戸島 義子 は じ め に 今年度、私の学童保育では、七名の六年生が卒所しました。 ここ四〜五年前あたりから、「六年生までいて卒所する」子が多くなって きました。 指導員にとっては、長い時間をかけて関われる、という事は何 よりも有難いものです。 高学年になって見せる姿や、自分の気持ちをどんどんぶつけてくる様に、 戸惑ったり、悩んだりしながら、一緒に生活して来たように思います。そし て時折見せる言動に、 成長したなあ と、実感してきたようにも思うので す。卒所していったこの子たちとの関わりを振り返りながら、六年生まで学 童保育で生活したことの意味をもう一度考えてみたい、と思います。 思 い 出 の 作 文 今年度の卒所式も、子ども達と父母の手作りで行われました。 六年間の学童保育の生活の折々の、また、行事の度毎の子ども達の姿がス ライドに映し出され、親の 我が子へ の呼びかけが朗読される中、卒所証 書が手渡されました。 卒所する子とその親たちの思いがこもった作文が読みあげられる頃には、 涙があふれていました。 その中の一人、正子の作文には、こんなふうに書 かれていました。 ┌─────────────────────────────────┐ │ ーーー(前略)ーーー │ │ そして時々親より先生の方がたよりになるなあ、と思うことも、しばし│ │ば…… それは五年生の時でした。クラスの友だちが万引きをしている、│ │という話を友達から聞きました。当時学級委員だった私は、先生(担任)│ │に言った方がいいのかなあと、とまどっていました。 そういうことは言│ │うべきなのですが、前にひどくいじめられた私には、また仲間はずれにさ│ │れてしまうのでは、というきょうふ感から、先生に言いだすことができま│ │せんでした。ある日おずおずと、戸島先生にそのことを言うと、いろいろ│ │と相談にのってくれ、先生に言うべきだといってくれました。しかし、な│ │かなか「そうする」といわなかったからだと思います。戸島先生は、「真│ │由美たちがいるじゃない。」といってくれたのです。「正子は正しい事を│ │しているんだから」と、私に勇気をくれました。そして数日後、私は言う│ │ことができました。その時の戸島先生の「よかったね。」という言葉は、│ │今でも忘れません。ーーー(後略)ーーー │ └─────────────────────────────────┘ 正子の作文に書いてある事は、私にも忘れられない出来事でした。 正子「先生に言ったら、友だちを裏切るような気がするんだよな。」 「そんな事ないと思うけど……裏切るんじゃないよ、マーちゃん。だっ て、その子たちは、遊び感覚で競い合ってるみたいじゃないの? 本当に大事なのはその子たちが、自分のやってることを イケナイ って気づくことなんじゃないの?」 正子「うん。だんだん広がって、何回もやってるみたいで、自慢してるんだ って」 「ズルズル遊び感覚で何度も繰り返していると、立ち直るのがむずかし くなるよ。早い方がいいよ。ちゃんと怒られた方が、その子たちのた めだ、と思うよ。」 正子「うん。だけど、私が話したってことがわかったら、あとの仕返しがこ わいんだよ〜」 「マーちゃん、先生の事、信頼してるんでしょ?」 正子「うん。」 「だったら、大丈夫だと思うよ。ちゃんとやってくれると思うよ。もし 万一みんながあんたをハジくようなことがあったとしても、仲のいい 子いるでしょ?あんたには、真由美や奈歩やモコがいるじゃん。マー ちゃんをわかってくれる仲間がいるじゃん。」 正子「うん、真由たちがいてくれるのはわかってる。でも、イシメられた経 験のあるオレ様としては、そこら辺がー、まだー…」 「うん、そうだよね。でも、マーちゃん勇気だして 正子は正しい事してるんだから。」 正子「うん、わかった。やってみる 」 長い事話合って、ようやく決心してくれたようでした。 夜、お母さんからも励ましてもらおう、と思って、電話してみると、 母「今、丁度、その事を話していたとこなんですよ。いつもグズグズ言うあ の子が、やけにキッパリ 先生に話す って言うんで、おかしいと思 ってたんですよ。戸島さんともう話をしていたんですね。」 と、言われたのです。 お母さんも 私の考えも同じだ と、正子に言い 励まして下さったようでした。思いきって先生に話をして、先生もすぐに対 処して下さった、と、ホッとした顔で帰って来た正子を見た時には、私の方 が涙ぐんでしまったのでした。 正子の心配したような事はなく、解決の方 へ向かった、と後で聞いて、本当によかったと胸をなでおろしました。 ヤ ル 気 が で て き た 高学年になっても足が遠のかず、課外や代表委員会や金管バンドなど、学 校での忙しさの合い間を縫ってよく顔をだす正子たちでした。むしろ高学年 になってからの方が、学童保育が好きになり、目いっぱい楽しんでいるよう でした。 ┌─────────────────────────────────┐ │ 今日もけり野球をやった。 │ │タムチームと、やきソバ(戸島のこと)チームは、三対三の同点だった。│ │とってもとっても楽しかった。やっぱり外で遊ぶのはさいこうだぜっ │ │これからもいっぱいい〜っぱい外で遊んでいきたいと思う私です。ほとん│ │ど高学年だったぜっ。やっぱり仲いいっていいよな〜。 │ │学童入ってよかった って、最近つくづく思うのですよ。 │ │これからもヨロシクたのむぜ、ヤキソバさん │ │(五年生 二/十八) │ └─────────────────────────────────┘ と、日記にも書いています。 外遊びの好きな正子と真由美は、男の子達に混って、ドッチボール、ケリ 野球、バスケットなど、どんな遊びにも入っていました。あんまり外で遊び たがらない奈歩や朋子もよく誘っては、一緒に遊ぼうとしていました。 ドッチボール というと、「キャーキャー」言って、逃げ回るばかりだ った奈歩が、正子達とキャッチボールなどをやりだし、ボールを受け止める ことができるようになってきたのです。それを見ていた朋子も、躊躇してい る様子でしたが、心は動いている様に見えました。 「モコもやろうよ。」 朋子「運動は得意じゃないんだよな。学校以外じゃ、 あんましやった事ないし…」 「だいじょうぶ。やんなきゃしょうずにならないんだから。」 さかんに言い訳する朋子でしたが、だんだんやるようになってきて、正子 達も喜んで、キャッチボールの練習に誘ったりしていました。その朋子がこ んな日記を書いたのです。 ┌────────────────────────────────┐ │ 今日は、マーちゃんとキャッチボールをしたんだよ。 │ │それが〜手がいたくってたいへんだったんだよ。マーちゃんのボールは│ │強くって、とるのがたいへんだ。なんかこのごろ、ボール遊びが多くっ│ │てボールに慣れてしまった。だから、ドッチボールもやる勇気が出てき│ │ました。ガンバル (六年生 四/十七) │ └────────────────────────────────┘ ドッチボールというと、外野ばっかりだった朋子が、こんなに積極的にな るとは、驚きましたが、嬉しくなりました。 奈歩にしても朋子にしても、六年生になってから、こんなヤル気をだすと は、思っていませんでした。正子や真由美の存在が大きかった、と思いまし た。子どものヤル気を引き出したのも、友達関係があればこそなんだ、と改 めて思ったのです。 ち ゃ ん と 言 い 合 え ば 行動を共にする事の多い正子と真由美が、その日は、いつもと様子が違っ ていました。 真由美と奈歩がドッチボールに入り、正子はブランコに乗っ て見ているだけ、でした。 「マーちゃん、どうしたの?珍しいね。やらないの?」 正子「だって、ムカつく奴がいるんだもん」と、プンプンしています。 それ以上は聞かずに、その日は過ごしましたが、その日の日記に、正子が ムカつく奴 の悪口を書いてきたので、残って話をしました。 「いったい何があったの?」 正子「だって〜、オレ様と奈歩でキャッチボールしてたら、いきなり真由が 入って来て、ボールとっちゃうんだもん。」 「ふ〜ん。そんなことで、文句も言えずに、一人でムカついてる訳?」 正子「だって、アイツ頭にくるんだもん。我がままでサー。今までだってい ろいろあって、もうがまんできないよ 」 「マーちゃんさ〜、この前、森林公園行った時も、真由美ときまづくな ったじゃないよ。あん時もヤキモキしたんだよ」 正子「うん。あん時も頭にきた。」 「仲いいくせに、イザとなると、言い合えないんだよね。ケンカすれば いいじゃん。」 正子「だって、ムカつくと、言えなくなっちゃうんだもん。」 「しょうがないね。文句をちゃんと言わなきゃダメだよ。センベイに、 ゴチャゴチャ言ってきたって、何にもなんないよ。もっと言い合わな きゃ、ネ。」 正子「そうだけど〜」 「そんなんじゃ、本当の友だちにはなれないぞ。」 正子「うん、わかったよ。」 次の日は、すっきりした顔で帰って来て、真由美たちと楽しそうに遊んで いた後で、日記にこう書いてきました。 ┌────────────────────────────────┐ │ ーーー(前略)ーーー │ │P.Sせんべいへ 昨日は、しんぱいかけたね! │ │今日、ぶじにまゆみと仲直りしました。 │ │これからは、いいたいこ、ばん言うぜ。(六年生 四/十三) │ └────────────────────────────────┘ それからも、なかなか、 ばんばん言い合う という訳にはいかなかった のですが、だんだん本音を出して話せるようになってきたのだと思います。 逆に真由美の方で正子の事を怒って、「アイツ、ムカツク」と言ってくる 時もあり、何回もこうしたケンカを繰り返していました。 ある日、四年生の女子と私が話し合っていました。お互いへのこだわりが あるのに、本音でぶつかれなくてギクシャクすることがあったので、話をし ていたのです。その話を聞いていて、 正子「オレたちは、ケンカもするけど、いつまでも続かないんだよな。」 真由「そうなんだよな〜。いつの間にか仲直りしちゃうんだぜ。」 「そうだっけ?」 二人「本当だよ、なっ。本当たってば 」 と、口を揃えて言うので、おかしくなりましたが、四年生たちは、バツの悪 そうな顔を見合わせていました。正子たちなりに、 ケンカして言いたいこ と言えば って言ってくれたんだ、と思いました。 キ ャ ン プ は 行 け な い 夏のキャンプを最大の楽しみにもしている六年生たちが、その取り組みに あまり集中しない日が続きました。相棒の病気退職の後、一人体制が続いた まま、夏休み、キャンプを迎える私は、六年生を頼っていました。 ところが目の前の六年生たちは、自分の生活に目がいっていて、なかなか キャンプに気持ちが向いてこないのです。 とうとう六年生会議を開いて、イライラをぶつけだしました。 「センベイ一人の力じゃ、キャンプは無理だよ。一年生が十五人もいて みんなで五十人だよ。」 と、話しだしたのに、男の子はふざけているし、女の子もまだ本気になって ないのを感じます。 「こんなんじゃ、今年のキャンプは、行けない 」 唐突に言いだした私に、みんなもハッとしたようです。 正子「だって、何度も声かけてんのに、みんな来ないんだもん。」 真由「男の子は、どうだっていいって態度なんだから…」 敏正「だって、来れなかったんだから…」 貴聡「しょうがないじゃん。」 「みんなバラバラ、言い訳ばっかし。」 皆「……」 「キャンプの準備を気にして、集まって来るって事もなかったし、形だ け しおり を作ればいいってもんじゃないよ 皆の気持ちが、キ ャンプにむいてないじゃない。そんなキャンプなら行ってもしょうが ないじゃん 」 と、怒る私に、遂に正子と真由美が泣きだしみんなも黙って下をむいてしま いました。 男の子は病院通いや何かを口実に、女の子達も、正子は好きな男の子のこ とで浮き立っていたし、自分の事に精一杯で、という状態でした。 ともか くこのままの状態ではとても無理 という私の思いも切羽詰まったものでし た。 なによりも 頼りにしている六年生たちが気持ちを一つにしていないこと が情けない と言って、泣き出してしまった私に、みんなも、本当に困って しまったのでしょう。それから時間はかかったけれども、いろいろ言い合っ て みんなで頑張る という事になり、急ピッチで動きだしたのです。 この子たちには、自分の弱さもさらけ出せたし、 言っていっても、受け 止めてくれる という思いがありました。 六年間の体験で、自分たちが頑 張らないとキャンプはできない、という事をお互い知り合っていたからこそ 、こんな話し合いもできたのだと、思うのです。 学 童 保 育 で 発 散 し て 行 く ん だ 卒所近くなった頃、こんな話がありました。 正子「学校じゃ女子はグループに分かれていて大変だよ。 強い子がいてサー。その子の前では言いなりになってて、自分たちの グループの中では悪口言ったりしてて…」 「言ってけないんだ。」 正子「そりゃ〜、やっぱりこわいみたい。」 「あんたたちは?」 正子「そんなに恐くないけど、どっちにも入ってない。」 正子「前に、私も真由もいじめられたことあったけど、今は平気。けっこう 言ってる。仲のいい友達いるし、真由や奈歩たちがいるから。」 「強くなったんだ。他の子たちにも何か言えないの?」 正子「 やめなよ って言ったら、ムシされた。でも、オレたちはいいよな 気を遣わなくてもいいもんネ。何でも言えちゃうし〜。だから、学童 っていいんだよな。」 「女の子って大変なんだな。」 こんな話をしていた二〜三日後で、四 人の女の子たちと、また話になりました。 「みんな疲れるだろうね。」 正子「オラッチも、学校で目いっぱい良い子してるから、学童で、う〜んと 発散して行くんだ 」 真由「エッ?良い子してる?」 「もう、バレてるんじゃないの?」 正子「そうなんだよな〜、この前先生に言われちゃったんだよ〜」 「うん、この間あった時も言ってたよ。 つくしんぼ で、学校外での あんたたちの姿が良く分かるって。」 正子「そうなんだよ。でもさ、代表委員会でしょ、課外でしょ、勉強だって 頑張ってるんだから〜」 「ハイ、わかってますよ。」 真由「オレだって、課外頑張ったんだかんね〜」 「そうだよネ。よくやったよね。塾だって行き通したしね。」 真由「塾はイヤだったけど、行け行けって、ウルサかったからな〜、 あの人が 」 朋子「私だって、習い事全部やり通したよ。 かけもちの時だってあったんだから」 「モコもハードだったよね。良くやれたよね。」 奈歩「私なんか金管と家事。私は家の主婦なんだかんね。」 「本当に奈歩も頑張ったよネ。お母さんにいつも 奈歩支えられてる っていってるよ。四年の時には、奈歩のことで悩んだけどな。」 朋子「あん時、ホント奈歩変だったよな。」 「でも、あん時、ああいう形で出せて良かったのかもネ。みんなどこか で、いろんな形で、アレコレ出して来たから今があるんだよね。」 (奈歩の事は、第十集の実践報告集に書いています。) 正子「私たち、学童で、ギャーギャー騒いだり、みんなとしゃべったりして 発散してきたもんね。」 「ホント、うるさかったもんね。 言葉は悪いし、こわいおネエたちだったしなー」 皆「ワァ〜、ガハハハ…」 みんな忙しい生活をして来た子たちばかりです。低学年の時から学童保育 が好きだったのではなく だんだん高学年になるにつれて学童が好きになっ てきた と、全員、思い出の作文に書いています。 学童保育で気を抜いて、仲間や指導員と心を開いてつき合える事が魅力なの だ、と思うのです。 終 り に 高学年になってからの子どもたちとのつき合いは、より自分を裸にして、 自分をさらけ出さざるをえないもののように思います。本音で迫ってくる子 どもたちを、がっしり受け止めるには、自分も全力をだしきらないと、受け 止めきれないからです。 六年生まで残って卒所して行く子どもたちは、こ んな所に 心地よさ を感じとっているような気がします。 本気で ぶつかってくれる大人 としての役割を、指導員の仕事を通して果たしてい けるのを嬉しく思います。