「日本政府は米国の捜査共助要請に応じるな」

行政処分差し止め訴訟、第1回口頭弁論(7月8日・東京地裁)
レポート・山口正紀

●国側が「捜査協力要請への対応は行政処分に当たらない」と主張
サイパンでの身柄拘束が続いている三浦和義さんが、国(法務大臣・外務大臣)を相手取り、「政府は米国の捜査共助要請に応じるな」と、捜査協力=行政処分の差し止めを求めた訴訟の第1回口頭弁論が7月8日、東京地裁(杉原則彦裁判長)で開かれた。
訴えの概略は、<1>日米刑事共助条約及び国際捜査共助法に基づく法務大臣・外務大臣の行為は、刑事法に基づき日本の裁判を実施するための行為ではないから、行政庁としての行為であり、刑事手続きの一環ではない<2>法務大臣または外務大臣が米国の捜査共助要請を受理し、または国際捜査共助法などに規定された措置をとることは、最高裁で確定した無罪判決に反して原告を刑事事件被疑者として取り扱うもので、原告の名誉権を毀損し、著しい不利益をもたらす<3>したがって、法務大臣または外務大臣の行為(捜査協力)には処分性がある――として、その処分の差し止めを求めたもの(5月30日提訴)。
午前10時から東京地裁(民事第38部)の522号法廷で開かれた口頭弁論には、原告代理人として弘中惇一郎弁護士ら3人、被告・国側からは9人が出廷。記者席は報道各社13人でほぼ埋まり、カメラによる代表撮影も行われた。
杉原裁判長は冒頭、<1>原告訴状に対し、被告答弁書は請求の却下を求めている<2>被告は、原告が求める捜査協力の差し止めには行政処分性がないと主張している――と説明。そのうえで、「裁判所としては、速やかな審理をしたいと考えている。原告・被告双方とも、処分性について主張していただきたい」と述べた。
次いで、裁判長は「原告請求の趣旨は、米国側から捜査共助が要請された場合、受理あるいは共助法に基づく措置をしてはならないということだが、米国から共助要請はあったのかどうか」と被告・国側に質問した。これに対し、被告・国側代理人は「個別の要請があったかどうかについては明らかにすることはできない」と、明言を避けた。
続いて裁判長は、被告答弁書に「処分性」に関する実質的な記載がない点に言及し、「まず被告から処分性について見解を示してほしい。それに原告が反論・主張し、再反論があれば、被告がもう一度主張する形で進めたい。この事件は長く審理するつもりはない。迅速な判断をしたい」と述べ、被告側に書面提出の予定を明らかにするよう求めた。
被告代理人は「夏期休暇もあるので8月末になる」と答えたが、裁判長が「もう少し早くできないか」と再検討を求めた結果、被告側は8月22日までに書面を提出することになった。これを受けて、原告側は9月12日までに反論、被告側の再反論は9月19日まで、第2回口頭弁論は9月30日(火)午前10時半・705号法廷、という日程が決まった。

●裁判を引き延ばし、争点の問題化を回避する国側戦略
この日の弁論で明らかになった国側の主張は、「米捜査当局の協力要請に応じることは、行政処分ではないから、そもそも訴訟の対象にはならない」と、裁判の入り口で門前払いを求めるもの。しかし、答弁書では「行政処分ではない」と主張する根拠を具体的に示しておらず、裁判所から「まず国側の見解をきちんと示せ」と要請される形になった。
この捜査協力の「処分性」については、原告側はすでに訴状で基本的な見解を明らかにし、詳細な主張を展開している(詳しい内容は、6月9日に開かれた「一事不再理と共謀罪を考える院内集会」の報告参照)。
したがって被告側は本来、第1回口頭弁論までに明確な見解を示すべき立場にある。それを次回弁論まで結果的に2か月近くも引き延ばしたのは、水面下で捜査協力をするための「時間稼ぎ」のためではないのか。裁判長が「速やかな審理」「迅速な判断」を強調し、「まず被告側から見解を」と求めたのは、そうした被告側の「裁判引き延ばし戦術」に対するやんわりとした牽制とも思われた。
また、米国側からの捜査共助要請の有無について、被告側は「明らかにできない」としたが、これも白々しい答弁だ。
本件提訴後の6月17日、「ロス郡検事局から特別捜査官に任命されている」というジミー佐古田氏らが来日し、新聞・テレビは《ロス疑惑の捜査協力、米当局が日本に要請》(18日『読売新聞』)などと報じた。読売記事は《米司法当局が日本の法務省に対し、日米刑事共助条約に基づく正式な捜査協力の要請をしたことがわかった。法務省は要請に応じる方針。今後、米司法当局から、日本国内にいる事件関係者の事情聴取などの申し入れがあれば、東京地検などが当たる》と書いている。
 捜査共助要請があったかどうか、すら明らかにしようとしない国(実態は法務・検察当局)の対応は、それ自体、三浦さんに対する不当な身柄拘束が「日米協力」のもとで続けられていることを疑わせるものではないか。
 また、捜査協力を「処分性がない」として、裁判の入り口で逃げようとする国の主張は、原告が訴状で指摘した問題が争点化し、社会的な非難を浴びるのを回避しようとするものとしか思えない。原告は訴状で、こう主張している。
  1. 共助条約に基づき当局が実施する「共助」は、対象者に犯罪の嫌疑があることを前提とし、この者を有罪とするための措置である。
  2. 原告は、殺人罪について最高裁の決定によって無罪が確定しているのであり、日本の行政府、立法府、司法府が、無罪を前提としない行為をすることは許されない。
  3. 共助の実施等をすることは、最高裁の決定によって確定した無罪に反し、原告に殺人罪ないし共謀罪の嫌疑があることを前提とする行為をすることにほかならず、三権分立の制度をとり、一事不再理をうたった憲法秩序に反する。
  4. いずれの事件も、米国捜査当局が捜査及び公判活動に積極的に協力、関与してきたものであり、米国当局として容認できないような捜査活動、立証活動がなされたものではない。最高裁の決定及びこれらが維持した下級審の判決は、米国当局によっても公正なものと評価されるべきものである。
事件は発生から27年近い歳月が流れており、わが国の公訴時効を適用すれば立件できない事件である。事件を過去のものとして平穏な生活を送っている日本人関係者について、今の段階になって新たに事件について証言を求めたり、資料の提供を求めたりすることが不相当、不適当であることは明白である。
 閉廷後、弘中弁護士は報道陣の質問に答え、「捜査共助の対象になれば、本人にとっては容疑者扱いされて大きな不利益になるのだから、捜査共助に関する法務大臣の行為は差し止め対象となる行政処分にあたる」と説明し、「早い段階の差し止めを求める」と話した。
第2回弁論は9月30日になったが、それを待たず、ロス・サイパンの審理で一日も早く不当な身柄拘束が解かれ、三浦さんが解放されるよう願う。