2-4) 沿岸小型捕鯨の誕生と衰退

 鮎川に小型捕鯨が登場したのは、1933年(昭和 8年)のことであるとされて
いる。これもまた、外部由来のもので、小型捕鯨は和歌山県太地から移り住ん
で来た者によって持ち込まれた。この年、試験操業を行った太地の船は主にミ
ンクを捕獲したと記録に残されているが、当時はミンク鯨肉は安かったため、
企業的には成功しなかった。漁期が終わったあと、この船は鮎川資本が買収し
た。
 この船は6.25トン(「クジラの文化人類学」による)あるいは 5トン(「鮎
川町史」による)の小型の捕鯨船で、ゴンドウ用前田式5連銃と26ミリ捕鯨砲
を装備しており、太地出身者2名と鮎川出身者2名とが乗り組んでいたという。
 第二次世界大戦中も、金華山沖での捕鯨は継続された。小型捕鯨は、大型捕
鯨船が特設軍艦として使うために軍に徴発されたことなどから注目され、国策
として推進された。1944年(昭和19年)には鮎川には3隻の小型捕鯨船があっ
たが、更に敗戦(1945年昭和20年)後は増加、1957年(昭和32年)には実に13
隻もの大船団となっていた。
 また、牡鹿半島東岸の寄磯にも、一時期小型捕鯨船が存在したという。これ
は1943年の大戦末期に食糧増産のためにはじめられたもので、2隻の捕鯨船が
あった時期もある模様。ただし捕鯨船を戦時徴用されたことから消滅した(敗
戦後の一時期、食糧難対策のために復活していたという)。

 敗戦後の1947年(昭和22年)には、鮎川には大洋漁業・日本水産・極洋捕鯨
の3社が事業所を構えていた。当時の就業人口約5800人のうち、実に7割ない
し8割が、上記3社に関係する人々であったと見込まれている。しかしながら、
1950年(昭和25年)、まず日本水産の事業所が女川に移転した。鮎川ではこの
移転に反対する請願を行ったが、移転を止めることはできなかった。
 日本水産の撤退に関して、「牡鹿町史」は次のように述べている。
 「当時日本の大手捕鯨資本の重心は、沿岸捕鯨から南氷洋の母船式捕鯨へと
移されていたのであり、捕鯨船も大型化し、漁港設備が整備され交通手段にも
恵まれた女川町が捕鯨会社にとっても有利な根拠地になっていた。大手の捕鯨
資本にとっては、単に金華山漁場が近いというだけのことで殊更不便な鮎川港
に止まるべき理由は何ものもなかった」。
 外部資本による捕鯨会社の撤退は、国鉄女川線が開通する前の1937年(昭和
12年)頃から、噂としては流れていた。最初に噂が流れてから10年余り、つい
に資本引き上げが現実のものとなったわけである。
 更にその後、1965年(昭和40年)には極洋捕鯨も鮎川を去り、1977年(昭和
52年)には大洋漁業も去ることになる。この2社の移転先は、いずれも、近隣
の漁業基地の中では交通の便もよく設備も整っていた塩竃であった。

 ほぼ時を同じくして、小型捕鯨船の整理統合など、捕鯨界の激震が始まった。
 1961年(昭和36年)、鮎川には7隻の捕鯨船がいたが、鮎川資本の船はうち
3隻だけになっていた。1985年、日本政府が商業捕鯨からの撤退を決定した年
まで生き残れた地場資本の小型捕鯨船は、わずか1隻だけであった。現在でも
鮎川を4隻の小型捕鯨船が利用しており、IWC 規制外のツチクジラなどを捕獲
している。しかし、1955年(昭和30年)に設立された地場資本の鳥羽捕鯨が保
有する第75幸栄丸以外は外部資本である。また、一般には唯一の地場資本とさ
れる鳥羽捕鯨だが、創立者の鳥羽養治郎氏は鮎川の出身者ではなく、気仙の出
身者である。
 寄磯での捕鯨は、敗戦後の1947年前後に再開されたのち、1957年に発表され
た小型捕鯨整理統合方針で終止符を打った。
 また、小型捕鯨船の整理統合を乗り切るために、鮎川浜が主導権を取って、
1957年(昭和32年)に、北洋捕鯨という会社が作られた。この会社は大型捕鯨
船を保有する権利を持っており、建造はしなかったものの実際に大型捕鯨船を
チャーターして北洋捕鯨に参加したことがある。しかしながらこの会社は、早
々に捕鯨の先行きに見切りをつけ、遠洋漁業に転進している。

<資料・鮎川港における鯨の水揚げ/沿岸捕鯨(大型)実績>
  年次  1955 1956 1957 1958 1959 1960 1962 1965 1970 1975 1978 1979 1980
  ----------------------------------------------------------------------
  頭数   278  432  344  714  810  404  785  661 2178 1233 1054  498  628
             (「捕鯨基地牡鹿町鮎川浜の歴史と現況」より作成)

鮎川町の捕鯨実績グラフ  グラフイメージ184K

 【写真】
  外房捕鯨の捕鯨船、第21純友丸(ayu01.gif)と第31純友丸(ayu02.gif)
第21純友丸 第21純友丸イメージ83K 第31純友丸 第31純友丸イメージ96K
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