被害者の声に耳を傾けて
小林美佳さんは仕事帰りに道を尋ねられ、教えてあげようとした時、男にワゴン車に引きずり込まれレイプされた。小林さんの人生は180度変わってしまった。昨日とはまったく違う今日があった。吐く、意識を失うなどのフラッシュバックに襲われるばかりではない。自分は汚れてしまった恥ずべき存在という自己否定感、疎外感、無力感、罪悪感に長い間苦しめられた。存在の根幹を踏みにじる性暴力は、「魂の殺人」だった。
小林さんは被害から7年後、犯罪被害者支援のシンポジウムに被害者の立場から発言した。名前も顔もオープンにしてのことだった。「なぜ仮名にしなくてはいけないのか分からなかった。私は小林美佳という名前しか持っていないのだから」。さらにその1年後、『性犯罪被害にあうということ』(朝日新聞出版)を写真入りで出版する。自分は悪くない、被害者だと思う一方で、恥ずかしい存在という感覚との間で翻弄されてきたが、自分は自分だ、というアイデンティティーを社会の目という見えざる力が崩すことはなかった。
実名公表、書籍出版の反響は大きかった。「私も同じです」「やっと分かってくれる人に出会いました」というメールが次々にきて、連絡を取ってきた人の数は3200人にものぼる。毎日届くメールに小林さんは必ず返信する。
「もし私が返信しなければ、その人は『私が汚れているから』『何か傷つけてしまったから』返事がもらえないんだって感じてしまう。そんな思いをさせてはいけない、これは本を出した私の責任」と、仕事のあと、考えたこと、感じたことを返していく。メールを読んで涙を流すこともあるし、息が上がることもある。「でもそこに被害にあい苦しんでいる人がいるのだから、私が動揺している場合ではない。それに私には何よりも人と出会うことによる救いがあるのです」と言う。人生も性格も事件のありようも異なる一人ひとりに向き合うには研ぎ澄まされた誠実さが求められる。
続きは本誌で...