平和じゃないのに平和だと思ってるからボケてる

素直に魂を揺り動かされ、笑いながらいつしか頬を涙が伝っていた。在日コリアン一家を撮ったドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』。 なぜ自分の家族を10年も撮り続けたのだろうか。監督の梁英姫(ヤン・ヨンヒ)さんに聞いてみた。
「自分では選べない、なのに切ることもできない、究極のしがらみが家族ですね。国籍や性別もですが、選べないのに背負ってしまうものと、人間がどうかかわっていくか興味があったんです。そして『なぜそんな生き方をするの?』といちばん聞いてみたい人が、父だったんです」
映画で世界中にファンができた、ヨンヒさんの父親。ステテコ姿でゴロンと転がる姿は「可愛い!」けれど、仕事は朝鮮総連の元幹部、筋金入りの活動家だ。大阪のコリアンタウンを拠点に、同胞への啓蒙活動に妻とともに人生の多くを捧げ、北朝鮮への帰国事業では、率先してわが子たちを共和国に送った。
「民族学校へ通ったけれど映画や芝居を見て育った私は、両親とは世代が違う。兄たちを北へ送った父に疑問や反発を感じていました。父は父で、教師をやめて離婚してコーヒー運びをしながら芝居だなんだってやってる娘は、腹立たしかったでしょうね」
芝居やラジオのパーソナリティー、ニューヨークでは映像の勉強もし、やりたいことをやってきたヨンヒさん。
「あなたはナニ人?と聞かれますが『メイド・イン・ジャパンのコリアンです』ってところかな。でも日本で外国人と呼ばれると、もう4世や5世の時代なのにと思います。日本も韓国、北朝鮮もですが、血統主義が強い。そんな中からはじき出されても落ち込んだりひねくれたりしないでいたい。不自由って人を育てますよ」
その「不自由さ」の根源に、目を向けざるをえなくなる。
「日本は、よく平和だから平和ボケしてると言われますが、私は『平和じゃないのに平和だと思ってるからボケてる』と思う。足りないものに気づいていないの。自分に選挙権があっても隣の金さんにはないとか、日本は戦争していないけど隣の国は終わっていないとか、よく目を開けば見えるでしょう?」
いま日朝関係は危ういけれど、大事な兄たちが住むピョンヤンはヨンヒさんの目にどう映るのだろうか。
「政治家の言うことはどこの国も似てますね。核を持つのも国を守るためって。武力で守れる平和なんてあるのかしら。兄たちのことはとくに冬は気になります。お鍋を食べながら必ず『お兄ちゃんたち、あったかいもの食べてるかな』なんてね」
軍事パレードばかり見せる日本の報道にも疑問を抱きつつ。
「どんな過酷な状況でも、人が機械みたいに生きられるわけがない。笑って泣いて、恋をしていますよ。日本人はよく海外旅行もしているのに、そんなことを想像できないのはなぜかなと思いますね」
ところで。2年前、ヨンヒさんは韓国籍に変えた。父に激怒されることを覚悟したが「おまえは変えてもええ。別枠や」と許してくれた。父はその直後、病に倒れたのだった。
「世界を飛び回れ、って。国籍を変えても、私はこれまでと何も変わらない。父の娘であり続けることも」
背負わなくてはならないものの重さ、いとしさを抱きしめる。