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胸もないけどチンコもない
塩安 九十九さん
聞き手大森順子
撮 影河 昭子
この世の中はグラデーションや。
 初めて塩安九十九さんに出会ったとき、自分の中のセクシュアリティーの概念が大きく揺さぶられるのを感じた。これまでトランスジェンダーの人と向き合ったとき、どうしても「元は女性」とか「女の格好をしているけど男じゃん」と性の二元性にとらわれてしまったり、この人は男だろうか女だろうかと考えて、落ち着かなくなる自分がいた。だけど、塩安さんには最初から男や女の概念を考えずに向き合えた。そしてそれは、非常に心地よい経験だった。それ以来ずっと、このことを考えてきたのだった。


 塩安さんのペンネームは「るぱん4性」。
 「トランスジェンダーのことを第3の性、と呼んだりするから、第3の次ということで4性。るぱんは、ルパン3世が好きだからです」と話す塩安さんは、確かに男でも女でも、そしてトランスでもない、何者でもない塩安さん自身にしか見えない。
 「10歳ぐらいから自分の性別に違和感を感じていました。ずっとすごくつらくて生きていけない、20歳までに死ななきゃいけない、と思い込んでいました。18歳までの数年間は、男になりたい、男になって女と結婚して、普通に生きていかなきゃという思い込みがあった。パスする(男に見られる)ことがすごく重要でした」。それでも、当たり前だが18歳になってしまい「もう生きていくしかない。この世の中に合わせるモチベーションがわかない以上、なりたい自分になって生きていくっきゃないや」と開き直る。
 そのころ、セクシュアルマイノリティーのコミュニティー「G‐FRONT 関西」に出会った。「ここでいろんな人に会って、だんだん社会の仕組みが見えてきた。いろいろなんだなって。身体違和の度合いだって人によって違うけど計測はできないし、こだわるところも胸だったりマンコだったり、それぞれ違う。身体違和は、刷り込まれたジェンダーによる心身症のようなものかなと思う」。週末はイベントに参加し、読書会でフェミニズムにも出会い、それまでの「こうあらねば」の思い込みがどんどん払拭されて自由になっていった。


 そうしてすっかり虹色な世界に突入した塩安さんだが、どうしてもまだ苦しいことがあった。それは胸の膨らみだ。「人はいろいろだとわかったのに、このままの身体で生きていけるはずなのに、それなのにどうしても胸が気持ち悪い。ブラジャーも修行のようだと感じていました。でも、なぜそんなに自分の胸がイヤなのかわからない、私は病気なのかと悩みました」。煮詰まって煮詰まって、もう取るしかないということになった。そして手術して胸を取る。 「取ってみたら、どっちでも良かった。でも、確かに生きやすくなりました。この社会で、私のセクシュアリティーとして生きていくには胸はないほうが良かった。生きていくために納得する身体が必要だったんです」
 30歳になったら、男性ホルモンを摂取しようかなと迷っている。筋肉がついている身体が欲しいから。「男としてパスしたいからではなく、自分が理想とする身体を手に入れたいから。でも、当然ヒゲも生えるし骨格も変わる。男に見られることを引き受けて、男になることを自覚するのか。これまでと違う体験をするという意味では、体験する社会的なものが楽しみではあります。どういう立ち位置になるのかな」
 男になりたいわけではない、女であることがイヤだというわけでもない、男と女という性の二元性にとらわれているこの社会のおかしさを感じるだけ。だから、自分のことを「女」と見る人がいても「男」と見る人がいても、別にかまわない。

続きは本紙で・・・

しおやす つくも
 26歳。1999年から性的少数者の活動を中心とする「G-FRONT関西」に所属し活動を開始。性別は堕天使(胸もちんこもありません)。性の揺らぎをテーマにしたサークル「ROS(ロス)」では『トランスがわかりません!!』(アットワークス)を共著。ドキュメンタリー『まんこ独り語り』(2007年関西クィア映画祭上映作品)を製作。

「ごめんください」とは、ふぇみん1面のインタビュー記事です
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