遺跡保存運動で、深まった日韓の友情

新宿の韓国料理店「ぱらんせ」で7月の暑い盛り「高松塚・キトラ古墳に刻まれた東アジアとの交流」という講演があった。話し手は考古学者の佐古和枝さん。
壁画の映像をふんだんに使って語られた7世紀の朝鮮半島と日本との時代背景―百済・高句麗・新羅の三国時代の興亡、それに呼応する倭の国家体制づくり(大化の改新、天武の即位による律令制の改革など)―。ユーモアを交えた分かりやすい語り口なので、はるかな時代への想像力をかき立てられた。
毎月、考古学の集まりに上京するという佐古さんに話を聞く。
佐古さんの名刺には考古学のほかに「むきばんだ応援団副団長・山陰遺跡ネットワーク会議代表」など遺跡や歴史景観保護の市民運動の名前が並ぶ。私にとって目の前の人が柔らかいトーンで、ぽつぽつと語るその内容は、今まで覗いても見なかった世界だった。運動も地域密着型で「この世界では、ちょっと毛色が変わっているかも」と自らおっしゃる。
「大学まではぼーっと生きてきたんです。考古学に出合って私の人生が始まりました」その出合いも偶然。
「大学受験のころ、人間てなんだろうということに興味があり、大学では日本史専攻のコースを選んだのですが、考古学はまったく関心がなかったですね。2年のとき、うちの大学には森浩一という全国的に有名な考古学者がいると聞き、そんなに有名な先生なら受講してみようかなと教室を覗きました」
続きは本紙で・・・