「いつか許せたら」と手紙を書いた

大藪さんがアメリカで「スタンド 性暴力サバイバーの素顔」というプロジェクトを立ち上げたのは2001年のこと。それはレイプ被害に遭ってから2年後のことだった。自分だけではなく、取材してきた人たちも立ち上がってくれたら、という気持ちをプロジェクト名に込めた。
1999年の8月、眠りについた大藪さんがふと目を覚ますと、ドアの前に誰かが立っていた。叫ぼうとしてもからだが凍り付いて思うようにならない。レイプされた後に犯人が出て行ってからも、殺しに戻ってくるのではないかと恐怖に支配された。
救急病院に救済に駆けつけてくれたクライシスセンターのカウンセラーに「シェルターに行く?」と聞かれたが、親友の部屋で休むことにした。ベッドの横にあった聖書を何げなく開いたら「立ち上がりなさい。これはあなたの仕事です」という言葉が飛び込んできた。自分に起きた被害には、何か意味があるのかもしれないと直感した。
大藪さんは物書きになりたくて、アメリカの大学でジャーナリズムを専攻。しかし書くことに挫折し、模索するうちに写真と出合う。大学卒業後はシカゴ郊外の新聞社で専属フォトグラファーとして働いていた。
レイプ被害に遭ってからはフラッシュバックや悪夢、うつに悩まされた。カウンセリングに通ううち「クローズラインプロジェクト」に誘われた。それは犯罪被害者がTシャツにそれぞれの思いを文章や絵で表現し、それらを洗濯物を干すようにディスプレーするプロジェクト。そこに大藪さんが見たのは「恥」と「怒り」だった。
「私はこうなりたくないな、と思った。怒ったままで生きたくないし、恥ずかしいことはしていない。もちろん性暴力や社会問題に対して怒りを持って対応していくのは必要だけど、怒ったままで生き続けるのはつらいことです」
そのころから、プロジェクトのアイデアを温め始めた。
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