うやむやにしたら命の灯は消えていた

「勇気があると言われて戸惑いました。自分ではそんなにすごいことしたと思ってなかったので…。十数年もかかると知っていれば確かに勇気が必要だったけれど」。7月12日、最高裁に上告した野崎さんは、今までを振り返り感慨深げ。
1994年3月8日、昭和シェル石油の「男女賃金・昇格差別」を違法として東京地裁に提訴、2003年1月23日、「職能資格制度に隠された女性差別は、労基法4条違反」と4536万円の差額賠償金の支払いを会社に命じた勝利判決は記憶に鮮明だ。会社側の抗告で舞台は高裁に移り、今年6月28日、判決は、「損害賠償は提訴から前の3年間しか認めず」2050万円となったが、格差は性の違いによると断じた実質勝訴。両者が控訴、舞台は最高裁に移った。提訴から14年、野崎さんは75歳に。
「裁判をやってよかったと思っています。自分の仕事が、こんなに低く評価されていたのだと知ったときの怒り、それをそのままうやむやにしていたら、私はこの年まで生きていなかった。私の家はみな短命なの」
野崎さんは、51年に昭和石油に入社、定年退職の92年までの40年間、懸命に仕事をし、事務、和文タイプ、英文タイプ、国際テレックスと多様な仕事で会社に貢献した。これら技術の習得は、常に新しいことに挑戦しようと思う野崎さんが、勤務外に自前で習得したものだ。国際テレックスの発信を会社に提案し、講習を受けたのも野崎さん。
会社の女性蔑視、女性の仕事や貢献度をまったく評価しない姿勢に、怒りが噴き出したのは、85年のシェル石油との合併時。「新本給通知書」には「G3」とあった。それは偶然見てしまった20代の経験浅い女性社員と同じランク。「30年遊んでいたと思うのですか?」新会社での個人面談のとき、怒りを抑えながら物申した。翌年1ランク進級したが定年まで据え置かれた。
「女性は何年働こうが、実績をあげようが、評価外なのだ。そういえば、自分より10年後に入った男性のランクがずっと上と知ったときは悔しかったなあ」。男女賃金差別の事例が走馬灯のように駆けめぐった。
「でもね。言葉に出すことは、自分でそれを、確認することでしょう? それが怖い。たぶん、自分で見て見ないふりをしていたのね」
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