どんな人間でも受け入れていく姿勢で

山梨市の中村果樹園を訪れたのは、3月上旬、温室ハウスのサクランボの授粉作業に忙しいときだった。ハウスのサクランボ狩りは5月の連休から、そして露地のサクランボ狩りは5月後半から楽しめ、訪れる人が後を絶たない。何しろ、この果樹園を訪れる人の顔ぶれは多彩。「えーあなたも行ったの?」と驚くこともしばしば。
中村さんはベトナムの児童養護施設「希望の村」の里親の一人。2005年1月のふぇみんのツアー訪問のとき、子どもたちに日本のもちつきを体験させる企画をしたが、もち米10キロ、きねを山梨から持参し、全面協力してくれた。「親切な労力をとことん惜しまない人だなー」と感激ひとしおだった。彼女の周囲は太陽に照らされたように温かい。
ミカン栽培の盛んな愛媛から夫(中村仁)の郷里のここ山梨で、果樹栽培をやっていこうと決心したのは、学生時代に二人とも三里塚闘争にかかわったのが縁という。三里塚で運動内部の矛盾を体験、「どんな人でも受け入れていこう」が、その後の生き方の原点になったという。
中村果樹園は、07年度、山梨県の大規模農業経営モデル育成事業・経営体の一つに選ばれた。大規模経営というと、アメリカの機械化・農薬空中散布や、日本の大規模な水耕栽培・野菜工場などを連想する。しかし中村さんの農業経営は、いつも人間の生きていく基本を考えながら今日まできている。その道程を聞きながら、その惜しみない努力とチャレンジ精神に脱帽した。
「20代でここに来たとき、夫と2人で荒れ放題だったやぶ畑を片っぱしから開墾したのよ。三里塚の有機農法の実践を参考にして、化学肥料を使わず農薬を減らすことにこだわってね。三里塚の産直運動『ワンパック』のように消費者に生産物を届け、お互いに顔の見えるところで、信頼関係を築いていった。そして買ってくれる人がいつも訪ねてきてくれるような憩いの場所にしたいと、いろいろな催しを企画した。消費者・生産者お互いが心のケアになるようなことを考えたので、たくさんの人が訪れてくれる。家庭の悩み、子どもの悩みを話す人も多いし、自然を見ながらリフレッシュし、元気になって帰っていってくれる」
果物の産直を始めて26年。果物の種類も増やしていった。最初はブドウが主だったが、サクランボ、スモモ、モモと増え、ブドウも巨峰からマスカットなど10種類以上になる。現在年間契約の宅配コースは、ふぇみん広告でおなじみだ。
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