食と衣と住まい、元の姿に戻していきたい

1995年1月、阪神淡路大震災が起こった。角張さんは持ち前の行動力で仲間たちと街頭募金をするなどして、トラックいっぱいの生理用ナプキンやビニールオムツを送り届けた。
オーストラリア製の布ナプキンの存在を知り「しまった!」という思いに駆られたのはその翌年のことだった。「市販の使い捨てのゴミになるものを送らなくても、何度でも洗って使える布にすればよかったんじゃないかって」。この思いは、その後の三宅島(2000年)の噴火や中越地震(04年)のとき、エコ・ナプキンやネル生地オムツを送り届けることにつながった。
オーストラリアの女性たちが作った布ナプキンは鮮烈な赤色だった。「ちょっと目立ちすぎてね。私は女たちが洗濯物の真ん中に堂々と干せるような色がいいかなと。もちろん安全な布や糸の提供先を探したり、使い心地にも配慮して」と、まわりの女性たちと試行錯誤を重ねた。その結果たどりついたのが、無漂白のネル生地に草木染(玉ネギの皮、ビワ葉、ヨモギ)を施した「エコ・ナプキン」だった。そして、98年から「商品」としてではなく「普及活動」と名付け、女から女たちへとこのナプキンを伝えることを開始した。
自分で裁って縫って染めて作れる人は、無漂白のネル生地だけを注文する。それで安心して「箪笥の奥にそのまましまい込んでしまいそう」と思う人は、キット(自分で縫って染めをする、自分で使用するものなのだから染めは省いてもいい)を注文する。それも苦手な人は完成品(大・中・小3枚組)1500円(実費)を注文する。通販も店頭販売もしていない。ネット上の注文も考えていない。現在の「便利でお手軽」スタイルとは正反対のクチコミ方式を貫いた。それでもゆっくり着実に、体験者たちの手で全国各地に普及メンバーは誕生していった。
「布ナプキンで、漏れないなんてありえない」と決め付けて使おうとしない人が多い。
「頭で考えないで」と角張さんは強調する。市販の生理用ナプキンは紙は1%ほどで、あとはレーヨンやポリプロピレンなど石油系の化学物質を主な素材に作られている。ダイオキシンの残留も心配だ。角張さんはこれを「プラスチック・ナプキン」と呼んでいる。このナプキンやタンポンからエコ・ナプキンの使用に替えた人たちから「月経血がだらだらと出ることがなくなった、かゆみやかぶれが治った、生臭いような匂いがなくなった」という声が届く。使って3、4年すると「排便や排尿するみたいに、トイレで月経血がどっと出るようになった」と話す人も多い。草木染の布を肌にあてることで、子宮内膜の状態が改善され、体が本来の健康を取り戻したのでは、と角張さんは考えている。「子どもの授乳用パッドやオムツ、尿失禁パッドにと、ほかにもいろいろな使い道がありますよ」
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