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イラク支援ボランティアを続ける
高遠 菜穂子さん
 
聞き手柏原登希子
撮 影常見藤代
魂に従う。腹の内をさらけ出す
 あなたは高遠さんのことをどういう人だと思うだろう? イラク活動家? はたまた日本のマザー・テレサ?
 「私は"パシリ"です。相手の気持ちに共感して、心で接して、話を聞いて、一緒に働いて、支援する。それって特別な技術なんていらない」
 10代のころ将来の夢を聞かれると困った。「世界の困っている人のために働きたい」ことははっきりしているが、職業としての名前がない。イメージは単身で見知らぬ国へ行って支援をしたり、ジャングルで絶滅の危機にある動物と向き合う女性。職業というより「人間一人の可能性を追求する」姿に惹かれた。


 バブル後期の大学時代、毎夜クラブで遊びに遊んで、ふと素に返り、自分が目指すイメージを思い返した。でもチャンスの見つけ方がわからない。
 1年間の会社員生活、退職、渡米を経て家業のカラオケ店をまかされたのは24歳の時。30歳で辞めると宣言したのは「手相の運命線が30歳で1回切れているから」と笑う。カラオケ店経営の傍ら、シャッター街やデパートの破産で寂れた地元の町づくりに取り組んだ。
 「こういうこと好きみたい。キラキラしている時を知っていると余計に、元通りになってもらいたくて」
 宣言どおり30歳からインド、タイ、カンボジアなどで、ボランティアを始めた。インドでは、親のない子たちを支援しているつもりが、逆に笑顔ややさしい気持ちをもらい、「人って支援してやってる」と思っているうちはだめだと思い知った。タイでは、言葉すら出ない末期のエイズ患者が求めていることを、心の言語で読み取る訓練をした。内戦があったカンボジアでは、生々しい戦闘のつめ跡や、戦争の負の遺産であるエイズ患者に日々接する中で、戦争と向き合うことを学んだ。
 そんな折、アメリカ同時多発テロが起きた。続いてアフガニスタンへの報復攻撃が始まった。日本で、地雷撤去のNGOのメンバーが誤爆で殺されたニュースを聞いた。カンボジアでの経験から戦場の想像が「リアル」になりすぎた。何かしたいのに怖くて何もできなかった。
 無力感にとらわれて悩む間、酪農のバイトで牛と語り合い、初心に帰るためにインドへ戻り、ダライ・ラマの説法を聞き、瞑想にも励んだ。そしてイラクへの攻撃が始まった。
 「どれだけ知らんぷりするんだ。コンピューター上のニュースを黙って見ていることのほうがよほど苦しい」と高遠さんはイラクに行くことにした。


 2003年5月1日、ブッシュ大統領が「大規模戦闘終結宣言」を出した日にイラクに初めて入り、医療品運搬や学校の再建、ストリートチルドレンの自立支援を行った。紛争地で、心の言語も用いて、イラク人の話を聞き、自分の気持ちもまっすぐに表現し、支援に巻き込んでいった。自由で幸せだった。
 しかし4回目のイラク入りとなった04年4月、ファルージャ近郊で抵抗勢力に拘束された。日本では「人質」に対して「自己責任」をかざしたバッシングの嵐が吹き荒れた。解放後、心身ともに追いつめられた。
 それでもイラクや全国からの励ましを背に、同年8月にはイラク支援を再開。「崩れ落ちる自分をせき止める」ためだった。でも「前のようにまっすぐに人を愛せなくなった」。





続きは本紙で・・・
たかとお なほこ
 1970年北海道生まれ。「イラクホープネットワーク」「9条世界会議」呼びかけ人。「ファルージャ再建プロジェクト」などを行う。著書に『戦争と平和 それでもイラク人を嫌いになれない』(講談社)ほか。共編訳に『ハロー、僕は生きてるよ。イラク最激戦地からログイン』(大月書店)。イラクの今をつづったブログがある。http://iraqhope.exblog.jp/

「ごめんください」とは、ふぇみん1面のインタビュー記事です
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