パーフェクトな人間なんていない

本田由紀さんは『「ニート」っていうな!』で日本のニート論に徹底的に反論したことで知られる教育社会学の研究者。本田さんは今、目を開けて若者の世界を見ようと呼びかける。
「フリーターという言葉は、もともと80年代末に組織にとらわれないで自由に働く若者というイメージで語られたんですね。そのためバブルの崩壊後、長期不況下で新卒の採用が減り、フリーターにしかなれない若者が増え、収入が高いわけでもなく抜け出そうとしても抜け出せない、そんな状況に社会が気づくのが遅れたのです」
90年代末ごろからやっとフリーターの現実が知られるようになると、次は「ニート」という言葉がはやり始めた。ニートとは働いていないし仕事もしていない若者のことといわれる。
「働く意欲のない若者が10年前より1・6倍に増加と産経新聞の1面にバーンと書かれた」
本田さんはデータひとつを見てこれは違う、と思った。10年前と比べ働く意思を持たない若者はまったく増えていなかったし、当時の社会はその存在に寛容だった。むしろ顕著なのは失業者やフリーターの増加だ。
本田さんは、これは若者を見るまなざしの方が変化している、若者を化けもの扱いしているのは社会の方だと思った。
これまでは、学生は在学中に就職活動をし、卒業と同時に就職し、学校教育の場から仕事の場にスムーズに飛び移れていた。しかし、バブル崩壊後、就職活動しても職がない。じゃあとフリーターになると、もう正社員になる道はない。学卒後の道が正社員と非正社員の2本に分かれた。最近新卒採用が増えてきたが、現在も若者の3分の1が非正社員だ。フリーターも苦しいが、正社員も仕事量は増え、バイトの管理までし、いつでも代わりがいると脅かされる。どちらも苦境にある。
若者の状況は薄いスライス状になっていて「あいつらより自分はマシ」意識が連帯を阻む。大企業の正社員は「オレは中小企業のやつらよりマシ」と思う。中小企業の正社員は、「フリーターよりマシ」と思い、フリーターはニートより、ニートはひきこもりより、ひきこもりは野宿者よりマシと思い込む。でもいつのまにかどんどんマシでない立場に追い込まれ、最後には自死する人もいる。
でも最近、やっと外からの定義ではなく、自分自身で自分のことを正確に言い表そうという動きが出てきた。プレカリアート、ワーキングプア、生活困窮フリーターなどがそれだ。
「つまり、これはアイデンティティーをめぐる闘争なのです」
若者は、現実面で排除され、さらに定義すら奪われてきた、それを取り戻そうとしている。「今が動き出すべき時です」
続きは本紙で・・・