照れくさいけど目指すのは「世界平和」

組合員に毎週届く「青虫くんの穴あきニュース」は、モノクロの素朴ないでたちだ。取扱品の写真掲載も5年前に始めたばかり。「売らんかな」とは距離を置く。ほとんどの品に、ひと言が添えられ、作り手と買い手の間に橋をかけたい、という確かな思いが伝わってくる。
「本来の『生協』に徹するなら、必要のない買い物は勧めたくないんですけれど」
愛媛県松山市の「ゆうき生協」(以下、ゆうき)を中心となって支える専務理事・秦左子さんは、そう言いながらも、胸を張る。作り手と交流を重ね、月に1度、職員と理事6人による3時間近い話し合いの末、選んだ取扱品たちばかりだからだ。
「ゆうき」は、組合員約3千人の地域に根差す小さな生協だ。「有機」という言葉のように、人との縁を重ねた秦さんに、「ゆうき」が手を広げて待っていた。
九州・福岡の久留米市で生まれ育った。「社会的に弱い立場の人たちと歩みたい」と学生時代は障がい者運動などに取り組んだ。結婚を機に愛媛県今治市へ。6年たった88年のある日、四国電力伊方原子力発電所の出力調整実験のニュースが飛び込む。2年前に起こったチェルノブイリ原発事故の原因となった実験だ。だが、周りは誰も声をあげない。胸がざわついた。
地域の保守的な雰囲気になじめず、悩んでいた。「私に何かあると教師の夫が学校で注意される。守るべき子どもがいることもあって行動を抑えていた」。偶然、新聞記事で実験の危険性を訴える講演会を知る。「ゆうき」の地区会主催だった。
それまで、環境問題を「軽く」とらえていた。博多駅前で野宿の末に凍死する人々の存在が心に引っかかっていた。一方で、問題があれば何にでも首を突っ込む自分を照れ隠しに「運動芸者」と呼んでいた。
3歳の子どものひと言がついに秦さんの立っている地面をひっくり返す。大分・日出生台演習場での米軍訓練反対デモに参加したときのことだ。
「『お母さん、今日は何に反対しに行くの?』と聞かれて。親として、こういう背中の見せ方でいいのかと」。世界がガラガラと崩れるような音がした。
「ゆうき」の一員になった。暮らしの中でせっけんを使い、農薬を使わない野菜を食べる。運動と暮らしが初めて結びついた。
続きは本紙で・・・