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元米陸軍大佐、元外交官の反戦活動家
アン・ライトさん
 
聞き手柏原登希子
撮 影宇井眞紀子
アメリカのため。それは今でも変わらない
 今年5月3日に都内で開かれた憲法集会に出席したアン・ライトさんは、アメリカが原爆を投下したことをまず謝罪した。 9条世界会議の分科会では、沖縄で相次ぐ女性へのレイプについて謝罪した。ライトさん一人が日本で謝罪して回るのは酷ではないか?と私が尋ねると、「以前軍の高官だったものとして当然のこと」と言った。


 ライトさんは、小さい頃ガールスカウトに参加していた。生まれ育ったアーカンソー州の外に旅行できるのが嬉しかった。
 大学を終える時期になり、進路に悩んだ。1960年代当時の女性の「職業」といえば、看護師か教師か主婦。どれもやりたくない。そこへ軍の勧誘員が来た。「一緒に世界を見よう」
 当時はベトナム反戦運動のさなかだったが迷いはなかった。
 「当時は、私も含め人殺しをしたいからではなく、技術を身につけたり、学業の資金が欲しいから軍に入った。今でもそう。それに私はアーカンソーから出たかった。世界を見たかった」
 とはいえ、軍隊は巨大な男性組織。当時の女性の割合は1%以下。確かに「暴力的な」機関ではあったが、ライトさんは政治や軍事の分析手法など様々なことを身につけ、訓練で自信を得て、「プロフェッショナリズム」を学んだ。軍事作戦後の人道支援に従事し、ベトナム難民帰還プロジェクトや、グレナダ、パナマ、ソマリアでの民間復興プロジェクトに携わった。大佐にも昇進した。


 その後、文民としての活動を極めたいと外交官になった。アメリカの代表として世界を回るのが楽しかった。ニカラグア、ウズベキスタン、キルギス、ミクロネシア。97年には、内戦の最中のシエラレオネで、2500人の市民や外国人を避難させた功績で国務省から表彰された。2001年にはアフガニスタンのカブールにアメリカ大使館を再開させた。
 そのカブールでブッシュ大統領の「悪の枢軸」発言を知る。疑問がわいた。アフガニスタンの復興もまだなのに、なぜ他の国を脅し、イラクを攻撃しようとするのか?
 半年後、モンゴルへ。国務省の異議申立て窓口にイラク攻撃の不当性を訴えた。詳細な回答が返ってきたが納得できない。それどころか政府は国連の決議を待たず、イラク攻撃に備えてすでに軍を配備していることを知る。辞めるしかない。これまでの職歴の中で初めてそう思った。マイナス40度と凍てつく寒さのモンゴルでは、眠れずに3時に目が覚めた。毛布にくるまり、キッチンの机で辞表の草案を来る日も来る日も書いた。アメリカとアメリカ市民に尽くすこの仕事が好きだ。でもイラク攻撃は道徳的にもこれまでの専門的見地からも賛成できない。そのような政策に従うことはできない。イラク攻撃開始の前日である03年3月19日、パウエル国務長官(当時)あてに辞表を送った。肩から重い荷を下ろすことができて心底ホッとした。








続きは本紙で・・・
Ann Wright
 アメリカ・アーカンソー州出身。26年間の米陸軍・予備軍在籍の後、15年間外交官として勤務。2003年3月にイラク戦争に反対して辞職。近刊共著に政府内部のイラク戦争反対の声を集めた「DISSENT Voices of Conscience」(koa books,2008) がある。

「ごめんください」とは、ふぇみん1面のインタビュー記事です
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